「えー、皆さまのご支援のおかげを持ちまして、我ら大和国部屋一同、無事に初場所を
終えることが出来ました。ありがとうございます。」
某ホテルの会場、大和国部屋の初場所終了の祝賀会にて、親方が壇上で祝辞を述べる。
親方の後ろでは所属力士一同が着物姿で佇む、蛍も端の方で、その小さな胸を張る。
今回は所属力士の16人全員が勝ち越しを決めるという近年見ない健闘ぶりだった。
初土俵の蛍丸はなんと6勝1敗の好成績、同じ三段目の鵜池は4勝3敗、他の序の口~序二段の
力士も4~6勝を挙げてみせた。
そして一番の健闘を見せたのは清心道璃音、なんと幕下7戦全勝で優勝決定戦も制し、
幕下優勝と来場所の十両昇進をその手中に収めていた。ついに念願の関取の地位を獲得した
彼がこの会場の話題の中心であった。
が、やはり大関草薙の綱取りが白紙に戻ったのは残念な結果であろう。初日に圧切に
黒星を喫した彼だが、2日目以降は立て直して優勝戦線に踏みとどまるかと思われた。
しかし上位陣との取り組みが組まれる後半戦、多く星を落としてしまった。どっしりと構え
得意の右上手を引くそのスタイルに対し、ライバル達はその前に決める速攻相撲で対処してきた。
初日の圧切が付けた黒星は、今の草薙を攻略するための格好のお手本だったのだ。
結果、9勝6敗で初場所を追える草薙。先場所全勝優勝したとはいえ、その前に負け越していた
彼にとって綱取りは振出しに戻ってしまった。
そんな彼に対してマスコミが辛辣でなかったのは、優勝したのが童子切だったからだろう。
国宝の中でも草薙と双璧と言われていた彼の優勝は、日本人横綱誕生の夢を草薙から
バトンタッチして来場所に持ち越すことになったのだ。
まだまだ下っ端の蛍にとって、後援会やファンの方々の接待はこういう場でも重要な仕事だ。
各人に挨拶して回り、顔を覚えてもらう。もし将来自分が出世すれば、彼らの中に自分の
タニマチになってくれる人物もいるかも知れないから。
各テーブルを回り、挨拶とお酌をして回る。時には彼らの話し相手になり、親方や関取連中に
取りなして引き合わせる。パーティとはいえ彼らに楽しむ時間は無いのだ。
「蛍丸関だね、今場所活躍したねぇ。」
人の良さそうな初老の人物にそう声をかけられる蛍。こういう場に出てくる人に、
もう自分の名前を知ってもらえたのは有難い事だ。ただ三段目の自分に『関』は
付かないのだが、そのへんを指摘しては失礼に当たるだろう。
「ありがとうございます、今後ますます精進いたします。」
「私の周りでもちらほら君の名前を聞くよ、三段目に面白い力士がいるぞ、ってね。」
嬉しい感想だった。親方に宿題として出された『ファンに愛される力士』に少しでも
近づけたかな、と思わず笑顔になる。
パーティが引けた後、大和国部屋に戻って恒例の反省会が行われるそうで、蛍たちは
一足早く引き上げて支度を始める・・・のだが。
「あ、あのー・・・反省会ですよね、何でこんなに大量のお酒を?」
すでに稽古場横の座敷には20ケース以上の酒瓶が用意されている、普段誰もこんなに
飲まないのに何でまた、という顔の蛍に、鵜池がげんなりした表情で返す。
「お前ももう20歳だろ・・・覚悟しとけよ。」
「・・・はい?」
部屋に帰って来た親方と関取一同を迎える。彼らは座敷に上がり、蛍たち幕下以下の
力士は土俵側に立つ。親方が上座で座布団に座り、おかみさんが隣で一升瓶を抱えて待つ。
「それでは、反省会を始める。まずは草薙関!」
「はい・・・っ!」
びりっ!という緊張感を漂わせる親方の正面に、草薙が神妙な顔つきで座る。
周囲の関取連中も、下にいる鵜池達も、ごくり、と唾を飲み込み、緊張して姿勢を正す。
両者にドンブリが手渡され、おかみさんが笑顔で両者に酒を注いでいく。親方は
まずはお疲れさん、とドンブリを合わせると、その酒を一気に飲み干す。
「(うわ・・・)」
その酒豪っぷりに思わず蛍は心で唸る、まるで水でも飲み干すかのように平然と杯を
空ける親方。一方の草薙はムセながらもなんとか杯をカラにし、赤い顔でぶはっ、と息をつく。
この反省会、要はひとりひとりが親方と酒を飲みつつ、今後の課題を語る場のようだ。
早々に潰れた草薙に代わり、ワリと酒に強かった大和号は3杯まで付き合ってダウン、
下戸のダニエルこと大欧牙はコップ一杯もこなせずにひっくり返ってしまう。
今場所の主役だった清心道は親方に嬉々とした顔で迎えられ、およそ1升を空けるまで
延々付き合わされる、関取が酒に飲まれてどうするんだ、などと無茶振りされながら。
というか親方は一体どれだけ呑めるんだよコレ!
次々とツブれる力士たちを尻目に、上機嫌で呑み続ける親方。幕下の杉ノ山や市松、
三段目の鵜池が呼ばれ、杯を次々と交わして討ち死にしていく。
ちなみに土俵の側では、親方に潰された面々が死屍累々と横たわっていた。
ヒューヒュー言いながら座り込んでいる大和号や清心道はまだマシな方で、草薙は部屋の隅に
座り込んでなんかブツブツ言ってるし、大欧牙は突如起き上がって陽気に歌い始めてまた倒れるを
繰り返していた。っていうかこれって立派なアルハラじゃね?
「次、蛍丸。来なさい。」
「あ、はいっ!」
実は飲酒の経験が無い蛍。それもそのはず、彼の誕生日は1月7日、つい先日20歳になった
ばかりなのだから。おかみさんにドンブリでお酌され、親方にご苦労さんと杯を合わされる。
ええい、ままよ!と口をつける蛍だが・・・
「・・・あれ?」
あっさり飲めた。多少匂いはあるけど、全然違和感なく呑めるその酒にかえって違和感を覚える。
「おお!イケる口か、嬉しいねぇ。」
既に顔を真っ赤にした親方(そらそうでしょ)が笑顔で返す。伝説の横綱もこうなっては
ただの酔っ払いのオジサンにしか見えない。
「無事勝ち越し、しかも相撲内容も上々だ、結構結構。」
「でも4日目にひとつ負けました、アレに勝てていれば優勝決定戦に出られただけに残念です。」
「うむ、だが三段目とはいえ上位はずっと強いぞ、来場所も気を抜かないように。」
「はい、ところでその4日目の相撲なんですが・・・」
まるで世間話でもするかのように会話する二人だが、一言喋る度にドンブリ酒一杯を
飲み干しているのだから絵的に凄まじいの一言である。蛍の後に続く序二段の力士たちは
彼の思わぬ酒豪っぷりに、頼むこのまま親方を潰してくれ、と祈りながら見上げる。
ツブれていた関取たちもその光景に目を丸くしている。ただ清心道だけは
あーあ、という顔をしてため息をついているが。
どさっ。
小さな音と共に蛍が横倒しに倒れる。親方はなんだいきなりだな、と嘆いて下の力士たちに
彼を下がらせる。
清心道の隣に転がされた蛍は、天上を見上げながら虚ろにあーでもないこーでもないと
自分の相撲の改良点をいろいろ思い描いている。そう、ああすれば勝ててたんだぁ~、
などと嘆きながら。
「いるんだよな、こーゆーペース配分心得ない無謀な奴が。」
清心道はそう言いながら、そういやコイツは相撲もそうだったよな、と思い当たる、
巨漢相手に臆せずに突っ込むその姿勢は呑み方にもそのまま反映されているようだ。
彼はふっ、と蛍の顔を羨ましそうに眺める。そう、コイツは誰が相手であっても
恐れることなくかかって行ける。巨漢でも、親方でも、酒でも。
「少し羨ましいぜ、こいつの性格はな。」
自分はどうだろうか、初めて親方に接した時、栄大付属に久世草介が入門してきた時、
そしていつかの夏合宿、留守を任された稽古場で『あの力士』の傍若無人な振る舞いに
相対した時、俺はどうだった、もしコイツがいたらどうしただろう?
蛍のその存在が自分にない物を気付かせる、馴れ合いだった下の者を奮起させ、全員に
勝ち越しを決めさせる。なるほど、考えてみれば小兵のコイツの奮闘は、今まででこの部屋にない
新しい風を運んできた気がする、どうりで親方が気に入るわけだ。
後日、清心道は十両昇進後、蛍丸を付け人にするよう希望し、許可される。
それは部屋内でのお互いが足りない物を埋めるために、大いに役立つ事となる。
日本酒大好き大和国。