蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第36番 ダチ高相撲部 vs 三ツ橋 蛍

「次、東、三ツ橋。西、陽川!」

 

 部内戦の3試合目、柚子香はその呼び出しに応えて土俵に上がる両者を見つつ、

『あっちゃー』という顔をする。

ひょっこり隣に顔を出した九十九里高、池西レモンが事情を知らずにゆずに問う。

「いよいよ彼の出番だねぇ、勝てるかな?」

「・・・相性は、最悪です。」

渋い表情で返すゆずにレモンは『そうなの?』という顔で土俵を見る。

 

 陽川の相撲は蛍にとってまさに『天敵』と言っていい。変化に素早く対応する反射神経と

捕まえたら軽量の相手なら強引にねじ伏せる剛腕、そして大相撲を目指すだけあって

相撲に対する深い理解と知識を兼ね備える彼にとって、蛍の相撲そのものが『小細工の集合体』

でしか無かった。

 そして近年蛍が試行錯誤していた『潜る相撲』に対しても、完璧な対応でこれを退ける、

ここ最近は蛍が勝つのはおろか、善戦するシーンすらお目にかかれなかったのだ。

 

 そんな二人をマネージャーの千鶴子が横目で見て、心の中で思う。取り終わった後の

妹の反応が楽しみだ、と。

 

 -はっきよい!-

 

 二人が立ち、ぶつかる。と同時に蛍は体を低くし、陽川の懐に潜り込んで両前ミツを引く。

一方の陽川は蛍の胴を抱え込み、腰を割って足を引き気味に踏ん張り、のしかかって体重をかける。

「え!?」

 ダチ高の1.2年が驚いて声を出す。実はこの体勢こそ、この春以来の『三ツ橋殺し』の状態なのだ。

足を引くことにより蛍の足技を届かせない、抱え込むことで出し投げや百千夜叉落としのような

体を回す技を出させない、あとは上から体重をかけ、蛍のスタミナを奪っていき、仕留める。

 蛍が『潜る相撲』を研究する過程で出来た副産物ともいえる形、部内での試行錯誤の末に

辿り着いたのは、潜った蛍の方が打つ手が無くなるという皮肉だった。

 

 それが具体的に形になったのが、春の部内戦で陽川が見せたこの相撲、足技も投げも出せずに

体力を奪われ、最後は吊り出された。しかもその後の大峰戦、松本戦にも同じ戦法を使われて敗れた。

今やダチ高相撲部員に対してのこの『潜る相撲』こそが、完全に死に体になっていたのだ。

 

「なんで・・・?」

 柚子香のその嘆きは、相撲部員の心の声を代表していた。立ち合いからわざわざ自分の不利な体勢に

身を晒すとは。しかもこの体勢、体力の消耗も酷い。あと7番も取らなきゃいけないのに、

初戦でこの姿勢で負けたら後の試合も苦しくなることは必至だ。

 

「(さぁ、何をやってきますか、三ツ橋部長!)」

組み合う陽川に油断は無い。立ち合いから明らかにこの体勢を狙ってきたという事は、ここから何か

今までにない技に出ることは予想がついている。だが何が来ても彼には対応する自信がある。

また彼には三ツ橋に対する敵愾心もあり、情けをかける気はない。

 -よし!夏には後輩たちを全員倒すぞっ!-

 春の部内戦後に蛍が吐いた言葉。盗み聞きとはいえ聞き捨てならない。そちらがそのつもりなら

こちらも断固として勝ちに行く。不用意にスキを作らず、このまま体力が切れるまで押しつぶしてやる!

 

 ふっ!と陽川の体が前方に流れる。蛍が潜った状態から体ごと後方に引いたのだ。

「反り技かっ!」

陽川の反応は早い。蛍の奥の手が反り技『居反り』であることを瞬時に見抜き、素早く右足を

前に出して蛍の反りを止める。

 

 その陽川の反応に、ダチ高相撲部員が、そして九十九里高の女子部員が驚愕の声を上げる。

「止めた!」

まさかの蛍の反り技を、瞬時に足さばきで防ぐその反応、そして対応力。

この瞬間、今度こそ三ツ橋部長は万策尽きたかと思われた。

 

 だが、それは蛍にとって『一の矢』に過ぎなかった。

 

「あ・・・足が近い!」

 幸田が叫ぶ。反り技に耐える為に一歩踏み出したことにより、陽川の右足が蛍の足技の

射程圏内に入っている。

「(狙いはそっちか!)」

 幸田の声を聞くまでも無く、陽川は蛍の狙いを読み取る。そうはさせじと踏み込んだ右足にぐっ、と

体重をかけ腰を割る。内掛けでも足取りでも来るなら来い、耐えてやる!

 

 それと同時に蛍の左足が、陽川の右足に巻き付く。二の矢『内掛け』!

「(やっぱりか!だが無駄だ、三ツ橋部長の馬力で今の俺の足は刈れまい!)」

2人の絡めた足にぐぐっ、と力が入る。が、陽川の右足はまるで地面に根を張ったかのごとく

ビクともしない。これに耐えれば俺の勝ちだ、と力を振り絞る陽川。

 

 その時だった。蛍は上半身を陽川の右足にかぶせる。足を掛けながら上半身を乗せるその姿は

まるで木にしがみつくセミのようだった。

 

 次の瞬間、陽川の右足は地面を離れ、空中に引っこ抜かれる-

 

 

 内掛けが止められたのを見て、柚子香は心の中で毒づく。どんだけ反応速いのよ陽川の奴!

そう思った瞬間に彼女は見る、蛍の『三の矢』を。

 蛍は左手を体の外に出し、内掛けを仕掛けている陽川の右足の外から、自分の左足首を掌で掴む。

ちょうど陽川の右足を、自分の左手と左足で輪を作り、巻き付けるようにして・・・

 

 次の瞬間、左手と左足、両方の力で陽川の右足を引っこ抜いた!

 

 -自足取り内掛け『根太起(ねたおこし)!』-

 

 切り株の根っこをテコで引き抜くように、陽川の右足を手と足でぶっこ抜く蛍。

腰を割っていた状態で片足を持ち上げられては抵抗のしようも無い。そのままどさっ、と

尻もちをつく陽川。

 

「内掛けで東、三ツ橋の勝ち!」

 

 ギャラリーから拍手が起きる中、ダチ高相撲部は全員が目を丸くして固まっていた。

手と足で引っこ抜く発想もそうだが、潜る、反る、掛ける、引っこ抜く、そのよどみない連携が

明らかに狙って仕掛け、そして成功させたものであることを物語っていたから。

 

「(やりましたね)」

「(形にするのに苦労したもんな、三ツ橋の奴)」

 桐仁と千鶴子がアイコンタクトして頷く。この技『根太起』の発想は早くからあったが、

実際に実戦するとその難度の高さに何度も壁に当たったものだ。

 足を届かせるために反り技を鍛え、そこから素早く足を絡める姿勢作り、そして自分の足を

手でつかむための姿勢、バランスの取り方、最初はうまく行かずに何度もコケたり

手が土俵についたりと、完成への道は困難を極めた。

 だが、それでも蛍はこの技にこだわった。これが決められれば自分の『潜る相撲』が

再び生きてくる。毎日の居残り練習で桐仁を相手に何度も試し、ようやく形になったのは

つい最近の事だった。

 

「・・・俺は、何をされたんだ?」

 土俵を降りた陽川が松本達に問う。彼からは蛍が自分の足を取ったのが見えなかった。

手を足に届かせるため、蛍は陽川の足にのしかかるように体を入れる必要があった、上から

かぶさっていた彼には、その行動の意味が分からなかったのだ。

 

 柚子香は感極まった顔で、レモンの手を取ってぶんぶん上下に振って喜びを表している。

まさかまさかの蛍部長の勝利、足だけで駄目なら手と足でというその発想、苦手だった陽川に

いきなり完勝してみせたその強さ、そのすべてに感動していた。

 そんな妹を見て千鶴子は思う、よかったね、との思いと、もう一つ。

「(本当に好きなのね、三ツ橋部長が・・・)」

 かつて火ノ丸を見て感動した自分を今の妹に重ねる。そう、私もその感動に突き動かされて

今、相撲部のマネージャーとしてここにいるのだから。

 

 

 この1番は、三ツ橋部長とダチ高相撲部の立場をひっくり返してしまった。

死に体だった潜る相撲が、相手を倒しうる技へと昇華したのだから。

 

 2戦目、松本に対しては潜った後、居反りをフェイントにして足にタックル、ケンケンで耐える彼を

そのまま土俵外まで押し出して勝利する。

 3戦目は沼田、先刻の一番で腰が引け気味の彼を、今度は居反りそのもので投げ倒す。

続く大峰戦は仕切りの段階から、目線で『潜るぞ、潜るぞ』と誘導し、つられて低く立った彼を

八艘飛びで鮮やかに飛び越し、背中を取って寄り切る。

 

 陽川を倒した『根太起』が起点となって、さまざまな選択肢が生きてくる。

諸岡に学んでいた目線誘導や心理を読む相撲が、さらにそれを有力な一手にしていく。

 潜る、飛ぶ、掛ける、投げる、躱す、ぶちかます、無限に広がった戦法を駆使し

土俵を自在に駆ける蛍の相撲にギャラリ―は大いに沸いた。

 

 5戦目の柳沢を電車道で下すと、次の幸田には組んでからの彼の投げを裾取り(足首取り)

で返し仕留める。『根太起』で練習した足首の高さを手でつかむ感覚が生きた一番だ。

 7戦目の桐仁には勝てなかった、脱力の相撲をモノにした彼には、不用意に組むこと自体が危険だ、

離れて相撲を取るが、ここぞという時に『とったり』を食らい、土俵に転がる。

 

 そして最後の8戦目、相手は赤池。

 -はっきよい-

 蛍はぶちかましと同時に相手の頭を上に逸らせる『蛍火の如し、潜』で赤池の懐を取る。

肌から伝わる赤池の感情、『足か?反りか?』と迷う彼に、両下手を掴んだまま体を反転させ

そのまま担ぎ上げる。

「百千夜叉落とし!」

 柚子香が叫ぶ。赤池は投げられてなるものかと足を外に出し、かわそうとする。

その足を蛍の右足が刈り取る。投げ、捻り、そして足!

 ここにきての『3点投げ』の完成、本当の意味での百千夜叉落としをついに会得したのだ。

 

 -ズドォン!-

 

「えーと・・・2丁投げ?で、三ツ橋の勝ち!」

 

 拍手に沸く会場。なんと一番の小兵の三ツ橋が、桐仁と並ぶトップの7勝1敗で試合を終えたのだ。

直接対決に負けたため桐仁に次ぐ2位ではあるが、見事に夏のIH出場を決めた。

また、心の中で公約としていた『下級生を全員倒す』を見事実現してみせたのだ。

 

1位・辻

2位・三ツ橋

3位・大峰

4位・松本

5位・陽川

6位・幸田

7位・赤池

―――――

8位・沼田

9位・柳沢

 

 最終戦で沼田に勝った赤池が最後のイスを獲得、ここにインターハイの出場選手が決定した。

全員が土俵に上がり、集まってくれたギャラリーに礼をする。

 

 こうして夏合宿は終わる・・・ハズだった。

 

 それを覆したのは、柚子香の意外な言葉。

 

「蛍部長、私と1番、お願いします!」

 ジャージの上下を脱ぎ捨ててそう告げる、その下には女子試合用のレオタード一体型のマワシが

身に纏われていた。

 

 彼女の『本気』の目とともに。




三ツ橋を強くする要素、これでほぼ出揃いました。
さぁインターハイ・・・と思いきや、柚子香の行動の真意は?
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