蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第115番 小龍景光の見た光景②

「さぁ、お前の番だ、上がってこい!」

「はいっ!」

 清心道と入れ替わりに土俵に上がる蛍丸。これに勝てば大和国部屋同士で優勝を争うことになる。

が、そのためには目の前にいる大きなヤマを越えねばならない。

 

 春嵐関、本名ジョン・J・オーリス。195cm212kgの巨躯、ハワイ出身力士特有の長い手足で

相手を突き出すのそのスタイル、その姿に誰もがかつてのハワイの英雄、華和を思い出させる。

 外国人初のその横綱をひたすら追いかけ、そこに成ろうとしている彼の姿は、ちょうど大和国に

成る事を目指して相撲を取る大関、草薙と姿が被る。

 

 そしてその戦い方は、蛍丸にとってまさに天敵とも言えたのだ。事実先場所、今場所と

2度対戦して、いずれも全く相撲にならずに敗れていた。

 何より厄介なのが春嵐の空間把握能力の高さだ。潜ろうとしても突き放され、掻い潜ったと

思ったら相手自体が下がって間合いを戻し、横に飛んでも上に飛んでもその空間把握能力で

まるでクレー射撃のように突き放しで撃ち落とされる。

潜れず、変化が通用せず、突き合いで勝ち目など皆無、まさに八方塞がりな状況だった。

 

 升席から土俵を見上げる狩谷俊もまた、この一番はジョンが勝つだろうと思ってはいた。

ただ相手はあの三ツ橋だ、どんな奇策でこの不利な状況を打破するのか、かつて小兵だった

自分とその姿を重ね、期待して立ち合いを待つ。

 

 -手をついて-

 

 対峙する両力士。蛍丸は相手の目を見据える、春嵐の目は一点の曇りなく雄弁に語っていた。

華和にナルンダ、華和の突き押し相撲を貫くンダ!それで僕が勝つンダ!と。

 ゆっくりと腰を下ろす春嵐に対し、蛍丸は仕切り線から一歩、二歩と下がり、なんと半身の

体制のまま腰を下ろす。

 

 ざわめく会場、目を見張る狩谷、厳しい表情になる春嵐。

「あっの野郎・・・!」

 それはかつて狩谷が得意としていた、まるで徒競走のクラウチングスタートのような仕切り。

ここから一気に走り、懐に潜り込んで足技でカタをつける、世界を制した国宝『小龍景光』の相撲。

 

「キャプテン・カリヤの真似をスル気か!」

 春嵐の目が怒りを湛える。かつて栄大付属で自分を鍛え、チームを引っ張って来た尊敬する

先輩の仕切りを真似られ、全身の血が沸騰する、負けるモノか!

 

 蛍丸は終始、春嵐の目から視線を外さないでいた。今場所で彼に惨敗してからずっと

試行錯誤してきたその戦法を生かすために必要な事、それは清心道が得意としている

『相手の目を見て感情、戦法を読み取る』事が絶対条件だったからだ。

 

 -はっきよい-

 

 軍配が返ったその瞬間蛍丸は一気にダッシュする、目指すは相手の内懐、その一点!

 -バゴン!-

春嵐の強烈なかち上げが蛍丸の頭を上半身ごと浮き上がらせる、予想していたその突進が

いきなり通用するわけが無いのだ、続くもろ手突きで一気に土俵際まで押し返される。

 しかし春嵐もかち上げからもろ手突きと、突き放す系の技の連発に上半身が起きてしまい

追撃をかけられない。だがそれで問題無かった、彼の空間把握能力をもってすれば、

距離さえ空いていれば蛍丸がどう動こうと対処できる、今まで同じ様に。

 

「・・・おいっ!」

 狩谷が嘆く。なんと蛍丸は飛ばされた先で再度半身に構え、立ち合いと同じように突進!

先程よりもさらに低い軌道で相手に突進する。

「(シィィット!)」

 腰を割り直した春嵐は、その突進を両手で肩を掴んで止める。通用するモノか!と、まるで

荷物のように相手を突き飛ばす、再度俵に足が掛かる蛍丸。

 

 そしてまた半身の体制を取る、そのらんらんとした眼光で相手を睨み据え、体を沈めて

さらに低い体制で突っ込んでくる。あくまでも潜り込むという意志を体現するその戦い方で。

「(ソノ構えを、止めろォォォッ!)」

 春嵐はかつて世話になった先輩の立ち合いを3度も繰り返されて怒り心頭になっていた。

それをフェイントにして変化するならまだしも、キャプテン・カリヤそのままの相撲で

自分に通用すると思ってイルノか、カリヤを甘く見るな、お前なんかに真似が出来ルモノか、

僕の相撲、憧れるハルワの相撲にそんな付け焼刃が通用すると思ってイルノか!

 

 -ビチィィィッ!-

 

 超低空の蛍丸を、超低空の春嵐のかち上げが跳ね返す。あくまで潜る、あくまで突き放す、

土俵上での両者の意地の張り合いは未だ膠着して決着がつかない。

「(おいおいお前ら・・・意地張り過ぎだろ、冷静になれよ。)」

 狩谷がそう嘆くのも無理はない、特にこの3度目の三ツ橋の突進はいくらなんでも低過ぎだ、

もし『叩き込み』が来たら成す術なく潰されるだけじゃないか。

 ジョンもジョンだ、幾ら何でも華和の相撲に拘り過ぎだ、ここまで低く突っ込まれたら

突き放しは相手を起こして助けるだけじゃないか、叩き潰せよ!と。

 

 だが4度、半身の姿勢を取った蛍丸は、4度目の突撃を放つ、まだだ、まだ足りない、

もっと速く、もっと低く!!

 -相手が『その手』に気付くまで!-

 

「NO、ノオォォォッ!」

 春嵐はまるで地面に落ちた荷物を拾うかのような体勢で相手の肩を受け止める。

あくまでハルワの相撲を!その意思が低すぎる相手を捕まえ、引き起こし、突き放す。

その時だった、春嵐の目が、表情が、わずかに曇る。

「(ボクは・・・コイツは・・・何をやってルンダ、こんなの叩き込めバ終わるジャナイか!)」

 

 5度目の半身の姿勢を取った蛍丸、そのらんらんと光る眼光は、相手の心理の変化を

見逃さなかった。

「(次だ!!!)」

 意を決した彼は突っ込む、あくまで真っすぐに。

飛ばない、躱さない、まるで一本の矢のように相手の懐に放たれる体と、その意思。

 

 吸い込まれるように春嵐の足元に飛んできた蛍火を、春嵐は上から叩き落とす。

その瞬間、誰もが彼の勝利を、土俵に落ちる蛍丸を、草むらに叩きつけられる蛍を想像した。

 事実蛍丸は四つん這いの姿勢で止まっていた。行司が春嵐の方に軍配を上げようとした時

狩谷が、会場中が、行司が、そして春嵐自身が声を上げる。

 

「「げぇっ!!」」

 

 なんと蛍丸は叩かれた勢いで相手の両足首を両手で掴んで、腕立て伏せのような姿勢で

耐えていた。その体は足の裏以外、未だに土俵に触れてはいなかったのだ。

 

 -裾取り『足枷(あしかせ)』-

 

 かつて高校時代、IH女子相撲の準決勝で池西檸檬の叩き込みを宮本蜜柑が耐え凌いだ

その悪足掻きの極みともいえる体の残し方、それをここで使ってみせる。

 彼は忘れていなかったのだ。人気のない女子相撲、自分たちが会場設置を手伝った

小さな会場でのささやかな試合、そこで見せた彼女たちの戦い、それすらも己の血肉として

取り入れ、天敵ともいえるこの相手への切り札として昇華してみせた。

 

 清心道が土俵の下で、草薙や大和号、ダニエルが控室で、大和国親方すらが理事室で

思わず笑いをこぼす。対、春嵐の稽古でこの突拍子もない凌ぎ方を取得しようとした

蛍丸に、皆は一様に『そりゃ無理だろ』と返すしか無かった。

 

 だが場所中にもかかわらず彼は習得してみせた、かつて土俵でこの凌ぎ方をした

選手を僕は知っている、ならば僕もやってみせると。

 カギとなったのは相手が叩き込みに来るタイミングだ、それを知るために蛍は

恩師、諸岡の目線と心理の誘導に加え、清心道の相手の目を見て意思を探る洞察力を

意識して土俵に上がっていた。

 4度目の突撃の後、確かに春嵐の目つきが変わった。自分を睨めすえていたその眼光は

その時から『何かに気付いて仕事をする目』に変わっていたのだ。それはまるで

信号機のように、高難易度の技を決めに出るタイミングを教えたのだった。

 

 足枷、その名の通り春嵐は動けなかった。212kgの体重を支える足に、蛍丸の上半身の

重量をクサビのように押し付けられては動くことも叶わない。

 蛍丸はすかさず自分の左足、右足と引き寄せて重心を安定させると、体ごと相手のマワシに

ぶち当たる。掴んでいる足を引き、相手を後ろに薙ぎ倒す。

 

 -ドオォォ・・・ン-

 

 巨体が背中から堕ちる。

 

一瞬の静寂の後、大歓声に包まれるドルフィンズアリーナ、何て相撲だ!これだから

蛍丸の相撲は面白れぇんだ!こうでなくっちゃあな!

 

「あ・・・ああ・・・」

 狩谷はぽかんと口を開けたまま固まっていた。なんだよこの相撲、ここまでやるか!?

 

 -ほたぁる~まるぅ~-

 

 土俵上で勝ち名乗りを受ける蛍丸。会場は万雷の拍手に包まれる、ついに決勝、同部屋対決だ!

狩谷もまた呆れ顔で拍手を打ちながら、心の中で唸っていた、コイツの相撲を幕内で見てみたい、と。

 

 

 西の花道、その入り口でこの一番を見ていた三人の力士が嬉しそうに語る。

「おいおい、ソレまで使うのかよ、流石と言うかなんというか・・・」

「三ツ橋・・・ホントにとんでもないよな、君の相撲は。」

「あの蛍がのう、まさかここまで来るとは思わなんだ、大したもんじゃ。」

鬼切と太郎太刀、そして鬼丸。かつてのチームメイトの驚くべき成長ぶりに3人が

揃って目を細める。

 

 あの弱かった蛍が、ありとあらゆる工夫をしてまさかの領域まで駆け上がって来るとは、

これは来場所が楽しみじゃ、と唸る鬼丸。

 

 

「甘ぇコト言ってんじゃねぇよ、鬼丸!」

 

 それは彼ら力士の誰かの言葉ではない、花道の脇の観客席にいた、立派な体躯の男が

放った一言。

 

 鬼丸は彼を見て、ぞわっ!という悪寒を走らせる。彼の胸の奥を黒く塗りつぶし、

全身の血が逆流するような感情を、かつての負の感情を沸き起こす。

 

 -『鬼丸殺し』下山倫平-

 

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