蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第35番 ダチ高相撲部 vs 辻 桐仁

「おお、いいセッティングだねぇ。」

 諸岡がアゴをひねって感心する。いよいよ合宿最終日、インターハイ出場選手を決める部内戦。

その舞台である九十九里高の校庭の一角にある屋外土俵。

 周囲には女子相撲部員はもちろん、休日にもかかわらず学校に来ている各部活の生徒や

手の空いている教員、用務員などの職員が見物に集まっている。

 実際の大会を想定しての舞台をと南顧問にお願いしたのだが、予想の遥か上の舞台設定に大満足、

これなら本番の雰囲気さながらに相撲が取れるだろう。

 

 案の定、支度を終えて現れた9人のダチ高男子部員も驚きを隠せない。

「うわ、すごいギャラリー」

「まさに本番さながら、だな。」

「こりゃいいとこ見せないとなぁ・・・」

 各々の感想を抱きながら、諸岡の前に集合する選手たち。彼らの傍らにはマネージャーの千鶴子と

女子部員の柚子香と小林。彼らの後ろには、9人全員の名前と星取表が書かれたホワイトボード。

 

 インターハイ出場は選手5人+補欠2人、つまりこの部内戦で選手を外れるのは9人中2人。

普通なら問題なく選ばれる者、ボーダーラインにいる者、落選濃厚な者などが勝負前から

明確になるだろう。

 だがこれは相撲の勝負。わずか4m強の土俵から出ても、足の裏以外が地についても敗北する

極めてシビアで、そして不確定な戦いだ。1発勝負で誰が勝つかは誰にも分からない。

 

「ではこれより、部内総当たり戦を始める!」

諸岡がそう宣言し、脇にある箱から対戦のクジを引き、読み上げる。

「東、辻!西、松本!」

「「ハイ!」」

 同時に応え、土俵下で東西に分かれ、そして上がる。いきなり注目の大一番だ。

 

「互いに、礼!」

審判を務める森顧問の合図で礼を交わし、対峙する両者。と、松本は桐仁に声をかける。

「辻先輩、悪いけど確実に勝たせてもらうッス!」

蹲踞の姿勢を取りながらそう言う松本に、立ったまま見下ろして桐仁が返す。

「松本、お前の甘いトコだ。『悪いけど』なんて考えは土俵の下に置いてこい!」

 

 その会話を聞いたダチ高相撲部員は思案する。

『確実に勝たせてもらう』

 つまりは肺に疾患があり、20秒以上戦えない桐仁に持久戦を仕掛けるという宣言だ。

もとより松本はその体重と粘り腰を生かして戦う『受けの相撲』を取るタイプ、

そんな彼に持久戦法を取られては桐仁の勝ち目は限りなく薄くなる、現に春の部内戦では、

最初に当たった沼田に徹底した持久戦を取られ、全ての時間を奪われた結果、全敗という成績に終わる。

「(どうするつもりだ・・・?)」

1.2年生がいぶかしがる中、蛍と千鶴子だけはいくぶん余裕の表情で土俵を見上げる。

 

 -はっきよい-

 女性らしい甲高い森顧問の掛け声と同時にぶつかる二人。そして松本がずいずいと桐仁を

土俵際に追い込む。と、桐仁が体をひねって松本を巻き込むように投げに行く、松本はまるで

それに従うように回転して土俵に落ちる。

 

 -巻き落としで東、辻の勝ち!-

 

 ギャラリーの拍手が起きる中、ダチ高の1.2年は『あれ?』という顔でその結果を聞く。

てっきり持久戦かと思いきや、いきなり勝負を決めに行って、桐仁得意のカウンター攻撃の

餌食となるとは・・・先輩だから手心を加えた?いや、土俵から降りる松本の表情が違うと言っている、

悔しさと不思議さを織り交ぜた表情は、今の勝負に納得できない、そう語っていた。

 

 3番挟んで、再び桐仁の出番。相手は春の因縁の相手、沼田。

「(松本先輩はあれで優しいからな、俺は徹底して待ちますよ、辻先生!)」

 -はっきよい-

 組み合ってすぐだった。沼田は不気味な違和感に襲われる、軽い、桐仁から力感が一切

感じられないのだ。まるで空気を相手に相撲を取っているように、自然に足が前に出る。

 

「やっぱり・・・辻先輩、全然力入れてない!」

 松本が土俵下からそうこぼす。自分の時もそうだった、まるで相手がいないかのようなその感覚、

それに覚えがあった彼は、追い立てられるように焦って寄り切ろうとして巻き落としを食らった。

「あ・・・あの相撲は!」

そう吐いて三ツ橋を見る赤池。蛍は小さく頷き、視線を土俵に戻す。

「(石神高校の荒木・・・アレか!)」

 春の団体戦、偵察部隊として蛍と一緒に石神の試合を見た時の記憶、力のオンオフを巧みに使いこなし

一瞬の爆発力で決める荒木の相撲、その脱力時に今の辻はそっくりだった。

1年前には松本自身がその相撲からの『天地返し』で敗れた、そんな経験が松本を焦らせたのだ。

 

 土俵際まで来た時、桐仁が沼田の左手首を取る。その動きにびくっ!として体を引く沼田。

構わず胸を合わせなおした桐仁はこう囁いた。

「どうした、こいよ沼田君」

「くっ!」

その挑発に乗せられたか、沼田は取ったままの右上手で投げに行く。が、桐仁は取っていた沼田の左手を

自分の左脇まで円を描くように回して持っていく。その力の流れに巻かれるように土俵に転がる沼田。

 

 -小手捻りで西、辻の勝ち-

 ギャラリーから、特に九十九里女子相撲部員から黄色い歓声が飛ぶ。イケメンに加え技も鮮やか、

彼女らが桐仁に魅かれるのもむべなるかな。

 

 うなだれて土俵を降りる沼田の背中を見て、桐仁は思う。

「(この相撲のヒントをくれたのはお前なんだぜ、沼田)」

 春の部内戦、沼田は自分から攻めず、ひたすら桐仁の体力切れを待った。結果3分もの

長い相撲を取らされ、ついに力尽きたのだ・・・が。

 3分?自分は20秒しか相撲が取れない体だ。それが何故・・・考えるまでも無い、沼田が攻めて

こなかったから、自分も組みながら息を継ぐ時間がいくらかあったからだ。

あくまで20秒と言うのは『自分が全力で動ける時間』なのだから。

 

 そう思った時、桐仁の頭に電撃が走る。そうだ、自分は何を思い違いしていたんだ、

20秒しか全力で動けないなら、その20秒を使うべき時にのみ使えばいいんじゃないか!

 部内戦で持久戦法を取られるなら、こっちが何も最初から全力で行く必要はない、

相手が決めに来る時までその力を取っておいて、『その時』に時間を使えばいいだけのこと!

 

 次の瞬間、彼の視界は更に開ける。

そう、自分にスタミナが無いのはみんな知ってる、何もダチ高だけではない、他の強豪校も

自分と当たる時は持久戦法を使ってくるのは丸分かりじゃないか・・・だったら!

 自分の弱点を『相手が知る情報』として前提に置き、それに対応した戦術を取る。

 

「普通は考えねぇよ、相撲の真剣勝負の最中に『力を抜く』なんてな。」

 稽古後の居残り練習で蛍を相手にそれを実践しながら桐仁はそうこぼしていた。普段から火ノ丸の

全身全霊全力の相撲を見てきた彼にとって、相撲は常に全力を出すもの、そして自分は20秒しか

全力が出せない、だから持久戦法を取られたら終わり、などと勝手に思い込んでいた。

 なんというお粗末な結論だったろう、発想を少し変えればこんなにも自分には長い相撲が取れるのに。

 

 3戦目は陽川、もはや持久戦が無駄と考えて最初から全開で来た彼を、桐仁は冷静に仕留める。

長い腕で背中越しに上手を取りに来た陽川の脇をくぐり横を取る、切り返し一閃で土俵に転がしたのだ。

 4戦目、赤池。最初は持久戦で来たが、やがて痺れを切らせて攻めに転じる。

ある意味、桐仁のこの戦法の真価はその瞬間にこそ問われると言っていい。荒木のソレと違い

相手の力を利用するカウンター相撲を得意とする桐仁にとって、力を抜いている時にいかに

相手の動く瞬間を見極め『後の先』を取るかが勝負となる。脱力していても精神集中は研ぎ澄まし

その一瞬で斬って落とす、まるで剣道の居合い斬りの様に。

 

 攻めに来た赤池の足が揃う瞬間を狙っての二枚蹴り、巨体の赤池が横倒しに土俵に落ちる。

蛍以外、ダチ高の誰もが、桐仁に勝つプロセスを見いだせずにいた。対する桐仁はいまだ

自分で酸素スプレーを使う余裕すらある、以前なら1番こなせばスプレーを当てがってもらい

座り込んでヘタってたと言うのに。

 

「強い・・・」

 土俵に尻もちをついた大峰がそう嘆く。突進をかわされ、外掛け気味に合わされた足で

バランスを崩されたその瞬間、体当たりされて後ろに倒された、マジでどう勝つんだこの人に・・・

 

 6戦目、相手は三ツ橋。

 蛍は不用意には組みに行かず、変化とぶちかましからの『蛍火の如し』でかき回しにかかる。

あるいはこういう相撲こそが今の桐仁の難敵なのかもしれない。まして三ツ橋はずっと桐仁と

今の戦法を煮詰めてきた相手、手の内はお互い知られている。

 とはいえ桐仁にも手はある、相撲歴が長い分彼には蛍よりも相撲の引き出しが多い。

蛍が横に飛ぶタイミングを見計らい、土俵際を背負う。ここぞとばかり突進する蛍に

桐仁はほとんど俵の上を伝うように走り、蛍の突進を躱す。そのまま腕を取り、

『とったり』で蛍を土俵に転がして仕留めた。

 

 7戦目、幸田。流石に疲労も濃くなってきたが、それでもぶちかましに耐えて差し手争いを制すると

久々に『元祖三点投げ』で彼を退ける。もう全力の時間がほとんどないという理由もあったが

日々実力をつけ続ける幸田に対して、残す余力は無かったというのが本音だ。

 そして7戦全勝で迎えた最終戦、相手はここまで勝ち無しの柳沢だ。とはいえ桐仁ももう

疲労のピークで、朦朧とした意識で土俵に上がる。

 ただ、勝つプロセスは見えていた。柳沢は相手と組み合い、寄りかかるように体重をかけるスタイル、

相手が体重を浴びせてきたその時に・・・

 

 -はっきよい-

 桐仁は土俵に落ちていた。なんと柳沢がまさかの立ち合い変化『叩き込み』で勝ったのだ。

思わずガッツポーズして見た先にいたのは、なんとマネージャーの千鶴子だった。

「(やられた・・・マネージャーの入れ知恵かよ・・・)」

 

「カントク(辻)は疲れてくると、立ち合いで相手にもたれるように組むクセがあるわ、そこを突けば・・・」

快進撃を続ける辻と、白星が出ない柳沢の最終戦、千鶴子はせめて柳沢に1勝をと、こんなアドバイスを

送っていた、それが見事にハマった形となったのだ。

 

 部内戦が終わり、結果が発表される。

「トップ通過、7勝1敗、辻 桐仁!」

周囲の拍手に応え、遠慮がちに手を突き上げる桐仁。春の全敗の借りを確かに返し

見事大太刀最強に返り咲いたのである。

 

 -国宝『鬼切安綱』、その名の復活は近い-




さて、次回は三ツ橋編、結果やいかに?
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