蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第48番 なんてこった

 -決勝前、石神高校控室にて-

 

「沙田君、決勝のオーダーは決まりましたか?」

 菅原顧問がそう沙田に問いかける。試合の前に指定のプリントにオーダーを記入して

大会本部に提出しなければいけない。既に記入は終わっており、後はマネージャーが

持っていくだけの段階だ。

「ええ、出来てますよ。」

そう言ってプリントを渡す沙田。

 

先鋒・沙田

2陣・荻野

中堅・相良

副将・三宅

大将・荒木

 

 

 菅原はそれをじっ、と見てこう提案する。

「沙田君と三宅君を入れ替えましょう。」

 その言葉に一同が、え?という顔をする。元々この菅原顧問は相撲経験がなく、稽古や試合の

オーダーに関してはあまり口出しをしないタイプなのだが。

「主力を後半に集める、って事ですか?」

その相良の言葉にゆるやかに首をふる菅原。鼻先のメガネを指で起こし、こう返す。

「むしろ先行逃げ切り狙いですよ、出来れば3連勝で決めて下さい。」

 

 それは菅原なりの発破のかけ方だった。先の準決勝では荻野と三宅が、エースの二人に頼らずに

勝ち星をもぎ取った。ならばその勢いをそのまま決勝に持っていこう、との意図だ。

選手にも好不調の波はある、まして高校生、勢いに乗っているならそれに賭けない手はない、と。

 また対戦相手、大太刀のオーダーも流動的だ。今までと同じ先鋒と大将に主軸を置けば

そこを突かれるかもしれない。その逆をつく意味でもこのオーダーは効果的だろう。

 

「そして荒木君、君は沙田君のすぐ後がいい。」

 笑顔でそう告げる菅原に、荒木はうっ、という表情をした後、その意図を理解する。

普段から彼は沙田に並々ならぬライバル心を抱いている。その沙田の相撲を直前に見せられたら

気合の入り方も確かに違ってくるだろう。

顧問の粋な計らいに、にやりと笑って頷く荒木。

 

「また奇襲にひっかかるなよ、源ちゃん。」

「っせーな、つか負けろお前。その方が気合入るからよ!」

 ひでー、と笑いながら荒木を小突く沙田。周囲からも笑いが起こる。

本番前の緊張が多少なりともほぐれる様を見て、菅原は静かに微笑む。

 

 土俵に上がれば国宝の名に恥じない『相撲の鬼』になる彼だが、普段は明るい性格で

心底相撲を楽しんでいる様は、部内にも余裕と頼もしさを生む。

「(沙田君、そういう所だよ。君を主将にして良かったと思うのは・・・)」

 

 

 -行司差し違えで東、三宅の勝ち!-

 その裁定に石高が大いに沸く。難敵の一人、辻から見事勝利をもぎ取った三宅を

拍手喝采で出迎える一同。

「よっしゃー、まずは先制!」

「お手柄だぜ三宅。」

「三宅君、ナイスファイッ!」

 沙田が三宅とハイタッチを交わす。結果的にオーダー変更は大正解だった。貴重な初戦を

荒木も沙田も温存したまま取る事が出来た。

 2陣の荻野に力が籠る。もうこうなったら沙田だ荒木だなどと言わずに、俺と相良で

一気に優勝を決めてやる、と意気を上げる。周囲も、続けよ荻野!と檄を飛ばす。

 

 

 虚ろな目に、絶え絶えの呼吸を抱えて桐仁が土俵から降りる。マネージャーの柳沢が

彼に酸素スプレーをあてがい、選手席に座らせる。

「(どうして、こうなった・・・)」

 あまりにも痛い初戦の黒星。これで最低でも荒木と沙田、どちらかに勝たなければ

いけなくなった。だが、今のダチ高の戦力ではそれはあまりに至難の業だ。

 

 それでも、まだ勝敗が決したわけではない。2陣戦と中堅戦で連勝できれば望みは繋がる。

土俵では何があるか分からないのが相撲なのだから。

「(大峰、陽川、頼むぞ・・・)」

 

 -2陣戦。東、荻野。西、大峰-

 

「お、大峰じゃな、頑張れよ!」

「ここは重要局面だな。なぁに、彼ならやってくれるさ。」

 観客席から鬼丸と柴木山親方がそうこぼす。大峰は昨年に度々柴木山部屋に出稽古に来ており

所属力士たちに散々可愛がられながら、その攻めの相撲に磨きをかけてきた。

 三段目付け出しでデビューした鬼丸にとっても、体の大きな大峰の相手は身になった。

何度も胸を出した後輩の活躍に期待し、見守る手にも力が入る。

 

 -互いに、礼-

 

 対峙する荻野と大峰。体格では大峰がやや勝るが、荻野もまたこのくらいの体格の相手には

何度も勝ってきた選手だ。お互いが相手を睨みつける、絶対に勝つ!と。

 

 -はっきよい!-

 

 立ち合いと同時に、大峰はもろ手で荻野の上体を起こし、そのまま回転力のある突っ張りを

繰り出して、組もうとする荻野を突き放す。

「よし!いい動き!」

「押し切れ・・・行けっ!」

「おっしゃぁ、その調子っ!」

 意気上がるダチ高。組んでも離れても相撲が取れる大峰だが、やはり一番安定感のある

勝ち方といえばこの『押し相撲』である。

 機関車のピストンのように連続して繰り出されるその突きは柴木山親方の直伝だ。

体重のある彼がやや前かがみになってその突きを繰り出せば、そこいらの高校生に残せる

ものではない、現に大峰はじりじりと荻野を追い詰めていく。

 

 鬼丸や親方が、ダチ高レスリング部の面々が、九十九里の女子達が、これならいける!と

期待感を込めて試合を見守る。

 

 だが荻野の足に俵が掛かったその時だった。彼は大峰の左突っ張りを右手で捌き、

相手の左の脇に深々と右手を差し込むと、そのまま大峰の頭を後ろから抱え込む。

 脇部分を深くロックされた大峰の左手は、まるでバンザイをさせられたように高く上がった状態で

固定されてしまう。

 

「いかん!!」

 柴木山親方が立ち上がってそう叫ぶ。大相撲でもよく見る光景、突き押し力士が相手に

突きを潜られ、腕を返されてバンザイ状態になる、典型的な負けパターン。

「狙ってやがったな、荻野の奴!」

 対照的にガッツポーズをしたのは離れて坐っている石神OBの金森だ。真田と間宮も拳を握り

今だ、行け!と念を送る。

 

 荻野が前に出る。自分より重い大峰の片手を殺し、一気に土俵の反対側まで走る!

俵に足が掛かった大峰は、その足掛かりを利用して踏ん張り、残す。

自前の大きな腹を突き出して肉の壁を作り、荻野の突進を止める。

 ここから我慢比べが始まった。荻野は寄りながら右手に力を込め、バンザイをさせている

相手の左手を戻させまいと力を込める。

 大峰もまた、大きな腹で相手の突進を止めつつ、差し上げられている左手を何とか戻そうと

歯を食いしばって踏ん張る。

 

「ぐおぉぉぉぉっ!」

「ぬうぅぅ~~ん!」

 力のこもった攻防の果て、ついに大峰は挙げられていた左手のヒジを内側に差し込み、

左手を下げて巻き替えに成功する。体勢が戻った、ここからだ!

 

 その瞬間だった。荻野は相手の頭を抱えていた右手、つい今まで大峰の左手を封じていた

その右手で相手の首を抱え込み、体を躱して出し投げ気味に相手を捻り倒しにかかる。

 

「首投げ!」

 

 荻野はこの瞬間を狙っていたのだ。組手で不利になった相手が巻き替えに来るその時こそ

こちらの技が最も決まりやすい瞬間でもある。

 そして彼も経験上、あんこ型の力士が踏ん張っている時の出し投げの有効性に気付いていた。

他ならぬ主将の沙田が幾度となく巨漢力士に土を付けたその投げを嫌と言うほど見てきたから。

それを首投げにアレンジして、大峰の巨体を前方に走らせる。

 

「まずい!」

 桐仁が声を上げる、勢いよく前方に引き込まれる大峰。

が、大峰は執念とも言うべき踏ん張りで、右足を前に出して踏みとどまった、こらえ・・・た!?

 

 体を傾け、半身になった大峰の上に、なんと荻野はのしかかってきた。ほぼ全身を乗せて

まるでボディプレスのように上から体重を浴びせる。

なんでもいい、コイツより後に地面につけばそれでいい、なりふり構わない荻野の執念!

 

「しまっ・・・」

 それが大峰が破れる直前の、最後の意思だった。

 

 -浴びせ倒しで東、荻野の勝ち!-

 

「うおぉぉぉっしゃあぁ!」

「来たあぁぁぁぁっ!」

 咆哮を上げる石高。ついに優勝に王手がかかった。もはやそれは揺るがないだろう!

沙田、荒木を残しての2-0、もはや負ける未来は1ミリも見えなかった。

 それは会場中も同じだった。石高OBの3人は拳を突き合わせ、鬼丸や親方は

あちゃー、という顔で天を仰ぐ。レイナも絶望的な状況にがっくりとこうべを垂れる。

盛り上がる石高応援団とは対照的に、ダチ高の応援組は声も出せないでいた。

 

「決まった・・・か。」

 そう言う名塚の横で、宮崎が一応反論する。まだ何が起きるか分からないだろ、と。

そうね、と返す名塚だが、そこに感情は籠っていなかった。

 

 静まり返る大太刀相撲部、誰もが現状の結果に言葉も出ない。

「なんて・・・こった。」

 立ち上がっていた桐仁がどさりと椅子に座る。持っていた酸素スプレーが地面に落ち、

乾いた音を立てる。

「くっ・・・」

 蛍は苦虫を噛み潰した顔で嘆く。千鶴子は顔で手を覆い現状を憂う。

沈痛な空気がダチ高陣営を支配する。

 

 そんな時だった。陽川が立ち上がり、腕をぐるぐる回して一歩前へ出て、聞こえよがしに

こう言い放つ。

 

「さて、面白くなってきやがったな、なぁ純一!」

 

 笑顔で振り向き、幸田にそう告げる陽川。それに応えて頷く幸田。

絶望感に沈むダチ高陣営の中、二人は・・・この状況で。

 

 笑っていた。




市橋(石高OB)「よし、勝ったな。風呂入ってくる。」
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