・春場所、蛍丸。三段目東63枚目 5勝2敗。
新たに清心道璃音の付け人となった蛍丸。この時期は精力的に出稽古に行く清心道と共に
他の相撲部屋を回る事が多かった。特に身になったのは三島部屋や荒浜部屋などの
いわゆる『壊し屋』がいる部屋への出稽古だ、
彼が課題としている『ケガをしない相撲』をプロのレベルで習得するべく、数珠丸や
蜻蛉切に積極的に申し合いをこなしていく。
特に蜻蛉切は蛍丸が気に障ったらしく、何度も必要以上に投げ飛ばしたり、吊りから
叩き落とすなどするが、蛍丸はそのことごとくを無傷で凌ぐ。
ダメ押しに踏み潰すまでやってきたが、その手の嫌がらせは大和国部屋の初日で経験済みだ。
思い通りに蛍丸を壊せず、荒くなった彼の相撲のスキをついて土俵を割らせ、怒り狂う反撃を
さらりと手玉に取る、相手が怒ってくれれば蛍丸得意の心理戦の思うツボだった。
結果、出稽古4日目には「うっとおしいからもう来るな」と出禁になる始末。
清心道に謝る蛍に、彼は「スカッとしたぜ」と笑顔で返した。
・五月場所。蛍丸、三段目西33枚目 6勝1敗
最終日まで6戦全勝だった蛍丸だが、最終日にあの大河内、四股名『國平大河』に
痛恨の黒星を喫し、優勝決定戦への進出はならなかった。
この場所で三段目優勝したのは大峰浩二こと『薫峰』。陽川満、四股名『陽鉈』も
決定戦までコマを進め、2人とも翌場所の幕下昇進を確実なものにした。
ちなみにこの段階で蛍丸は鵜池の番付を上回り、彼に『この裏切り者~』と皮肉られる。
現在大和国部屋で蛍は7番目の地位にいた。
・名古屋場所。蛍丸、三段目東13枚目 3勝4敗
蛍丸はここで初の負け越しを経験する。さすがにここまで来ると幕下へ向けて皆、
目の色が違ってきていており、蛍丸の相撲は警戒され、研究されていた。
あと彼はもうひとつの己の課題に気付く、夏の暑さに少し弱いのだ。
小兵な彼は大型選手よりスタミナがありそうなものなのだが、元々暑さにあまり強くない彼は
この場所以降、持久力の強化を得るべく長距離ランニングなどのトレーニングを始める。
・九月場所。蛍丸、三段目東44枚目 7戦全勝、優勝決定戦で初戦敗退(4人トーナメント)
ついに本割で全勝し、優勝決定戦に進出した蛍丸。結果は残念だったが、この場所で
相撲ファンの間からも『下位に面白い力士がいるぞ』と囁かれるようになる。
ちなみにこの場所、彼は大和国部屋で一番成績が良かったため、反省会で親方にたっぷりと
呑みに付き合わされることになる。
・九州場所。蛍丸、三段目西8枚目 7戦全勝、優勝決定戦で3人巴戦、3巡まで粘るも優勝を逃す
蛍丸の相撲が話題になるにつれ、彼への声援と関心は日ごとに高まって行った。そして
相手がそれを意識しだしてから、逆に彼は得意の心理戦で相手を上回っていく。
ソップの彼に送られる声援が気に食わないと雑念を抱いた相手を、時に変化で、時に
真っ向勝負で斬って落とす。巴戦での優勝決定戦こそ体重差を超えられなかったが、
ついに幕下への進出を決定してみせた。
・2年目初場所。蛍丸、幕下東55枚目 5勝2敗
初土俵から一年、ついに幕下に上がった蛍丸。このレベルまで来ると周りは皆、
相撲取り然とした体格と取り口で、彼の異端さはますます際立っていく。
だがそれは蛍丸にとって悪い事では無かった、彼が異端であればあるほど観客は彼に期待し
声援を送る。その声に背中を押され、ますますダイナミックに土俵を奔走する。
・春場所。蛍丸、幕下西34枚目 7戦全勝 優勝決定戦で準優勝(4人トーナメント)
この場所の後、初の春巡業参加で蛍丸は思わぬ自分の人気に驚くことになる。
どこに行っても色紙を持ったファンが待ち構えており、頑張ってと声援を頂戴する、
中には彼を斜に構えた目で見て『あんなの相撲じゃねぇ』などと陰口を叩くファンもいるが
そんな彼らにこそ蛍丸は積極的にファンサービスをする。
自分のアンチこそ大事にしろ、これも大和国親方の教えだ。
・五月場所。蛍丸、幕下東17枚目 4勝3敗
いよいよ関取、十両を意識するこの地位、どの力士も死に物狂いで星を拾おうとする。
蛍丸も懸命に戦うが、やはり皆ここまでとは熱量が違った。何とか勝ち越しは出来たものの
十両昇進は次に持ち越しとなった。
・名古屋場所。蛍丸、幕下西9枚目 3勝4敗
自身二度目の負け越しを喫する蛍丸。とはいえ彼はこの場所で様々な新しい取り口を
試しており、その試行錯誤が逆に星を落とす原因となった。
同僚に『勿体ない』とお叱りを受けるも、それは蛍丸にとって避けては通れない道。
幕内入りし、鬼丸との対戦が目標である彼にとって、技の開発と進化は絶対の命題だ。
それに例え十両に上がっても、次の場所で負け越して陥落したのでは意味が無い。
上で通用する実力を養うために、この場所での負け越しは必要な授業料と言えた。
・九月場所。蛍丸、幕下西13枚目 7戦全勝 優勝決定戦3人巴戦、3巡まで粘って優勝を逃す
昨年から続けて来た『スタミナをつける稽古』が早くも実を結ぶ。蛍丸は先場所からの
課題だった長い相撲で体力を上手く分配しながら、なおかつ今のダイナミックな相撲を
見事実践し、本割で全勝を決めて見せた。
彼が指針としていたのは高校時代、彼の後輩でチームメイトだった幸田純一の相撲だった。
あの三日月をも上回って見せた『しぶとい、しつこい相撲』を自分に取り入れ、
より長い時間土俵を駆け回って見せる。当然その姿を見た相手は短期決戦を意識し、
それは彼の変化の格好の的だった。
・九州場所。蛍丸、幕下西4枚目 6勝1敗
先場所の好調そのままに蛍丸は勝ち続けた。ことこの場所に至っては彼はゆるぎない
人気力士になっていた。アウェイともいえる九州で、大男を相手に飛び、駆け、躱し、
時に真正面から斬って伏せるその姿に観客は熱狂する。前座の更に前座でしかない幕下の
その早い時間から福岡国際センターは満員御礼の幕を掲げることになる。
そして、入門から2年、大和国部屋にひとつの吉報がもたらされ、一人の関取が誕生する。