蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第一章 二年生
第1番 新大太刀高校相撲部 始動!


「はーい、みんな注目ー!」

春、大太刀高校相撲部の部室に、五條礼奈の声が響く。

レイナの側には辻桐仁と三ツ橋蛍、堀千鶴子、そして新顧問(レスリング部との兼任)の諸岡雄一郎。

向かい合うのは5人の新入部員、内4人は以前から出稽古に来ており、既に顔馴染みではあるが。

 

「えー、改めて挨拶させてもらうわね、大太刀相撲部部長、五條礼奈です。」

凛として堂々と語ってはいるのだが、実は内心は不満もあったりする。

(ったく、何で選手でもない私が部長やんなきゃいけないのよ!監督も三ツ橋も・・・)

 

 

 半年前、3年の小関信也と五條佑真が引退、12月には三段目付け出し資格を得て大相撲に行く潮火ノ丸、

そして格闘王の夢を叶えるため高校を中退した国崎千比路が引退し、

残った桐仁、蛍、そしてマネージャーのレイナと千鶴子のわずか4人で新生大太刀相撲部は

スタートを切った。

 てっきり新部長は相撲博士でもある桐仁が務めると全員が思っていた。しかし桐仁は

新顧問との諸岡と相談の末、部長の任を引き受けないことを明かす。

「俺は、これから選手としての可能性を追求していきたいんだ。」

 

 ただでさえ技術指導者としての役割がある彼は、部長の仕事まで引き受けてしまえば

自分の為に使える時間が少なくなる。肺に疾患があり、長時間戦えない桐仁がそれを克服するには

やるべきことは幾らでもある、そんな彼の切実な願いに皆は黙るしかなかった。

 

「僕は・・・まだ公式戦未勝利ですからね。そんな人間が部長になったら大太刀の『格』が下がっちゃいますよ。」

三ツ橋はそう言って新部長の座を断る。

確かにこの1年で大太刀高校相撲部の名は全国に『強豪校』として轟いた。しかしそれは逆に言えば

『団体戦全国優勝校で公式戦1勝もできなかった男』三ツ橋蛍の存在をも知らしめてしまっていた。

 ましてや既に諸岡が中学相撲で実績を上げた有望株のスカウトに奔走していて、既に何人かは

色よい返事を得ている。そんな彼らの部長が三ツ橋だと不満に思う者もいるだろう。

部内的にも対外的にも、蛍が部長になることが大太刀の『格』を下げるのは確かだった。

 

 じゃあ誰にすんのよ!というレイナの言葉に、全員が一斉に彼女を指差す。

ええ、わ、私ぃーっ!?と言ってドン引きするレイナに、悪い目をした桐仁が囁く。

「生徒会ももう引退でしょ?コネ使ってたっぷり部費ふんだくって下さいよ。」

「3年はレイナさんだけですしね、指導力もバッチリだし。」

適任という顔をして言う蛍に続いて、千鶴子がさらに後押し。

「レイナさんなら安心です、部長って色んな所に目が行き届いていないといけませんから。」

千鶴子には心配事もあった。兄の佑真が引退し、火ノ丸が出て行ったダチ高相撲部に彼女が

居続けてくれるか、その引き止めの理由としては部長の指名はうってつけだったのだ。

 

 3方向から集中砲火を受けて赤い顔で引いている玲奈に、諸岡がトドメを差す。

「五條君なら適任だろうね。私もレスリング部と兼任だから、しっかりしてる人間が部長をしてくれると有難いよ。」

 

 その言葉に、内心げんなりしながらも

「仕方ないわねー、じゃあ私に任せなさい!」

と部長を引き受けるレイナ。そんなこんなで今この状況である。

 

 

「知っての通り我が部は昨年、全国制覇の偉業を成し遂げました。主力は卒業しましたが

続く私たちもその誇りをもって、大いに大太刀相撲部を盛り上げていきましょう!」

 レイナのスピーチに拍手が起こる。ふふん、と微笑んで下がるレイナと入れ替わりに

桐人が一歩前に出る。

 

「2年の辻桐仁です。大したことは言えませんが、ここでは一つだけ。」

そう前フリしておいてから続ける桐人。

「大事なのは自分で考え、工夫する事。自分の相撲に何が足りないか、何が秀でてるかをよく考え

試行錯誤を怠らない事。もちろん分からなければ積極的に誰かに聞くのもアリだ。

何もせず日々を漫然と過ごすことだけはしないように、以上です。」

 多少、瞬海さんの受け売りもあるが、無難にスピーチをまとめる桐仁。彼が下がると同時に

蛍が前に出て、話す。

 

「ようこそ大太刀相撲部へ。ウチは完全実力主義ですので、1年の皆さんも遠慮せずに

レギュラー目指してガンガン鍛えて下さい。今年の主力になるのは間違いなく君達です!」

 そのスピーチに1年全員が「ハイ!」と元気な声を返す。1年と言ってもいずれも腕に覚えのある猛者たち、

レギュラー争いに年功序列が絡まないのは願ったり叶ったりであろう。

 

「では、左から順番に自己紹介してもらおうか。」

諸岡の言葉に、左端の坊主頭の巨漢から口を開く。

「松本康太(まつもと こうた)ッス!昨年の先輩たちのような熱い相撲を取りたいッス!」

続いて隣りの、ややがっしりした格闘家体形の短髪の男が前に出る。

「陽川満(ひかわ みつる)です。将来はプロを目指しています、よろしくお願いします。」

さらにその隣、天然パーマにメガネがなんとも威圧感のある、お前のような高1がいるか

と言いたくなる生徒がずいっ、と体をゆすって前に出る。

「大峰浩二(おおみね こうじ)、昨年の全中でベスト8でした。よろしくお願いします!」

 

 彼ら3人はいずれも諸岡がスカウトしてきた、地元千葉の中学の強豪選手だった者たちだ。

そういう生徒は昨年までならたいてい石神高校や川人高校など強豪校が引っ張っていくのだが

全国優勝の看板をタテに諸岡が見事ゲットしてきたのだ。

 

「幸田純一(こうだ じゅんいち)です。相撲経験はありませんが、頑張っていきます!」

 彼は今日が初顔見せ。中肉中背、他の3人と比べるとややソップ(やせっぽち)な印象があるが、果たして・・・

 

「堀柚子香(ほり ゆずか)です。マネージャーの堀先輩の妹です。女子相撲の選手を希望します!」

 

 最後にそう言った柚子香に対して、上級生から「ええっ!?」というざわめきが起こる。

 

「ちょ、ちょっと柚子香、あなたマネージャーやるって・・・」

「いいじゃない!やっぱり見るよりやるほうが好きだし、私。」

はぁー、と頭を抑える千鶴子。以前からそんなこと言ってて嫌な予感はしていたが。

 

 姉妹から一歩引いた立場のレイナは諸岡に問う。

「まー、土俵は2面ありますけど・・・練習相手どうします?まさか男子と相撲取るわけにもいかないでしょう。」

 そんなレイナに諸岡はぐっ!と親指を立て笑顔でウインクすると、ごそごそとカバンをあさり始める。

 やがて取り出されたのは、新品の女子相撲用のマワシ。

 

それが・・・ふたつ。

 

 ひとつを柚子香に渡すと、くるりと振り返った諸岡は、レイナに笑顔でずんずんと近づく。

「え、え?えええええーっ!?」

青くなって後ずさりするレイナに、笑顔のままマワシを渡す諸岡。

「五條君なら運動神経バツグンだし、練習相手にはうってつけだろう。あ、選手に転向したかったらいつでも言ってくれたまえ!」

 目をキラリと輝かせ『よろしく頼むよ』と無言の圧をかける。レイナは諸岡とマワシを交互に見ながら

やがてがっくりと肩を落とし、首をうなだれる。

 

「部長!よろしくお願いします。」

満面の笑顔で頭を下げる柚子香に、千鶴子が続く。

「よかったわね柚子香、頑張って!」

その声を聴いたレイナがきっ!と顔を上げ、ずかずか歩いて千鶴子に詰め寄る。

「ちょっと、堀ちゃんも相手してあげなさいよ!」

その発言に一同がえっ?という顔になる、レイナはともかく千鶴子はスポーツには何か

向いてなさそうなのだが。」

「わ、私は・・・ちょっと。」

視線をそらし、言葉を濁す千鶴子にレイナが口を滑らす。

 

「何言ってんの!あなた前に私と相撲取っていい勝負したじゃない!」

 

 部室沈黙。桐仁が悪ーい顔でメガネをくいっ!と上げる。

「ほほう、初耳ですな。部長と堀さんがいい勝負を、ねぇ。」

「あ・・・いやその、それは」

「レ、レイナさんっ・・・なんでバラすんですかぁっ!」

二人の抗議を無視して、諸岡に視線を送る桐仁、それを受けてスマホをポケットから出し、

通販のサイトを開く。

 

「女子相撲用の廻し、サイズS,購入、と。」

 




別サブタイトル「五条レイナの憂鬱」

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