蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第4番 部内戦

「ではこれより、春の団体戦の代表を決める部内戦を行います!」

 

 レイナ、千鶴子、柚子香、そして顧問の諸岡が見守る中、ついに新生大太刀相撲部、

初の真剣勝負が幕を開ける。

 単に出場選手を決めるだけではない、この部内戦は今の相撲部の『格付け』を決める勝負の

場でもあるのだ。

 

 レイナの横にはホワイトボードに書かれた星取表と、その際にはくじ引きの箱。

公平を期するべく、対戦順はこのクジによって決められる。

諸岡がその箱に手を入れ、一枚のクジを取り出し、初戦の組み合わせを発表する。

「東、松本君。西、三ツ橋君。」

 いきなり相撲部最重量と最軽量の組み合わせ。厳しい表情で土俵に上がる両者。

 

「うわ・・・二人とも気合入ってる。」

柚子香が目を見張る。特に普段温厚な松本のヒリつくような顔つきに気圧される。

そんな彼女に諸岡と千鶴子が解説。

「彼も全中で活躍した選手だ、真剣勝負になるとさすがにスイッチ入るね。」

「でも三ツ橋さんも負けてませんよ、気合入ってます。」

 

 行司を務めるレイナが二人を仕切る。

「手をついて!」

ゆっくりと腰を下ろしながら松本は考える。恐らく三ツ橋先輩は変化するだろう。部内の稽古でも

真っ向勝負なら負けたことは無い。ならば立ち合いは慎重に胸で受け、しっかり捕まえて

確実に仕留めるべきだ、と。

 

「はっきよい!」

 

-バチイィンー

レイナの掛け声と共に、両者が激突する。松本の予想に反し、蛍は真っ向からぶちかましを

仕掛けてきた。胸で受けた松本は重心が浮き、後方に押し込まれる。だがそれも土俵際まで、

俵に足が掛かるころには松本が得意の右四つ十分の体制になっていた。そのまま蛍を吊り上げ

土俵の外に出す、勝負あり。礼をして土俵から降りる両者。

 

「次。東、辻君。西、大峰君。」

次に来たのは部内の暫定最強決定戦だ。1番だけなら無敵の辻と、昨年の全中ベスト8の大峰。

メガネを陽川に預け、顔を叩いて気合を入れる。桐仁を相手にするなら無論、後の方が有利になるが

大峰にそんな気は微塵も無かった。むしろ万全の桐仁との真剣勝負に大いに闘志を燃やす。

 結局、大峰の闘志を桐仁の技術が上回る。立ち合いのいなしから潜り込んで体を浮かせ

大峰が踏ん張った瞬間の絶妙な引き落としにあえなく両手を付いてしまう。

 

 部内戦は進む。蛍は経験者の大峰、陽川にも変化を見せず、真っ向からのぶちかましを見せるが

やがては捕まり、反撃を受け土俵を割ってしまう。3戦して白星が出ていない。

 桐仁は2戦目の陽川戦が思わぬ苦戦だった。あまり太くなく筋肉質の陽川は、桐人の連続攻撃にも

何度も体をひるがえして残すが、ついには絶妙の切り返しに倒れる。しかしこの取り組みで

20秒以上の時間を使ってしまい、3戦目の松本戦ではあっけなく押し出される。

 

 初心者の幸田はやはり経験者の1年に分が悪い。得意のぶちかましでいい所は見せるものの

あと一歩で投げられ、または捕まってしまい土俵を割らされる、勝ち星のないまま3敗目。

 

「東、辻君。西、幸田君。」

取り組みも終盤、師弟対決ではあるが、桐仁は既に息も絶え絶えで、ふらつきながら土俵に上がる。

対してラグビー経験者の幸田は持久力には自信がある、何より辻先輩と三ツ橋先輩、

二人の先輩に勝って大会に出られるとあれば、土俵に上がれば容赦はしない。

「はっきよい!」

桐人は幸田のぶちかましを切り返そうとするが、悲しいかな体が言うことを聞かない、

一気に押し出される桐仁。

 

 ふたつ取り組みを挟んで、桐仁の最後の一番。

「東、辻君。西、三ツ橋君。」

酸素スプレーを口から離し、おっくうそうに土俵に上がる桐仁。向かい合う蛍はそれでも

油断なく桐人を睨む、それを見て桐仁がしんどそうに声をかける。

「なぁ三ツ橋、何でお前、今日、変化しねぇんだ・・・?」

それに対して、薄い笑いを浮かべて蛍が返す。」

「ここでするかも知れませんよ。」

 

「はっきよい!」

変化は無い、またも正面から行く蛍。胸で受けた桐仁は最後の力を振り絞って投げを打つ。

もつれるように土俵の外に飛ぶ両者、だが先に地面に落ちたのは引いた桐仁の方だった。

桐仁はこの部内戦を2勝3敗で終える。

彼は残る試合を、部室の隅でへたり込みながら眺めることになる。

 

 勝ち頭はやはり大峰だった、初戦の桐人で負けた以外は全勝の4勝1敗、松本と陽川が

それに続く3勝2敗で大会への出場権をゲットする。

そして最後の試合、共に1勝3敗で、負けた方が最下位になり、大会への出場が無くなる一番。

 

「東、三ツ橋君。西、幸田君。」

土俵に上がる両者。蛍は終始無表情だが、幸田は緊張のただ中にある。この1戦さえ勝てば大会に出られる。

だが、果たして今まで通りに突っ込んでいいのか、三ツ橋先輩の得意技は変化だ。

ここまで使わずにおいたのは、この土壇場で使うためではないか。

では見て立つか?いや、松本ですらそれをやって土俵端まで押された。自分なら外まで

押し出されるかもしれない・・・どうする?

 

「手をついて!」

決意のないまま仕切る幸田。と、三ツ橋先輩の目を見る。その闘志あふれる目を見て吹っ切れた。

そうだ、変化で躱されても構わない。それは先輩が俺のぶちかましを恐れたってことじゃないか。

なにより中途半端に立って負けるなんて絶対に嫌だ、勝つにしろ負けるにしろ自分の相撲を取れば

いいじゃないか、腹が座った幸田はやや下がり、助走距離を取って仕切る。

 

 それを見ていた桐仁は思う、三ツ橋はなぜここまで真っ正直にぶちかましを続けてきたのか。

本当に勝つ気なら、今までにも変化を使うテは十分考えられた。だが三ツ橋はここまで愚直に

頭からぶつかっていき、自分以外に全敗を喫してしまった

無論この最終戦に取っておいた可能性はある。だがここまでの三ツ橋はまるで、真剣勝負の中で

まるで何かを試すかのような相撲にさえ見えた。

「何かを・・・試す?」

そこに辿り着いた桐仁に、ひとつの記憶が蘇る。以前三ツ橋が相談してきた、あまりに難しい戦法の提案。

『変化って大抵立った瞬間か、一度当たってそこから引くとかですよね。もしも当たった瞬間に

変化することが出来たら面白いと思うんですが・・・』

 

「まさか・・・お前!アレをやるつもりか?」

三ツ橋がかつてのチームメイトの良さを取り込もうとして、未だに習得できていないあの技。

そしてそれを使った変化技。そうか、それならお前のその相撲も、ここまで俺以外に全敗なのも-

 

「はっきよい!」

 -ガツン!-

幸田が突進する、三ツ橋が突撃する。頭と頭が激突し、部室に鈍い音が響く。

「(勝った!このまま押し切る!!)」

幸田は勝ちを確信する。最初に当たった時からすぐ、頭の感覚が消えていたから。

当たり勝ったと確信を得た幸田の眼前に、三ツ橋先輩の姿は・・・無かった。

 

「なっ!」

蛍はすでに幸田の後ろに取り付き、そのまま彼を吊り上げる。

驚きの声を出したのは幸田だけではない、この取り組みを見ていた全員が、蛍のしたことに

驚嘆の声を上げる。

「しょ、勝負あり。勝者三ツ橋!」

レイナの宣言を受け、土俵を降りる両者。

 

「ふぅ、やっと成功したよ。」

部内戦も終わり、ようやく緊張も解けたか、そう桐仁に話しかける蛍。

「・・・お前、ずっとアレ狙ってたのか。全敗したらどうするつもりだったんだよ。」

蛍の後ろから息を切らせた幸田が話しかける。

「三ツ橋先輩、一体・・・何をやったんですか?」

蛍が口を開こうとしたその時、柚子香が空気を読まずに声を上げる。

 

「凄いですよ師匠、まるでウナギみたいにぬるっと後ろに回るなんて!」

 

一瞬の沈黙の後、桐仁がぶっ!と吹き出し、つられるようにレイナも大笑いする。

千鶴子に至ってはツボに入ったようで、かがんで苦しそうに悶え笑う。

「ウ、ウナギ・・・ぷーーーっ!」

「ひでぇなぁ、ウナギだってよ三ツ橋!」

「柚子香さん、もうちょっとマシな表現して!」

 

 蛍は五條の突き押し、国崎の機動力、桐仁の技などを習得しようとしていたが、

中でも至難だったのが鬼丸のぶちかましを習得する事だった。ただ当たるだけではなく

当たった瞬間にぶちかましの軌道をずらす高等技術。

本家の冴ノ山の『水の如し』そして鬼丸の『火の如し』

体格に勝る相手に当たり負けしない為のその技は、型としては出来ても実戦で決められないと

意味が無い。初の実戦であるこの部内戦で、蛍はその習得に勝敗を度外視して挑んだ。

 

 そして相手のぶちかましを逸らしたその流れで体ごと変化する、成功すればまさに

当たったはずの相手が目の前から消えたように思うだろう。

そう、まるで掴んだと思った瞬間に逃げる蛍火のように。

 

「じゃあ、真っ向からぶちかましたのが自分だけだったから、成功したと?」

幸田の問いに、蛍は笑顔で返す。

「松本君たち、みんな胸で受けられたからね、頭で受けてくれないと使えないし。」

 

「よし、三ツ橋のこの技を『ウナギの如く』と命名しよう!」

桐仁の宣言に拍手に沸く相撲部。蛍は桐仁の首根っこを掴んで抗議するが無駄のようだ。

弟子の柚子香にジト目で非難する蛍、柚子香は手を合わせて『すんません』の意思表示。

 

 後に三ツ橋蛍、いや『蛍丸』の象徴と言える技は、こうして誕生した。

 

 -蛍火の如く-

 




苗字と名前の使い分けがめんどい・・・統一したほうが分かりやすいのは分かるけど
「三ツ橋」より「蛍」のほうが主人公としての語呂がいいんだよなぁ
全国の三ツ橋さんすいません。

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