大相撲名古屋場所、十両の優勝決定戦。その1回戦が終わりベスト4が出そろった時、
升席から観戦していた狩谷俊、元国宝『小龍景光』がいい笑顔でこぼしていた。
「くっくっく、栄大付属OBが3人に三ツ橋かよ、嬉しくさせてくれるじゃねぇか全く。」
彼の顔が緩むのも無理はない。清心道こと澤井は先輩、七星剣こと久我と、春嵐こと
ジョンは後輩、そして蛍丸こと三ツ橋はかつて合宿で胸を合わせ、インターハイの団体戦、
自分の最後の公式戦、最後の真剣勝負を戦った相手。
「さぁ、誰が最後に勝つ?」
-ひがぁ~しぃ~、せいしぃんどぉ~。にぃ~しぃ~、しちせい~けん!-
呼び出しに応え土俵に上がる両力士。体格はほぼ五分ながら見る者のは七星剣の
勝利を予想していた。
七星剣はかつて『最後の国宝』と称された高校生。卒業後番付を怒涛の勢いで
駆け上がって来た猛者中の猛者だ。彼にとって十両優勝も通過点でしかないだろう。
それは強豪力士を輩出していなかった四ツ谷部屋で駆け上がってきたことからも明白だ、
叔父にあたる飯田氏(千葉県、西上高校相撲部監督)の遠縁ということで四ツ谷親方に
紹介された彼だが、親方に「ウチでは君の稽古相手にはならんだろう、他の部屋へ・・・」と
言われた時の彼の返した言葉はあまりにも有名だ。
「親方、横綱を育てた親方になりましょう!」
対する清心道は長い間3段目と幕下で燻っており、十両に上がっても番付をなかなか
上げられないでいた。今場所の好調もどこか『今だけだろ』『たまたま調子が良かったんだ』
という見方をされている。
-手をついて-
「(今場所だけしか見えてない連中は気付けないだろうな、ここんとこの澤井さんの
相撲の変化に・・・。)」
升席で見ていた狩谷には違う見解があった。彼はケガで現役を引退して以来、
マネージャーとして相撲を『外から』見て来た。そんな彼にとって、ここ最近の清心道の
相撲の変わりようは明らかだった。
「(油断すると食われるぜ、久我!)」
-はっきよい-
バチン!両者胸でぶつかる。すかさず得意の左四つに組もうとする七星剣。
だが清心道は左手をかち上げ気味に相手のハズに差し込み、右上手を取らせない。
右手は脇を締め、絞り込んで相手の左下手を殺そうとする。
「(草薙関と同門だったな、右上手を取らせない相撲で来たか!)」
七星剣の判断は早い。ならばと左手を差し込むと、そのまま強引にすくい投げに行く。
その投げに清心道の巨体が泳ぐ。そう、七星剣の強さを支えるのはその剛腕と、それを
使う決断を下す勝負勘の良さだ。
彼には尊敬する先輩がいた。高校時代ひとつ年上の滝沢、国宝候補『繁慶』と呼ばれた男。
チームの中でも彼だけにはどうしても勝てなかった。その抜群の勝負勘に自分の相撲は
ことごとくツボを外され、土俵に転がされ続けた。そんな先輩と稽古を重ねるうち、
久我は勝負所を察する嗅覚を磨き、ついには滝沢を超えるほどの判断力を会得する。
滝沢が角界入りしてすぐ交通事故で重傷を負い、夢を絶たれたことに彼はまず失意し、
そして彼の分も!と奮起する。
滝沢の遺志を受け継ぐ『心』、彼から学んだ『技』、そして持ち前の剛腕『体』、
それらを持ち寄った最後の国宝が番付を駆け上がり、弱小相撲部屋を角界の強豪部屋に
育てんとするのも当然と言えた。
「くぅっ!」
かろうじて残す清心道。だが体は崩れている、ここから胸を合わされて寄られれば
抵抗できずに土俵を割るしかないだろう、かつての彼ならば、だ。
「ふんっ!」
当然のように胸を合わせて来た相手に左腕をこじ入れて距離を作る、先ほどからハズに
左手を差し込んでいたことがここで生きた。頭を付け、相手の寄りを止める、しぶとい。
「そう、本当に最近は粘り腰出て来たよな、澤井さん。」
狩谷がそう感心する。清心道は良くも悪くも教科書の様な相撲を取る力士だった。
勝つときは万全に勝ち、負ける時は成す術なく負ける。だが最近の彼は特に窮地に陥った時
懸命に足掻き、時にはそれで逆転勝利をものにすることさえあった。
そんな彼の変化の原因も狩谷には何となく予想がついていた。大和国部屋に入門し
彼の番付を後ろから追い立てて来た『あの力士』が無関係ではないだろう、と。
「(ったく、嫌になるぜ。)」
清心道は心でそう呟く。組み合っている相手から感じる膨大な膂力もそうだが、何より
自分の後から次々と追い越していく存在に。
2年の時の草薙、全国団体決勝で自分を負かせた鬼切、卒業後に栄大に入学したこの久我、
そして大和国部屋に入門し、自分の付き人からあっという間に卒業し、追い立てて来た三ツ橋!
あるいは身近にいた草薙の存在が、彼に線引きをさせていたのかもしれない。自分と草薙の
超えられない差こそが『才能』という奴なんだ、と。
だが三ツ橋が入門してきてその考えは改めざるを得なかった。その懸命さもそうだが、何より
相撲に対する姿勢の違い。常に新しい技を研究し、ケガの回避法を念頭に置き、相手の研究を
怠らない。
かつて虚仮にしていた小兵なればこその、その真摯な姿勢。角界で生き残るためにあらゆる
努力や工夫を惜しまず、格上の者にも臆さずに向かっていけるその芯の強さ。
対して自分はどうだ?なまじ相撲が完成していると思い込んでいたがゆえに前に進めていない、
昔からそうだった。小兵を相撲すべきではない存在だと、天才を超えられない存在だと、
勝手に線引きしていた。
なまじ相手の目を見て心理を読む才能があっただけに、自分を上回る眼光をたたえた相手には
負けても悔しさすら沸かなかった。舟木に、黒田に負けた時のように。
「(どいつもこいつも可愛げが無い、鵜池の方がよっぽどマシだぜ!)」
大和国部屋で上位の壁に心を折られ、下っ端イジメしかできなかった付き人。彼すらが
三ツ橋の奮起に負けてなるものかと奮起し、ついには幕下にまで登ってきていたのだ。
-俺が奮起しないでどうするよ!-
頭を付けた状態から一気に寄り、胸をどんっ、と合わせて体ごと突き上げる。無論この程度で
七星剣が揺らぐわけは無い。だが彼の狙いは別にあったのだ。
-ぱしっ!-
清心道はここで思い切って『叩き込み』に出る。自分が久我に勝っている点があるとすれば
動きの速さ、スピードだ。その利と、三ツ橋が常々意識している『引く前に必ず押す』を
応用してのこの技に、大きく前のめりになる相手。
「いくかっ!」
足を前に踏み出して残す七星剣、ただ残すだけでは無く、腰を割って相手の攻めに対応した
姿勢をすかさず取る、彼の勝負勘の良さはこんな場面でも顕著に出る。
そして相手を視界にとらえた彼は、その勝負勘の良さが故に、自分の敗北を悟る。
清心道はなんと相手を叩いた後、バックステップして腰を割っていた。今にも突進
しそうな程に前傾したその様は、まるで発射直前のミサイルを見るようだった。
「(立ち合いを・・・やり直す気か!)」
大関鬼丸の『不知火型のぶちかまし』や、蛍丸の『蛍火の如し』からのリスタートのような
はっきよい後の立ち合いのやり直し。それは叩きに耐え、腰を割った七星剣にとって
最悪の選択をされたと言えた。腰を割るという事は踏ん張りがきく半面、次の行動が一手遅れる、
つまり相手のぶちかましをこのまままともに受けるしかないのだ。
バッチィィ・・・ン!
ぶちかましを食らい、成す術なく土俵を割る七星剣。その様はまるで立ち合い『待った』を
した力士が相手に押し出されるそれに似ていた。しかし立ち合いが成立している今、勝負が
止まることは無い。
-せいぃ~しんどぉ~-
勝ち名乗りを受ける清心道。土俵を降りる七星剣に目をやると、そこには自分を睨みつける
彼の眼光があった。今度こそは、という光をたたえた彼の目を、その意思を読み取る。
「(ああ、いつでも来な!)」
覚悟。来場所以降で七星剣の、そして幕内の強豪たちの、格上の相手に対する決意を決めて。
狩谷は後輩の健闘と、先輩の勝利に拍手を送る。まずは澤井さんが勝った。
さぁ次はどっちだ?ジョンよ、三ツ橋よ、お前たちはどんな相撲を見せてくれる?
-ひがぁ~しぃ~、はるぅ~あらぁ~しぃ~。にぃ~しぃ~、ほたぁ~るぅ~まるぅ~-
準決勝終えるつもりだったのに・・・脇役の澤井とかオリキャラの久我とか思い入れ沸きまくりw
第40番から「何も成長していない・・・」