まさかの石神高校2連敗に会場が騒然となる。肝心の国宝『三日月』は大将、ここから負け無しで
2連勝しない限り、彼らの団体の夏は終わる、昨年IH全国ベスト8の石神の夏が。
「大丈夫だ、ここから取り返していこう。」
沙田主将のその声は、中堅の荻野、そして副将の三宅には響かなかった。
日々沙田との実力差を思い知らされている彼らにとって、その言葉は『持ってる者』の
言動にしか過ぎないのだ。
その空気は沙田にも伝わっていた。が、そんな彼らに言うべき言葉が出てこない。
自分は何と無力な主将なのか・・・こんな時、金盛さんや間宮さんならもっと気の利いた
檄が飛ばせるのだろう、しかし僕は駄目だ、こういう時に自分は無力なんだと改めて思い知る。
沙田 美月
小学生の頃から抜群の運動神経を持ち、野球、サッカー、バスケ等様々なスポーツで活躍してきた。
だが、だったら彼は何故その道に進まなかったのか。
団体競技は個人が優秀でも、チームワークが取れていないと意味がない。チーム内でも一歩
抜きんでていた存在の彼に、チームメイトがついていけなかったのだ。
彼の剛速球を受けられるキャッチャーはおらず、絶好の位置取りをする彼に的確なパスを出せる
選手もいない、彼がいくらダンクを決めても、ザルなディフェンスは倍の反撃を止められなかった。
そんなある日、彼は相撲に魅かれる。マワシ一つで己の姿をぶつけ合う個人競技。仲間との
温度差が埋まらなかった彼にとって、この世界はまさにうってつけだったのだ。
中学横綱になり、強豪の石神高校に入学する。そこでの先輩達との日々、そして『鬼丸』を
始めとするライバル達との激闘の日々は、彼が昔持っていたジレンマを忘れさせていた。
だが今、沙田は再びその思いに苛まれている。
自分についてこられないチームメイト、自分は特別だという周囲からの視線、それでも彼らは
自分を信じ、主将として慕っていてはくれた。それは裸でぶつかる格闘技、相撲ならではの感情。
嫉妬があるならぶつかり稽古で思う存分発散すればいい、気に食わないなら申し合い稽古で
その思いを叩きつければいい、そんな肉体言語の世界に感謝し、ある意味甘えていた。
そんな石高相撲部を日本一の相撲部にしたかった。だが、だったら何故チームがピンチに
陥ることを想定しなかったのか、そんな時に気の利く激を飛ばせるよう考えておかなかったのか。
それは間違いなく自分が『持っている』人間だったから。
持たざる者の心境を想像できなかったから、だからこんな取ってつけたような激励しか言えないのだ。
主将、石高相撲部を日本一にする、僕が?無理だ、この有様じゃあ。
すっ、と沙田に並び、荻野と三宅の前に出たのは、石高相撲部顧問の菅原だった。
彼はメガネの奥の目をまっすぐ二人に向けて、こう話す。
「いいですねぇ、舞台に立てる、と言うのは・・・」
え?という表情をする石高のメンバーたちに、菅原はこう続ける。
「私は相撲を取ったことが無いですからね、土俵に上がり、戦える皆さんが正直羨ましいんですよ。」
それはスポーツを観る者全てに共通する感情だろう。プロ野球に憧れる少年は自分がメジャーの
マウンドに登ることを夢見て、サッカ―の好きな人はワールドカップのフィールドに立つ自分を妄想する。
それは何も少年だけの夢ではない。叶う可能性が無い年齢に達した者も同じように、その舞台に立つ
自分の姿を妄想する、だからスポーツは誰からも愛されるのだ。
「君達が普段どう思って稽古をしているか、私は良く知っていますよ。」
2人を見た後、沙田にちら、と目をやる。それだけで十分に伝わる。自分たちが沙田に感じている
コンプレックスを、先生には見抜かれていたんだ、と。
「ですが土俵の上では君たちが主役です、少なくとも見るだけの私などより、君達の舞台なんですよ。」
しばしの静寂の後、荻野が自分の頬をぱんぱんと張り、三宅の目に改めて力が籠る。
そう、彼らにしても石高の部内戦でレギュラーを勝ち取ってきた。今日この舞台に上がれず、
観客席から応援している仲間だって大勢いる。
自分は沙田主将の脇役かも知れない、だが、土俵に上がれば自分が主役なんだ。
-中堅戦。東、荻野。西、直沢-
立ち合い、柏の直沢はまさかの変化をする。追い詰められて余裕のない今の石神なら
この変化についてこられないだろう、との阿部監督の指示だった。
しかし荻野は足運びでこれを凌ぐと、得意の左四つに組み止めて一気に寄り立てる。
直沢も土俵際で懸命に残すが、それでも力ずくで寄り切ってケリをつけてみせた。
ガッツポーズを握った拳で三宅と拳を合わせる、次はお前の番だ、と。
石高の立ち直りを見て取った柏の阿部監督も、直沢を労いつつ、次の佐久間に檄を飛ばす。
「小細工はいらん、真っ向勝負で勝って来い!」
-副将戦。東、三宅。西、佐久間-
激しい突っ張り合いからの攻防。佐久間は得意の右四つに組み止めるが、三宅は腰を切って
上手を振りほどくと、そのまま下手投げを打ち、崩れた所に一気に寄って出る。
土俵際で踏みとどまった佐久間は再び上手を取り、土俵中央まで押し返す、一進一退、互角の
力相撲の様相を呈する。
土俵を見上げる沙田の肩をぽん、と叩く荒木。
「何やってんだよ主将サマ、声出さねぇか!」
あ、という表情の後、よし、と頷いて手でメガホンを作り、声を出す。
「三宅!行け!押し切れーっ!」
「止まるな、押せ押せ押せぇー!」
「沙田主将に繋げよ!勝てぇ!」
「ぷりぃーず、わんもあちゃーんっすっ!!」
荒木までが下手な英語を交えて声を出す、石高ではあまり聞かれない懸命の叫び。
その声に応えるかのように、素早く手を巻き変え、得意の左四つに組み替える三宅。
佐久間はそのスキに土俵際まで寄り立てるが、俵に足が掛かった所で自分の組手を失う。
かまわず体を浴びせ、寄り切ろうとする。が、そんな彼の足が浮く。
豪快に佐久間を吊り上げた三宅は、そのまま体を回して相手を土俵外に降ろした。
-吊り出しで東、三宅の勝ち!-
爆発する石高応援団。0-2の窮地から五分の星まで持ってこれた。しかも最後は国宝『三日月』、
これで勝てる!と誰もが思い、声を上げる。
沙田は立ち上がると、菅原にぺこりと頭を下げる。自分はまだまだ未熟者だ、との自戒を込めて。
そんな沙田に菅原は声をかける。
「さぁ、あとは貴方がみんなの為に出来ることをするだけです、分かってますね。」
「・・・勝ちます!」
力を漲らせて土俵に向かう沙田。チームメイトはその背中に頼もしさと、味方で良かった、という
感情を込めて見送る。
「さぁ、お膳立ては整ったぞ。神崎、国宝を叩き折って来い!」
「ウッス!」
柏実業の大将、神崎が腰を上げる。ここまで全勝の彼は、沙田相手にも決して気後れしていない。
阿部監督の言葉通り勝利して、自分こそが国宝に名乗りを挙げんと土俵に向かう。
-大将戦。東、沙田。西、神崎-
「神崎君か、沙田君にとってやっかいな相手ね。」
観客席の最上段で見ている記者の名塚が思わずこぼす。
神崎は188cm135kgの恵まれた体躯、しかも腕が長く肩幅も広い。得意の型は右四つ、または両上手で、
強力な腕力をもって相手を制する相撲を身上としている。
また準々決勝の西高、葉山戦で見せたような、横の動きに反応する速さも兼ね備えている、
おっつけや出し投げを得意とする沙田に当てるのにこれ以上の人材はそういないだろう。
泣いても笑ってもこの1番で決する。二転三転した準決勝を制するのは、果たして・・・
-はっきよい!-
バチン!と小気味よい音と共に両者の胸が合う。そして同時に右下手を引く両者。
ざわっ!と会場がざわめく。あの沙田が、マワシを取らせない相撲を取る彼が、いともあっさり
相手に下手を許した?しかもおっつけるでもなく、普通に差し手争いを演じて、上手を探っている。
「よし、捕まえた!」
阿部監督始め柏実業の面々が色めき立つ。この体勢になったらもう神崎の相撲だ。
あとは左上手さえ引けば逃がさずに土俵を割らせることができるハズだ。
そんなチームの期待に応えるように、沙田の右手を掻い潜り、しっかりと左の上手を引く。
右四つ充分!あとは寄りに出るのみ・・・
「なに!?」
掴んだはずの右下手が切られる。左の腕を返し、腰を切って神崎の上手を切った沙田は、なんと
そのまま寄りに出て、神崎を土俵際まで追い詰める。
「沙田が『寄り』だと・・・?」
ファインダーを覗きながら、カメラマンの宮崎が叫ぶ。長年彼を取り続けてきた彼でも見たことのない
沙田の押し相撲。
「・・・最初から、コレを狙っていた?」
名塚が理解する。もしそうなら立ち合いからおっつけも無しにいきなり組んだことも説明がつく。
「土俵際気を付けろ、出し投げが来るぞ!」
阿部監督が声を上げる。それを土俵の反対側から聞いた荒木がふっ、と笑って否定する。
「ねぇよ、何しろあの寄りは・・・」
――――――――――――――――――――
「「お疲れさんでございます!」」
春の某日、皆川部屋の力士たちが一斉に入り口に向かって、深々と頭を下げる。
入ってきたのは白い稽古マワシを締めた、普段の部屋では見ない力士。だが、出稽古に来ている
沙田も荒木も、その力士を知らないはずが無かった。
横綱、楯城山(たてぎやま)
かつて刃皇、猛昇山と共に『モンゴル3強横綱』として一時代を築いた力士。
確かに彼はここ皆川部屋と同じ、三海峰一門の横綱。出稽古に来るのも納得できる。
「横綱!僕と一番お願いします!」
沙田が遠慮も無く即そう申し出る。部屋の力士たちはそんな彼をたしなめようとするが、
「おう、君が噂の国宝君だね。いいよー。」
とあっさり承諾。思わぬチャンスに胸躍る沙田であったが・・・
沙田の出し投げが、いともあっさり横綱にヒザをつかせる。思わず『え?』という表情の
沙田と荒木。が、他の力士や付き人達は別段驚きもせず、横綱を労い、親方の横に座らせる。
親方と談笑し、出されたお茶をすする横綱を見て、沙田は馴染みの力士に耳打ちする。
「(横綱どこか悪いんですか?)」
「(悪いも何も、もう満身創痍だよあの方は・・・先場所も休場してたろ)」
角界において、未だ無敵の強さを誇る刃皇に対し、猛昇山と楯城山は体力の衰えが顕著だった。
序盤で黒星が先行しては休場し、最後まで出た場所も辛うじて8勝7敗が関の山だった。
日本国籍が取得できない彼らにとって、潔く引退したとしてもその後に親方株は得られない。
現役引退した後に、相撲界で生活していく道が無い以上、今の地位にしがみ付いているしか無いのだ。
「国宝君、もう一番やろうか。」
その日の稽古の締め、沙田は横綱に再び声を掛けられる。沙田はありがとうございます
と言いつつも、今度は投げを使うのは止めようと決めて胸を合わせる。
そして沙田は思い知る。横綱の差し手の上手さ、寄りの圧力、反撃をさせないその技術を。
いくら投げをしなかったとはいえ、ここまで圧倒されるのはいつ以来か、その強さと大きさに
彼は本物の強さを知る事になる。
「一週間ほど滞在するからね、いつでも来るといい。」
当然の如く、沙田は足しげく皆川部屋に通った。それはもう楽しそうに。
少しでも横綱の強さを吸収しようと、正面からの差し手争い、寄り、吊りなど、今までにない
戦い方を横綱に負けながら学び続けた。その結果、沙田は今までにない正面切っての相撲を
奥の手として備えることが出来たのだ。
――――――――――――――――――――
-寄り切って東、沙田の勝ち-
神崎の巨体が、土俵の外で両手をヒザに付いて呆然としている。組めた時には勝ったと思った、
そこからまさかの力負け、じゃあ一体どうすればコイツに勝てた?・・・これが『国宝』の力、なのか。
うなだれる彼に阿部監督が声をかける。
「すまん、沙田に寄りがある事を見抜けなかった俺のミスだ。まだ個人戦もある、胸を張れ!」
西の控えで試合を見ていたダチ高も、沙田のまさかの強さに呆然としていた。
誰もが沙田に当たることを想定し、いかに組むか、そのマワシをどう掴むかを考えていたのだ。
が、それはこの1番で無意味に終わる。組めたらどうこうできる相手では無いことを思い知らされる。
桐仁は歯をぎりっ、と噛みしめながら、心の中で苦渋の決断をする。
「(沙田戦は・・・捨てるしか無い。)」
持つ者と持たざる者、その対比はいいドラマを生むと思うんですよね、例えチームメイトでも。