蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

120 / 121
さぁ、読者諸氏も国技館に居るつもりで!


結びの一番 蛍丸と鬼丸国綱

「もう、よりによって初日なんてね。」

 シンガポールのチャンギ国際空港、仲間にそう毒づくのは女子相撲協会のひとり、

堀柚子香だ。

 お目当ての一番がよりによって初日に組まれたために、今後のこの国での活動を

仲間たちに任せて一足先に帰国することになったのだ。

 

「じゃあ、後頼むわよみんな。」

「任せてよ、このままグイグイ行けば多分大丈夫、人気出て来たし。」

 池西檸檬がそう返す。世界各国で女子相撲の普及を続けてきた彼女たちにとって、

世界の交差点とでもいうべきこの国に相撲を根付かせる事が出来れば、女子相撲の普及の

大きな前進になるだろう。

 相撲の養成所、ファンクラブから大会運営、そして日本への観戦ツアーの企画など

まずは相撲人気を上げるために奔走し、その上で女性のこの競技への参加を進めていく、

 すでに何か国のスポーツ省からは女子相撲のオリンピック認可を取り付けており、

この国もあと一押しで陥落しそうな状況まで来ていたのだ。

 

 旅立つ柚子香に、仲間である檸檬、蜜柑、杏らが女子らしい声を送る。

「もうあっちで結婚しちゃいなよ、んで蛍っちにも協力してもらおー。」

「場所中にエッチしちゃダメだよー!」

「襲うのはいいけど、三面記事にならないようにねー。」

 

 こらこら、私を何だと思ってんのよ!と苦笑いしながらも手を振り返す。

搭乗口への動く通路を進みながら、その先にある飛行機を見て、行った先に思いを馳せる。

「(とうとうだね、蛍・・・)」

 

 

「おし早苗、準備はええか?」

「うん、いつでも。」

 千葉の料亭あかいけ。二代目板前の哲夫と若女将の早苗が店を出る。今日は父に店を任せ

大相撲の観戦ツアーにスポンサーや常連客と共に向かう。

 送迎用のバスの特等席にはこの店の出資者の松本社長。すぐ後ろには彼の孫でかつての先輩、

松本康太と、社員であり彼のライバルであった滝沢氏も乗り込んでいる。

「ええー、テッツーが運転すんの?大丈夫かよ・・・」

 懐かしのチームメイトである沼田が運転席の赤池に軽口を叩く。隣では柳沢が生命保険の

紹介を皆にはじめて『おどれらなぁ・・・』と赤池に睨まれる。

「じゃあ、出発しまーす。」

 早苗の言葉と同時にバスが動き出す。向かうは国技館、今日尊敬する先輩の

待ち焦がれた幕内デビュー戦、そして横綱初挑戦の一番に声援を飛ばすために。

 

 

「っし!そろそろ出張るぞ。」

 柴木山部屋、新横綱の鬼丸関のその言葉に、周囲はええー、という不満顔。

「ったく、横綱になったのに午前中に会場入りする気っすか?」

「まぁ鬼関だからねぇ、早めに行った方が落ち着くんでしょう。」

バトが、大河内が諦め声でそう呟く。頂点になったんだからあわてずに悠々と会場入り

すればいいのに、と。

「さすがに緊張してるか?」

 そう声をかけたのは寺原だ。入門前から鬼丸を知る彼は、その表情が流石に固い事に

気付いていた。横綱としての初の場所、土俵入りも今日から薫丸、白狼と共に単独で務める、

少しでも早く会場入りして緊張をほぐしたいのも分からなくはない。

が、鬼丸は笑顔でそりゃそうじゃ、と答えるに留まる、その想いを心の奥に押し込んで。

 

 それを座敷から見ていた柴木山親方は、彼の気負いの理由を正しく理解していた。

今日の一番、火ノ丸の相手をするのは他ならぬあの三ツ橋君、あの彼がまさかここまで

辿り着いた事も驚きだが、何より親方は火ノ丸を通じて彼の物語を聞いていたのだ。

 

 今の三ツ橋君・・・蛍丸にとって鬼丸は『標的』

鬼丸にとっては返り討ちにすべき『挑戦者』。

 

 相手の敵愾心を真っ向から受けて立つ立場。首を、金星を狙われ続ける者、それが横綱。

親方ですら未知の領域に立って見せた愛弟子に、かける言葉を見つけられない。

親方はただ、鬼丸にこう告げて腰を上げる。

 

「解説席で見てるよ、火ノ丸ちゃん。」

 

 

「えーっと、どこの入場口から入った方が近いんだっけ、僕らの席。」

「東口じゃない?ちょうどこの正面だけど・・・うわぁ、すごい人だかり。」

 幸田純一と西岡トオルが国技館の前でそう話す。ラグビー強豪の(株)銚子造船のダブルエース、

中学時代のチームメイトであり、大学で再会して再びコンビを組んだ二人。

幸田いわく『どこかトオルに似てるんだよ、その先輩』と聞いて興味を持ったトオルは

幸田に付き合って初の大相撲観戦に訪れていたのだが・・・

 

 入り口の混雑の理由はすぐに分かった。ちょうど今、幕内力士が会場入りする時間帯で

多くの『入り待ち』のファンが色紙をもってお目当ての力士に群がっているのだ。

と、そのうちの力士がこちらを向いて声をかけて来た。え、何で?

「あーっ!やっぱり幸田君だ、見に来てくれたんだねぇ。」

 大勢の女性ファンに囲まれた状態でそう話す力士、相撲に詳しくないトオルでも彼くらい

知っている。

 関脇『三日月宗近』。

すべるように土俵に円を描く、相撲とは思えない華麗な戦いをする人気力士。

 

 知り合いなの?という顔をするトオルをスルーしてがっしと幸田の肩を掴む三日月関。

「さぁ、相撲部屋へ入門しようよ、勝ち逃げは良くないよ~」

「無茶言わんでください!」

 幸田は全日本ラグビーの強化選手に選ばれているほどの逸材だ、今さら道を変えられる

立場ではない。その返答にちぇっ!と返してサインに戻る三日月。

 

「って、勝ってんの?三日月に!」

驚くトオルにまぁね、と返す純一。まぁあの一度きりで、もう絶対無理だけどねと付け加えて。

 トオルは彼を見直す。高校時代に離れていたラグビーを大学からまたやり直して

落ち着かない奴だ、と思っていたが、相撲の方でも己を高めることを怠ってはいなかったようだ。

 そんな彼の『お目当て』の力士とはどんな人だろう、と期待を膨らませて入場する。

 

 

 

『いよいっしょおーーーーっ!』

 

 新横綱『鬼丸国綱』の土俵入り、力強く四股が踏まれ、不知火型のせり上がりで

その小さな体をまるで山の如く見せつける。観客も親方衆も力士たちも皆、その見事な

土俵入りに感動のため息を漏らす。

 既に土俵入りを終えている同じ横綱の大典太、童子切の二人も、草薙、冴ノ山、大包平の

大関陣も、他の関取たちもその姿を見て、負けてなるかと闘志を燃やす。

 

 中入りの取組は激戦続きだった。人気絶頂の大相撲、参員御礼の舞台にあって、

不甲斐ない相撲や気力の無い相撲を取るわけにはいかない。今、まさに土俵は充実の

極みに達していた。

 

 取り組みが進み、西の支度部屋も取り組みが終わった力士たちで埋まっていく。

そのまま帰る者もいるが、今日は多くの者がそこに居残っていた。

「蛍関、そろそろ・・・」

役員の呼び出しに腰を上げたのは、その支度部屋で最も小さい力士。そんな彼に

他の力士たちが次々声をかけていく。

 

「三ツ橋、火ノ丸は強いぞ・・・頑張れ!」

「ったく、俺よりよっぽど火ノ丸に拘ってんじゃねぇか。容赦ないぜ、アイツは。」

 全国制覇した時のチームメイト、太郎太刀と鬼切がそう声をかける。

 

「俺らと当たるまで、せいぜい勝ち星稼いでくださいよ。」

「あー、負けが込んだら俺とも当たりますからね、楽しみにしてますよ。」

かつての後輩、陽鉈と薫峰が大舞台での先輩との対決に思いを馳せ、激励する。

 

「やっとここまで来たな、待ってたぜ蛍丸。」

「先場所の借り、キッチリ返させてもらうでぇ!」

「おいは草薙に勝ったぞ、お前も勝って来い、蛍丸!」

学生時代からのライバル、長船(舟木)と蜂須賀(菅)、そして圧切(黒田)がそう言って

彼を送り出す。

 

 と、もう一人の男が立ち上がり、蛍丸の前まで進んでその両頬をぱんぱんと張り、感慨深い

表情でこう檄を飛ばす。

「見せてやれ、今のお前を。」

「はいっ!」

 同部屋、清心道の目を正面から見返してそう答えた蛍丸。今、幕内の花道に歩を進める。

 

 

 蛍丸と鬼丸が東西の花道に姿を現したのはほぼ同時だった。先の一番が終わった直後と

いう事もあり、国技館に大歓声が響き渡る。

 

 蛍丸はその歓声の中に、いくつもの懐かしい声を聴き分けていた。

 

「みっつはっし先輩ー、ファイットぉーっ!!」

「ご馳走用意して待っとるでぇーっ!」

「金星挙げるッスーーッ!」

 升席から赤池一行が声を上げる。諸岡顧問と松本社長も居並んで腕組みし、彼の一番に

期待を込める。

 

「行ったれーっ!今日からお前が『鬼丸殺し』だぁーーっ!」

「ポッキー食いながら叫ぶなっ!」

 観客席からは大学時代のチームメイト、下山と葉山が並んで観戦している。

 

「勝たないとカッコよくなれねぇぞーっ!」

 最上段の通路から声をかけるのは荒木だ、今年の年末に國崎との総合格闘技の一戦を

控えている彼もまた、この場に来て声を出す。

 

 聞こえてるよ、みんな、ありがとう。

 

 

 

 -ひがぁ~しぃ~、鬼丸、おにぃ~まるぅ~-

 -にぃ~しぃ~、蛍丸、ほたぁ~るぅ~まるぅ~-

 

 腰を上げ、土俵階段に足を掛ける両力士。蛍丸はちら、とたまりに腰を下ろす大和国親方に

軽く会釈し、正面を見据えて土俵に上がる。

 

 そこは、灼熱の炎たぎる円(まどか)の舞台。

 

 鬼丸の眼から、全身から放たれた炎が、熱気が、土俵上に荒れ狂う。

地獄を闊歩する炎の鬼が今、綱を携えて己の土俵に上がる、

その表情は、闘志の中にもどこか嬉しそうな色をたたえていた。

 

『さぁ、相撲ファンお待ちかねのこの一番!いよいよ実現しました、委員会の粋な

計らいに感謝ですね。』

 アナウンサーがそう話す。確かにこの対戦が初日に実現した背景には、その小さな体に

見合わわぬ馬力を生かして横綱にまで成り上がった鬼丸と、同じく小さな体を巧みに舞わせ、

潜らせ、動きかき回して幕内まで来たサーカス相撲の蛍丸、その相撲を見たいと思う

ファンの期待に編成委員会が応えた、という側面があったと思われる。

 

『炎を帯びた小さな大鬼と、蛍火を纏った牛若丸。その対戦、いよいよですよ親方!』

『そうですね・・・私としては鬼丸に、横綱として強さを見せつけて圧倒してほしいですが

そういう相撲を切り返すのが蛍関の怖い所です。』

 柴木山親方がこの一番をそう分析する。ただそれは技術面での話でしか無かった。

問題なのは、勝敗を分けるのは『心』の差。これまで二人が積み重ねて来た物、背負っている物

背中を押してくれる力の、想いの差がそのまま勝敗を決するだろう、と心中で呟く。

 

 蛍丸はその灼熱の土俵にあって、自分でも驚くほど冷静でいられる自分が不思議だった。

それは、その舞台が決して自分だけで立ちえた場所では無かったから。

 

 大勢の観客の声援が背中を押す。かつての仲間が、ライバルが、辿って来た熱い戦い、

歩んできた人生が、自分の背中に力をくれる。

 

 かつての自分、かっこよくなりたいという思い。黒田さんとの戦いで吐きだした

その想い、そうなりたいと思っていた過去の僕、それが土台となって僕を支える。

 

 全敗の屈辱の記憶、過去の棘。それを抜くために、火ノ丸さんに勝つためにここにいる。

ああ、そうか。その棘すらも今日の僕の力になっているんだ。

 

 父さん、母さん。楽器を、そして相撲をする事を許してくれた両親。きっとどこかで

見ていてくれているだろう、この観衆の中で声を出すような人たちじゃないから確認は出来ないけど。

 

 そして・・・火ノ丸さん。

貴方と出会て、憧れて、僕の目標でありつづけて、そして標的として高みに居続けてくれた

彼に心から感謝し、そして・・・挑む。自分の人生の全てを持ち寄って!

 

 

 ありがとう、みんな。

 

僕をここまで叩き上げてくれた、全ての人に、心から感謝する。

 

 -ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-

 -ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-

 

『常にファンの目を意識して、観客を沸かせる力士を目指しなさい。』

 

 声援を背中に聞きながら、親方の言葉を思い出す蛍丸。そう、あの人気力士の鬼丸と

対峙する自分にこんなに大きな声援が送られている、背中を押すその声が何より心地よく

全身に有り余る力を漲らせる、よし、行くぞ!

 

 円い土俵の中、蛍火の様な彼の眼光が尾を引き、鬼を見据える。

 

 

 対面にいる炎鬼は、その眼光を心地よく受け止め、その力を推し量る。

努力、屈辱、仲間、好敵手、師匠、弟子、魂、目標、さまざまな物を背負い自分に挑む

その様は、とてもあの三ツ橋蛍とは思えない程に大きく、そして重かった。

 

 だが・・・

 

「火ノ丸ーっ!頑張ってーーっ!」

 

 鬼丸は愛しい人の声を背中に受け、より一層の炎を焚き付ける。そう、自分には

さらなる一押しをしてくれる女性がいる、それが・・・

 

 

 「蛍ーーーっ!頑張れーーーーーーーっ!」

 

 

 国技館に響く女性の大きな、そして『想い』を乗せた声が響き渡る。

運動系の活動をしている者のみが出せる、腹からの、いや魂からの声援が。

 

「(なんじゃ、ワシが教える事が無いですよ、刃皇関。)」

鬼が笑う。笑うしか無い。

 

 

 

「(・・・柚子香)」

 蛍は思う。ああ、これで揃った、僕を強くする最後の最後のひとかけら。

多幸感に身を浸しながら、俵に手を下ろす。そうだ、今僕は全てを持っている。

向かい合う相手すら、僕の欲したものなのだから。

 

 さぁ、かっこ良くなろう。

 

 

  -はあっきよいっ!-

 

 

 

 

 

 -火ノ丸相撲二次創作、蛍火は円(まどか)に舞う 完-

 

 

 




長らくご愛読ありがとうございました、これにて完結です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。