蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第2番 蛍と桐仁と1年生

「う、運動でお姉ちゃんに負けた・・・」

 

 姉、千鶴子に寄り切られ、土俵の外で真っ白になっている堀柚子香。

運動神経のいいレイナに負けるならいざ知らずだが、中学生以来あらゆる運動で

姉に負け知らずだった柚子香にとって、今の状況はまさにカルチャーショックであろう。

「ま、まぁ柚子香は初心者だし・・・これから強くなるよきっと。」

姉のフォローが空しく響く。

 

 今年度大太刀の練習3日目、それまでは柔軟や基礎動作、受け身等の練習をしてきた

柚子香だったが、注文していた千鶴子用のマワシが届いたので、一番取ってみようということになり、

レイナと、そして姉と相撲を取ってみたのだが・・・結果はかくのごとし。

 

 もちろんジャージの上からマワシを付けてるとはいえ、その取組みが男子部員の注目の的であることは言うまでもない。

「では、レイナさんと堀さんで決勝戦といきますか。」

桐仁の一言にレイナが予想していたとばかり反撃する。

「やんないわよ!選手希望はゆずでしょうが。ほら練習再開しなさい男子!」

ちぇー残念、と解散し練習に戻る男子部員たち。

 

「どう思った?今の一番。」

その桐仁の問いにうーん、と考え、きびすを返して柚子香に向き直る蛍。

「えーと、堀さ・・・柚子香さん、手と足がバラバラっていうか逆でしたよ、今の一番。」

「え?」

蛍の言葉に、うなだれていた顔を上げる柚子香。

「足は押そうと前に出てたのに、腕は逆に堀さん・・・お姉さんの体を引き寄せてましたから。

あれじゃ単に抱き着いているだけですよ。」

「あ!そっか、なるほど。」

ぽん!と手を打つ柚子香。なんとなく皆の練習を見ていて形だけ真似てみたが、

それで出来るようになるほど単純ではないことを理解する。

 

 桐仁はへぇ、と感心していた。蛍があっさりと満点回答を出したのもだが、

質問した自分ではなく、柚子香本人にそのことを教えるその先輩としての態度と、

女子相手にも臆さずそれを言える行動力に。

「(そういや以前は吹奏楽やってたんだったな、中学時代も後輩の女子に教えてたのかな)」

 

 アップや柔軟、筋トレを経て、ぶつかり稽古に移る男子部員。

受け役の相手を、土俵の端から端まで押し出す、突進力を養う稽古。

初心者の幸田純一は昨日まではここからは見学だったが、もう3日目、そして女子の柚子香も

実戦をしたという事もあって、彼も今日からこの先の稽古に参加する事になる。

あまり体格のよくない純一に、まず蛍が受けに回る・・・のだが。

 

 体格に似合わない突進力で蛍に体当たりした純一は、そのまま一気に蛍を押し出した。

続く桐仁、陽川満、果ては重量級の松本康太に大峰浩二まで、息を切らしながらも

全員に土俵を割らせた。

「スゲェじゃないか、何かやってたのか?」

桐人の問いに、ヒザに手をついて答える純一。

「は、はい・・・ラグビーやってまして。」

その答えに納得する一同。1年の中では経験者3人に埋もれるかと思っていたが、

思わぬ逸材がいたもんだ。

 

 ただしその後の申し合い稽古(実戦形式の稽古)では次々と転がされる純一。

足腰こそ強いものの、上半身の使い方や投げ、ひねりに対する対応はまだまだ初心者だった。

だが将来的なことを考えたら彼は間違いなく強くなるだろう。桐仁はふむ、と頭をひねって

考えたアイデアを蛍に告げる。

「なぁ三ツ橋、1年の初心者の二人なんだが・・・」

「二人って言うと、幸田君と・・・堀さんの妹さん?」

「ああ。俺とお前でマンツーマンで教えたらどうかと思ってな。」

 

 こういう時に頭がよく回るのが辻桐仁という男だ。

「純一の伸びしろは間違いなく大きい、うまく育てれば必ず強力な戦力になるよ、アイツは。」

その言葉にこくりと頷く蛍。彼に押し出された時はあわや吹き飛ばされそうにすらなったから

純一の突進力、膂力が並でないことは身をもって理解している。彼の力に桐仁の技が加わればさぞ強くなるだろう。

・・・が、蛍はもうひとつの意味を察し、驚き顔で桐仁に言う。

「え!今マンツーマンって・・・じゃあ僕に柚子香さんの指導をしろと?」

「頼むよ、彼女はまだまだ完全に初心者だし、基本的なことを教えればそれでいいから。

それにお前女子の扱い上手そうだしな、頼む!」

「まぁ、いいですけど。」

 

 蛍は桐仁の意図を全ては理解していなかった。それは以前から桐仁の頭の中にあった、

蛍に対する不安と期待-

 

 

 昨年のインターハイ団体戦準決勝、蛍は鳥取白楼の首藤との戦いでヒザを負傷した。

大会後、実質的な練習ができない蛍は、これからの自分の相撲道を考える時間を得る。

 この一年、変化に特化した稽古を積んできた蛍。それはいわゆる『3年先の稽古』ではなく

大太刀相撲部の為に、ここそという一番で勝ちを拾うために続けてきた稽古。

だが、勝利への近道を模索したその稽古は、遂に蛍に白星をもたらす事は無かった。

 それと決別するべきか、それともこのまま変化に特化した選手になるか、療養の時間は

そのどちらかを選択する時間でもあったのだ。

 

 結局、蛍は後者を選択する。それは勝つために楽な道を選んだのではなく、

自分を勝たせるために指導してきた桐仁の思いに応えたい、という意志もあった。

なにより彼にはフィジカルな才能が無かった、体格で近い火の丸の馬鹿力を見続けてきた蛍は

それが自分には届かない理想像であることを理解していたのだ。

 

 そこで蛍はアマ、プロ問わず相撲のビデオを見て研究する。変化を成功させるのに必要なものは何かを知るために。

彼が得た結論、それは『何でもできる事』だった。大相撲でも変化に特化した力士は

相撲のあらゆる攻め手を自在に使いこなしていた。

 

 怪我が治ると、蛍は早速それを実行に移す。幸いにしてサンプルは自分の周りにあった。

火の丸のぶちかましや投げ、五條の突っ張り、国崎の機動力、そして桐仁の技。

それらを十全に会得するのは到底無理でも、1でも2でも使うことが出来れば変化の幅が広がる。

虚と見せて実、実と見せて虚。そんな相撲こそが「変化のスペシャリスト」の完成形であるとし、

そこを目指すために、彼はチームメイト達がしていた稽古を積極的に取り入れる。

金魚の動きに合わせた足運び、吊るしたピンポン玉への張り手、鉄砲柱への当たりから

力を逸らすためのわずかなひねり等、仲間たちの技を取り入れようとする。

 

 それは桐仁にとって嬉しくもあったが、同時に『これでいいのか』と思わずにもいられなかった。

昨年の忘れ物である初勝利、それを桐仁が教えた変化でもぎ取る、その意思は確かに嬉しい。

だがこのまま真っ当な相撲からどんどん蛍が外れていくのはどこか心苦しさがあった。

もし自分が最初から「3年先の稽古」を蛍に仕込んでいたら、3年後には一端の力士になれたのではないか

もしそうなら自分は、火の丸たちの為に、蛍の相撲人生を潰してしまったのではないか、

そんな後悔さえ頭をよぎる。

 

 

 そんな悶々とした思いを抱える桐仁の前に、二人の逸材が現れる。

幸田は部内での蛍のいいライバルになるだろう、強力な突進力を持つ彼は、変化で戦う蛍と

非常に噛み合う存在になるはずだ。

 

 柚子香はまず相撲のイロハから教えねばならない。それを教えることは蛍にとっても

相撲の基本を改めて見直すいい機会になると思ったのだ。

 

 こうして翌日から桐仁は幸田の、蛍は柚子香の指導を担当する。

 

 -それは後に、二人の運命を大きく変える事になる-




※1年生のイメージ

火ノ丸相撲コミックス18巻159番、荒木の「何だよそのデカブツどもは」のコマで
蛍の後ろにいる面々、左から大峰浩二、陽川満、頭だけ見えてる子を飛ばして松本康太です。
幸田純一は名前も見た目もオリキャラなんで漫画にはいませんが。

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