「おおおおおー、やっぱり高校生はいいわねぇ、瑞々しい!」
「お前なぁ・・・さっきまでの落ち込みっぷりはどこいった。」
インターハイ高校相撲千葉県大会会場。『月刊相撲道』記者の名塚とカメラマンの宮崎の会話。
到着までダウナーな気分だった名塚だが、会場入りした途端テンション急上昇だ。
が、いざ取組みが始まると、観客席で再び鬱になる彼女。
「(・・・ったく、編集長も無茶言うわ。『国宝』を軽く使っていい言葉じゃないって
言ってたのは誰よ。)」
名塚は昨年のIH以降、高校相撲の取材からは遠ざかっていた。と、いうより相撲記者として人気の
彼女を高校相撲に当てる余裕が無かった、というのが会社の本音だ。
-ついに角界入りした国宝たち、快進撃-
童子切、草薙、数珠丸、そして鬼丸。将来の横綱を期待された『国宝世代』がついにファンの悲願、
日本人横綱へ向けて番付を駆け上がっていく。昨年冬には大典太こと日景典馬も幕下付け出しで
デビューしてそれに続く。
今年初めには童子切と草薙が幕内入りし、先場所には童子切がモンゴル人横綱、猛昇山から見事
金星をもぎ取り殊勲賞を受賞、草薙も11勝を挙げ、いよいよ国宝が綱を巻く時代到来かと大いに沸いた。
そんなわけで名塚は昨年以来、大相撲の方に付きっきりで、高校相撲を視野に入れる余裕が無かった。
が、今年のこの時期になって彼女は編集長から、再度高校相撲の取材を指名される。
とんでもない難題付きで。
「(国宝をできるだけ発掘してこいって?そんなのがその辺にゴロゴロ転がってるわけ無いでしょう!)」
編集長の意見も分からないではない。ここ数年、相撲は国宝人気で大いに盛り上がっている。
月刊相撲道の発行部数も順調に右肩上がりで、国宝効果に大いにのっかっていた。
だが、もし本当に『日本人横綱』が誕生してしまったら・・・
その時こそ、国宝世代は終わりを告げるだろう。長らく日本人横綱がいなかったからこそ、人々は
若人に期待を寄せ、彼らを日本国技の宝『国宝』と呼んで来た。
あまりに強い外国人横綱『刃皇』。『刃』の『皇帝』を打倒すべく、国宝級の日本刀の銘を冠して。
そしてその時はそう遠くない、ほどなく童子切や草薙は綱を巻き、国宝世代は終焉を迎えると
日本の相撲ファンの誰もが思っていた。
だがそれは、今の相撲ブームの終焉をも予感させていた。日本人が安定して勝ち続ければ
ファンは若者に期待を寄せなくなる、期待されなくなれば若者の相撲熱は冷め、それは未来の
相撲人気の低迷を呼ぶだろう。皮肉にも今の『強すぎる外国人横綱』と、それを倒すべく
挑む若者『国宝』の図式こそが、今の相撲人気の原動力なのだから。
そこで編集長は名塚に再び国宝の発掘を命じる。少しでも見込みのありそうな者、
または化けそうな者には構わないから国宝候補として取り上げろ、と。
国宝世代が終わる前に、少しでも相撲人気を繋ぎ止め、それを取り上げた自社の雑誌の地位も
向上させる、そんな期待を込めて。
「横綱候補?そんなの『彼』くらいでしょ。この会場じゃ。」
-下手投げで西、沙田君の勝ち-
石神高校の先鋒として出た沙田は、170kgはあろうかという相手を軽々と土俵に転がす。
昨年IH全国個人戦の決勝、日景との死闘はファンの記憶にも新しい、そんな彼がこの会場で
頭1つも2つも抜けた存在であることは明らかだ。
「彼はどうかな?」
ファインダーを覗きつつ宮崎がそう返す。そのシャッターには石神の大将、荒木が
目にも止まらぬ速さで相手を投げ飛ばした瞬間が焼いついていた。
「駄目よ、彼は大相撲に行かないらしいからね。」
確かに荒木の実力なら国宝の名を冠するに足るだろう。しかし彼は前々から
総合格闘技への進路を表明している。2年前の國崎と同じように。
気の無い返事をする名塚に、宮崎はやれやれ、と息をつく。
-以上、5-0で柏実業の勝ち-
「ふぅん、ずいぶん慎重ね、スキのない相撲を取るわ。」
柏実業のその危なげない取り組みに感心する名塚。彼女もプロの記者である以上、国宝は
置いとくとしても、その見る目は真剣だ。
「さすがと言うべきか、阿部監督の指導が行き届いているようね、さすがは千葉の名将だわ。」
と、その柏実業の面々が、入れ替わりに土俵西に陣取る高校を睨みつけているのに気付く。
阿部監督すら、その高校の顧問らしき人物に厳しい目を向ける。
「え、あれは、まさか・・・」
「知っているのか?名塚。」
-東、大羅工業。西、西上高校-
そのアナウンスに会場がざわつく。強さとはまた違う緊張感に会場が曇る。
その会場の空気は、東の大羅工業に向けられていた。
大羅工業高校、石神と並ぶ県内でも屈指のヤンキー高校。しかもここは相撲部自体が
荒くれ者の寄せ集めのような存在だった。現に昨年春、2年生の狭間が他校生徒とのケンカの末
重傷を負わせて少年院送りになり、相撲部は1年間の対外試合禁止処分が下されていた。
選手たちも皆、茶髪や整髪料で髪を固め、肩や腕にはタトゥー、ピアスを付けている物までいる。
その大将の席に座るのは、少年院から出所したばかりの大男、狭間だ。
彼は土俵の向こうに座る相手を見て、チームメイトにこう命令する。
「あのチビ共、全員無事に土俵から降ろすなよ!」
5分後、大羅の副将まで4人、見事に西上の小兵力士に折り畳まれていた。
ヤンキー上がりのその喧嘩腰な直線の相撲は、西上の円の相撲の格好の餌食だった。
出し投げ、蹴手繰り、とったり、頭捻り、円を描いて仕掛ける技が次々と不良くずれを仕留める。
「恥かかせやがって・・・帰ったら覚悟しとけ!」
そう言って土俵に上がる狭間。あんなチビ共に手玉に取られるか普通・・・
その怒りはまず対戦相手に向けられる。まずはこいつをド突き殺して、次はウチのバカ共だ。
-はっきよい-
「死ね!」
-バチィン-
全力で放った狭間の張り手と交差するように、西上の大将、葉山の掌底付きが炸裂する。
「がっ!?」
アゴに衝撃を受け、狭間の脳が揺れる。
「(なんだ、こいつも回ると思っていたが、やり合う気かよ!)」
そんな余計な思考をしている暇はなかった。葉山は手を止めずに、ひたすら狭間の顔面を狙って
突きを繰り出す。鼻が潰れ、血が滴り、眼球を叩き、人中を弾く。その容赦ない怒涛の突きに
狭間の巨体がじりじりと土俵際まで叩き押される。
「(そうだ葉山、突き押しは相手の体を打ち抜くつもりで行け!)」
腕組みした西上の監督が、自分の弟子に教えた突き押しに満足する。
春以降、彼はひたすら突き押し相撲を磨いてきた。大太刀の沼田に土俵際を背負われ、円の相撲を
破られた悔しさが、彼にその道を取らせたのだ。
葉山は迷いなく張る、突く、撃つ。その目に存分の殺気を湛え、黒い炎が溢れている錯覚まで起こす。
狭間の大振りな張り手も何発かは当たっている。にもかかわらず試合は一方的だった。
-ブァッチィィィ・・・ン!-
土俵際で腰の浮いた狭間の顔面を葉山の突きが打ち抜く。その一激で土俵下に叩き落とされる狭間。
土俵から彼を見下ろす葉山の表情はまさしく『鬼』だった。
まさかの惨劇に騒然となる会場。『心』の差がまともに出たその結果に、大羅の面々も顔色無し。
そんな中、柏実業の一同は『当然だ』という顔であらためて西上を睨む。春の借りは返す、と。
「思い出した!大西宮大学の怪童飯田!西上で監督やってたのね・・・」
名塚が叫ぶ。相撲記者の道に進んですぐ、資料を調べて妙に印象に残った学生横綱。
もう20年も前になる。学生相撲で無類の強さを誇りながら、不祥事で大相撲への道を断たれた男。
顔は老けているが、西上の監督席にいる男は、間違いなくその飯田だったのだ。
-東。常磐第三、下山君-
取組みは進む。登場したのは躍進著しい常磐第三。主将の下山が先鋒として出る。
「(下山君ね・・・さてさて、今の相撲は?)」
ぶちかましで後退させ、もろ手突きで土俵際に追い詰め、腹に乗せて吊り出す。
わずか3アクションで自分より重い相手をあっけなく退ける下山。
強い・・・何よコレ、と驚愕する名塚をさらに驚かせたのは、土俵を降りてからの下山のリアクション。
仲間たちとハイタッチを交わし、続けよと声をかけ、悠々と座る。その所作や表情のすべてが
名塚の知っている下山とは別人だった。
「男子3日会わざれば、っていうけど、本当にコレがあの下山君?」
多くの者に応援され、学校の期待を背負って、強力な新戦力を迎え、彼らと共に稽古する日々。
春には全国までもう一息だった、あの国宝『三日月』にも食い下がることが出来た。
今、彼には誰かの足を引っ張るだけの昔の影はない。前を見て、まっすぐに進む、それだけだ。
-はっきよい-
川人VS八柳の大将戦、大河内はあえて相手の得意の左四つに組む。ただし、頭の位置だけは右組み。
「え?何よ・・・あの組み方。」
意図的にやっているのだろうか、大相撲でも見ない不自然な組み方。窮屈な下手と伸びきった上手、
その原因の全てが『頭の位置』にあることは名塚にも、そして多くの相撲シーンを撮影してきた
宮崎にもすぐに理解できた。
「出たな『逆鞘(さかさや)』。」
すぐ近くで高校相撲のファンらしき人物の嘆きを聞く。鞘がさかさま、つまり収まりが悪い・・・
言い得て妙なその組み方から大河内が寄りに出る。そして相手が頭を入れ替えようとした瞬間、
大河内は一気に右にひねりを加え、相手を派手に転がす。
-以上、5-0で川人の勝ち!-
名塚は思い出す。編集長の言葉を、そして試合前の自分の感情を。
「(いるじゃない・・・国宝候補がゴロゴロと。ここはまさに宝の山よ!)」
-東、大太刀高校。西、中川高校-
出番順に並んで礼をする両校。中川高は毎年ベスト8の常連、決して弱くはない。
先鋒の赤池が土俵に上がるその対で、中川高校の監督が選手に伝える。
「相手はベストメンバーじゃない、大峰も松本も温存している、ウチを舐めた事を後悔させてやれ!」
赤池が気合一閃で相手を吊り出すと、2陣の幸田がぶちかましからの引き落としで相手に土を付ける。
陽川が豪快な投げで相手を圧倒する頃には、中川高の監督は認識の甘さを理解せざるをえなかった。
今の大太刀は誰が出ても強い!と。
「さて、次は国宝『鬼切』ね。」
迷わずそう言う名塚に対して、宮崎は思わず『昨年もう彼には国宝の価値は無い』と言った彼女に
ツッコもうとして止める。今の大太刀は明らかに別のレベルだろうから。
代わりにこの一番を彼なりに検証する。
「辻君は体力に不安があるようだし、本人の緊張しぃな性格もある、課題はそこだろう。」
明らかに消耗戦を狙ってきた相手に対し、桐仁は終始余裕の表情で相撲を取った。
1分にもわたる長い相撲の結果、意を決して出てきた相手を『網打ち』で仕留める。
「ったく、俺の相撲パクんじゃねぇよ。」
客席から石神の荒木がそう呟く。彼も得意としているオン(集中)とオフ(脱力)の相撲。
だがそれを傍目に理解している人間はわずかで、大勢のライバル達は彼がスタミナ不足を
克服したと認識する、桐仁が初戦から出た理由は正にそこにあったのだ。
-大将戦、東、三ツ橋!西、江口-
江口は立ち合いと同時に得意の突っ張りを放つ。腕が長く腕力のある彼は、三ツ橋に変化させず
潜らせないためにも得意の突っ張りで勝負を仕掛けてきた。
が、最初の1発こそ体を捕らえたものの、それ以降は三ツ橋の手によって捌かれ、躱され、
あるいは体の芯を外される。
江口の頭には三ツ橋の変化、つまり横の動きがどうしても頭にちらつく。それを見越した蛍は
諸岡に教わった『目線による誘導』で、右に行くぞ、左に行くぞ、飛ぶぞとフェイントをかけ
突っ張りの方向自体を誘導していく。
空しく空を切る張り手を掻い潜り、下に潜りこむ。江口はその長い手で蛍を抱え込み
打ち疲れもあって上から体重をかける。この姿勢なら少しは時間が稼げ・・・
突如、江口の体が前に流れる。蛍が両前みつを取ったまま反り投げを放つ!
「いくかっ!」
左足を前に出してこらえる江口。と同時に蛍の右足が江口の左足に巻き付く、内掛けだ。
次の瞬間、蛍は右手で自分の右足首を掴み、手と足の両方で江口の足を強引に引っこ抜く!
-内掛け『根太起!』-
-以上、5-0で大太刀の勝ち!-
会場がダチ高の強さに騒然となる。他の強豪校はそれでも今の試合を参考に、
対、大太刀攻略を進めていく。
だが、それは大太刀にとっても思い通りの展開だった。桐仁が『長い相撲』を取り、
蛍が潜る相撲から『根太起』まで持っていったのは、最終までの選択肢を見せつけ
警戒心を分散する狙いがあったのだから。
1回戦が終わり、しばしの休息を取る大太刀に、一人の女性(とカメラマンの男)が
駆け足でやって来る。
「おおおーーい、ダチ高ー、取材よろしくーっ!!」
「ここは宝の山よ!」
「いいからカメラしまってヨダレふけ!」