土俵上、巨漢の二人が対峙する。川人高校の湊、191cm135kgと大太刀高校の松本、188cm142kg。
両者ともいわゆる『あんこ型』の相撲取り然とした体躯の持ち主。
『体』では互角の2人がいかなる『技』と『心』で、勝負するのか、大相撲さながらの光景に
観客の期待も高まる。
-はっきよい-
巨体が激突する。小気味よい肉のぶつかる音が、実は交通事故に匹敵する衝撃であることを
知る者はこの会場には多い。さぁ、ここからどうなる?
先手を取ったのは湊の方だ。得意の右四つで両マワシを引くと、そのままズイズイと寄りに出る。
が、土俵際まで来ると俵に足をかけた松本が粘りを見せる。無理に押そうと腰が浮いた湊のマワシを
掴むと、俵の足の掛かりを利して押し返す。
ここから両者の攻防が勢いを増す。投げ、捻り、寄り。がっぷり四つからの重量級の激しい戦いに
両校の応援のボルテージが増す。
「湊ー、前だ、前に出ろ!」
「康太ーっ!もっと腰を割れ!ガブれ!!」
「巻き替え狙ってるぞ-」
「足、気を付けろ!来るぞっ!」
幾多の攻防を経て、一度組み合った状態で止まる両者。既に息は荒く、呼吸で肩が揺れる。
しかし、両者の表情は対照的だった。
「ふんっ!」
湊が必死の形相で捻りを加える。松本は攻撃的ながら、どこか笑ったような表情でそれに耐える。
「へぇ、笑ってるよアイツ。」
決勝を控えた石神の沙田が、松本の表情を見て感心する。彼自身もよく土俵で笑みを見せる
ことがあるだけに、その心の強さに感心する。
隣に座る荒木は、逆に稽古時の沙田との取り組みを思い出してげんなりとした表情になる。
こういう奴は厄介なんだ、と。
「出たな、康太スマイル。」
「笑うと強いんだよなぁアイツ、何考えているのやら。」
ダチ高の面々がそう語る。あの表情が出てる時の松本はめっぽう強かった。
ただ、その真意は本人以外誰も知らない。
「(うん、僕は今、熱くなってる、熱い相撲を取れている!)」
2年前、中学3年だった彼は、正直相撲に飽いていた。
恵まれた体格で強かったことは強かったが、それでも望んで始めたわけではなく、将来相撲で
食っていくという気も無かった。
勧められて始め、惰性で続けているだけの相撲にモチベーションは沸かなかったのだ。
誘われてなんとなく見に行ってみたインターハイ、そこで見た景色で彼の相撲観は一変する。
小兵のその力士が、まさに鬼の表情で倍はありそうな大型力士を吹き飛ばさんばかりの勢いで
土俵外に突き出している姿を!
更に彼の心を揺さぶったのは、弾き出されているその巨漢力士の表情だ。体を割るその瞬間まで
負けじと必死の形相で耐え、飛ぶ瞬間さえも歯を食いしばり相手を睨み返すその『熱さ』に震えた。
相撲って、こんなに熱くなれる競技なんだ、と。
ほどなく彼は、その小兵力士の学校が、自分と同じ千葉県の高校であることを知る。
2日目以降も足しげく国技館に通った彼は、その学校-大太刀高校の選手達の連日の
熱い熱い戦いに強く惹かれた。
後日、そんな彼のもとに、そのダチ高の諸岡がスカウトに現れる、無論イチもニもなく飛びついた。
入部当時のアイサツで、彼はこう宣言する。
-昨年の先輩たちのような熱い相撲を取りたいッス!-
春の大会、全国に続く道、その準決勝、相手は強豪川人高校、先鋒が破れここで自分が負けたら
チームが敗北するこの状況、そして死に物狂いで自分を倒そうとする相手の力士!
ここで熱くならずに、いつ熱くなる!
あの時見た両力士を思い出し、顔は綻び、力が漲る。あとは勝つだけだ!
湊の出し投げをこらえて向き直る。先に湊がマワシを取り直すが、松本はその外から
上手を引き、左右の両上手を引く。湊は両差し、松本は両上手で組み合う。
ここで松本は両上手を内へ内へと絞り込み、湊の両下手を中へ中へと押し込む、腹の中に。
「入った!今だ出ろっ!」
桐仁の声と同時に、松本が前に出て胸を合わせる。あんこ型のお腹にサンドイッチされた
湊の両下手は、この時に無力化されてしまう。
「しまった!」
懸命に腕を腹から抜きにかかる湊だが、構わず松本はがぶって出る。ようやく湊が腕を巻き替えた時
彼の足は俵を超えていた。
-西、松本君の勝ち!-
勝ち名乗りを受け、笑顔で土俵を降りガッツポーズを決める松本に、ダチ高全員が拍手を送る。
「出たな必殺、『お腹極め出し』」
ダチ校内では大峰相手のみ使えた、あんこ型の腹をもつ相手にしか使えない得意の型。
その大峰と、そして陽川といい笑顔でハイタッチをする松本。席に座ると天井を見上げ
心地よい充実感にしばし浸る。だが、それも一時のこと。
-大将戦。東、大河内君。西、陽川君-
陽川はばんばんと顔を叩いて気合を入れ土俵に上がる。一方の大河内は涼しげな顔で
眼鏡をチームメイトに預け、主将として円い戦地に赴く。
「なんや、ひょろそうなやっちゃの、陽川はんなら楽勝ちゃうか?」
そんな感想の赤池に、堀マネージャーが訂正を入れる。
「大河内 学。昨年インターハイ個人戦全国ベスト16、昨年の春には石高の沙田選手にも勝ってます。」
げっ!と驚く赤池。大丈夫なんかいな、と心配げに土俵を見る。そんな彼に桐仁はこう返す。
「大丈夫だ、陽川を信じてしっかり応援しろよ!」
桐仁は推察する。大河内190cm110kg、陽川188cm100kg。似た体躯の両者ではあるが、
それでも彼はこの勝負、陽川有利と見ていたのだ。
腕力では陽川の方が絶対に上だろう。そして何より彼には向上心がある、大相撲を目指しており
強敵との対戦を何より望む、勝ち気で豪胆な『心』。
対する大河内はその手の長さからくる懐の深さ、そして体のキレで戦うタイプ。
ただ彼はどこか自分に酔う所があり、油断や慢心で星を落とす事もある。
陽川に比べてどこか『心』の弱さを感じる、そんな認識があったのだ。
桐仁は思い知る。そんな心の『繊細さ』、それすらも強さに繋がるという事を。
-はっきよい!-
ぶつかる両者。前の二番と違い、どちらも体のキレで速い相撲を取るタイプ。
立ち合いと、その直後の差し手争いで大方の勝負は決まってしまう。
右四つ得意の陽川はまず右下手を掴む。そして左手で大河内の右手を払いのけ、上手を探る。
これさえ掴めばこっちのものだ、あとはその剛腕が勝負を決めるだろう。
陽川に上手を許す直前、大河内は押しに出る。が、それは陽川の上体を少し起こし
両者の間に一瞬スキマを作っただけで、再びドン、と胸が合う。
次の瞬間、陽川は左の上手をがっちりと掴む。勝利への命綱、右四つが完成した!
「よおぉぉし!行けえぇぇぇっ!」
「組み手充分、勝負!」
ダチ高の応援が意気上がる。
対する川人の選手たちは・・・ほくそ笑んでいた。
「くっ!?」
なんだ?押せない、吊れない、投げれない。違和感に固まる陽川。
正面から組んでるはずの相手が、何故か斜め前にいるような相撲の取りにくさ、一体何が・・・?
ダチ高の選手たちも、動かない陽川に訝しがる。勝負に勿体を付けるタイプではない彼の
戸惑いが、勝ちを確信していた先ほどまでの感情に危険信号をともす。
「・・・頭、頭が逆だ!」
桐仁が吐き捨てる。右四つなら普通、相手の頭は自分の右に来る。当然左手が外(上手)
右手が内(下手)になる。だが陽川が組み手充になる直前、押して隙間が出来たその一瞬で
頭を逆の位置に持って行ったのだ。
-逆鞘(さかさや)-
川人の部員たちは、大河内のこの組み方をこう呼んでいた。下手が密着し、上手は逆に
伸びきったこの状態では誰しも力が出せない。だが大河内はこの体勢から力を出す相撲を
ずっと模索してきたのだ。誰もが力を出せない体勢だからこそ、ここで戦える技術を持てば
僕は負けない力士になれる。
繊細だからこその着眼点の違い、自分が強くなるのももちろんだが、相手の強さを
より確実に、効率的に殺す、まるで魔法のような戦法。そんな理外の発想に気付くのは、
むしろ豪胆よりも、繊細な『心』だったのだ。
陽川は頭の位置を入れ変えようと、マワシを離さずに上半身を引く。だがこの体勢に慣れた
大河内がそのスキを見逃すハズが無かった。素早く寄りに出て一気に陽川を土俵際に
追い詰める。まるで斜めから押されてるような違和感に、思うように抵抗の姿勢が取れない。
俵に足が掛かったその時、大河内はその伸びきった左上手で投げを打つ。
だがそれは今まで斜めにいた違和感のあった陽川を、わざわざ自分の正面に戻す行為だった。
足さばきで耐えた陽川は、今度こそ万全の体制をと、組みに行く。
「駄目だーっ!」
蛍の声は遅かった。右下手が深く刺さっている状態での左からの投げ、ここからの大河内の
必殺技を忘れていたのだ。
-呼び戻し『荒沸(あらにえ)』-
差し込んだ右手で、逆方向にすくい投げを放つ。まるで大河内の右手を鉄棒にして
逆上がりするように空中で波打つ陽川の体。そして・・・
-ドシャアァァッ-
背中から落ちる陽川、天を仰ぐダチ高。この瞬間、彼らの全国への夢は、またしても潰えた。
戦力としては十分なはずだった、稽古量も他校より積んできたつもりだ、油断も無く総力戦で挑んだ。
それでも、全国への道は、繋がらなかった。
「お疲れ様。」
蛍が選手たちを労う。だが選手たちの落胆は隠せない。昨年秋の合宿で感じた全国『で』の
手ごたえは何だったのか。全国『へ』すら叶わなかった自分達が、何を・・・
「下を向かない!」
蛍がぱんっ!と手を打ち、皆の顔を起こす。そう、彼は知っている。
こういう時に皆に伝える言葉、前部長が言ってくれた、立ち直るための『魔法の言葉』。
「まだ夏がある!だから顔を上げ、前を向こう!」
松本君が感動した試合は単行本11巻、第91番の潮火ノ丸の個人戦一回戦の見開きのアレです。
絵の迫力なら火ノ丸相撲でもピカイチだと思うのは、やはりあの相手選手の必死な表情でしょう。