-大将戦!東、大河内。西、辻!-
大太刀高校と川人高校の準々決勝は、2-2のまま大将決戦へともつれ込んだ。
眼鏡をチームメイトに預け、土俵に上がる両選手。
対峙すると、大河内は桐仁に声をかける。
「そういや、君と戦うのは初めてだね。」
「まぁな。」
お互いが顔を見合わせ礼をする。もうすっかりお馴染みだな、と、相手のマワシに書かれた
学校名を見る。
『大太刀』と『川人』。
準々決勝最後の一戦が始まる時、カメラマンの宮崎はファインダーを覗きながら、名塚にこう語る。
「この両校、すっかりお馴染みの対決になったなぁ。」
そんな宮崎の言葉に、名塚は本当にそうね、と返し、邂逅する。かつてこの2校が初めて団体で激突した、
2年前の春のことを。
-寄り切りで東、潮君の勝ち-
あの鮮烈な『鬼丸』の復活デビュー、その相手が川人高校であり、現在の主将、大河内だった。
あれ以来両校は団体戦で幾度も戦ってきた。最初の春は川人が勝ち、翌年の夏にはダチ高が
全勝する強さを見せた。そして今年の春には川人が再び雪辱を果たす。
また個人戦でもこの2校は幾度も対戦している。その結果もほぼ5分の星。
千葉県内で石高に追随する両校はこの2年で、押しも押されぬライバル校として並び立っていた。
「でも、先に進めるのは1校だけよ・・・」
名塚が少し寂しそうにそうこぼす。あの春に1年だった大河内や、鬼丸と同級生の辻、三ツ橋。
その世代のチームとしての最後の一戦が、これから始まり、どちらかが『終わり』を告げる。
鬼丸はプロへ行き、大河内は沙田を倒して全国の土俵を経験した。辻や三ツ橋は新たな
チームメイトを得て、主力の抜けたダチ高を千葉の強豪校として根付かせた。
鎬を削り合った両校の集大成、そんな試合が今、始まる-
先鋒戦はダチ高が取る。大峰は終始攻めの手を緩めず、最後は得意のがぶり寄りで相手に
土俵を割らせる。が、2陣の陽川は湊の大きな腹に乗せられて吊り上げられて敗れる。
中堅の松本は粘りの相撲からの突き出しで勝利するも、副将の蛍は激しい攻防の末、相手の懐に
潜ろうとしたその瞬間、桜本に上から全体重を浴びせられ土俵に潰される。
そして大将戦、川人の期待の星として常に皆を引っ張ってきた大河内と、ダチ高の監督として
ずっとチームを支えていた桐仁。勝敗の行方はそんな二人の手に委ねられた。
「以前から大河内君には素質があった。でも以前の彼は、明確な自分の勝ちパターンを持っていなかった。
でも今は違う、差し手争いからの『逆鞘(さかさや)』、そこからの寄り、投げ、そして呼び戻し
『荒沸(あらにえ)』」
名塚は分析する。強い力士には必ずある自分の必勝パターン、元々膂力のある彼がそれを会得した今、
彼は高校生レベルから一つ抜けた存在となっていた。
「国宝『鬼切』との1番、もし勝てば彼にも国宝の銘を与えてもいいかも知れないわね。」
-手をついて-
両校の選手が、応援団が、客席全体が固唾を飲んで見守る。
-はっきよい!-
両者が激突する。張り手もかち上げも無しに真っ向から組み合った二人は、そのまま
差し手争いに入る。得意の左四つを狙う大河内の左手を右手で絞り込む桐仁。相手の左手首を掴み
マワシを取らせない大河内。
だが桐仁は肌で感じていた。大河内の前さばきはそれほど厳しくはない、あるいは手を抜いている?
「(狙っているな・・・)」
大河内独自の組手『逆鞘』。こちらが体勢充分になったところを見計らって頭の位置を入れ替え、
そこから一気に勝負を決める気か!
「え・・・?」
桐仁はいつの間にか土俵際にいた。差し手争いに気が行っていたせいで押されているのに気付けなかった。
大河内は上半身の厚い胸板で圧力をかけ、じりじりと桐仁を押し込んでいたのだ。
「(知ってるよ、君の相撲は必要に応じて力を抜き入れしている。僕が決めに来るその時を狙ってね。
でも、こうしてじりじり攻めていけばどうかな?)」
「くっ!」
俵に足が掛かる。こうなってはもう脱力とか言ってられない、自分の時間を使って勝負に出る。
絞っていた大河内の左手を取り、土俵際を回り込んで『とったり』を仕掛ける。
だが大河内は読んでいた。元々押し込まれてからの左右に入れ替わるような投げが桐仁の必勝パターン、
そう来るだろうと間髪入れず横っ飛びで追いかけつつ、取られた腕を振りほどく。
「(ったく、嫌になるぜ!)」
再び組み合っての体勢になりながら桐仁は心で毒づく。胸を合わせてみて初めて分かる相手の強さ、
腕力、前さばき、膂力、洞察力、捌き、そして技。
侮っていたつもりはない、あの沙田をも破ったことのあるこの男。だが実際に相対するまでは
ここまでとは想像していなかった。カウンターの投げは通用せず、組み合えばじりじり体力を奪われ
なおかつ相手の得意『逆鞘』に持っていかれる・・・どうする?
「(もう時間がない・・・行く!)」
意を決して巻き替えに行き、両下手を深く差す『もろ差し』の体制に移行する桐仁。両下手なら
頭がどちらにあろうが関係なく力が出せる、桐仁なりに考えた『逆鞘』対策。
だがその瞬間、大河内は両マワシを離し、下手を取った桐仁の腕を両閂(かんぬき)に決める。
「読まれてた!」
蛍が、陽川が叫ぶ。春の大会で陽川がこの逆鞘に敗れてから、研究してきた対策。
しかしそれも大河内にとって織り込み済みだった。
桐仁の両肘を絞るように極めながら前に出る大河内。このまま『極め出し』で土俵を割らせる気だ。
両手を極められている以上、桐仁得意の投げが出せない、まずいっ!
ここで桐仁は賭けに出る。右手を離し、素早く巻き替えようと腕を抜こうとする。が、大河内は
それを察して左ヒジを上げ、腕を抜かせまいとする。
が、それこそが桐仁の狙いだった。一度抜きかけた右手を次の瞬間、肩ごと深々と差し込んだのだ。
極めを外すために一度引き、追いかけてきた所を逆に潜る、業師桐仁ならではの駆け引き。
半身になり、大河内の左懐に入り込む。下を取った桐仁が土俵際で踏みとどまると、そのまま吊りに出て
上半身を浮かせ、右足で相手の足を狩る!
「くっ!」
大河内も簡単には落ちない。その長い足を大きく踏み出してこらえると、閂に決めたままの右手で
小手投げに行く。
「(バランス感覚も並以上かよ!)」
大河内の才能に辟易としながらも足さばきで凌ぐ桐仁。土俵際で半回転し、両者の動きが止まる。
「(マズいな・・・ガス欠寸前・・・か。)」
とったり以降の攻防で、桐仁の時間は確実に減っていた。まともに力を込められる攻防は
あと1回が限度か、だったら!
差し手争いの攻防は大河内に分があった。左の下手を引き、右の上手を捕らえる。彼得意の左四つ!
「(ここだ!)」
桐仁は相手の組手になったその瞬間、頭を引いて大河内の左に頭を持っていく。なんと桐仁が
大河内に『逆鞘』を仕掛けたのだ。
「なっ!」
目を見張る大河内、まさか相手からこの組み方を仕掛けられるとは!
だがそれでも有利なのは大河内の方だ。上手が遠くなるこの組み方、長い腕の大河内の右上手は
掴めているが、桐仁の右手はマワシを引けず、相手の腕を巻いているだけの状態。
「ここで決める!」
意を決して上手投げに行く大河内。伸びきった上手でも桐仁の体を振り回すだけの膂力が彼にはある。
桐仁を振り回し、こらえた所で左下手を差し込み、逆にすくい投げを打つ、呼び戻し『荒沸』!
「(得意技に固執してきたな、待っていた!)」
桐仁は呼び戻しのタイミングに合わせて、同じ方向に首投げを放つ。右手を相手の首に巻き付け、
そのすぐ下の相手のすくい投げの力をも利用して投げの打ち合いに持っていく。
さらに桐仁は右足で大河内の左足を内から『掛け投げ』風に跳ね上げる。
「な・・・に!?」
大河内は驚くがもう遅い。こうなってしまえばあとは投げの打ち合い、耐え合いだ。
刈られた片足を上げ、柔道で言う『内股すかし』の姿勢でこらえ、すくい投げを決めようとする。
「(くっぞ・・・があぁぁぁっ!)」
既に溺れつつある桐仁が、残る全ての酸素と力を振り絞る。すかされそうになる足を辛うじて掛け、
自分の方に引き込もうと首投げを打つ!
そして両者は、その足を高々と上げたまま静止する。
どよめく場内。次の瞬間にはそれは歓声へと変わる。
「行けーーっ!」
「押し切れ、主将ーっ!」
「引きつけろ、巻き込めーーっ!」
「力相撲だ!」
時間にすれば1~2秒、投げの打ち合いの状態で静止していた両者は、あらんかぎりの力を振り絞って
相手を巻き込もうとする。自分の投げで相手を体の下に巻き込めば、あとはそのまま覆い被されば
勝敗は決する。
そして膂力、腕力、持久力で勝っていたのは、大河内の方だった。
ぐらり、と桐仁の体が大河内の方に流れる。この時、大河内は自分の勝ちを確信した。
相手の右手は未だ自分の首に巻き付いたままだ。それは即ち相手が自分にしがみ付いたままだという事。
そして体が回る、相手を自分の下に連れ込んだ感覚。
体重をかけ覆い被さる。あとは彼の上にのしかかるだけ・・・
「なっ!?」
目を見張る大河内。確かに桐仁は自分の下にいた、自分の首に右手も撒いている。
だがその姿勢は投げられた『死に体』ではなく、両足を地面についた『残し』の状態だった。
桐仁は投げ合い状態から、跳ね上げた足を下ろして相手の下に走ったのだ。体を『く』の字に曲げ
足を下ろしたことを悟らせないように回り込んでいた。
だが、両者とも姿勢は良くない。大河内は投げの体勢に入ったまま片足立ち、桐仁は無理な回り込みと
長身の大河内の首に右手を巻いているせいで腰が浮いている。
だが、桐仁は知っていた。ここから相手を仕留める技があることを。
-首捻り-
相手の投げの回転力をそのまま利用して、首を巻き込んでの投げ。かつて桐仁はこの技を
先輩である小関に教えたことがあった。その時に実践した感覚をトレースして、大河内の長身を
土俵際に引っ張り込む!
-ズシャアァァッ!!-
文字通り2転3転した攻防は、その時に決着を見た。
「西、辻の勝ち!」
ハッ、ハッと両手をついて息を切らせる大河内。背中で審判の声を聞き、負けたことを思い知る。
が、後悔や悲しさの感情よりも先に彼が目にしたのは、勝者である桐仁の息も絶え絶えに
背中を丸めてもがき苦しむその姿であった。
ダチ高の面々が酸素スプレーを持って殺到する。蛍が審判にすいません、と断りを入れ
陽川が桐仁の上半身を起こし、酸素スプレーをあてがう。
30秒ほどそのまま呼吸をさせて、ようやくよろよろと立ち上がる桐仁。
その対面には、見慣れた『川人』の文字のマワシを締めた大河内が、凛とした表情で待ってくれていた。
「礼!」
お互いが頭を下げる。ライバルである両校の最後の団体戦は、こうして終わりを告げた-
あーもう右手左手の表現がめんどい!
こういう相撲は文章で表現するのは至難の業じゃ!(ノ`□´)ノ⌒┻━┻