蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第29番 『円』の相撲

 -東、葉山君。西、沼田君-

 

「ほう、オーダー変更は無しか」

 西上の飯田監督が腕組みして感心する。この春の大会は勝敗状況によって、取り組みの直前での

選手交代が容認されている。先鋒が破れたことで主力の2年生に変えると思ったが・・・

 敗戦にバタバタしてくれればまさにこちらの思うツボだったが。監督か部長か、なかなか

腹の座ったトップのようだ。

 しかし流れはこちらにある、このまま2連勝して一気に勝負を決めたいところだ、頼むぞ葉山!

 

 そんな監督の期待を胸に意気揚々と土俵に上がる葉山。対する沼田は直前に柳沢に聞いた

『西上の攻略法』を頭の中で復唱しながら歩を進める。

 彼は生来デリケートなタイプだ。大太刀のピンチに土俵に上がる彼にとって、そのアドバイスは

ひとつの光明として彼の背中を押す。

 

 大太刀高校1年、沼田 卓。189cm、86kg

 

 小学校から相撲クラブに通っていた彼ではあったが、当時は他の生徒と比べ背が低かったこともあり

練習でも試合でも勝つ事はあまりなかった。

 そんな彼にとって、相撲を取っていることはある種のスターテスになっていた。

格闘技をやっている自分に、悪い意味で陶酔していたのだ。

 中学2年の頃から彼は急激に身長が伸びる。だがそれは彼の相撲にいい影響は与えなかった。

急に成長したことが逆に彼のバランス感覚を狂わせ、相撲の取り方そのものを見失っていった。

 こうして彼は恵まれた体躯を持ちながら、『心』の強さを持ち合わせない『技』の未熟な

選手になってしまった。

 そんな彼に転機が訪れる、相撲クラブ時代に世話になっていた桐仁に大太刀相撲部に誘われたのだ。

沼田の資質に気付いていた桐仁は、その『心』さえ何とかすれば、やがて大太刀のエースとなる

存在になれると確信していた。

 皮肉にもこの春の団体戦への出場選手を決める部内戦、桐仁との一番がそのきっかけとなった。

自分はもちろん、他の相撲クラブの同級生たちも勝てなかった桐仁を倒すことで彼は

確かな自信を付けるに至る。

 

 だが、それで人が突然別人になるわけではない、大太刀のピンチに出番が回ってきた彼は

かつての弱い心が顔を覗かせようとしていた。

 そんな彼にとって、柳沢のアドバイスは救いですらあった。なにか心の芯を支えるものがあれば

人は逆境でも戦えるものだ。礼をしながら彼は考える、彼のアドバイスを生かすための取り口を。

 

 -手をついて-

 

 先鋒の高橋同様『狛犬型仕切り』で構える葉山に対し、沼田は少し下がって腰を下ろす。

柳沢の指摘がもし事実なら、それを最大に生かすためには・・・

 

 -はっきよい-

 バチィッ!

立ったと同時に葉山の張り手が沼田の顔面を張る。2発、3発、4発、止まらない。

「やっぱりか!」

 桐仁が吐く。彼らの相撲は2年前、全国制覇を成した大太刀の相撲を取り入れている。

この張り手も相手を押すためのものではない。ダメージを与えるための空手の、五條佑真の張りだ。

左右の手をピストンのように繰り出し、ひらすら相手を叩き続ける葉山。

 

「マズイな、押されとるでスグルのの奴・・・」

 赤池が嘆く。決して押しの強い突きではないにもかかわらず、じりじりと後退する沼田。

それは力でも技でもなく『心』で押されているのが見て取れる。弱気の虫が顔を出せば

耐えられるものも耐えられなくなる。

「コラ卓、ワレ気合い入れんかいー!」

たまらず叫ぶ赤池。仮にも部内戦で自分を破った1年のライバルの不甲斐なさに声を荒げる。

 

「(う、うっせーな、見てろ!)」

心の中でそう呟き、押されながらも腰を割る。柳沢のアドバイスと赤池の叱咤が、折れ気味だった

沼田の心に火を入れる。

 張り手のひとつを払いのけ前進、組みさえすれば体格差を生かして押し切れると突進する。

が、葉山の姿は既に無かった。突進に合わせた絶妙のタイミングで回り込み、背後に取り付こうとする。

 

「えっ!?」

 回り込んだ葉山は、沼田との距離が遠い事に驚く。沼田は変化されたのもお構いなしに

そのまま土俵の反対側まで走っていく、慌てて追いかける葉山。

ズザァッ、という音と共に土俵際まで走った沼田は、徳俵に足をかけると体を返して葉山と向き直り、

土俵際ギリギリで腰を割る。追撃してきた葉山は再度張りに出るが、沼田は諸手を相手の両肩に添え、

ぐいっ、と土俵中央に押し返す。

 

 そして両者の動きが、止まった。

 

 不思議な光景だった。沼田も葉山も自分からは仕掛けず、お見合い状態になって対峙している。

相撲においてはかなり珍しい、相手が動くのを待っている状況。

 

「ちっ!」

飯田監督が毒づく。気付かれたか、という顔をして。

 

「正解だったようだな。」

 桐仁がちらりと柳沢の方を見る。こくりと頷いて土俵に視線を戻す柳沢。

西上は相手の背後に回り込む戦法を基本としている。だがもし相手が土俵際にいたら?

背後が土俵外なので回り込めない、それどころか横を取ろうとしてさえ土俵内にいられない

そう、土俵は『円い』のだから。

 

 いわゆる背水の陣。ここに位置すれば相手も小細工なしで押しに来るしかない。

本来なら立った側が大ピンチな位置取りだが、膂力で勝るダチ高にとってここがむしろ

安全地帯ですらある、ここで待ち、無理に前に出ず捕まえてから確実に仕留める。

この瞬間、葉山の勝利への青写真は飛んで行った。

 が、逆の感情が彼を支配する。相撲にとって絶体絶命の土俵際に自らを晒すとは!

俺には押し出せないとでも言うのか、ナメるのも大概にしろ!

 

「いかん!冷静に・・・」

 飯田の声は遅かった。腰を割り、俵ひとつ分くらい超えてみせる、とぶちかましに出る葉山。

一方が熱くなれば、もう一方は冷静になっていた。一度勝負が止まったことで、相手の感情が

沼田にはよく見えていた。

 土俵際を伝って葉山の突進を躱す。その先はもうない、かわされた時点で勝負はあっけなく決した。

 

 -西、沼田君の勝ち!-

 勝ち名乗りを受けて土俵を降り、ガッツポーズで笑顔を見せる沼田。

赤池は拍手しならがも「真のおかげやないか」と頭を小突くポーズを取る。

 そんな中、陽川はよくやった、と沼田の肩を叩き、土俵に向かう。その姿は頼もしさすら

感じられる。

 

 -大将戦。東、横井君。西、陽川君-

 西上の相撲は蛍のそれに似ている。そして陽川の相撲は、そういったスタイルの選手にとって

まさに『天敵』と言ってよかった。

 引きやいなしに落ちない筋肉で引き締まった体、変化する相手を逃がさず捕らえる長い腕、

そして捕まえたら逃さず仕留めるその腕力。現に蛍は稽古でも部内戦でも、この陽川には

ほとんど勝つことが出来ずにいたのだ。

 ましてや既に西上の相撲は大太刀にバレている、その欠点すらも。

 

 ぶちかましから回り込もうとする横井の脇を捕らえ、剛腕で無理矢理自分の正面に持ってくる、

あとは4つに組み、吊り上げて土俵の外に運ぶ、それで終わった。

 

 -西、大太刀の勝ち!-

 

 勝ち名乗りを受けられなかった西上が退場する。皆、涙を流しながら。

そこには小学生相手に細々と相撲を取ってきたチームはいない。県ベスト8まで進みながら

なお敗戦に悔し涙を流せる、確かな『強い』チームがあった。

 飯田監督が自慢の選手の肩を叩き、こうハッパをかける。

 

「夏にリベンジだ!今日の悔しさを忘れるな!」

 

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