-中堅戦。東、相良。西、陽川-
土俵に上がる両選手。相良は自分のマワシを握りながら気合を入れる。
「(俺も準決勝では負けて足を引っ張っちまった、今度は勝つ!)」
彼にはまた秘策もあった。対戦相手の陽川、確かこいつは今日2回負けている、
その試合はしっかりチェックさせてもらった、作戦はある、大丈夫だ勝てる!
陽川は今日ここまで2敗を喫している。その負け方はいずれも、腹の大きな『あんこ型』の
相手に腹に乗せられて吊り出されるパターンだった。
部内でもよくこの形で松本や大峰に不覚を取っており、いわば彼の負けパターンになっている。
普段から太れないことにコンプレックスを感じている陽川にとって、またプロを目指す彼にとって、
この苦手を何とかすること、また自分が太る事は大きな課題だった。
そして対戦相手の相良もやはり大きな腹を持つ『あんこ型』の力士。
負けるわけにはいかない、自分の為にも、大太刀の勝利の為にも。
「陽川ーッ!頼むぞーっ!」
「まずは1勝返せよ!」
「相良ー、ここで決めちまえ!」
「気楽に行け、勝てる勝てるーっ!」
会場から応援が飛ぶ。しかしそれは先ほどまでに比べて、どこか熱の入っていない応援だった、
もはやこの勝負は、すでに2連勝し沙田と荒木を残している石神のものだと誰もが心の中で思っている。
この1番は大太刀がせめて一矢報いることができるか、という印象が強かった。
「(ひかわくーん、頑張れー・・・)」
九十九里高校の女子相撲部が声を殺して応援している。思わず「何やってんの?」と
首を回して聞く名塚。
「あ・・・いや、なんか陽川君あがり症みたいで。」
決勝前、柚子香と小林が彼女たちの前に駆け付けて、陽川の時は応援しないでと頼み込みに来た。
ダチ校内でも女子に縁のない彼は、女の子の声援で結構カチコチになる、準決勝はそれで不覚を取った。
「へー、モテないんだ、彼。」
意外そうに顔を見合わせる名塚と女子達。大太刀の女子達は見る目が無いわねー、と囁き合う。
-手をついて-
陽川が先に両手を付き、相良が遅れてゆっくりと仕切り線に手を添える。
会場を静寂が支配する、果たしてここで決まるのか、次戦に持ち越すのか、それは二人が決める事。
-はっきよい-
激突する両者。陽川は腹に乗せられまいとやや低く当たり、両下手を取りに行く。
が、相良はそれを狙いすましていたように、陽川の腕に両手を巻きつけ、閂(かんぬき)に
持っていく。
「(よし、ドンピシャ!)」
押し合いながら相良が歓喜する、両閂で完璧に相手のヒジを捕らえた、理想的な極め方だ。
「いかん、一番まずい極められ方だ!」
桐仁が叫ぶ。相手の両腕を絞るこの技だが、極めるポイントによって効果は変わってくる。
相良の閂はまさに陽川の両肘のど真ん中に食い込んでいる、このままでは関節をヤラれかねない。
なんとか手を抜いて巻き替えるか、逆にさらに差し込んで極めるポイントをずらすか、だが・・・
「(巻き替えに出たらその瞬間に寄り切る、突っ込んできたらそのまま腹に乗せて吊る!)」
そう、これが相良の作戦。相手が押しても引いても対応できるこの形。陽川の今日の負け方を
チェックしている彼にとって、完全にがっぷり胸が合ったらこちらの体格が生きる。
あとは巻き替えられないようにこのまま肘を絞り込めば、俺の勝ちは揺るがない、いける!
この決勝戦は常に石高の方が試合の主導権を握ってきた。会場内はまたか、という空気に
包まれる。ここから陽川の反撃を想像するのは、目の肥えた会場の観客には難しかった。
が、陽川はそんな会場の空気を、その腕力で強引に打ち払う。
両者の動きが止まったまま、二人が小刻みに震えている。何事か?と思っていたら、
なんと陽川が決められた両腕を力づくで外に開いていく。相手の手は確実に彼の両手に
巻き付いているのに、だ。
「う、うそだろ・・・」
観客の誰かが嘆くのも無理はない。普通、腕を絞る方が開く方よりはるかに力は入るはずだ。
なのに陽川は純粋な力比べで、鬼の形相で、相良の腕を左右に押し広げていく。
ついには完全に閂を外し、両手を大きく外に出し広げる両者。
「(この、化け物が!)」
もはや閂に戻すのが不可能と見た相良は、すばやく右手を巻き替えて下手を取りに行く。
陽川はそれに反応し、さっきのお返しとばかりに左手で相手の右手を小手に巻く。
構わず左手も巻き替えて下手を取りに行く相良。両下手で潜ってしまえば結局は腹で吊れる、
関節を極められる前にこっちが持ち上げてやる、と。
が、陽川は右手では閂に行かず、ヒジをたたんで相手の胸元に押し付けて距離を作る。
「いかん!」
そう叫んだのは観客席にいた石高OBの間宮だった。あの形は・・・マズい!
陽川はそのヒジを突き出し、相手の喉元にめり込ませる。そして小手に巻いた左手で右手の
二の腕を掴む。相手の右ヒジを絞り上げながら、自分の右のヒジから先で喉深くをカチ上げる。
「鉈!入ったぞ!」
一年前、間宮をあともう一歩まで追い詰めた、肘関節とノドの2点攻め。
あの時は間宮対策にぶっつけ本番で決めたこの技だったが今は違う。松本や大峰に
首サポーターをつけてもらって、磨きに磨いた必殺の刃!
「うぉらあぁぁぁぁーーーーっ!」
陽川が電車道で相手を押し返す。あっという間に俵に詰まった相良は、この技をこらえた
昨年の間宮主将の凄さを心底思い知る。首を絞められるどころかノドを血管ごと潰すような
この技を押し返す?不可能だそんな事!
成す術なく土俵を割る相良、勝負あった。
-西、陽川の勝ち!-
ついに1勝を返す大太刀。纏わりつく暗雲を剛腕の鉈で打ち払った。その豪快な勝ちっぷりに
会場が今までのワンサイドな雰囲気を忘れ、沸く。
「いよっしゃあーっ!」
「よしよし、よく勝ってくれた。」
沈んでいたダチ高相撲部が活気を取り戻す。そして土俵から降りる陽川に想わぬご褒美。
「「ひっかわくーん、かっこいいーっ!」」
解禁とばかりに九十九里高の女子から黄色い声援が上がる。思わず上気した顔をさらに赤くする、
そんな陽川を見てクスクス笑う副将、幸田。
「繋いでやったぜ、頼むぞ純一!」
拳を作って幸田にかざす。幸田も拳を作ってコツン、と合わせ、そして席を立つ。
その時だった。まだ次戦の呼び出しがされていないにも関わらず、会場内を大合唱が包む。
-みっかづきっ!みっかづきっ!みっかづきっ!-
国宝『三日月』の大合唱。最初は石神の補欠選手たちが上げた声に、会場の多くの
相撲ファンが、選手達が、それに応える。
未来の横綱候補『国宝』、その栄光の道中に立ち会えた事への感謝、未来の横綱を
先んじて目にする喜びを込めて。
-みっかづきっ!みっかづきっ!みっかづきっ!みっかづきっ!みっかづきっ!-