『大太刀』の札が下げられたテントの中、部長の蛍の指示の元、各人が自分の仕事を確認する。
「ウチはD土俵の最後だから、各土俵の偵察に2名ずつ組みまーす。」
春の団体戦開幕。昨年IH準優勝のダチ高はトーナメントの一番最後、4面ある土俵の4番目
D土俵の最後が一回戦になる。残念ながら参加チーム数が割り切れるためシードではないが。
この春の団体戦は単なる大会というだけではない。各校とも新たなメンバーで挑む、いわば
新戦力のお披露目とでも言うべき側面を持っている。自分たちのチームが千葉県内でどの地位にいるか
各校の新人や新戦力で注目、警戒すべき選手は誰かなど、チェックする点は非常に多い。
選手メンバーにあふれた蛍たちにしても、やることはいくらでもあるのだ。
「A土俵には僕と赤池君、B土俵は桐仁と柳沢君、C土俵はゆずと小林さん、ここD土俵はマネージャーと
諸岡先生にチェックをお願いしまーす。」
ハイ!と全員が頷く。手には撮影用のカメラまたはスマホと、ノート&ペンを各人が掲げて。
「選手の5人はしっかりアップしておく事!1回戦の相手の木更津商業も決して弱くないよ、油断せずに!」
こちらも元気よく返事を返す5人。仮にも3年生2人を差し置いて出場しているのだ、油断で負けた
なんて言い訳にもならない。
「じゃあウチの出番の前の試合になったら電話するから、D土俵に集合してくれたまえ。」
そう言って携帯を掲げる諸岡顧問。さすがに偵察に夢中になってダチ高の応援に来れなかったら
本末転倒だ、仲間の応援こそが彼らの一番の仕事なのだから。
解散し、駆け足でA土俵に向かう蛍と赤池。到着した時、今まさに見るべき試合が始まる所だった。
「よかった、間に合った。」
A土俵の1回戦、昨年IH千葉県覇者の石神高校がいきなり登場だ。ダチ高の全国進出への最大の壁の
今年の出来はいかに?
-先鋒戦。東、荒木君。西、船場君-
先鋒はあの荒木だ。昨年より一回りついた筋肉に、無精髭を蓄えたその眼光が仕切りの時点で
もう相手を威圧している、負けじと睨み返す松戸一高の巨漢、船場。
「赤池君、入部初日に言った事覚えてる?」
「えっと・・・わいの相撲が何するか見え見えだったっちゅー奴ですか?」
その返しにこくりと頷き、スマホを構えながら続ける蛍。
「彼の相撲をよく見てて、悟られずに繰り出す技の怖さがわかると思うよ。」
-はっきよい-
両者が立ち、組み合う。船場が体格を利して寄りに出る。土俵際まで来た時に荒木は軽く捻りを加え
わずかに相手の体勢を崩し、体を入れかえる。
次の瞬間、荒木はいつの間にか相手の右足首に引っ掛けていた左足首を瞬時に後ろに跳ね上げる。
アキレス腱の部分同士をフックさせ、自分の後ろに蹴り上げる。船場はまるでサッカーボールを
蹴り損ねた少年のように右足を胸まで浮かせ、そのまま尻もちをつく。
「な・・・いつの間に、ほんで、早ぇ!」
驚愕する赤池。そもそも彼には荒木がいつ『内掛け』の体勢に入ったか、それすら悟れなかった。
動作が早いわけではない、あくまで自然に、スムーズに技の体勢に入る事により相手にすら
気付かれないその静かな動き、力のオンオフを使いこなす荒木ならではの強さだ。
「彼は元、柔道の全中王者だよ。今じゃ間違いなく国宝クラスの実力者だ。」
蛍の解説に冷や汗を流す赤池。自分ならどう戦う?こいつと。どう勝つ、それは可能か?
-副将戦。東、沙田君。西、白井君-
国宝『三日月』の登場に会場が沸く。昨年IH個人戦で準優勝した彼は、この1番でさらなる
技のキレを見せる。
立ち合いからのおっつけで相手の両手関節を完璧に決める。腕を折らんばかりのその勢いに
臆した白井が腕をすぼめた瞬間!電光石火の上手出し投げが炸裂、あえなく土俵に転がる白井選手。
「え、えげつねぇ、完璧に関節決めてもて、あれやったらそら腰も引ける、その一瞬に・・・」
全国レベルの強さを目の当たりにし、体温をさらに下げる赤池に蛍は毅然と返す。
「あれが石神だよ。国宝級が最低2人、彼らに勝たないと全国への道は無いからね。」
「・・・3人目はわりと普通でんな、温存しとるんかいな。」
結局3-0で完勝した石神ではあったが、大将で出てきた三宅は特に際立った強さは感じなかった。
「あり得るね、補欠の二人の方が本命かもしれない。」
この春の団体戦、実は対戦直前に出場選手を補欠選手と入れ替えることが可能なのだ。
その為、先の2人で勝ちを決めた高校は、最後に1.2年生に実戦経験を積ませる為に出場させる事もある、
また2連敗した高校が、思い出作りにと補欠の3年生を出すケースもあったりする。
A土俵の試合は進む。各校とも見るべき選手はいるが、やはり石神の強さは際立っている、
このブロックを勝ち進んでくるのは彼らでまず間違いないだろう。
と、蛍のスマホがブーッと振動。諸岡顧問からの集合の合図だ。
赤池にいこう、と声をかけD土俵に向かう二人。
「偵察お疲れ様です、こっちの準備は万端っすよ!」
到着した蛍に大峰が返す。彼も松本も陽川も幸田も、そして沼田も体から汗の湯気を出している。
準備万端気合十分。さぁ見せてくれ、今年の大太刀の強さ!
「先鋒大峰君、副将松本君、大将陽川君。ただし2-0になったら大将は沼田君に出て貰うよ!」
「ハイ!」
-東、木更津商業。西、大太刀高校-
先鋒戦、大峰が電車道で寄り切ると、副将戦では松本が軽量の相手をゆうゆうと吊り上げる。
大太刀の強さに驚愕の声を上げる各校の偵察部隊。
行ってこい!と陽川に肩を叩かれ、高校相撲の公式戦デビューを果たす沼田。
木更津商業の大将、久保田に一歩も引かぬ差し手争いを見せ、四つ十分になった所で寄りに出る。
土俵際で粘る相手を見事な切り返しの上手投げで仕留めてみせた。
-以上、3-0で大太刀の勝ち-
新生大太刀の初戦は、望む最高の形でのスタートとなった。
2回戦までのしばしの間、彼らはテントで偵察の報告を兼ねたミーティングをする。
「Aブロックは間違いなく石神だね。ただ荒木さんと沙田さん以外はまだ未知数、っていうかそこが
穴の可能性もあるね、楽観は禁物にしても。」
蛍に続き、桐仁がBブロックの報告をする。
「ここば常磐第三が要注意だな。下山の他にもいい選手がいる。」
なんでも堀マネージャーによると、下山のここ2年の活躍に応えて常磐第三は相撲部のサポートと
育成や人材発掘に力を入れ出したらしい。一人の頑張りが相撲部を押し上げたのは、なんとなく
一昨年の大太刀、小関部長を彷彿とさせる。
「Cブロックはやはり川人高校が本命ね。主将の大河内さん以外にも、でっかくて強い選手が
いっぱいだったし、実際強かった。」
柚子香がそう告げる。元々川人高校は伝統的に大型選手が多く、その圧力で勝つタイプのチーム。
大河内のような細身でキレのある選手の方がレアと言えるだろう。
「で、ここDブロックは?」
蛍が千鶴子にそう問う。彼女は口元を手で押さえて、意外な名前と結果を報告する。
「柏実業が1回戦で負けました、相手は・・・あの『西上高校』です。」
「「なっ!!」」
蛍と桐仁が同時に声を上げる。柏実業といえば昨年春に大太刀を破り、準優勝までいった高校、
かたや西上は万年1回戦負けで、昨年やっと初戦を突破した程度だった。
2年前にはまだ初心者の蛍と、勝ち癖の無い小関の為に桐仁が練習相手として連れて行った
そんなレベルだったあの西上が、柏実業を破ったというのか・・・?
驚く一同に、千鶴子はこう付け足す。
「大型選手は相変わらず居ません。でも、みんなすごく速くて、そして強かった・・・」