蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

119 / 121
三ツ橋蛍の、もうひとつ忘れてはいけない設定、そのイメージ、そんな回。


第118番 もう一度だけ、自分と語ろう。

 -ぞわわわわっ!?-

 

 大和国部屋恒例、巡業前の夏合宿初日の夜、親方の部屋に呼び出された関取衆は

入室するなり親方の、ドンブリ一杯分の苦虫を噛み潰したような表情に背筋が凍る。

 

「ああ来たか・・・まぁみんな座れ。」

 その黒い気をたたえた眼光に睨まれ、草薙も大和号も大欧牙も清心道も、そして

蛍丸も一体何事かと緊張が高まる。

 親方は今日、協会の会議に出て留守だったが、合宿自体は非常に気合の入ったものに

なっていた。蛍丸と清心道の入幕が確定しており、いよいよ大和国5人衆が幕内で

大暴れせんと気合十分に乗り込んだ合宿なれば当然である。

 

 で、心地よい稽古疲れの後にこの展開、明らかに何か悪い知らせを抱えるその空気に

顔を見合わせる一同。誰か不祥事でもやらかしたか?それとも清心道か蛍丸の入幕が

まさか認められなかったとでも・・・?

 

 緊張感漂う沈黙の後、親方が神妙な顔で口を開く。

「お前達・・・何か芸をやらないか?」

 

 一斉にずるぅっ!と体を傾ける。この状況で芸が出来る者が居たらその神経を

疑わざるを得ないだろう。というか一体どういう流れで芸?

 

「ああすまん。実は今日の会議でな、大和国部屋は巡業でファンサービスが足りんと

お叱りを受けてな・・・今度の夏巡業、関取に何かパフォーマンスをしてもらう事になった。」

「え・・・?いや、みなさん普通にファンサービス出来てると・・・」

 蛍のその言葉が終わるのを待たずして、親方はだだっ!と立ち上がると、猛然と

ダッシュして退室しようとする草薙の襟首をとっ捕まえる。

「逃げるなっ!」

「いや父さん、それ僕の守備範囲の遥か外ですよ・・・」

 

 そのスキに、巨体を出来る限り縮めてこそこそ反対側の出口に向かう大和号。

「「「ごーぜきっ。」」

 蛍丸と清心道と大欧牙の容赦ないツッコミに固まる大和号。彼は中学卒業と同時に

角界入りした身の上、草薙と同じく人生に相撲以外の心得など皆無であった。

 

 右手で息子を、左手で大和の四股名を授けた愛弟子を抱え込んで座布団に座り直す親方。

「巡業中、開演前のお客さんの行列の前とか、昼休憩時に他の部屋の力士がいろいろ

やってるだろう、ああいうのをウチでもやってくれないかとのコトでな。」

 

 なるほど、巡業プログラムの出し物も色々面白いが、それに加えて何か余興を見せる力士は

結構いる。御手杵は自慢の美声を披露しつつCDを無料配布しているし、蜻蛉切は名は体を

表すと言わんばかりにアクロバットを披露したりしている。

 春巡業に至っては、幕下以下の力士たちによるヒーローショーになんと童子切が乱入し、

悪の横綱としてヒーロー達を叩きのめしてしまい、周囲を爆笑に包んだものだった。

 

「どうもウチの部屋は堅苦しいイメージが強くてな、少しは相撲人気に土俵の外でも

貢献しろというお達しだ。」

 3人は一斉にうーん、という顔をする。土俵の外ならやはり相撲以外で何か

お客さんを喜ばせられるコトをしなきゃいけないのか・・・

 ちなみに草薙と大和号は目を伏せて『無理無理』という表情で固まっている。

部屋頭の大関とナンバー2は今回戦力外が確定してそうだ。

 

「そういや僕、昔楽器を・・・フルート吹いてましたけど。」

 今はもう以前みたいに吹けないけど、と言う間もなく親方にがっしと肩を掴まれる。

「そ れ だ !」

 息子と愛弟子をほったらかして蛍丸に迫る親方。楽器演奏といえば1年半前に引退した大関、

金鎧山関が馬頭琴を披露していたぐらいで、今は完全に空き枠状態である。

 

「あ、ワタシサクソフォン吹けますヨ。」

 さらりと続く大欧牙。彼の出身国であるブルガリアは音楽の豊富な国であり、『キュチェク』

と呼ばれるパーティ音楽にはサックスは欠かせない。

蛍丸と大欧牙の肩を抱いて『でかした!』という表情でご満悦の親方。清心道は隣で驚き顔を

したままこう続いた。

「すげぇなお前ら・・・俺なんかピアノくらいしか弾けないぜ。」

 全員がぐるん!と首を回して清心道を直視する。なんたる意外な特技か、くらいとか言うな!

 

 かくして急遽、3人による楽団が結成され、巡業でお披露目をするハメになってしまった。

まぁファンに顔を覚えられ、楽しんでもらう事は悪い事ではない。本場所での声援が増えれば

それが自分の背中を押す事はプロなら誰もが知っている事だ。

 

 翌日夜、家から宅配便で懐かしのフルートが届いた。早速箱を開けてみると、中には

明らかにメンテナンスされた輝きをたたえた銀色の楽器が収まっている。

事情を話した両親が送るまでの短期間で出来る限りのメンテを施してくれたのだろう。

ありがとう、と呟いてフルートを取り出す。懐かしい重さ、手触り、そして・・・

 

 目を閉じる。その前に居たのは、久々に見るかつての自分。やせっぽちで童顔な

その中学生の少年は、蛍丸を見てにこりと笑顔を返す。

 

 -僕も、そっちに行っていいかな?-

 

 かっこいい男に憧れていた。そんな彼にとって蛍丸はどう映っているだろう、

君が望んだ、男らしい自分になれただろうか。

 

 -もちろん-

 

 蛍丸は当時の自分を思い出し、フルートに口を添える。指を柔らかく構え、吐息を音色に

変えるべく腹から息を吐く。

 

 合宿所に響く、高らかで優しい音色。音程に、旋律に緩急をつけ、メロディを紡いでいく。

ああ、そうか。これを吹くのも簡単じゃなかったよ、何度も練習して、時には唇を切って

血まみれになりながら頑張って来たじゃないか。

 中学校で吹奏楽部に入部して、Aグループに入るために必死で練習したっけ。

3年で部長を務め、女子同士の陰湿な争いにもめげずに何度も仲裁に入ったなぁ、

コンクールでダメ金しか取れず全国に行けなかった時も自分は泣かずに、大泣きするみんなを

慰めてたっけ。頑張ったよ、よくやったね!って。

 

 なんだ、昔から結構カッコ良かったんじゃないか、僕。

 

 奏でる音楽が、昔の三ツ橋蛍と今の蛍丸を、奏者と力士をひとつに重ねていく。

 

 演奏を終えた時、周囲から拍手が起こった。親方はじめ部屋の皆が集っていて

蛍の演奏に聞き入っていたようだ。草薙と大和号は特に感心しきりで、大欧牙は

これは本番が楽しみですネ、と笑うが、清心道に『アレに合わせるんだぞ』と

突っ込まれて青い顔になる。

彼は蛍に詰め寄り『モーチョット下手に頼みマス』と懇願する有り様だ。

 もちろんそんな気は毛頭ない。連日稽古の終わった後、夜中まで散々二人を

演奏の特訓に付き合わせる蛍であった。

 

 

 夏巡業、スケジュールの隙間を縫って行われた演奏会は大好評だった。

仏頂面でキーボードを弾く強面清心道とその美しい旋律のヒドいギャップとか、

笑顔でリズムを取りながら楽しそうにサクソフォンを吹く北欧人の大欧牙がいかにも

『らしい』とか。

 そして、小兵で童顔の蛍丸が銀のフルートで甲高い音色を奏でるその様はまさに令和の牛若丸、

京都五條の橋の上で横笛を吹き、天を舞って大男弁慶を退治する源義経、そのイメージに

ぴったりと合致していた。

 

 演奏のたびに拍手喝采が起こり、巡業の後半には追っかけが出るほどの人気を博していた。

そしてその演奏は、彼らにとって過酷な夏稽古のいい息抜きにもなった。

精神は集中するが、吹いている間は体を休められる。おかげで3人は夏巡業の間に体重を

落とすことなく、最高のコンディションで9月場所を迎える事となる。

 

 

 そして番付発表。蛍丸、西前頭9枚目。

 

 -初日の割。結びの一番-

 

    鬼丸-蛍丸

 

 




ついに、ついにここまで来ました。次回いよいよ最終回!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。