蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第14番 荒木の選択

「くっ、すまん。荒木、沙田・・・頼む!」

呼吸を荒げながら土俵を降りる美馬、後に続く2年生二人に望みを託す。

 

 荒木は立ち上がり、ひとつ、すぅっと深呼吸すると、格闘家の目になって土俵を睨む、

昨年の団体戦、荒木は二陣戦で出場するも國崎に敗れ、石神の県予選敗退の一端を担ってしまった。

そんな雪辱の場面に力が漲る。

 

 が、土俵に向かおうとしたその時、主将、間宮の手が彼の肩に置かれる。

「あれこれ考えるな、お前の相撲を取ってこい。」

そう告げる間宮に、荒木はため息ひとつついて答える。

 

「土俵の下に置いていけ、でしたね、わーってますよ。」

 

 

 -副将戦。東、松本君。西、荒木君-

 

 2-1で迎えた団体戦決勝の副将戦、今年の関東新人王の松本と、一昨年の全中柔道王、荒木の対戦。

しかし観客も、ダチ高相撲部の面々も、有利なのは松本の方だと睨んでいる。

 重厚な受けの相撲を取る松本に対し、荒木の相撲はどこか腰高な、柔道癖が抜けきらない感じある、

投げ主体のイメージがあったからだ。

腰をがっつり割ってくる、粘りのある松本にその投げが決まるとは思いにくい。

 まして荒木は今年の春、団体のレギュラーからすら外れていた。ここにきて復調したとしても

今の松本に通用するとは思えなかった。

 

「(ここで決めろよ、松本・・・)」

 土俵を見る桐仁の拳に力が入る。もし松本が破れ2-2のイーブンになったら、自分が大将として

あの沙田と戦うことになる。無論その覚悟はあったが、体調がそれについてきていない。

ここまで5戦、休憩を挟みながとはいえ連戦。肺の弱い桐仁の『戦える時間』は確実に削られていた。

 

 松本もそんな事情は良く分かっている、自分がここで決めなければダチ高の全国が危うくなる。

大丈夫だ、普段通りの相撲を取れば勝てる。そう自分に言い聞かせて荒木に対峙する。

相手は見た目も自分よりずっと小さい、何をしてこようと対応できる、勝てる!

 

 -はっきよい!-

 

 両者が立つ!荒木は頭から突っ込み、松本は胸で受ける。

そのまま体格差で一気に荒木を押し込む松本ではあったが・・・

 

「(な、何だ?軽い・・・変化?い、いや違う)」

 

 手ごたえが無い。軽量どころではない、ほとんど空気を押しているかのように重さを感じない、

改めて凝視するまで、そこに荒木がいるのかどうかさえ疑うほどに。

 

 が、彼はそこに居る。頭を付け、腰を落とし、姿勢を固定したまま滑るように押されていく。

そして足が俵にかかった瞬間、右に円を描くように移動、体を入れ替えようとする。

松本もそれに反応、出し投げを食らわないように足を運び、再び正面に向かい合う。

 

 そして、松本が右上手を引こうとした瞬間、荒木は動く。静かに、気配無く。

 

左手で松本の右手首を掴む

右手を相手の左わきに差し込む

やや体を開き、右足を松本の左足の内側に添える

 

 その3動作を同時に、スッと自然な形で行う。まるで武道の『型』のごとく。

松本もその動きを把握してはいた。しかしあまりに力感のないその動きに、作為を感じ取れずにいた。

むしろそれがフェイントではないか、とすら思う。

 

 次の瞬間、荒木の体が、力が、弾けるように爆発する!

 

 まるで暴れ馬が騎手を振り落とさんかのように右足を跳ね上げる、同時に右腕ですくい投げを打ち

左手で掴んだ松本の右腕を巻き込む。

 

 左内股を跳ね上げられた松本の、唯一地面に接していた右足が浮き上がる。と同時に

松本は正中線を軸にして一気に空中で半回転!

 

 -掛け投げ『天地返し』!-

 

 145kgの松本が宙を舞い、もんどりうって背中から地面に落ちる。

そのあまりに一瞬の出来事に、会場からは声が出ない。多くの人があんぐり、と口を開けて固まる。

 

 投げられた松本の視界は、その技名の通り土俵と屋根が、地と天が入れ替わったかのごとく映った、

「(僕は負けた、のか?何をされて・・・?)」

 

 

「さ・・・三点投げ、だと!?」

桐仁が声を絞り出す。自分の元祖でもなく、火ノ丸の百千夜叉落としでもない、

『腕取り』『掬い』『足跳ね上げ』の3つの合わせ技!

 

「あんな速い投げ、相撲じゃ見たこと無いわ・・・」

名塚が漏らす。確かに複数の合わせ技は、投げを主体とした柔道では珍しくはない。

だが、長年相撲を見てきた彼女をしても、ここまでの切れ味と速度を持った投げ技は見たことが無かった。

 

 あー、と嘆く寺原の隣で、柴木山親方が唸る。

「『脱力』が生む『瞬発力』か。だが、ここまでとは・・・」

普段も彼は部屋の弟子たちに「力の入れどころ、抜きどころをしっかり見極めろ」と指導している。

それを承知でも、あの荒木の立ち合いからの力の抜き方は異常だ。

 相撲は刹那の勝負。わずか4.55mの土俵から出ても、足の裏以外が地面についても負けの世界、

そんな勝負でそもそも「力を抜く」こと自体がリスクですらある。下手をすると力を込める前に

負けてしまう事すらあるというのに。

 

 

「よし!」

ぐっ、と拳を握り、手ごたえを感じ取る荒木。この脱力を生かした瞬間の破壊力、彼なりに出した

『相撲と柔道の融合』の結論の取り口に満足する。

 彼が見本としたのは、春の全国で見た鳥取白楼の主将、榎木慎太郎の相撲だった。

合気道を習得している彼は、かつては荒木と同じように、やや腰高な相撲を取る傾向があった。

だが、この春の彼は、合気道のような自然体に近い立ち方は一切見せず、常に腰を割った状態で

見事に相手を捌いて次々と勝ち星を挙げていった。

 

 あれ以来、荒木はひたすら四股を踏んできた。腰高にならない状態で、なおかつ相撲において

柔道の技を生かす方法を模索するために。

 押さば引け、引かば押せ。そんな柔道の極意を応用するため、彼は力のオンとオフを使い分けを目指す。

勝負が一瞬の相撲では、それを使いこなすのは無理だと思っていた。しかし相撲の腰の低さを

身につけた時、それは不可能では無かったのだ、彼にとっては。

 腰を十分に割れば、どんな技でも一瞬で負けることは無い。脱力した状態ならなおさら倒れにくくなる。

ましてや彼の『削ぎ落す』メンタルの強さは、オンオフの判断をより鋭敏なものにしていたのだ。

 

 力強い笑みをたたえ、石高相撲部が小さくガッツポーズを作る。見たか、ウチの荒木の強さを!

部員全員がこの荒木の瞬発力を生かした投げを知っている、喰らっているからこそ、

それが味方であることに、頼もしさと誇りを感じながら。

 

 -西、荒木君の勝ち-

 

 

 土俵を降りる荒木を沙田が出迎える。拳で軽くハイタッチをした後、背中で語る荒木。

「お膳立てはしてやったぜ、国宝さんよ。」

「・・・プレッシャーかけてくれるじゃないの。」

お前がそんなタマかよ、と嘆いてすれ違う、石高内最大のライバルふたり。

試合を終えた荒木も、これから試合を迎える沙田も・・・共に笑っていた。

 

 

 ふぅ、と息をついて桐仁が立ち上がる。眼鏡をはずし、三ツ橋に預ける。

「さて、出番か。」

結局こうなってしまった。というよりその予感はあった、沙田との一戦が個人の戦いではなく

大太刀と石神の雌雄を決する戦いになる事の。

 

 不安はある。自分は20秒以上戦えない欠陥力士、しかも今日の連戦でさらに時間は短くなっている。

そして対峙するのは国宝『三日月宗近』。自分に負けず劣らずのスピードと技のキレを持つ男。

 そんな苦境を背負って土俵に上がる自分に、むしろ喜びと、血の滾りを感じていた。

「大一番、望むところ!」

暗い顔に、それでも笑みをたたえて、呼び出しを受ける。

 

 

 -大将戦。東、辻君。西、沙田君!-




一瞬の勝負を文章で表現するのって難しいです、どーしても説明的になってしまうんですよね
荒木同様に『削ぎ落す』文章を目指さねば・・・

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