青い空、沸き立つ白い入道雲、きらめく海、果てしない水平線、爽やかな風、
そして色とりどりの水着を纏った少女たち-
「「(ここが天国か)」」
悟り切ったような表情で、同じ感想を心で述べるダチ高相撲部員(一部削除)。
過酷な稽古で疲れ切った心と体に、吹き抜ける清涼剤のごとく光景。
千葉県、九十九里浜の某海水浴場、海開き前の浜でのひととき、青春の夏-
「うー・・・あづ~~」
「部長~、冷房入れられないんですかぁ・・・」
6月下旬、ダチ高の相撲部室はサウナかと思われるほどの熱気に包まれていた。
空梅雨のせいもあって、まだ7月前だというのに連日35度に迫る気温、ましてやプレハブの
部室内の温度と湿度、もはやスポーツをする環境ではなくなっていた。
「男子はまだいいじゃないですか~、私たちなんかこの環境の中ジャージですよぉ。」
柚子香が掌でぱたぱた仰ぎながらため息をつく。彼女も隣の小林も大汗でジャージがぐっしょり
濡れている状態だ、悲しいかな色気は皆無ではあるが。
「それも状況次第だよ、組み合うと暑くて暑くて・・・何が悲しゅうてこの猛暑の中
男同士で裸で組み合って温め合わなきゃならんのだか・・・」
沼田の抗議に一同『相撲だからしゃーないだろ』という感想を思う。ただ堀マネージャーだけは
少し顔を赤らめて明後日の方向を向いているのだが。
「水分補給はこまめにねー、熱中症だけは厳に避けるよう、学校側からのお達しだから。」
蛍がペットボトルの麦茶を飲みながら皆に忠告する。飲んでもすぐ全部汗で出てしまうのだが
それでも飲まなければ救急車を呼びかねない状況だ。
赤池は水道の水を頭からかぶっているし、大峰はもうとっくに済んだはずの柔軟、股割りで
地面にべったり張り付いて、土の冷たさで凌ぐ有り様。
「ほらほら、他校だってこの暑さで稽古してるんだ、辛抱しろ。」
そんな桐仁の言葉に、そう言われちゃしょうがない、とばかりに立ち上がって稽古を再開する。
その光景を部室の隅で腕組みしながら、顧問の諸岡はうーん、と頭をひねって考える。
大型の扇風機を入れる案も考えたが、そもそも部室は下が土である、風なんか起こそうものなら
室内が砂ぼこりで荒れ狂うのは目に見えている、無論大型クーラーを入れるような予算は無いし・・・。
「どうしたもんかねぇ・・・」
連日の猛暑の中の稽古、いくら心が鍛えられるとは言え、これではインターハイまで体も持つまい、
彼は色々ツテを頼って、この状況を打破する方法を模索していく。
「合同稽古?」
3日後、クーラーの効いた職員室に呼び出された蛍たちは、その諸岡の提案に驚く。
インターハイ県予選を直前に控えたこの時期、どこも他校に手の内は見せたくないものだ。
弱小高同士ならそういうこともあるだろうが、ダチ高は全国出場を目標に稽古しているし
そんなウチとよく合同稽古など取り付けたなぁ、と。
「まぁ合宿といえば聞こえはいいが、実際には息抜きみたいなものと思えばいい、
このところの暑さとオーバーワーク気味なのが気になっててね。」
ますます分からない、それらに対する息抜きなら練習休みにすればいいのに、
合同稽古なんかやったら、ますます熱が入って疲れを溜め込むコトになるんじゃ・・・
そんな蛍たちの疑問は、親指を立てながらの諸岡の一言で一気に吹っ飛んだ。
「行き先は海だ!もちろん泳ぎ放題だよ。」
かくしてダチ高のインターハイ前の最終調整、海合宿がスタートした。
「「こんにちわーーっす、ようこそ大太刀高校の皆さん」」
海際の学校に到着したバスを出迎えたのは7人の女子高生だ。その際には一際長身の
20代と思われる女性が立っている。
いきなりのこの嬉しい歓迎は何?と若干不安がる一同の中、彼女らを見た柚子香が思わず
声を上げる。
「あーーっ、い、池西選手!」
「お久しぶりー、堀さん。」
九十九里高女子相撲部現部長、池西 檸檬(いけにし れもん)。
昨年夏のIH、女子相撲千葉県予選の準々決勝で柚子香が対戦し、敗れた相手。
その後彼女は全国まで進み、ベスト4まで勝ち進んだが、3位決定戦で敗れ表彰台を逃していた。
「あ、ひょっとしてこの合宿って・・・」
諸岡の方を見る柚子香と小林に対し、諸岡はうんうんと頷いて見せる。
男子は心身の休養と英気を養い、女子は少しでも多くの対人戦をこなしてIHに備えるのが目的だ。
「九十九里高女子相撲部顧問の南です、ライフセイバーの資格も持ってるから安心して泳いでね。」
長身の女性がそう言うのを皮切りに、それぞれが自己紹介していく。
「今日は午前中、みんなで海岸の掃除ね。終わったら自由時間だから楽しんで。」
南顧問の説明によると、彼女はこの学校のすぐそばの海水浴場の組合員のひとりだそうだ。
毎年部員がオープン前の海水浴場の清掃を担当し、その見返りとして特定の日数、女子相撲部員に
監視付き限定で開放しているらしい。
実は南顧問、元レスリングの女子選手で、諸岡の後輩だったりする。そのツテもあって
合同稽古の約束を取りつけることに成功したのだ。
「でもこの合宿って、そちらのメリット薄くないですか?」
そう返す柚子香に、池西が笑顔で応える。
「そんなコトないよ、女子相撲部同士、交流があるのはいい事よ。」
うんうんと頷く女子部員たち。
「なんせ女子相撲は人気なくってねー、やると絶対面白いのに。」
「同志が欲しいのよ、よろしくね、ちずちゃんゆずちゃんにさなえちゃん。」
池西いわく、この九十九里高は数年前、男子相撲部が廃部になり、その後に残った土俵を使って
女子相撲部を立ち上げたのが始まりらしい。
女子柔道出身の池西も、入学当時に先輩から猛烈な勧誘を受け入部に至ったとか、
やってみてどっぷりハマったのは、今の彼女の強さから容易に察することができる。
「あ、私のコトはレモンって呼んでね。さぁ、時間は有限よ。さっそく海岸に行こう!」
池西レモン部長の号令の元、早速ゴミ袋を持って海岸に突撃する若人たち。
かくして午前中で海岸はすっかりキレイになり、そして話は冒頭へと繋がるのである。
「ヒャッホーっ!」
「いぇーい!」
貸し切りの海に次々とダイブする部員たち。オープン前の海はまだ少し冷たく、火照った体に
ありがたく染み渡る。
いやそれは二の次だろう、普段女子に縁のない相撲部員たちにとって、華やかな水着に身を包んだ
女子と海水浴など考えもしなかった青春だ。
それは女子たちも同じだったようで、水を掛け合ったりビーチボールをぶつけてきたりと
中々のはしゃぎっぷりである。
何故か海に近づかなかった陽川はほどなくカナヅチがばれ、全員で海に放り込まれたり
持久力に自信がある幸田は水泳自慢の女子と延々並行して泳ぎ勝負したり、それを見た桐仁は
心肺機能の強化になるかと海に潜って数を数えたり、南顧問の指導の元、ライフセーバーの
旗取り競技に一同が参加し大いに盛り上がったりと、それぞれが海を満喫する。
が、相撲部の悲しさと言うか、海遊びは次第に稽古を含んだものになっていく。
「腰まで海に浸かってすり足すると面白いぜ。」
「波の満ち引きでバランス保つの難しいね。」
「波が来た時にぶつかり稽古の要領で沖に走るといいわよ。」
「稽古しようと思ったら浜ですぐ出来るのがいいな。」
「マメに海に入れば熱中症の心配もないしねー。」
そんな光景を見ながら、諸岡と南の両顧問はやれやれ、と笑う、
なんにせよダチ高男子部員にとってはいいリフレッシュになったようだ。
夕食、バーベキューをつつきながら歓談する一同に諸岡が声をかける。
「えー、明日の予定だが、女子の3人は九十九里高との合同練習だ、しっかり胸を借りるように。」
ハイ!と答えるゆずたちにレモンがよろしくね、と肩を叩く。
「で、男子だが、明日は浜で自由にしていい。」
え?と不思議がる男子部員。てっきり明日からはみっちり稽古だと思ってたんだが・・・
その理由は、次の諸岡の言葉で明らかにされる。
「明後日、九十九里高の土俵でインターハイ出場選手を決める部内戦を行うからね、疲れを残さず
体調を万全にしておくように!」
びりっ!と緊張が走る。蛍と桐仁にとっては最後の大会、その出場枠を争う部内戦、
まさか遠征先で行うことになるとは・・・
「アウェイの土俵で実力を発揮できなきゃ意味がない、そういう意味でもここでの部内戦は意味がある、
本番を想定してのギャラリーもいるし、みんな全力を尽くすように!」
ゆずとレモンのライバル関係にもご期待ください・・・字面からしてマジメにやる気が無いな俺。