蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

38 / 121
第37番 三ツ橋 蛍と堀 柚子香

「蛍部長、私と1番、お願いします!」

 

「おいおい堀さん、いきなり何言ってんだ!」

 そう声を上げたのは桐仁だ。三ツ橋に限らず男子部員は今、部内総当たり戦を終えたばかり、

余力のないのは何も桐仁だけではない、三ツ橋も当然精魂尽き果てている状態である。

 加えてこのギャラリーの多い中で、男子と女子が相撲を取るのは絵面的にもどうかと思う、

男子が勝てば女性に対して暴力的な印象も受けるし、中には性的な目で見る者もいるだろう。

 

 そんな桐仁たちをまっすぐ見つめ、柚子香はこう返す。

「この遠征で部内戦をやったのは、アウェイでの真剣勝負で実力が出せるように、でしたよね、先生。」

話を振られ、あ、うむ。とうなずく諸岡。

「だったら私も、『ここ』で真剣勝負がしたいんですよ。でも九十九里高のみんなは、手の内を

見せたくないでしょうし。」

 横目に九十九里高の女子相撲部員を見てそう続けると、彼女たちもうん、まぁね、と頷く。

合同練習をした仲とはいえ、本番では鎬を削る『ライバル』となる。IH直前のこの時期に

ここで本気の『心』で相撲を取り、手の内を晒すわけにはいかない。

 

「それに・・・蛍部長にはいつも稽古つけて貰ってますけど、まだ勝った事がありません、

疲れてる所悪いけど、勝ちたいんです、部長に!」

 蛍をまっすぐ見据えてそう言う柚子香に、ギャラリーから拍手が起こる。

「相手してやれよー、部長さんよぉ。」

「嬢ちゃん頑張れよーっ!」

「延長戦、延長戦!」

 野次馬の声を聴きながら見つめ合う蛍と柚子香。蛍はその目が、稽古でいつも見ている

『真剣』の色を含んだ目であると理解し、ふぅ、と一息ついて言う。

 

「分かった、やろう!」

 ギャラリーのヤンヤの声を受けつつ、一度土俵を降りる蛍、そして男子部員。

土俵の際にあるスポーツバッグからジャージの上を取り出そうとする蛍を柚子香が止める。

「あ、ジャージ着なくていいです、そのままで。」

 

「ええーっ!?」

「ヒャアー、マジで?」

 その一言に、さすがに場内から驚愕の声が上がる。そもそも柚子香からして試合用の

ユニフォームを着込んだ状態。バストガードが付いているとはいえ、マワシ付きレオタード姿で

裸の蛍と相撲を取るというのか?

いくらなんでもそれは・・・

 

「ジャージがあると、どうしてもいつもの練習の気分になります。私も、多分部長も。

さっきまでの真剣勝負の『熱』を持ってきてほしいんです!」

そう言って自分の胸をばん、と叩く。

 

 しばしの沈黙の後、蛍はやれやれ、という表情でそのまま土俵に向かう。

ギャラリーが大盛り上がりで拍手や口笛を鳴らす中、土俵に上がる二人。

 諸岡はさすがにいかんだろう、と止めに入ろうとするが、その肩を千鶴子が掴み、目で訴える。

やらせてあげてください、と。

 

「後でセクハラとか言うのは無しだよ、ゆず。」

「そんなもの、土俵の下に投げ捨ててきましたよ!」

 土俵の上に上がり、睨み合う両者。その瞬間に空気がびりっ!と張り詰める。

ダチ高部員全員が理解する。あの目、二人とも真剣でやる気だ。

 

「ケガだけはしないようにね・・・互いに、礼!」

 

「(うまくいったみたいね・・・)」

「(こんだけ大勢の中で抱き合ったら、さすがにあの部長さんも意識するでしょ)」

 九十九里高の女子部員たちがひそひそ話す。実はこの勝負、部長の池西レモンの提案なのだ。

皆の前で、試合後のエキシビジョン的にあの格好で彼と相撲を取れば、少しは仲が進展するかな、

と思って。

 しかしその提案者であるレモン自身が、そんなチームメイトの考えを否定する。

「馬鹿ね、堀さんマジ入ってるわよ・・・三ツ橋部長もね!」

 ええっ!と驚く女子達。既に仕切りに入ってる二人を見て、思わずぞくっとする。

2人が交わしているのは、明らかに殺気をはらんだ視線だったから。

 

 -はっきよい-

 

 立ち合い、ぶつかる両者。と、蛍は体当たりの衝撃を横に逃がし、横っ飛びで後方に

回り込もうとする。

「蛍火の如し!」

幸田が叫ぶが、それは成功していなかった。柚子香は当たった瞬間、右手で蛍の左手首を掴んでいた。

蛍の動く方向は掴んだ手が教えてくれる、素早く向き直るとそのまま手を引きつけて組みに行く。

それに応じて四つに組もうとした蛍は、瞬間、柚子香を見失う。

 

「八艘飛び!」

 柚子香は組むと見せかけて、その直前に蛍を飛び越しにかかる。わざわざ手を掴んで組に行く意思を

見せておいての変化技!

「・・・っ!」

 相手が消えた、なら後ろしかない。そう判断すると蛍の行動は早い。素早く前方に2歩踏み出し、

腰を割りながら体を反転させる。そこに突っ込んでくる柚子香、頭を付け、蛍のマワシを探る。

 が、蛍は相手の両肩をもろ手でぐいっ!と押し上げて上体を浮かす。間髪入れずに胸を合わせ

そのまま一気に土俵際まで柚子香を押し込む。

 マワシを取られていなかったのが柚子香の命を繋いだ。土俵際に詰まる瞬間、横に飛びつつ

叩き込み気味に蛍の圧力をいなし、土俵際から脱出する。

 

 軽量級同士のスピーディな攻防に、そして二人から感じられる真剣勝負の空気に、ギャラリーが

感嘆の息をつく。そして彼らは気付く、あの二人の相撲が似ている事に。

それは彼女が部長さんの相撲をお手本にしている、尊敬しているんだな、と印象付ける。

 

「ゼッ、ゼッ、ゼェッ・・・」

「はぁっ、はぁっ、はぁ・・・っ!」

 頭を付けて動きを止める。蛍はすでに疲労困憊で呼吸が荒い。柚子香もまた男女の体重差と

相手の速い動きについて行くのに、体力と精神をすり減らしている。

 でも、まだだ。まだ私にはやれる事がある。今日の部内戦で貰った『熱』があれば、

この技を蛍に見せることが出来る!

 

「ふっ!」

 柚子香が『叩き込み』に出る。蛍は足を一歩踏み出して残し、横に飛んだであろう相手の姿を追う。

が、柚子香は目の前にいた。叩いて前のめりになった蛍が体を起こした瞬間、その懐に潜り込んで

両前ミツを掴む。

「潜る相撲!」

 陽川が叫ぶ。今日の部内戦で蛍が勝ち上がった原動力の体勢、それを意趣返しとばかりに

その姿勢に持っていく。

 

 相手にされて初めてその体制の怖さを実感する蛍、覆い被されば反り技が来る。引けば足を取られる

その両方の警戒をすることと、加えての疲労で蛍はよろよろと中途半端な体勢になる。

「(その心理状態は・・・アカン!アレが来るで!!)」

 赤池が自分の時の心理状況をトレースして、やばい!と思う。ついさっき自分が負けた状態に

三ツ橋部長が陥っているのだから。

 

「いっ・・・やあぁぁぁぁっ!」

 体を反転させ、蛍を担ぎにかかる柚子香。両手を折りたたんで力を込める。

「まさか!?」

「百千・・・夜叉落とし!」

 

 蛍を完全に腰に乗せる柚子香。腰から担がれ、蛍の両足が宙に浮く、完全に担いだ!

「決まれーーーっ!」

 小林が叫ぶ。ふたりでの練習中にこっそり練習していた『蛍バージョン』の百千夜叉落。

担ぐだけで精いっぱいなので足は出せない、3点投げでは無く2点投げだが、それでも

柚子香なりに習得した、蛍に見せたかったその技を決めに行く。

 

 スッ、と蛍の体が横にズレる。担がれた瞬間に蛍は体を右に躱しにかかっていた。

もし柚子香の投げが、足も使う3点投げならその足に捕まっていただろう。だが2点投げでは

横に躱す相手を捕まえることは出来ない。

 

 投げを凌ぎ切り、着地する蛍。

 捨て身技を躱され、死に体となる柚子香。

 

 2年前の全国で、火ノ丸が天王寺に『寄り』から放って、躱された時のような体勢になる。

 

 この瞬間、誰もが蛍の勝ちを確信しただろう。桐仁も、千鶴子も、小林も、レモンも。

そして多数のギャラリーもそれを悟り、「ああ~」という声を上げる。

 

 地面とほぼ平行になり、蛍のマワシにしがみついて辛うじて残っているその柚子香の

背中から、蛍は得体の知れない『意志』を感じた。

 

 -ここから、何か来る!-

 

 

「勝負あり!」

 

 そこで二人の1番は終わった。柚子香はこらえ切れずにヒザを付いてしまっていた。

そのまま前のめりに土俵にべちゃっ、と倒れ込み、ひゅーひゅーと息を次いでいる。

 蛍もゼイゼイと息を荒げながらも、倒れている柚子香に手を差し出す。

「あーあ・・・負け、ちゃった、かぁ。」

 起こされながらそうこぼす柚子香。この時の為にずっと練習してきた、この技を蛍に

見せて、決めて、そして褒めてほしくて。

 

 目に涙を溜めている柚子香を見て、蛍は彼女の肩に手を置き、こう返す。

「いい相撲だったよ。次は勝って泣こう。」

「・・・はい。」

 

 一礼し、拍手を背に土俵を降りる両者。バテバテの蛍は座り込み、天を仰いで息を継ぐ。

千鶴子は柚子香にタオルを渡し、お疲れ様、と妹を労う。

 そんな中、諸岡は無難に終わってよかった、とほっとする。仮にも男女があの恰好で

取っ組み合って、問題にならなかったのは幸いだった。

 

 

 だが、この1番は、この先に大きな意味を残す相撲であったことを、まだ誰も知らない。

 




次回は毛色が違う投稿になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。