蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第117番 綱の責務

 -東方、横綱、刃皇。モンゴル出身、朝陽川部屋-

 -西方、大関、鬼丸。千葉県銚子市出身、柴木山部屋-

 

 名古屋場所千秋楽、結び前の一番の土俵に上がる両力士がアナウンスされると同時に

会場には拍手や声援が飛ぶ。

 

 だが、そこに熱狂は無かった。

 

 刃皇VS鬼丸、過去幾多の名勝負を演じて来た両力士だが、今場所の土俵で向かい合う

2人の優劣は誰の目にも明らかだった。

 鬼丸はここまで14戦全勝で既に今場所の優勝を決めている。さらに先場所は13勝、

その前は14勝で優勝しており、最終日を待たずに来場所の横綱昇進まで確定的な状況だった。

まさに順風満帆、今こそが全盛期と言って良いだろう。

 

 対する刃皇はここまで7勝7敗、もしこの一番を落とせば負け越しとなり、横綱の立場として

厳しい追及を余儀なくされるだろう。ましてや先場所は3日目に黒星を喫し4日目以降は休場、

その前を遡っても優勝争いに加われたのはもう1年も前の話だ。

 体力の限界が囁かれる中、それでも彼は土俵に上がり続けた。今場所も全盛期とは

程遠い内容ながら何とか五分の星で千秋楽まで持ちこたえて来た。

 

 観客の興味は、この一番の内容と結果だった。

 

 あるいは鬼丸はこの偉大な横綱を惜しみ、負けてやるのではないか。

『星の売り買い』の可能性もあるのではないか、そんな空気が会場に漂っている。

 

 日本人とは不思議な民族だ。刃皇の全盛期にはその不遜な物言いも手伝って

彼を嫌うファンは大勢いた。事あるごとに『品格が無い』『これだから』『やめちまえ』

などとヤジを飛ばしていたものだ。

 だが彼がボロボロになりながらも何とか角界にしがみ付いている姿を見ると、今度は逆に

彼を庇う風潮が強くなってきていた、判官贔屓というヤツなのだろうか。

 

 この一番も、仮に星の売り買いがされていたとしても、また鬼丸が覇気に欠ける相撲を

取ったとしても、声を上げて非難するファンは多くないだろう。

 むしろ鬼丸はもう優勝したんだし、ここは刃皇に勝たせてあげてくれないだろうか、

そんな空気すら感じられていた。

 

 もっとも土俵上の二人は、そんなファンの思惑など知った事ではない。

四股名の如く幕内と言う地獄を闊歩する鬼と、土俵という舞台で頂点を謳歌する現代神。

金で星を買う気などあるはずもなく、同情など微塵も考えてはいなかった。

 

 ただ、刃皇はことここに至っても、鬼丸を心から認めてはいなかった。

彼が横綱に成るための最後のひとさじ、それが未だ彼には埋まっていなかったのだ。

彼だけではない、一年前に綱を巻いた大典太も、やはりそれは足りていない。

自分や童子切にはあって彼らに無い物、それが備わるまでは自分がいなくなる

わけにはいかない、そんな思いが燻っていた。

 

 -手をついて-

 

 仕切りの最中、刃皇は鬼丸を見据えて『うん?』と唸る、何だろうこの違和感は。

てっきり彼に足りていないと思っていたそのスキマが、いつの間にか埋まっているように見える。

「(よし、ひとつ久々に聞いて見るとしよう)」

 

 -はっきよい!-

 

 激突する両者。その時から二人の意識は別の世界に飛ぶ。

 

 鬼丸が、刃皇が立つ場所、まるで裁判所のようなその景色。だが彼らは被告席にも

裁判長の席にもいなかった。傍聴席の最前列でそれらを見下ろしながら、静かに並び立つ。

 

「横綱はワシを認めてませんでしたね・・・その通りかもしれません。」

鬼丸が鼻を掻きながらそう切り出す。その言葉に薄い笑いを浮かべて刃皇が返す。

「見つかったようだね・・・聞かせてもらおうか、その答えを。」

鬼丸は少し瞑目してから刃皇に正対し、彼を見上げてこう返した。

 

「ワシに足りなかったもの。それは・・・」

 

 -誰かに首を狙われる、狙われ続ける、その覚悟-

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「甘ぇコト言ってんじゃねぇよ、鬼丸!」

 

 いきなり観客席からそんな声を浴びせて来たのは、黒いスーツを来た立派な体躯の男。

見下ろすその顔を見た鬼丸は、胸中にドス黒い感情を、苦い記憶を呼び起こす。

 が、それは瞬時に霧散する。今感じたのはあくまで遠い昔の話、過去に禊を済ませた事。

ならば目の前にいる人物もまた、プロの彼にとって大事な相撲ファンの1人だろう。

 

「下山か、久しぶりじゃのう。」

笑顔で返す鬼丸に続いて、隣にいた鬼切が彼や鬼丸に解説の意図も込めて言う。

「そういやアンタ、三ツ橋と同じ大学の相撲部だったよな・・・なんだよ甘い事って?」

隣りにいる太郎太刀も込みで、そうなのか?と思い、その三ツ橋の知り合いがどうして

鬼丸にそんなことを言ったのか、その返答を待つ。

 

 その意図を察した下山倫平は、彼らを見下ろしながら一言、こう告げる。

 

「三ツ橋がプロに行ったのは、お前を倒すためだよ、鬼丸!」

 

 -!?-

 

「今お前何て言った?『大したもんだ』だ?いい気になって上から見下ろしてたら

今に後悔ずるぜ!」

 

 固まって言葉が出ない鬼丸に代わって鬼切が返す。

「おいおい、あの三ツ橋がか、冗談だろ?」

太郎太刀も、そうだよあの三ツ橋が・・・という顔で鬼切と下山を交互に見る。

 鬼丸はと言えば、まるで予想外の蛍の敵愾心に、胸に苦いものを感じていた。

あの蛍が・・・ワシを?

 

「アイツはな、6年前のダチ高が全国制覇した時、自分だけ1回も勝てなかった。

その事をどれだけ悔やんでいるか、お前らに分かるか?」

 

下山の言葉に、3人は心臓に強風をいきなり吹き付けられたように心を冷やす。

 

 -『全国制覇』したチームのレギュラーで、公式戦『全敗』-

 

 もし自分がその立場に立たされたらどうなる?その想像の恐ろしさに背筋が凍る。

鬼切は苦虫を噛み潰した表情で悔やむ、それは俺の責任だ、三ツ橋は俺の指示以上の事を

してみせた、それでも勝てなかったなら原因は俺じゃないか、お前が悔やむことは無いんだ!

 

 そして鬼丸は、その言葉を『鬼丸殺し』の下山に告げられたことで、よりその苦しみを

まるで己の事のように実感していた。

 かつて小学生横綱を取った自分が、中学に上がって立て続けに負けた、勝てなくなった

自分の苦い記憶が蘇る。部屋に閉じこもって悩み、ああすれば勝てた、こうしたらなどと

醜い言い訳を繰り返した。

 -大きく産んでやれなくて、ゴメンねー

大好きな母にそんな言葉さえ言わせてしまった、不甲斐ない自分に対する憎しみ、怒り。

 

 だがダチ高に入学し、頼もしい仲間を得て彼は蘇った。春の新人戦ではかつて自分を

奈落に落としたこの下山を投げ飛ばして、彼にこう返した。

「今はワシの方が強い、それだけじゃ!」

 思えばその時に中学時代の禊が成ったのではなかったか、体格差の象徴でもあった彼を

投げ飛ばしたことで、確かに自分の視界は開けた、胸に刺さった棘が抜けた気がした。

 

「アイツは、三ツ橋はな、その思いをずっと抱えて相撲を取ってたんだよ。」

 

 下山の言葉に、鬼丸は胸が痛むのを感じた。ワシも味わったあの屈辱の日々を、

それ以上の恥を、蛍は今でも抱えて戦っていると言うのか?あの蛍が・・・

 

「そんな時だった、スカウトに来た大和国親方にこう言われたんだ。」

 

 

 -ならば君に代わって勝ち続けた『鬼丸』を倒して見せろ-

 

 

「痛快な話だろ、って言ってたよ。そらそうだわな、全試合負けた三ツ橋が、全試合勝った

お前をやっつけるなんて、今時マンガでもねぇ笑える話だぜ。」

 

 鬼丸は無言で土俵を見る。その上では蛍が清心道関と死闘を演じていた。

倍近い体重の相手に堂々と渡り合い、工夫に研鑽を重ねて綱渡りのような勝ち筋を探る、

ライバルとの戦いで経験した技、仲間と研鑽して習得した必殺技を全て用いて。

 

 -『強くなる』その言葉の体現-

 

 その全てが、あの屈辱の一年を原動力にして成し遂げて来たというのか。

それはどれだけ過酷な日々であっただろう。だがそして、だからこそあの蛍がここまで

強く成って見せたのか!心の奥に『納得』と言う感情がズシンと落ち込むのを感じ取る。

 

 そして、その闇を払う方法が、ワシを倒すことだと言うのか!

 

 もしワシが蛍と、いや『蛍丸』と相対するなら、ヤツは己の全てを持ち寄って

死に物狂いでワシを倒しに来るじゃろう。

 そんな蛍丸をワシは今までどういう目で見ていた?初心者、格下、ワシの相撲を見て

感銘を受けてくれた、ダチ高の為に変化を磨いた、そして、ここまで来るとは大したもんじゃ・・・

 

 どこにも『ライバル』と言う単語は無かった、自分の首を狙っている男なんて想像すら

していなかった。その奥底に黒い執念を燃やしているなんて-

 

 土俵上、清心道を振り子のように前後に揺さぶった蛍丸が、ついにその巨体を背中から

薙ぎ倒して見せた、沸きに沸く観客、この声援もまた蛍丸の刃となり、それはいつか

鬼丸に叩きつける力となることだろう。

 

 鬼丸は全身の血が沸騰するのを感じていた、アドレナリンが全身を駆け巡るのが

芯から実感できた。自分の首を狙われる、その執念にも似た『想い』を受け止める立場に

心が震え、力が漲る。受けて立つ、その事への重圧を心から実感する。

 

 土俵から引き揚げて来た蛍丸が、鬼丸に軽く会釈した後にそのらんらんとした眼光を

叩きつける。鬼丸もまた燃える瞳で蛍丸を睨んだ、睨むことが出来た。

 

 光と炎を交錯させ、二人がすれ違う。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「正解だよ、鬼関。」

 肩の荷が下りた、という表情で刃皇はそう返した。

そうだ、横綱である以上、いつまでも挑戦者ではいられないのだ。金星と言う名誉を

欲して、下からいくらでも挑戦者は現れる。それらを受けて立ち、蹴散らして頂点に

君臨し続ける事こそ『横綱』にふさわしい責務なのだ。

 

「正直、蛍丸に標的にされていると知った時は動揺したもんです。けど考えてみれば

刃皇関はずっと首を狙われ続けていたんじゃった・・・」

 

 国宝、という称号があった。強すぎる横綱、刃の皇帝という四股名を倒すべく

日本刀の名を冠して、彼らに横綱を、打倒刃皇を託し続けた。

 その名を冠した力士は、その期待に応えるべく何度も刃皇に刀を振るい続ける。

斬りつけ、突き、袈裟掛けにし、刃を打ち下ろし続けた。

 

 そしてこの偉大な横綱は、それらの挑戦を何度も退け続けて来た。

そりゃあ衰えもする、ボロボロになって当たり前の話だ。皆が寄ってたかって

彼に刃を振るい、それを常に真っ向から跳ね返そうとしてきたのだから。

 

「君に負けた時、私は止め時を失ったんだよ。私はもう首を狙われるに値しない

存在になったのか、その答えが知りたかったんだ。」

 その言葉を否定しようとした鬼丸を手で制し、さらに続ける刃皇。

「変わらず皆は私に向かってきてくれた。それは嬉しかったが、誰も私に

成り代わろうとはしてくれなかった、『私がいないと挑み甲斐が無い』などと

思う者もいてねぇ。」

 

 うっ!と渋い表情になる鬼丸。まさに自分がそうだった、草薙もそうだ、大典太も

またしかり。早くに横綱に成った童子切だけは、学生時代から首を狙われる立場に

慣れていたせいか、あっさりと『そちら側』に行ってみせたのだが。

 

「私は止められなくなった、ボロ負けするその時までね。そうなったらさすがに

我こそは頂点だ!と自覚する者たちが綱を巻くものだと思ったが・・・間に合って良かったよ。」

 

 ポン、と鬼丸の肩を叩く刃皇。彼は今度こそ、己の全てを託せる存在を見出し、

その花道を退場する時が来たと確信する。

 

「さぁ、行きたまえあの席に。君に挑む者たちに対し、君はどんな判決を下す?」

 

 

 -寄り切ったーっ!鬼丸強し、全勝で優勝に花を添えましたーーーっ!-

 

 時間にしてわずか4秒の相撲、だが両者の間には幾多の言葉が交わされた。

鬼丸は最後に一言、刃皇に心から感謝の言葉を告げる。

 

 -ごっつぁんです-

 

 一時代を築いた偉大な横綱は、遂にここで次代の若者に全てを託し、土俵を降りる。

 

 

 ”歴代最強の横綱、刃皇引退”

 

 ”鬼丸国綱、第80第横綱に昇進”

 

 激動の名古屋場所はこうして幕を閉じる。そして、夏の盛りは間近に迫っていた。

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