決勝前の休憩時間、ほぼ満員の観客の一部は、今のうちにと手荷物を座席に預けてトイレや
自販機にジュースを求めてぽつぽつ席を立ち、通路に人の流れが出来る。
そんな中、観客席の中段に並んで座る五條佑真と妹のレイナに通路から声をかける男二人組。
「おーいたいた、こんにちわ。」
「ひ、久しぶり、じゃのう。」
現れたのはやたらメタルなジャケットに身を包み、頭にタオルを巻いたガタイのいい中年と
ベレー帽を深くかぶり、鉄下駄がプリントされたTシャツを着込んだ、小柄だが筋肉の目立つ男性。
両者とも大き目のサングラスを付けており、迫力と怪しさが満点である。
「ひっ!?」
「な・・・って親方?」
気圧されるレイナに対し、佑真のほうはその中年のスタイルを覚えていた。2年前に
ダチ高の応援に来ていた柴木山親方の変装、相変わらず付け髭が微妙に外れそうだ。
「あ・・・ど、どうも。」
レイナも会釈して、もうひとりの存在に気付く。その似合わない変装の中身に、今度は佑真より
先に気付くレイナ。
「おチビ!・・・じゃなくって、ひの・・・鬼丸関?」
「あっ、しーっ、しぃーっ!!」
人差し指を口に当てて『静かにして』と懇願するポーズを取るのは、現役の関取にして
かつてダチ高相撲部を全国優勝に導いた潮火ノ丸こと鬼丸国綱関。
「なんだ?なんか悪さでもしたのかよ、ンな変装して。」
呑気に返す佑真に、ますます顔を青くして周囲をきょろきょろ見回す鬼丸。
「関取って確か、外出時は着物じゃなきゃいけなかっただろ、その恰好がマズいんじゃないか?」
佑真の向こうからそう声をかけたのは、額の向こう傷が強面に輪をかける大男。
その存在に鬼丸は目を丸くしてこう返す。
「石高の金森!なんで佑真と一緒におるんじゃ?」
彼だけではない。金盛のさらに向こうにはやはり石高出身の真田と間宮もよっ、と掌をかざす。
「金盛は俺やレイナと同じ栄大生だよ。で、あっちの二人は金盛が呼んだのさ。」
そう二人を指差してから、レイナが先刻の話題に話を振る。
「で、どうしたのよ、そんな変装して。」
そのレイナの質問にますます縮こまる鬼丸。柴木山親方が笑顔で解説を入れる。
「鬼関は人気力士だからねぇ、普通に出歩くとどうしてもファンに囲まれてしまうのさ。」
親方曰く、今日は高校生の大会だから主役は彼らだ。現役関取が目立つのは彼らの活躍の邪魔に
なるだろうし、ダチ高の面々にも余計なプレッシャーを与えたくないとの意図で、このお忍び
スタイルだそうだ。
「というわけで、相撲協会には内緒にしてくれたまえ。」
手を合わせて頼む親方に、ンな方面に知り合い居ませんよ、と笑って流す佑真。
「分かるわ、俺らも今日は後輩には会ってないしな。」
金盛が鬼丸の意図を汲んで同意する。現役の選手が彼らなりに頑張っているのだ、
そこにOBが顔を出せば彼らを委縮させることにもなりかねない。金盛も真田も間宮も、
後輩に会うのはこの決勝の後と決めていた。
「っていうかもう決勝よ、来るの遅いんじゃない?」
レイナがそう毒を吐く。鬼丸に会えたのは嬉しいが、それ以上に自分が1年間部長として面倒を
見てきたダチ高相撲部の、ここまでの躍進を見て貰えなかった不満が上回る。
「うへへ、悪い悪い。つい朝稽古に熱が入ってのう。」
ハイハイそんな事だと思った、とボディランゲージで伝えるレイナ。鬼丸はつい先場所、
幕内上位の壁に当たり、力士として初の『負け越し』を経験していた。
それ以来稽古のギヤが上がり過ぎた鬼丸の体調を心配した親方が、せめて息抜きにと
この大会に連れ出したのだ。
「今年もダチ高と石神か、どっちが勝つかのう。」
「そりゃダチ高に決まってるでしょ?私が育てたんだもの、勝つに決まってるわ。」
「おいおい、沙田の存在を忘れて無いか?化け物っぷりに輪がかかってるぞ。」
「そこは荒木も言ってやってくださいよ、あいつも今や国宝級ッスよ。」
各々がこれから始まる決勝に期待を寄せ、最後に親方がこう締める。
「なんにせよ楽しみだ!」
「先鋒は俺が行く。」
ダチ高の控えのテント下、桐仁が全員にそう告げる。
「石高はここまで先鋒と大将に荒木と沙田を配置している。正直に言おう、ここは捨てる!」
ざわっ、と全員が顔を見合わせる。
「正直あの二人、特に沙田には勝ち筋が見えない。あるとすれば立ち合いの一瞬だけだ。
だから俺と三ツ橋が先鋒と大将として二人に当たる。」
確かに、今の沙田にスキは無い。離れても組んでも国宝級の強さの彼に勝つとすれば
桐仁の組み際の投げか、蛍の変化で対抗するのが妥当な判断だろう。負けも覚悟の上では、だが。
「2陣大峰、中堅陽川、副将幸田!ここで3連勝できるかがカギだ、頼むぞ!」
その言葉に3人がハイ!と力強く答える。その際で松本と赤池が任せた、という顔をする。
赤池は前の試合で左ヒジを痛めており、松本はここまで5連戦の上に、受けの相撲を取る彼は
長い相撲が続いており、加えてダチ高最重量、もはや相撲にならない程消耗していた。
大峰と陽川は未だ余力を残しており、元ラガーマンの幸田に至っては持久力は折り紙付きだ。
沙田と荒木以外なら軽量の彼でも勝ちの目は十分にある、と踏んでのこの布陣。
「決勝戦始めまーす」
やってきた大会役員がそう告げる。すぐ行きます、と答えた後、皆で円陣を組む。
「全国行くぞ!」
「「おうっ!!」」
蛍が発し、桐仁が、大峰、陽川、幸田、松本、赤池、沼田、柳沢が、
そして千鶴子、柚子香、小林が応える。
諸岡は腕組みして頼もしい生徒たちを見守る、最初はマネージャーを含めても4人だったのが
いいチームになったものだ、と。
-これより、団体戦決勝を行います-
-東、石神高等学校。西、大太刀高等学校-
両校の選手が入場してくる。その土俵を見守り、選手に拍手を送る数多くの人々。
OBである鬼丸や五条兄妹、金盛たち、ライバルの大河内や下山、柏実業や西上高の面々、
相撲記者の名塚や宮崎、応援に駆け付けたダチ高のレスリング部員や九十九里高の女子達。
あるいは選手の家族、身内、クラスメイト、高校相撲のファン、そして全国の偵察部隊-
ついに激突する両校。勝つのはどっち、負けるのはどちらか。
-先鋒戦。東、三宅。西、辻-
「な・・・?」
桐仁が動揺を隠さずに嘆く。半分捨てる気で出た自分の相手が三宅?驚いて土俵の向こうに座る
石高の面々を見る、出番順に座るので見れば相手のオーダーが分かるのだ。
-2陣戦、荻野vs大峰、中堅戦、相良vs陽川、副将戦、沙田vs幸田、大将戦、荒木vs三ツ橋-
「(なんてこった、最悪の組み合わせじゃないか・・・)」
完全にオーダーの裏をかかれた。2陣と中堅はまだ想定内だ。しかし副将戦はある意味絶望的、
そしてそれ以上に先鋒の自分も非常に厳しい戦いとなるのは必至だ。
準々決勝の大河内戦で持てる力の全てを使い切った桐仁は、もう立ち合いの一瞬にかけるだけの
体力しか残っていない、だから沙田か荒木に当たる想定で先鋒を志願したのだ。
だが相手は大型選手で、受けの相撲を取る三宅。大河内戦のバテ方を見られている以上
自分のガス欠は気付かれているだろう、もし持久戦法を取られたら・・・終わる。
「(どうする・・・?)」
相撲の知識を総動員して勝ち筋を探る桐仁。だがいくら彼でもここまで想定外の事態に
短い時間で答えを出せる程万能ではない。無情の声が彼の思考を引き裂く。
-互いに、礼-
満を持して鬼丸登場。
解説役ですけどねw