蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第116番 蛍丸と清心道璃音

 -ひがぁ~しぃ~、せいぃ~しんどぉ~、にぃ~しぃ~、ほたぁ~るぅ~まるぅ~-

 

 呼び出しの声を受け、大和国部屋の両力士が土俵に上がる。いよいよ十両優勝決定の一番。

中入り前だというのに観客のボルテージは最高潮だ。

 

「いっけーっ!ほったるまるーーーっ!」

「清心道ーっ!潰せ潰せーーっ!」

「慣れ合うんじゃねぇぞー、バチバチやれよーーーっ!」

 

 蹲踞して柏手を打ち、塵手水に移る。清心道の眼前には蛍丸のそのらんらんと輝く瞳。

相手の目を見ることで心理の洞察を得意とする清心道に対し、目線の誘導で心理戦に

持ち込む蛍丸の一番となれば、当然この時点で両者の眼光が激しく交錯する。

 

 その蛍丸の姿を視界に収めながら、清心道はかつての自分の見解を、己自身で否定する。

 

 -気の毒にな、なまじ仲間が強いせいでこんな場違いな場所に放り込まれてよ-

「(場違い?じゃあ今あいつがいるこの場所は一体何なんだよ、おい。)」

 

 -仲間も仲間だ、この先恥をかく未来しか無ぇ雑魚を、どうして連れて来た-

「(恥?そんなもん漢を強くするコヤシだろうが。コイツもそうだ、黒田もだな。)」

 

 -つーかピョンピョン跳ね回るのは相撲じゃねぇ-

「(この満員の国技館のヤツに対する歓声聞いて見ろよ、みんな蛍丸の相撲を楽しんでるぜ。)」

 

 -大抵のチビは体格差に耐えきれず壊れて終わりさ、お前んとこの三ツ橋のように-

「(俺んトコの三ツ橋は、それすら念頭に置いてるぜ。見ろよ、あの体でここまで来て

サポーターひとつ、シップ一枚張ってねぇ。)」

 

 なぁ、どう思う?自分よ。

大きな体で強者を気取って、才能のある者に挑みきれずに分相応に落ち着いて、俺はそこから

コイツほど努力をしたか?数えきれない課題を自分に課し、それを糧にしてここまで辿り着いた

この男のように。

俺は今でも、コイツと相撲を取るのを馬鹿馬鹿しいとでも思っているのか・・・?

 

 

 土俵際で汗を拭きながら蛍丸は思う。清心道関、かつての澤井璃音と桐仁との1戦。

あの一番で蛍は、桐仁との差を改めて思い知らされた。自分が首藤さんにしたのは

無礼ともいえる奇策だったのに対し、桐仁はこの大きな相手を右に左に振り回し

取り直しの一番でも勝って見せた、体力が全く残っていない状態で、だ。

 

 もし僕が準決勝でケガをしてなかったら、決勝はどうだったろう。

決まってる、ダチ高の切り札として桐仁が出てたに違いない、誰だって、僕だってそうする。

 -もし実力の劣る僕が出て、勝てるかもしれない試合を壊していたら-

 ああ、かつてそんな話をした、あれは幸田君と海で話した時だっけ。

彼の友人とかつての自分が重なる、分不相応の舞台に立つ責任と、その結果の後悔。

 

 そう、自分はあの時どう転んでも、澤井選手と試合することは無かっただろう。

そしてそれはプロになっても実現しないと思っていた。

 親方に道を示され、入門した部屋には彼がいた。共に研鑽し、同じ釜の飯を食い、

番付で先んじる彼を追いかける、ある意味それは競争ではあっただろう。

 だけど同部屋だけに本割で対戦することは、真剣勝負をすることは無い、そう思っていた。

 

 -手をついて-

 

 交錯する眼光。目の前にはかつて侮った小兵がいる、自分が戦えないと思っていた大男がいる。

高校時代の『忘れ物』。そんな一番が今、幕を開ける-

 

 先に手を下ろしたのは蛍丸の方だ。上体を起こした『狛犬型仕切り』で両手を土俵に付ける。

対する清心道はオーソドックスな仕切りでタイミングを計る、四股名の通り奇をてらわない、

正道を行く仕切りで相対する。

 

「お、おいっ!蛍丸が・・・」

「おおおおっ!?」

 観客がそのアクションにどよめきを見せる。何と蛍丸は清心道が仕切るのに合わせるように、

上体をぐぐっ!と下げ続け、付いた手を前に前にと滑らす。何と狛犬型仕切りから

体を沈めて平蜘蛛型仕切りに『変化』する。

 

 -はっきよい-

 

 蛍丸が、清心道が立つ。両者頭から激突しガツンという音を響かせる。押し勝ったのは

清心道の方だ!

「(いくら小細工をしても目は嘘を付けねぇな、蛍丸!)」

 清心道は蛍の仕切りの変化を見ていなかった、彼が見ていたのは、その曇りなく

らんらんと光る蛍火の様な目の光のみだった。彼はそれで確信する、真っ向勝負だ!

 

「(重いっ!)」

 蛍丸は弾かれながら痛感する、相手の体、その重さと膂力を。

それでもそれを体感したかったのだ。高校時代の忘れ物、そしてこの先も二度とないであろう

この力士との真剣勝負、心に刻むべきこの一番を!

 

 捕まえに来る相手に対し、蛍丸は低く当たるとそのまま『蛍火の如し』のずらしで

相手の脇を抜けようとする。だが常日頃から胸を合わせている相手にそれは通用しない、

右下手を抑えた清心道は、そのまま投げを放って相手を正面に持って来る。

 

 俵に足が掛かった蛍丸は、ここでぐっと体を縮める。構わず組み付きに来る清心道に対し

蛍丸は低い軌道で相手の懐に突っ込む。

「足取り!」

 先の一番で見せたタックルを察知した清心道は、両腕で相手の肩をザルすくいのように

すくって受け止め下半身を取らせない。そのまま相手の上半身を起こす、あとは突き出せば

終わりだ!

 

 次の瞬間、蛍丸はなんと相手の左ヒザを踏み台にして、自ら後ろに飛んでいた。

と同時に突き出しに来た清心道の右手を両手で掴み、引きつけて土俵に戻りつつ

逆に相手を引っ張り込み、飛び越す。

 

 アリーナがおおおっ!と沸く。土俵の外に飛んでそれでも『死に体』と取られないのが

蛍丸ならではだ、さすがは令和の牛若丸の異名を取る男!

着地する蛍丸、向き直る清心道、対峙する両者が三度激突する。

 

 -ゴッ!-

 

 蛍火の如し・潜で懐に潜り込み、両下手を取る蛍丸、行くぞ!

上から覆い被さり、その変幻自在の動きを封じる清心道、来い!

 

 相手を引き付けて反り投げを放つ蛍丸。大きく前方に体が泳いだ清心道は、左足を踏み出して

こらえる。その足に蛍丸の右足が巻き付く、内掛けから右手で自分の足首を掴む。

 -自足首取り内掛け『根太起』-

 

「ぬがあぁぁぁっ!」

 清心道が吼えた。内掛けされた足を逆に外掛けで返しにかかる、蛍丸の手と足の両方の力を

足の力のみで跳ね返そうとする、なんという膂力!

 足首を掴んでいた蛍丸の手が切られる、次の瞬間、彼の体が後ろに持っていかれる。

「もらったっ!」

 そのまま外掛けから体を浴びせて倒しに行く清心道。が、次の瞬間彼はぞわっ!とした

悪寒に襲われる、相手は真後ろに倒れずに体を回して自分を巻き込んでいる、右手首を

掴まれて巻き込み、脇に右手を差し込まれて掬われ、内掛けしていた足を跳ね上げて

掛け投げに持っていく、これは・・・!

 

 -3点式掛け投げ『天地返し』!-

 

 同じように相手の内股に足を差し込む『内掛け』と『掛け投げ』。押し引きの方向が逆な

表裏一体の技を交互に出す連携に、ついに清心道の体が飛ぶ。

 

「っくあぁぁぁっ!!」

 -ドンッ!!-

 清心道は耐えた。執念で右足を前に出して土俵を踏み締める、掴まれた右手首を叩っ切り

体を巻き込まれることなく体を残す、見たか三ツ橋っ!!

 

 清心道の体が、振り子のように揺れる、前から、後ろに。

 

「せぇやあぁぁぁぁぁっ!!」

 蛍丸が吼える。彼は引き技の『天地返し』から再び押し技の『内掛け』へ移行していた。

まるで釣り鐘を揺らすように、相手の巨体を後ろ、前、そしてまた後ろへと

片足立ちで取り付いたまま、揺さぶる。

 

 その千変万化の崩しに、ついに清心道の体の芯がバランスを失う。

 

 -仏壇返し『巨木抜き』!-

 

 ドオォォォォ・・・ン!

 

 背中から倒れる清心道、その上に被さって四つん這いになっている蛍丸。

そして行司の軍配が『西』に翳される-

 

 「十両優勝、蛍丸ーーーーっ!!」

 

 アナウンスの絶叫と共に大歓声が沸き、座布団がドルフィンズアリーナを乱舞する。

この小さな力士が土俵を舞い、潜り、そして大男をなぎ倒し続けて、ついに栄冠と共に

『そこ』に辿り着いたのだ。

 

 幕内。相撲の最高峰、横綱をはじめとする42人の怪物の住処。

 

 いよいよだ、このサーカスのような自由な相撲を取る力士が、ついに頂点の世界に挑む。

その先でどんな相撲を、どんな光景を見せてくれるのか、その期待感に観客は声を上げる。

相撲を見ていて良かった、こんな痛快なシーンをついに最高峰の世界で見られるんだ、

早く来い来い来場所よ!

 

 -ほたぁるぅ~まるぅ~-

 

 勝ち名乗りを受け土俵を降りる蛍丸。息も絶え絶えになりながら花道を引き上げる。

 

 その先、通路の先に彼は『標的』を目にする。

 

 ついに届く、あなたに手が掛かる、過去の清算と、現在の研鑽と、そして未来を決める

その時はもう間近に迫っているんだ。

 番付で言うなら未だ遥か上の相手に会釈し、そして顔を上げる、その目をまっすぐに見据える。

歩みを止めず、すれ違うその時まで、三ツ橋 蛍はその眼光を外さなかった。

 

 潮 火ノ丸から。


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