-準決勝第一試合。東、石神高校。西、柏実業!-
場内のアナウンスと共に相対する両校。国宝『三日月』を擁し、夏春に続く千葉3連覇を狙う石神と
古豪復活を目論む柏。決勝にコマを進めるのは果たしてどちらか。
礼をする両陣営をファインダー越しに見ながら、カメラマンの宮崎がこう予想する。
「柏実業は、沙田君と荒木君は捨ててるんじゃないか?」
石高の両エース、沙田と荒木の強さは今大会でも突き抜けていた。昨年夏からの成績を見ても
沙田が破れたのは昨年IH個人戦決勝の日景典馬のみ、荒木も昨年夏の個人戦でチームメイトの沙田に
屈したのと、今年の春の団体、全国で鳥取白楼の国宝『備前長船』こと舟木に敗れた2敗のみだった。
「だけど、柏実業が残りの3人に全勝、っていうのも考えにくいわ。」
記者の名塚が返す。石高の他メンバーは実力的には柏実業の面々と伯仲している。エース2人に
捨て石を当て、残りの3人にポイントゲッターを投入したとしても、全勝の確率は低いだろう。
結局、国宝級2人を擁するというのが、いかに団体戦で有利に働くかがよく分かる。
そこまで考えて、改めて宮崎の考えを否定する名塚。
「それに・・・阿部監督は自分の生徒を『捨て石』に使うような人じゃないわ。」
2年前の夏、注目されていた国宝『鬼丸』に対して、チーム1の巨漢、ぶちかましの伊藤を当てて来た。
試合は鬼丸が成長を見せつけ圧倒し、結果4-1で敗れたが、柏側にしても捨てているような
オーダーは皆無だった。
監督と生徒の信頼関係、それこそが柏実業の強さの真骨頂なのだ。
-先鋒戦。東、荒木。西、藤岡!-
「まずは荒木君か、だいたい両エースのどっちかが先鋒よね、石神は。」
先鋒戦を確実に取り、勢いをつけて2陣以降に繋げるのが今年の石高のスタイル。
「いいんじゃないかな、団体のオーダーの組み方としては正しいと思うぞ。」
「そうね・・・」
アゴに手をやりながら名塚は思う。確かに今の荒木君なら石高に勢いをつけるのにもってこいだ、と。
力のオンオフを使い分けるその相撲、脱力により生み出されるその技の爆発力。そして何より
勝負所の一瞬を見逃さない荒木の勘の良さ。
誰もが思う事。ならば荒木が脱力をしている間に一気に勝負を決めてしまえば、と。
だがそれは彼の『削ぎ落す精神』の前にことごとく土を付けられる。いかな窮地に陥ろうとも
一切の雑念を廃し、勝ち筋を、力を爆発させる瞬間を見極めるその心の強さに屈する事になる。
思えば脱力しているからこそ、彼は冷静に戦況を見つめ、下す判断がさらに冴えわたるのだろう。
そして名塚も知らない事だが、荒木のこの削ぎ落す相撲は、チームメイトの沙田の出し投げすら
見極めて止める程の判断の速さを得ている。そこに至ってからは彼はしばらく沙田を圧倒してきた
程だった。
沙田の新たな技『月輪』は、この荒木に対抗するために生み出された。相手が凌ぐなら
凌げなくなるまで引きずり回す、沙田らしからぬ力づくの投げ。校内のライバルで切磋琢磨してきたのは
石高も同じだったのだ。
-手をついて-
沙田が余裕の表情で土俵を見上げる。今の源ちゃんが負けるなどありえない、勝って勢いをつけ、
大将の僕に回る頃にはウチが決勝進出を決めているだろう、と。
柏実業の阿部監督が内心ほくそ笑みながら土俵を見、心の中で呟く。
「(荒木君、確かに君は強い。その集中力、力の出し入れ、見事なレベルだ・・・だが!)」
-はっきよい!-
「高校生風情が!相撲の達人にでもなったつもりか!」
その阿部監督の独白は誰も聞くことが出来なかった。立ち合いの一瞬の後、会場はまさかの光景に
驚愕と悲鳴とため息と、そして歓声の渦に包まれたのだから。
石高の全員が呆然とした表情で固まる。柏実業の面々はしてやったり、とガッツポーズ。
西の控え席で見ていたダチ高の面々は『その手があったか!』という顔。
-『お手つき』で西、藤岡の勝ち!-
藤岡のやったことは簡単だった。立ち合い胸を合わせてすぐ、右手で荒木の左手首を掴み、
そのまま下に引き下ろして荒木の左手を地面につけた、ただそれだけである。
その一瞬の動きに、脱力していた荒木は成す術がなかった。極めて小さい動作、少ない力の動きで
相撲の負けの条件『地面に手をつく』を強要されたのだ。
本来なら姑息なイメージのあるこの決まり手。だが力のオンオフの相撲を取る荒木に対して
これほど有効な手もないだろう。寄りよりも投げよりも叩きよりも速い、削ぎ落した精神でも
対応が間に合わない絶妙の一手。
もし荒木が脱力していなければ、それは単純な差し手争いの動きで終わっていたはずなのだから。
「よし!よくやったぞ藤岡!」
阿部監督が大きな声で絶賛する。それはやや姑息な感じのある勝ち方が、監督である自分の指示で
あることをアピールする狙いもある。藤岡は自分の指示に従っただけだ、と。
「ちょ、ちょっと・・・待てよ」
呆然としたまま、やっとそれだけを絞り出す荒木。一体今のは何だったんだ?俺は相撲を取ったのか?
誰にも負けない戦法を身につけた、力士の強さを備えた、今度こそ石高を全国一のチームにする、
そう沙田と誓った・・・なのに!
審判に即され、呆然としたまま土俵を降りる荒木。その目に移ったのは自分以上に愕然とした
チームメイト達の顔だった。
「石神は先鋒にエースを出して勝って勢いをつける、だったわね。ならもしその先鋒が負けたら・・・」
名塚の言葉にはっとする宮崎。石高が先鋒戦を落としたという事は、沙田君を除いても残りの3番で
2勝を挙げなければ彼らは決勝に進めない。
そして今の石神と柏の戦力を考えたら・・・いや何より先鋒戦で敗れたこの流れの中、大将の沙田君に
頼らずに2勝するのは逆に至難の業なんじゃないか・・・?
その宮崎の危惧は的中する。
2陣戦、意気上がる柏の伊丹は石高の相良を攻めに攻める。逆に相良は負けられないプレッシャーに
手足が付いてこず、終始劣勢のまま土俵を割らされる。
石神高校相撲部。
沙田美月と荒木源之助という突出した二人が率いるこのチーム。そんな彼らのチームメイト達は
常にふたりに対するコンプレックスのようなものを抱いていた。
もちろん自分たちも彼らに負けない強さを得たいと稽古に励んだ。しかしその差は日を追うごとに
開いていく一方だった。特に沙田に対してはまともに相撲にならず、力不足を実感させられる。
沙田が楽しそうに皆川部屋に出稽古に行く姿を見ては、自分達との差を思い知らされていた、
自分達は沙田主将の稽古相手にすらなりえないんだ、と。
そんな『心』の弱さが今の石高には根付いていた。ならせめて沙田主将や荒木のお荷物に
ならないように頑張ろう、と。
今の彼らに、自らピンチを跳ね返そう、という『心』の強さは、無い-
石神VS柏、長くなったので分割します。
『お手つき』は兵藤もチヒロに使ってましたよね。