短めですが熱のあるうちに投稿します。
「じゃあ、お先に失礼します。」
「うん、お疲れ。」
今日の部活が終わり、着替え終わった1.2年生が蛍と桐仁に挨拶をし、部室を後にする。
ただ、この日はいつもと違った。その部活の『残り香』というか、明らかにいつもと違う『空気』。
残った二人も、去っていく下級生たちも、どこか複雑な表情。
「やられたな。」
メガネをくいっ、と上げ語るその桐仁の言葉に頷き、神妙に返す蛍。
「うん、覚悟はしてたけどね。みんな本当に強くなったよ、去年より一段と。」
部室の隅にあるホワイトボードを見る二人。
本日の部活、春の団体戦に出場する選手を決めるための部内リーグ戦、その対戦表と結果を。
1位・大峰
2位・陽川
3位・沼田
4位・松本
5位・幸田
―――――
6位・三ツ橋
7位・赤池
8位・柳沢
9位・辻
春の団体戦は選手3人+補欠2人、つまり出場できるのは上位5人まで。
そう、この日の部内戦で3年の三ツ橋蛍と辻桐仁は後輩に敗れ、大会出場資格を得られなかったのだ。
蛍は2年生の4人に全敗だった。変化を主軸に戦う蛍にとって、一年以上胸を合わせ続けてきた
彼らとの真剣勝負は、あまりにもその手の内を知られ過ぎていたのだ。
桐仁は初戦に当たった沼田戦が全てだった。もともと相撲クラブで桐仁を先生として
教わってきた沼田は、辻が自分ではかなわない実力である事も、弱点である肺の疾患も良く知っていた。
彼は一縷の望みに賭け、徹底した持久戦戦法を取ってきた。
腕を取られないように、マワシは前ミツのみ。無理に押さずに腰を割りつつじりじり体重をかけ、
切り返されそうになればすかさず吊りに出て腰を浮かし止める、この徹底した持久戦により、
実に3分以上の相撲を強いた上、ついに力尽きた桐仁を寄り切る。
相手が全開で攻めてこないことが桐仁の相撲時間を伸ばしたとはいえ、この戦いで全ての力を
使い果たした桐仁は2戦目3戦目と連敗し、以後の試合は棄権するしかないほど消耗してしまった。
皮肉にも、その桐仁に勝った沼田がその1番で変わる。クラブ時代から1勝もできなかった桐仁に
勝った事に歓喜した彼は、2番目以降も大いに張り切り、2年生2人を食い、実力伯仲の赤池も
仕留めてみせた。彼にとって桐仁戦は『自分を変えるキッカケとなる金星』になったのだ。
「沼田に文句を言うつもりはない、むしろよくやってくれたよ・・・」
大太刀の辻桐仁、国宝『鬼切安綱』とまで呼ばれる彼が、スタミナ不足の欠点を抱えていることは
強豪校には周知の事実だ。もし彼が大会に出れば、対戦相手が沼田と同じ戦法を取ってくる可能性は
ありすぎる程あるだろう。
実力主義。その姿勢は時にこんな残酷な結果を生む。
まだ夏のインターハイを残してるとはいえ、春の大会に応援団としての参加を余儀なくされる3年2人。
「さて、始めようか。」
蛍がマワシをぽんぽん、と叩いてハッパをかける。
「ああ、やられっ放しってワケにもいかないからな。」
桐仁もメガネを外し、足をドンドンと地面に打ち付けて気合を入れる。
彼らが居残った理由、それは本日不覚を取った下級生に対し、夏のインターハイ出場の
部内戦に備えた対策とリベンジの為だった。
ライバルは県内でも全国でもない、部内にこそ最初の『倒すべき敵』がいるのだ。
「まずは1位の大峰君だね、攻めが厳しい分スキも多いと思うけど・・・」
「普段から攻めてるから部内戦でも容赦ないのが強味なんだよ、火ノ丸の奴に似てるな。」
そんな会話をしていると、部室のドアががちゃりと開き、一人の女子が入ってくる、千鶴子だ。
「あれ、マネージャーまだ残ってたんだ。」
そんな言葉をかける2人にこう返す千鶴子。
「お二人こそ・・・でもまぁそんな事だろうと思ってましたけど。」
そう言ってタブレットを取り出し、取り溜めた動画を開く。
「まずは大峰君でしたね、彼は右四つですから・・・」
「いやちょっと待ってマネージャー。」
今回の負けはあくまで自分たちの力不足によるものだ。ダチ高マネージャーの立場の彼女が
いくら同学年とはいえ自分達だけに肩入れするのはいかにも不公平というものだろう。
「何か問題でも?」
笑顔で返す千鶴子。私はただ居残りして練習する人にマネージャーとして協力してるだけですよ、
と付け足せば、さすがに文句も出ない。
もちろん千鶴子にすれば、一緒に3年間頑張ってきた2人に試合に出てほしいと思う気持ちはある。
実力主義と言うなら彼らに実力をつけてもらう、それがマネージャーである彼女なりのエールの
送り方でもあった。
そんな千鶴子の気づかいに気付けない2人でもない、顔を見合わせてやれやれ、という顔のあと
蛍は拳と掌をぱしっ!と合わせて宣言する。
「よし!夏には後輩たちを全員倒すぞっ!」
しーん。
「いや、そこは『おーっ!』とか言おうよ」
桐仁と千鶴子にそのノリを求めるのは無理があったか。が、意志は伝わったようだ。
「よし、じゃあ今日の大峰の取組を頼む!」
そう言ってタブレットを覗き込み、ああだこうだと対策を出し、土俵に上がってそれを実践する。
その時、部室の外から中を伺っていた面々が、そっと離れていくのに3人は気付かなかった。
「だから言っただろ、あの2人に同情するだけ無駄だっての。」
「俺達を倒すってよ、こりゃ夏も返り打ちにしてやらないとな。」
大峰と陽川が同じベクトルの会話をする。
「あのたくましさと言うか、図々しさは見習いたいッスね。」
「うん、だったら春の大会、俺達でしっかり結果を出さないと・・・」
松本と幸田、実はこの二人は今日の部内戦の結果に際し『先輩に出番を譲るべきでは』との
意見を出していたのだ。
沼田は賛成するが、大峰と陽川、そして赤池はそれに反発する。そんなこと言うなら元々
部内戦なんかしなけりゃいい、そもそも部内戦で選手を決めると決めたのはあの二人じゃないか、と。
そんなこんなで部室に残る二人をこっそり見に来てみたら、まぁこんな具合である。
完全に要らぬ心配、余計なお世話だったようだ。
「まぁ夏には蛍部長と辻カントクがあんた達、コテンパンにしちゃうでしょ。」
柚子香の言葉に一同が反発する、上等、望むところ、やれる物なら、と。
赤池に至っては全員倒すんはワシや!とか口走って皆にツッコミを食らいまくる。
そんな中、柳沢と小林だけが今の会話の不自然さに気付く。向かい合ってアイコンタクトで会話する二人。
「(あれ?柚子香さん今、『蛍』部長って・・・名前呼び?)」
そして春の団体戦が開幕する。新勢力となった各校、台頭するのは果たして―