「ほら、しっかり食えよチビ共。」
そう言って蛍、桐仁、幸田、そして狩谷の前に大量の飯が入ったドンブリを配る澤井。
「ちょ、ちょっと主将、オレ減量あるんですけど!」
「まぁ今日くらいいいじゃねぇか。」
珍しく笑顔の澤井、狩谷の抗議はさらっと受け流された。
稽古終了後、着替えた遠征組は栄大の一年生に収集をかけられた。
「2軍の道場でちゃんこ用意出来てますよー」
というわけで行ってみると、先ほどの道場の倍以上ある別道場に、大量の机と鍋、
そして食材が所狭しと並んでいる。
自分たちが稽古してる間も、栄大の2軍以下の生徒が用意してくれていたらしい。
で、席に座るなり、主将の澤井の指示で蛍達の前に大量の食材がよそわれたわけである。
小食の桐仁と幸田はうげ、と言う表情をするが、蛍だけはご苦労様と一年を労う。
全員の頂きます、の唱和と共にす早速ちゃんこに取り掛かる面々。
松本と大峰は栄大の滝沢と早くも食べ比べに入っており、陽川は日景典馬の正面に座り
明日俺と一番願いますとドンブリ片手に頼み込む。
顧問の諸岡と栄大の三木監督は上座に座り、なにやら相談しながら堀姉妹に指示している。
「なんだ、結構食えんじゃねぇか、三ツ橋。」
「折角の栄大のご飯ですからね、強さごと頂いていくつもりですよ。」
早くもダウン気味な桐仁たちの横で、向かい合って食べながら話す蛍と澤井。
「フン、言うじゃねぇか。無理して腹壊すなよ。」
そんな澤井の隣で、ダニエルが笑顔で狩谷に話す。
「ホント、リオンチャンハ栄大ノ、イヤ日本ノ顔デスネ~」
なんだそりゃ、という表情で返す狩谷に、ダニエルが耳打ちする。
「アーユーノヲ日本文化デ『ツンデレ』ッテイウンデショ?」
ぶふぅっ!と吹き出す狩谷を見て、澤井が『?』という顔をする、
またしょーもない事言ってんな、と。
「今日の一番だがな。」
澤井が蛍に切り出す。蛍も気になっていたのか、箸を止めて聞きに入る。
「ワザと落ちたワケでも、調子が悪かったワケでもねぇよ。」
「え?じゃあ、何であの程度で落ちたんですか?」
澤井の実力は蛍も知っていた。昨年の団体決勝、桐仁に立ち合いからの『とったり』を仕掛けられ
それでも土俵に踏みとどまった粘り腰を見ていた蛍にとって、今日の澤井の負け方は
腑に落ちないものがあった。
「お前の目を見てな、思い出しちまったんだ、嫌な事をな。」
ふぅ、とため息をついて箸を置く澤井。蛍の目を見て続ける。
「俺はな、立ち合いの時には必ず相手の目を見るようにしてる。それで大体、相手の手口も見えるしな。」
そのセリフに、はっとする蛍。自分が身につけている『目線の誘導』に対する読みを持っていると?
だがだとしたら、ますます今日の対戦で彼が落ちた理由が分からない。
「今年のインターハイ、お前と同じ目をした奴に負けてな・・・ソイツがそれまでも、俺との一番も
絶対に引かない相撲を取る奴だったんで、ついお前にも当てはめちまったのさ。」
「そう、だったんですか・・・」
「なぁお前、何で相撲を取ってるんだ?」
「いけませんか?」
聞きようによっては失礼な質問に、真剣な表情で返す蛍。
「あ、貶したワケじゃねぇ。ただお前とアイツじゃ相撲が違いすぎるからな、なのに目の光だけは
そっくりだったからな。」
今一つ容量を得ない澤井の言葉に首をかしげる。
「なんっつーか、同じ『何か』を思って相撲を取ってる、そういう目をしてたよ。」
澤井理音
栄大相撲部の主将にして、昨年以上に『ハズレ年』だった今年のチームを団体ベスト4まで
引っ張っていった男。
彼は相手の目から、意識や感情を読み取る事に長けていた。怖気ている相手には押し、
暑苦しい目をしてる奴には気合を、スカした目の奴には変化に対する警戒をする。
相撲に必要不可欠な、目は口程に物を言うを実践する眼力を持っていたのだ。
「アイツの目は、何もかも投げ出して叩きつけるような怖さがあった。引くなんて微塵も
考えないような・・・」
「それって、立花寺の黒田の事っすか?」
割って入った狩谷に、こくりと頷く澤井。
「アイツの目とお前の目がそっくりだったのは確かだ。だが相撲は正反対、俺の眼力も鈍ったかな?」
頭を振って飯に戻る澤井。
蛍はその名を心に記憶した。『立花寺、黒田』
「えー、さて皆様、これより我が栄大相撲部名物の『初っ切り』を行います。どうぞ食べながら
ご鑑賞ください」
三木監督がマイクを掴んでそうアナウンスする。
「初っ切り?」
「相撲版の漫才っていうか、パントマイムみたいなもんさ。相撲の反則手を面白おかしく
演じてくれるよ。」
幸田の疑問に桐仁が答える。そんな事もやってるのかと感心する蛍に、刈谷がこう返す。
「ウチは大相撲に行く奴多いからな。巡業とかでもやらなきゃいけない時もあるし。」
なるほど、角界入りに備えた予行演習も兼ねてるわけだ。
行司が土俵に上がり、続いて栄大生と思われる一人が続く。珍しく痩せ型で気弱そうな顔に
チョンマゲのカツラを被って。
「東方、和空 無伊(わから ない)君、栄大付属一年」
三木監督のアナウンスに応え、ぺこぺこ頭を下げる和空。しかし、偽名だろうけど・・・酷い名前だ。
「西方、親方マークⅡ、栄大科学科、および美術科協力。」
と、道場のドアが開き、一人の力士が入ってくる・・・力士?
「「ぶーーーーーっ!」」
大勢が一斉に噴き出す。部屋に入ってきたのは相撲取りの格好をしたロボットだ。いや中に人は
入ってるんだろうけど、鋲やネジで打ち付けられた鉄板に身を包んだそのメカメカしい体を
いかにもがっしゃんがっしゃん動かして入場してくるもんだから・・・場内大爆笑である。
「おい!栄大!!」
金沢北の誰かからツッコミが入るのをスルーして、土俵に上がる親方マークⅡ.
コーホーコーホー息しながら蹲踞(そんきょ)とか仕切りの度に体から
『プシュー』と煙が舞う様が一層笑いを掻き立てる。
内容もかなりめちゃくちゃだった。和空が無駄に塩を撒けば、親方マークⅡは塩をカゴごと取り
風呂よろしくかけ湯ならぬ『かけ塩』をして「サビルー・サビルー」とのたうつわ、
和空がドロップキックを浴びせれば、お返しとばかりに親方マークⅡがロケットパンチを飛ばすわ
行司から奪った軍配と体から生やしたビームサーベルでチャンバラを始めるわ、
その度に行司が「それは反則」と取り直しをさせ続け、決着がつかない事に業を煮やした二人が
行司にツープラトンを仕掛けるわ、お返しとばかりに行司が天井から下がるヒモを引けば、
二人の頭上に金ダライが落下するわ、少し遅れて行司にも落下するわでもう滅茶苦茶である、
こんな相撲があるか!
やがて疲れ果てた3人が土俵に座り込むと、下から何故か料亭の仲居さんの格好をした
女性が膳を抱えて上がってくる。
「ぶっ!!」
大太刀の生徒全員が噴き出す。堀姉妹・・・いつのまに!
で、そのまま土俵の上で食事まで始める3人。千鶴子と柚子香はお酌までしてるし・・・。
んで行司が杯(中身は多分水)をあおるや否や、大きな声でこう告げる。
「土俵は~女人禁制ではありますが~特別な恩情を持って~」
柚子香が頭に血管をぴき!と浮かび上がらせ、もろ手突きで行事を突き落とす。
「そっちかいっ!!」
ついでに和空と親方マークⅡも土俵外にぶん投げる千鶴子と柚子香。
「ナイスツッコミ!」
「マネージャーちゃ~ん、かっこいー!」
拍手と歓声に包まれる堀姉妹。柚子香が笑顔でダブルピースなのに対し、千鶴子は顔を抑えて真っ赤、
本当に対照的な姉妹である。
「特別参加の金星(美人)ふたりに、盛大な拍手を~」
木拍子と共に一礼して、土俵から降りる5人。親方は最後までがっしゃんがっしゃん動いて退場する。
こうして合宿初日の夜は更けていった。
夜、蛍は宿舎のザコ寝部屋から起き出し、外にあった自販機コーナーに向かう。
そこには先客がいた。
「あれ・・・ゆず。」
「あ、師匠・・・いや部長。どうしたんです?こんな時間に。」
「うん、ちょっと調べ物があってね。部屋だとみんなが眠れないといけないから・・・ゆずは?」
スマホをかざす蛍に、少し照れながら柚子香が返す。
「なんか初っ切りやったせいか、興奮して眠れなくて。お姉ちゃんは頭から布団かぶって
うめいてましたけど・・・」
「あはは・・・マネージャーらしいね。」
二人でオレンジジュースを飲みながら、スマホで検索する、昼間に聞いたその名を。
-立花寺 黒田-
福岡県の相撲強豪、立花寺高校。今年のインターハイ団体準優勝。
大将の黒田篤(くろだ あつし)。2年、174cm102kg。個人戦3位。
「うわ・・・血まみれじゃないですか。」
対戦の動画を見てゆずが呟く。黒田の額は傷だらけで、立ち合いの度に頭は割れ
その顔を鮮血に染めていた。それでも引き技や投げはおろか、立ち合い胸で受ける事すらしない、
ただひたすらに頭からぶちかましを仕掛ける。
まるで自らを痛めつけるように、罰するように。
「なんかもう、痛々しいですね。あ、でも確かにこの人、部長に似てるかも・・・」
「そう?例えば?」
「・・・言っちゃって、いいんですか?」
え?という顔をする蛍。しばし間を開け、柚子香が口を開く。
「なんていうか、後悔を抱えて相撲取ってるように、見えます。」
その言葉に目を丸くする蛍。自分の弟子にそこまで見抜かれていたことに少し心が冷える。
そう、自分には消せない後悔がある。どれだけ戦っても、勝っても、決して拭えない
『記録』と言う非情な事実。
そんな過去を彼、黒田も持っているのだろうか・・・
そう思った時、蛍に閃きが走る。そう、ある、思い当たる事が!
スマホを取り出し、検索に再入力をする。
-高校相撲 インターハイ 昨年-
立花寺高校、団体ベスト4、準決勝で栄大に5-0で敗退。大将、黒田。
「あ・・・」
蛍は理解する。黒田と自分が持つ同じ『感情』。その正体を。
彼も『黒い汚点』を持っていたのだ。下手をすると蛍よりも屈辱的なものを。
いくら努力しても、いくら勝ち星を重ねても、決して消えない恥と言う事実。
ましてや彼は九州男児、強敵と相対するのは誇りであり、畏怖や萎縮などもっての他だろう。
栄大-立花寺、大将戦決まり手、『睨み出し』。
どれだけ蔑まれたのだろうか、どれほど後悔したのだろうか、あの一番を。
相撲部の汚点、立花寺の恥晒し、戦わずして負け犬になった男、そんな中傷から無縁では
いられなかっただろう。
なるほど、彼はもう決して下がらないだろう、横に体を躱すことも無いだろう。
今年の個人戦の準決勝、彼は石高の沙田に出し投げを食らい、土俵の外まで飛んで頭から地面に落ちた。
それでも彼は血まみれの顔を歪めることもなく、整然と土俵を後にした。下がらずに相撲を取ったから。
彼にとって『下がる』事は、自分の傷口をえぐる行為に等しいから-
蛍はスマホを仕舞い、満天の星空を見上げて、こう呟いた。
「会ってみたいな、いつか。」
彼が黒田と会うのは、もう少し先になる。
-二振りの国宝、『蛍丸』と『圧切長谷部』として-
シリアスパートはとっくに出来てたのに、初っ切りパートが手ごわくて悩みましたw