-団体決勝戦の始まる一時間ほど前-
「うわ、マジ速いわ!」
「これが国宝『三日月』の出し投げ・・・」
ダチ高控室、千鶴子が録ってきた石高の試合をタブレットで鑑賞しながら、思わずため息を漏らす。
「技に入る前の動きや『崩し』も逸品だな、そりゃこんなの食らったら飛ぶしかねぇ。」
「マワシを引くのと投げの初動、ほぼ同時じゃねぇか!速いわけだ・・・」
画面に釘付けになる一年を見ながら、ため息を漏らす桐仁。分かってはいたことだが、
やはり奴には一年では歯が立ちそうにない、自分でも攻略の糸口すら見えてこないのだから。
右の『上弦之月』、左の『下弦之月』。それを気配すら感じさせずに繰り出す『朧(おぼろ)』-
ひとたびこの投げの体勢に入られたら、もはや対戦相手には成す術は無いだろう。
「でも、この投げ技って、マワシ掴めなかったら自滅しません?」
そう言ったのは足のケガで座って見ていた幸田だった。マワシを引くことを前提にほぼ決め打ちで
投げを打っているだけに、もし手がすっぽ抜けたら完全に背中を向けてしまう、
初心者の彼には、そんな欠点があるように見えた。
「いやいやいや、いくら何でもマワシ引けなかったら投げを止めるって。」
陽川が反論する。さすがに何も掴んでない状態で投げに行く間抜けはいないだろう。
周囲も、そりゃそうだ、と笑いが漏れる。
が、桐仁だけは、その弟子の意見を無視しなかった・・・。
-下弦之月、朧-
沙田の体が月輪を描く。その姿、その速さ、彼の必勝の動きに誰もが決着を確信する。
そう、誰よりも沙田自身が・・・
だが。その瞬間、沙田の全身に強烈なノイズ、つまり違和感が突き抜ける!
「(なんだ・・・?何かがおかしい、何かがいつもと違う!)」
何が違う?技に入る前の『崩し』は充分、腰のキレも、足の運びも完璧。あとは腕を返して
相手を投げる・・・
「(手の感触・・・これは、マワシじゃ、無い!?)」
ノイズの正体。沙田が左手で握っていたのは、否、『握らされて』いたのは、マワシでは無かった。
なんと対戦相手である桐仁の、固く締められた『手の平』だった!
桐仁のやったことは単純だった。崩されて出し投げを狙われる体勢になった、その時を見計らって、
自分の右の手の平を手刀に固め、出し投げの際に狙われそうなマワシの横ミツに添えただけ。
肩と二の腕で、沙田から見えないように隠しながら。
普通なら掴んで間もなくそれがマワシでは無いことに気付くだろう。しかし沙田の出し投げは
『間もなく』の間に投げ終えるほどの速度を持っている。
その速さこそがアダとなったのだ。桐仁の手を掴んだまま豪快に出し投げを打った沙田は、
相手を動かせぬままそのまま半回転し、無防備な背中を晒す。
会場の全員が、あんぐりと口を開け、声にならない声を上げる。
これが偶然ではなく、桐仁が狙って仕掛けた『罠』であることを、その光景が告げていたから。
「(かかったぁっ!!)」
桐仁が声にならない声を上げ、掴まれた掌を振りほどき、背中を向けた沙田に突撃する。
沙田は必死に振り向こうとする。が、遅い!背後とはいかなかったが、横からがっしりと食らいつく桐仁。
そして、その純白のマワシを、桐仁の両手がしっかりと、捕らえた-
「捕まえたぁっ!」
蛍が、ダチ高相撲部が、応援に来ていた大太刀の生徒が一斉に沸く!
単にマワシを掴んだだけではない、沙田の横から、しかも腰が浮いた状態の沙田を捕まえたのだ。
乾坤一擲!相撲にとって絶対の体勢を作る事に、ついに成功した。
「うおおおおおおっ!」
桐仁が寄る。寄りかかるようにして。
投げを打つ選択肢はない、もし投げをこらえられたら、せっかく掴んだマワシをまた離すことになる、
そうなれば二度とその機会は訪れないだろう。
ゴボゴボボボォッ!
桐仁は溺れながら寄る、寄る、寄る!呼吸が出来ない?なら魚になるまでだ!
例え肺が破れようと、心臓が悲鳴を上げようと、この寄りだけは決めるっ!
土俵の端から端へ、二本のレールが航跡を引く。桐仁の勝利への電車道。
「行け行け行けーーーっ!」
「桐仁ーっ!」
ダチ高顧問の諸岡が、蛍が、一年生が、レイナや堀姉妹が、大声でその背中を押す。
彼の体力が限界を超えているのは皆分かっている。しかしそれでも、否、だからこそ
期待せずにはいられない、この執念が生んだ奇跡の勝利に!
「うわああああーっ!」
「沙田あーッ!」
まさかのエースの絶体絶命の光景に悲鳴を上げる石高相撲部。横から食らいつかれたこの状態では
得意のおっつけも効果を成さない、腰が浮いている以上踏ん張る事すら出来ないのだ。
「(負ける、のか?また・・・)」
沙田は放心しながら、自分の弱さを噛みしめていた。潮君に負け、天王寺に負け、大河内に負け
今また負けようとしている、自分はそんなに弱かったというのか・・・?
-次やる時は、ビシッと決めろよ-
-石高がお前を強くしてやる-
-確かにお前が勝ってりゃ、俺達は全国に行けたのになぁ-
走馬灯のように響く、誰かの声。
そう、自分とは違う、骨太で豪胆な先輩の声。
彼に比べて自分は、何と線の細い事か。あの人なら土俵を割るその瞬間まで、決して諦めなど
しなかっただろう、それに比べて俺は・・・
「(諦めてどうするっ!)」
そうだ、不利な体勢になったくらいで諦めるな、あの人、金盛さんならどんな体勢でも
最後の最後まで足掻いたはずだ、俺は何を学んだんだ!
押されながら、沙田は相手の背中越しに左の上手を掴む。奇しくも金盛の声を思い出したがゆえに
トレースした。彼の得意な、昨年ダチ高の五条を破った『波離間投げ』の体制。
だが、まだ足りない。体勢不十分な上に、金盛ほどの腕力は沙田には無い。
それは決して意識してやったわけでも、稽古の賜物で身に着いた動きでは無かった。
沙田美月という人物の運動神経、センス、そして直感がその選択をする。
空いた右手を下から背中に回し、後ろマワシを掴む桐仁の右手を、その上から鷲掴みにする。
マワシを『切る』のではない、『放させない』為に。
「はあぁぁぁぁっ!」
沙田が吼え、左手で波離間投げを打つ。と同時に相手の右手を抑えたまま、投げと同じ反時計回りに
鋭く腰を切る。その腰の回転に、抑えられた桐仁の右腕が、その先の体が巻き込まれる-
「なっ!?」
桐仁は自分の手がマワシから放れない、その理由が分からなかった。
相手が無理な投げを仕掛けてきたのは分かっていた、対処は簡単だ、簡単なハズだった。
右手さえ、放せていれば。
回転する渦のような沙田の動きに巻きこまれる桐仁、勝利を目前にしたその気勢が、執念が、
限界を超えていた彼をして、土俵に踏みとどまらせる。
代償として、沙田の姿を、その掴んだマワシを失って-
朦朧とした桐仁に、沙田の『最後の投げ』が炸裂する。右の前みつを引き、左手で自重を
相手のマワシに乗せて。
-自手取り上手出し投げ『双月』-
ズシャアァッ!
目を伏せ、天を仰ぐダチ高相撲部。この瞬間、大太刀の2年連続優勝の夢は潰えた。
息も絶え絶えな桐仁を見下ろしながら、沙田はこう話す。
「欲を言うと、万全の君と戦ってみたかったね。」
もし彼がベストコンディションなら、あの波離間投げで窮地を脱せられただろうか。
いや、もし彼に肺の疾患が無かったら、立ち合いからの攻防は違ったものになっていただろうか。
歓喜で迎えられる沙田、酸素スプレーを当てがわれ、自陣に座り込む桐仁。
勝者と敗者の対照的な光景が、土俵の外にあった。
そんな流れの悪さを、午後の個人戦でも引きずる事になる。
桐仁は1回戦で柏実業の三嶺に相撲にもならずに敗れ、松本は3回戦で川人の大河内に敗退、
大峰は4回戦で陽川との同校対決に屈し、その陽川も準々決勝で沙田に負ける。
そして、蛍は何と、1回戦でいきなり石高の荒木と対戦する。
団体決勝カードの勝者同士の対決は、誰もの予想を裏切る決着だった。
なんと立ち合い、ぶちかましを仕掛ける蛍を、荒木が『変化』による叩き込みで落としたのだ。
呆気ない、そしてまさかの結末に呆然とする蛍。いつも自分がしてきた『変化』で
負けるという事がどういう事なのか、彼は初めて身をもって知る事になる。
沙田-間宮の同校対決の決勝で盛り上がる会場の隅、大太刀相撲部は失意の底にいた。
団体も個人も、今年は誰一人として全国にコマを進める事は叶わなかったのだから。
「ほらほら、みんな下を向かない!これから表彰式でしょ!」
レイナがぱんぱんと手を叩いて激励する。
「考えてもみなさい!あんた達はみんな来年もあるのよ、他は主力が卒業しちゃうんだから
来年はアンタ達の天下じゃない、しゃきっとしなさい!」
あ、と顔を上げる一同。そうだ、忘れていたが今のダチ高は全員が1.2年生、
それでここまで戦えたんだから、あと1年鍛え込めば、きっとその先に行けるハズだ。
「私もOBとして威張らせてもらうからね、『ダチ高は私が育てた!』って。
だから顔を上げて、前を向きなさい!」
「「はいっ!」」
諸岡は思う。五條君が部長で本当に良かった、と。
-団体準優勝、大太刀高校-
表彰式。蛍が賞状を、桐仁がトロフィーを受け取る。みんないい笑顔、やるべき事をやりつくし
さらに前を向く男の顔。
「かっこいいじゃん、みんな。」
「ええ。」
「ですねー。」
レイナが、千鶴子が、柚子香が彼らを見て呟く。今年はあと一歩だったが、来年はきっと
違う未来が、より良い光景がここにはあるだろう。
-大太刀高校の夏は、まだ終わらない-
昨年のダチ高。火ノ丸、小関、佑真、國崎、蛍、桐仁、そしてレイナと千鶴子。
この8人に負けない魅力あるダチ高相撲部を作り上げるのが、本作のテーマのひとつでもあります。
初年度の大会を経て、この小説を読んでくださる皆様が、少しでもダチ高相撲部の面々に
魅力を感じて頂けたら幸いに思います。