呼び出しを受け、東西から双方の大将が土俵に上がる。
その瞬間、会場が異様などよめきに包まれる。
千葉県内にいるただふたりの国宝、鬼切こと辻桐仁と、三日月こと沙田美月。
殺気をはらんで対峙する二人を、チームメイトが、ライバル達が、そして他県の偵察部隊が見守る。
そんな中、相撲雑誌記者の名塚に、カメラマンの宮崎が質問する。
「どっちが、勝つかな・・・?」
その質問に、彼女は残念そうな表情をして返す。
「さぁ・・・でも、この一戦で負けた方は。もう『国宝』とは呼べなくなるわね。」
沙田は昨年、潮火ノ丸に二度、天王寺に一度敗北を喫している。そして今年の春は
大河内にも敗れ、全国でその名を馳せる事は出来なかった。
もしこれ以上黒星を喫するようなら、もう彼を『未来の横綱候補』と称する者はいないだろう。
桐仁は昨年の全国大会決勝、二陣戦で出場した。鮮やかな取り口で勝利はしたが、
同時に耐久力の無さという欠点をさらけ出してしまっていた。
弱点を抱える力士に横綱の夢を見る者はいない、桐仁がそれを克服しない限り、彼に国宝の名は
相応しくない。
「団体戦全国への切符、そして『国宝』の名を掛けた一番か・・・」
宮崎のカメラを握る手に力がこもる。
礼をして、両者が蹲踞の姿勢を取る。桐仁は沙田の殺気を受け止めながら、自分の体と会話し
己に残された『時間』を割り出していた。
「(15秒は流石に無いか・・・)」
呼吸法を試した、インターバルも取った。それでも今日一日の連戦で、ベストコンディションで
土俵に上がる事は叶わなかった。
だがそれでいい。時間が少ないならそれだけ集中すればいいだけの事!
-手をついて-
沙田は対峙しながら、不思議な高揚感を感じていた。昨年と同じ舞台、そして惜敗した一番。
だが今年、今また自分はここにいる。昨年と同様、真剣勝負が出来る相手を目にして。
(つーか、昨日今日でやっと本気になった奴が、やり切った感出してんじゃねぇよ)
去年の敗戦後、市橋に言われた言葉を思い出す。そうだ、僕はまだまだやり切っていない。
国宝も後悔ももうどうでもいいじゃないか、この一番が、こういう瞬間が、相撲を続けていれば
必ずやって来る。
そのためにも勝つ!自分の『その先』の為にも・・・
「立ち合い、注目だぞ!」
川人高校の大河内が呟く。両者ともに組み際の技が非常に鋭い、立ち合った後先手を取るのは
果たしてどちらか・・・
-はっきよい!-
パァァン!
立ち合いと同時に、沙田の突っ張りが桐仁の顔を張る。続けて二発目-
「そうきたか!昨年の鬼丸戦でも見せ・・・」
大河内はそれ以上喋れなかった。桐仁は沙田の二発目の左張り手をなんと右手でつかみ取り、
その手を巻き込んでネジ伏せに行く-
「とったり!」
柴木山親方が拳を握り、叫ぶ。あの速い突っ張りを掴んだだけではなく、すぐさま投げに行くとは
なんという相撲セン・・・
親方の思考はそこで中断する。褒める間もなく沙田は右手で左手を掴み、取られた腕を両手の力で
無理矢理に引きはがす。返す刀で肩でカチ上げ、上体が起きた桐仁に沙田が襲い掛か・・・
パンッ!!
沙田の目の前が弾ける。なんと桐仁は猫だましを放ち、その轟音が会場内に木霊する。
瞬時、視界を奪われた沙田の懐に、桐仁が低空で滑り込み、右手で左足を払いにかかる。
「内無双!」
間宮が言葉にした時、既に沙田はそれを先手の蹴返しで防いでいた。そして一歩引き、腰を割って
上から体重をかける。
と、桐仁はのしかかられたまま後ろに下がる。つられて沙田の体が流れた瞬間、半身の体制を取る、
そして肩で相手の上半身を担いで後ろに反り返る!
「襷反りっ!」
蛍が叫ぶ。昨年の全国で國崎が大典太を仕留めた技!
が、沙田は素早く下半身を回し、桐仁にまたぐらを取らせない。桐仁を飛び越し、また正面に立つ。
すかさずぶちかましを放つ、体重で劣る桐仁は飛ばされながらも相手の両肩を掴み、
ひねって軸をずらし左にいなす。沙田もそれに追いつき、張り手で追撃!
会場の全員が息をのむ。これは本当に相撲の試合か?目まぐるしく入れ替わる攻防に息つく暇もない。
目を離したスキに試合が終わりそうなハイスピードの攻防に、会場が釘付けとなる。
突っ張り、捻り、いなし、叩き、投げ、そしてまたぶちかまし。土俵の上で展開する高速バトルは
ある一つの条件の下に成り立っていた。
「・・・いつ組むんだよ。」
そう、二人はここまで全くマワシを掴んでいない。お互いに組むことがいかに危険か
よく理解していたから。
沙田のそのマワシはここまで純白のまま、誰にも触れる事は叶わなかった。その体さばきと
強烈なおっつけ、そして目視すら困難な出し投げの前に、対戦相手は土にまみれて行ったから。
辻桐仁と四つになること、それは彼と対峙するなら誰もが恐れる事だろう。組み際でさえ
あれほどの多彩な技を放つ相手、もしマワシを許したら次の瞬間何が来るか予想も出来ない。
沙田もまた、彼と組むことを警戒していた、組むなら決定的な瞬間、その一瞬で決める、と。
「ゼッ、ゼェッ・・・」
攻防の最中、桐仁の呼吸が荒くなっていく。今何秒経った、あと何秒動ける・・・?
体は徐々に水に浸かったように重くなり、呼吸を水圧が圧迫していく。それでも目の前の状況に合わせ
気持ちが体にムチをくれて動き続ける!
だが、土俵上は徐々に沙田の時間が増えていった。桐仁はいなしや躱しで凌いではいるが
目に見えて『攻め』の時間が失われていく、試合の流れは誰の目にも沙田に傾いている。
「辻センパーイ、ファイットぉ!」
「カントクー!気合い入れろーっ!」
「動きを止めるな!かき回せーっ!!」
悲鳴に近いダチ高の声援が響く。
「油断するなよ!」
「変わるぞ、じっくりいけ!」
「詰めを誤るなよーっ!」
勝利に確実に近づきつつある石高が、『その時』を待ちかねて声を出す。
桐仁が出した渾身のもろ手突きを沙田がいなし、体が泳いだ相手にタックルをかける。
そのまま一気に土俵際まで押し込まれる桐仁、俵に足が掛かり、少しだけ抵抗の力が増す。
だがこの時点で、もう彼の『時間』は完全に尽きていた。
立ち合いから21.57秒、強敵との攻防による集中力を頼りにここまできたが、既に彼は
頭の遥か上まで水に浸かっていた。
-20秒動き続けるとな、『溺れる』んだ、息が出来ない-
動きを止めた桐仁は、俵に足が掛かったことでほんの少し前のめりになる。それは沙田の、
いや国宝『三日月』の前では致命傷となる体制であった。
「(ここだ!)」
沙田は決断する、今こそ決着をつける時、彼のマワシを僕だけが掴み、勝利の円を、月を描く時!
そう判断した時の沙田は速い。対戦相手には目視すら出来ない程の、高速の出し投げ-
-下弦之月、朧-
沙田の体が月輪を描く。その姿、その速さ、彼の必勝の動きに誰もが決着を確信する。
石高相撲部が拳を握って立ち上がりかける。
大太刀相撲部が表情を悲壮な色に曇らせる。
そして桐仁は・・・溺れながら・・・笑っていた。
「(・・・かかった)」