蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第11番 『山』を切り崩せ!

「間宮戦は・・・捨てる。残り4戦で3勝するしかない!」

悲壮な決意で、桐仁は皆にそう告げる。

 

 ついに団体決勝までコマを進めた大太刀高校。しかし反対側のブロックからは

やはり当然のように石神高校が勝ち上がってきていた。

 千鶴子が撮ってきた石神のビデオ、そして準々決勝からは直に彼らの相撲を見て

勝つためのプランを練った結果、桐仁は皆にそう告げた。

 

 石神の強さは圧倒的だった。しかしそれでも取り口や展開次第によっては勝ちの目はある、

ただひとり、石神の主将、間宮を除いては。

 とにかく彼の相撲には付け入るスキが無かった。182cm、170kgのその巨体を生かし、

相手を受け止め、つかまえて土俵の外に出す。そのシンプルな相撲の前に、誰も成す術が無かった。

 何より秀逸なのがそのバランス感覚だ、引きや叩きには絶対に落ちず、投げを打っても余裕で残す、

前傾姿勢にならずに常に後ろに体重を残し、組んでからはその大きな腹でじわじわ圧力をかけて

寄り切るその戦法を崩す術は、今のダチ高には無かった。

 

「大将の沙田は俺がなんとかする。そこまでに何とか2勝、できれば3勝を挙げてくれ!」

そう続ける桐仁。しかしその表情や呼吸を見ていると、とてもあの国宝『三日月』を

凌げる状態では無いことが分かってしまう。

 

 2回戦、西上高校戦で先鋒として出た幸田は、得意のぶちかましで相手を圧倒するも

勢いあまって土俵外に飛び出し、足にケガを負ってしまう。その結果、3回戦以降は桐仁が

フル出場する羽目になってしまった。

 肺に疾患のある桐仁はここまでの試合で、その耐久力を大幅に減らしてしまっていたのだ。

 

「だったらその間宮戦、俺にやらせてください!」

そう申し出たのは陽川だった。彼は今日ここまで全勝で波に乗ってはいる・・・が桐仁は認めない。

「ダメだ。見ただろう間宮の相撲を、投げにも引きにも落ちない奴をお前がどうやって倒す?」

強力な腕力の陽川だが、それでもあの巨体を転がせるとは思えない、まして吊り上げるなど不可能だ。

 

「俺は・・・大相撲に行くつもりで相撲やってます。だから相手が誰でも引く気はありませんよ

間宮でも、例え横綱刃皇でも!」

 

 意外な名前を出されて驚く一同。その決意にやれやれ、と頭を掻く桐仁。

「勝算は、あるんだろうな。」

「勝てない相手なんて存在しませんよ、手はあります。」

「分かった・・・やってみろ。」

 

 

 -これより決勝戦を行います。東、大太刀高校。西、石神高校-

 

 場内アナウンスが決勝の開始を告げる、会場内の人間の注目が土俵に集中する。

雑誌記者の名塚も、カメラマンの宮崎も、お忍びで応援に来ている柴木山親方も、その行方に注目する。

 

 -先鋒戦。東、陽川君。西、間宮君-

 

 その組み合わせに会場が沸く。両者いきなりポイントゲッターの激突である。

しかし相撲をよく理解する人間にとっては、大太刀がオーダーミスをしたようにしか思えなかった。

まるで動かざる山のごとく相手を受け止め、その山が山のまま動いて相手を土俵外に追いやる間宮の相撲。

投げや吊りが主体の陽川にとっては最悪の相手だと思われたからだ。

 

 -手をついて-

 

 仕切りながら間宮はこの取組の重要性を感じていた。ここまで無敗の陽川を倒せば、一気に流れは

石高に傾くだろう。

てっきり自分には体格的に遜色のない松本か大峰、または捨て石としての三ツ橋か幸田が来るものと

思っていた、だが相対したのはダチ高の主力であり、相性の良さそうな大魚である。絶対に勝つ!

 

 -はっきよい!-

 

 陽川が頭から突っ込む、間宮はいつものように胸で受け止め、すかさず前ミツを探る。

ここから誰もが間宮の必勝パターンにハマる、と思ったその時、陽川は右手で間宮にかち上げを放つ。

 だがそれは勢いのある打撃では無かった、ぶち当てるというより当てがう感じで、

間宮のアゴに右腕を添える。

「何だありゃ、そんなもんで主将がたじろぐかよ。」

石高二陣の市橋が選手席から呟く。

 

「いや・・・これは?」

 沙田が呟いたその時、陽川は左手で間宮の右下手を閂(かんぬき)で抱え込む。関節は決まっていないが、

かち上げから添えた手と左手の閂によって、二人の間に隙間ができる。

 そして陽川は、閂を決めた左手で自らの右の二の腕を掴む。と同時に間宮のアゴに添えた右腕を突き出し

ノドにめり込ませる!喉に圧迫感を感じて表情を変える間宮。

 

「鉈(なた)!!」

柴木山親方が思わず声を上げる。大相撲でも滅多に見ない、腕と喉笛の二点攻め。

 

「その手があったか!」

 桐仁が拳を握り締めて立ち上がる。陽川の選択したのは投げでも吊りでもない『押し』だった。

喉笛に腕がめり込んでいる以上、間宮は押せない。押せば腕はますますめり込み、自らを苦しめる結果になる。

それどころか相手が押してくれば、踏ん張るだけでもやはり首が締まる、これならいかに間宮が重くとも

押し込むことが出来る。

 

「(アンタの弱点、それは体の割に腕が短い事だ!俺の長い腕でホールドして、このまま押し切る!)」

 陽川は前傾姿勢でじりじりと間宮を押し進めていく。石高応援団から驚愕の声が上がる。

「間宮さんが・・・押されてる、だって!?」

「見たことねぇぞこんなの・・・」

動かざること山のごとき間宮が、今まさに動かされている、しかも後ろに!

 

「『山』を切り崩すのに『鉈』って・・・」

予想もしていなかった光景に名塚がこぼす、無敵だと思っていた間宮に想わぬ綻び。

この大会次第で間宮を国宝認定しようと思っていた名塚にとって、それはある意味痛快な光景だった。

名刀を鉈が凌駕する、そんな奇跡のシーンに身震いがする。

 

 ついに土俵際、俵に足が掛かる間宮。

「くっ・・・」

間宮は苦しい。勝負も、呼吸もだが、それ以上に石高相撲部主将としてのプライドが何よりも。

 

 -これから俺達で、最強の石高相撲部を作るんだからよ-

去年、沙田に言った言葉が頭をよぎる、来年は金森も真田もいない、それでもその決意は固かった。

 

 

 間宮 圭一

 

 実家が花屋だった彼は、元々が心優しい少年であった。しかしその体格や面構えから

周囲の人間には敬遠され、時には苛めの対象になることもあった。

 だが相撲に出会って彼の人生は変わる、そこには見た目で自分を嘲る者などいない。

マワシ一丁で己を飾らず、闘志をぶつけ合う世界。仲間と同じ釜の飯を食い、共に鍛え、そして戦う。

 そして高三の今年、自分は強豪校である石高の主将として戦っている。自分にとって最後の大会、

主将として『負ければ終わり』の大会を戦っているのだ。

 

 なのに、なんだこのザマは!

 

「くひゅあああぁぁぁ!!」

ノドを責められながらも吠える間宮。アゴを引き、陽川の腕を喉元に挟み込む。無論それで更に喉は圧迫されるが

意に介さず腰を割り、真っ赤な顔で陽川を睨む。

「(負けられるか!俺は石高史上最強のチームの主将なんだ!)」

 

 そして間宮は、陽川に負けない前傾姿勢を取り、全体重を陽川に浴びせる、ノドに手がくい込んだままで。

そして押し返す!

 170kgの間宮と92kgの陽川が同じ体制で押し合えば、結果は言わずもがなである。一気に土俵の反対側まで

押し返される陽川。

 

「チャンスだ!」

桐仁が叫ぶ。今、間宮は完全に陽川に寄りかかる体勢になっている。今なら投げも引きも決め放題だ!

「投げろ!・・・あ、ああっ!」

 口にした一瞬の後、自分の言葉の間抜けさに気付く桐仁。間宮は『鉈』を極められた状態で押している、

逆に言えば陽川の両手は押し付ける間宮の体重と、自らホールドした腕によって完全に封じられているのだ。

これでは投げや引きはおろか、体を躱す事さえままならないではないか!

 

「くそおぉぉぉっ!」

無念の雄たけびを上げ、土俵外に弾き出される陽川。

 

 -西、間宮君の勝ち!-

 

 審判のコールに、首元を真っ赤に紅潮させた間宮が、せき込みながら勝ち名乗りを受ける。

普段温厚な間宮の激しい戦いと勝利に、石高応援団が沸きに沸く。

「間宮さん、ナイスファイト!」

沙田が珍しく興奮気味にハイタッチする。間宮は呼吸を整えながら、皆に指示を出す。

「おう・・・続けよ!」

多くを語らない、間宮らしい激励。その声を聴き、皆の反応を見て、選手の脇に座る石高顧問の菅原は確信する。

「(勝ちましたね・・・昨年の借りは返させてもらいますよ、ダチ高相撲部。)」

 

 

 息を切らせながら土俵を降りる陽川。大口を叩いておいてこのザマだ、何が刃皇だ、情けない・・・

「下を向かない!」

蛍が声をかける。陽川とすれ違いざまに肩に手を置き、こう続ける。

 

「必ず取り返す!だから、よく見ておくんだ!」

そう言って土俵に上がる蛍。

 

 

 -二陣戦。東、三ツ橋君。西、市橋君-




 「ああ播磨灘」で有名ですよねー、『鉈』。
あの技を実際に使うとどういう展開になるか想像しながら書きましたがどうでしょう?

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