『第8番 呉越同舟』で張った伏線がようやく回収されました。
この1番が書きたかったからこの小説を書いた、と言っても過言ではない話です。
「ったく、無茶しやがってってレベルじゃねぇぞ!」
並べたイスに寝っ転がり、手足をアイシングされながら息を荒げる幸田に、桐仁が深刻な笑顔で
そう語りかける。
幸田は勝ち名乗りを受けた後、土俵を降りようとしてヒザから崩れ落ち、そのまま転落。
歓喜で出迎えるダチ高相撲部の面々を一瞬で青ざめさせた。
「だ・・・大丈夫、です。ヒザが・・・笑ってて・・・」
諸岡の指揮の元、すみやかにイスが並べられ、その上に寝かされる幸田。千鶴子が
クーラーボックスからアイシング用のタオルを取り出し、今だひくひく痙攣する足に被せられる。
「個人戦は無理、だな。」
諸岡が状況を見てそうこぼす。午後からは個人戦が予定されているが、今のこの状態で出ても
ケガのリスクがあるだけで結果が伴うとは思えない。
彼が先の相撲で見せた戦法、そのツケがこれだ。いつ力尽きるとも分からない相手に自ら攻めて
消耗戦を挑むのは、それこそゴールの見えないマラソンをしているのに等しい行為。
沈痛な面持ちの相撲部員。そんな中、幸田は息を切らしながらも首を回し、蛍を見る。
「三ツ橋部長、全国を、お願いします・・・!」
蛍の手に、全身に、力が漲る。
そう、個人戦に出られない以上、幸田が全国の舞台で戦うなら団体戦しかない。
ここで自分が負けたら後輩の頑張りが無駄になる。そうはさせない、絶対に!
部長として、先輩として、蛍は力強くうなずく。
「うん、行こう、みんなで!」
「ハッ、ハッ、ハァッ・・・」
土俵から降りた沙田をお通夜のような表情で迎える石高相撲部。確実に訪れるはずだった
勝利が、全国への道が、今また見えなくなってしまった。
「すまない・・・源ちゃん、頼む。」
選手席に腰を下ろし、頭を垂れて隣の荒木にそう声をかける。その顔も見ずに。
「やれやれ、俺以外の奴に負けんじゃねぇよ!」
荒木はそう言って立ち上がると、ぐっ、と両手を突き上げて伸びをする。
「ま、おかげでオイシイ所が回ってきたワケだがな。」
ニヤリと笑い、アゴを引いて土俵の向こう、大将の三ツ橋を睨め上げる。
足を開き、ぐっ、と腰を割る。それは軽めのアップであると同時に、彼がずっと追い求めてきた
相撲取りとしての自覚を改めて身に刻み込む、彼なりの儀式。
その所作、その表情、そしてその殺気に仲間たちは確信する、彼の勝利を。
凶暴さと力強さ、溢れる自信と欠片も見せない慢心、その雰囲気はまた沙田とは違った
強者の形を示していた。この荒木なら大丈夫、必ず勝つ、と。
沙田もまた、そんな彼の姿を見て安堵する。こういう源ちゃんなら俺でも不覚を取りかねない、
三ツ橋君には気の毒だがね。
土俵が清め終わり、箒を持った役員が下りる。さぁ、いよいよ大将戦が始まる。
その時だった。会場の一角から、複数の黄色い声で、あまりにも意外な声援がコールされたのは。
-ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ名塚さん、だったら三ツ橋君には無いの?国宝の異名!」
大将戦前、改めて名塚に聞く九十九里女子部員。先ほどの三日月コールに今度こそ負けまいとして。
「だから無いわよ、三ツ橋君はまだ全国での活躍も無いし。」
そっけなくそう返す名塚。だが背後からは女子達の無言の圧が掛かる。彼女はやれやれ、
という表情で仕方なくフォローする。
「そうね・・・名前が『蛍』だし、今後の活躍によっては『蛍丸』って呼ばれるかもね。」
その返事を聞いて、池西以下全員がうしっ!とガッツポーズを取る。
「え・・・?あくまで将来の話よ、全国に行って活躍すればの・・・」
名塚のフォローに耳を貸さず、手を口に添えて大きく息を吸い込む少女たち。
せーのっ!
-ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-
その声援に観客が一斉に注目する。意味が分からず『誰の応援だ?』といぶかしがる者、
三ツ橋の事だと察し、彼を国宝呼ばわりするなどありえない!と反発する者、
そして石神高校の補欠選手たちは、彼への応援だと知るや彼女らに敵意の目を向ける。
が、先の一番に感化され、大太刀贔屓になっている観客はこの声援に乗った。
どうせ団体戦もこれで最後、お祭り騒ぎも悪くないとノリで参加する者、三ツ橋の相撲が
独特で面白いから彼を国宝認定して何が悪い、と開き直る者などが一斉にその声に乗っかる。
-ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-
-ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-
それに対抗するように、石高の補欠たちが声を上げる、石高派の観客がそれに続き
対抗するように声を被せにかかる。
-あーらーきっ!あーらーきっ!あーらーきっ!あーらーきっ!-
-ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-
-あーらーきっ!あーらーきっ!あーらーきっ!あーらーきっ!-
-ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-
「こりゃ三ツ橋も、ついに国宝認定か?」
歓声にそう反応する桐仁。彼以外の部員はすでに『蛍丸』コールに乗っかっている、諸岡顧問まで!
だが桐仁のほかにもう一人、その応援に乗っていない部員がいた。
『彼女』は蛍の前まで歩いてくると、彼にこう告げる。
「正月のおみくじ覚えてます?」
「え・・・『凶』だった、アレ?」
縁起でもない、という顔をする蛍に、こくりと頷いて笑顔を見せる柚子香。そしてこう続けた。
「方位は『西』でしたね、こっちは西方、縁起いいじゃないですか!」
そういえばそうだった。あの時は国技館を示しているのかと思っていたが、ここで西方なのも
その縁起に乗っかっているのかもしれない。
ぐっ、と腕を固めて蛍の前に差し出す柚子香。それに応えて腕を上げ、こつん!と拳を合わせる。
「勝ってください、蛍部長!」
-大将戦。東、荒木。西、三ツ橋!-
おおおおおおおおっ!という歓声と共に土俵に上がる両者。
一礼のあと仕切り線までみ、対峙する。お互い相手から視線を離さずに火花を散らす。
「お前が国宝『蛍丸』だとよ、おこがましいと思わねぇ?」
いつか聞いたような台詞に、蛍はあっ、という表情をした後、ふっと息をついてこう返す、
「何丸でもいいですよ、荒れた木を打ち払えるなら、ね。」
上等!とうめいてさらに鋭い眼光で睨む荒木。そう、そうこなくっちゃいけねぇ。相手が
国宝なら願ったり叶ったりだ。そういうヤツに勝ってこそ、相撲を続けてきた価値がある、
あのチハルに追いつき、そして追い越すために!
蛍も応えてらんらんとした眼で返す。相手は純粋に国宝クラス、それに勝てないならこんな声援を
浴びる資格はない。
でもそれは正直どうでもいいことだ。荒木の言う通り、かつて『小細工を弄するしかない初心者』を
ここまで強くしてくれた、そして連れてきてくれたかけがえのないチームメイト達。
彼らを今度は僕が全国に連れて行く、そのためにこそ自分は勝たねばならない、その決意に
揺るぎはない。
「どう見る、この一番?」
カメラマンの宮崎が名塚に問う。昨年夏の個人戦では荒木がまさかの立ち合い変化で勝っているが
二人ともその時とは見違えるほどの成長を遂げている。その間大相撲にかかりっきりだった彼女には
無難な答えしか返す術がなかった。
「荒木君の反応速度は異常よ。三ツ橋君の変化でそれを振り切れるかがカギだけど・・・」
-手をついて-
会場が静まり、土俵の上に注目が集まる。さぁ最終決戦の幕開けだ。
-はっきよい!-
荒木が、蛍が立つ。両者とも立ち合い変化は無い、真っ向から頭でぶち当たる両者。
その刹那、蛍は大きく左に飛び退く。『蛍火の如く、横!』
この大会で蛍はずっとこの技の時は右に飛んでいた。それを伏線にして、相手に右を意識させ
逆をつきにかかる。
だが、荒木はそもそもヤマなど張ってこなかった。彼の『削ぎ落す強さ』は、蛍が左に飛んだ
その動きを見てからも遅れずに体を回し、再度正面に相対するだけの能力がある。
「(何をしようが無駄だ!『力士』の強さを収めた俺に小細工は通用せん!)」
腰を割り、組み付きに行く荒木。変化されたことを意に介さず、まるで立ち合いを
やり直すかのごとく蛍に突進する。
-バチッ!-
突っ張りを連続で繰り出す蛍。これもここまで見せなかった攻めの選択、2年前のチームメイト、
五條佑真の空手の突きを取り入れた攻め。
「いいぞ三ツ橋!」
観客席から見ていた佑真が思わず立ち上がって声を出す。自分の技をあの三ツ橋が
ここまでモノにしている事に感激し、期待を込める。そうだ、行け!
「・・・たじろぎもしねぇな。」
鬼丸の嘆き通り、荒木はアゴを引き、前傾姿勢で蛍の突きを額や肩で受けながら
じりじり押し攻めてくる。張っているにもかかわらず土俵際まで詰められる蛍。
「見事だな・・・荒木君の相撲取りとしての完成度、本当に惜しい。」
柴木山親方がそう嘆く。総合格闘技に進むと表明している彼だが、彼がもし角界に進んだら
さぞや名のある力士になるだろう、と。
俵に足が掛かった時、蛍は突っ張りからもろ手突きを繰り出す。が、荒木に届く寸前
それは猫だましに『変化』する。
-パァン!-
破裂音と共に蛍は飛ぶ、うまくいけば逆に相手に土俵際を背負わさせることが・・・
「くっ!」
できなかった。荒木はあっさりと蛍の正面に向き直ると、ついに蛍を組み止める。
「なんてヤツだ・・・アレに反応するのかよ!」
桐仁が嘆く。単に猫だましを打ったのではなく、もろ手突きと見せかけて放ったのだ。
にもかかわらず全く意表がつけていない、なんという反応速度か!
両者頭をつけ、マワシの引き合いに入る。体格で勝る荒木は上手でも下手でも狙えるが
小柄な蛍は前ミツしか狙えない。それを見越して蛍の両腕を絞り込みにかかる荒木。
このまま蛍の両手を外から絞ってマワシを引けば、寄りでも吊りでも楽勝で決まるだろう。
荒木の手がマワシにかかろうとした瞬間、蛍は素早く体を沈めながら後ずさりする。
釣られて荒木の体が前に流れたその瞬間、蛍は下から荒木を強烈にカチ上げる。
-ゴッ-
「十字かち上げ!」
両手を絞り込まれた蛍は、逆にそれを利用して腕をクロスさせ、沈みつつ引いて
荒木の体を呼び込み、体のバネを使って全身で荒木を突き上げた。
「(コレだ、コイツの怖さは変化でも技でも無ぇ、この大事な試合で平然と飛び、引く
そのぶっちぎれた『心』だ。)」
突き上げられながら荒木は思う。なにしろコイツは立ち合いで相手に背を向けて歩いた
コトすらある奴だ。そんな奴が『大事に相撲を取ろう』なんてあるワケねぇ、
無様に負けることを恐れもせず、好き勝手に動きやがる!
だが浮いたのは荒木の上半身だけだった。未だにしっかり腰を割っている彼は
このかち上げでも揺るぎはしなかった。
しかし蛍の狙いはダメージや崩しには無かった。わずかに浮いた荒木の懐に素早く
その体を潜り込ませる。
「潜る相撲、入った!」
「部長の形!」
色めき立つダチ高陣営。蛍の得意の形がついに出来上がる。
両前ミツを引いた蛍に、上からのしかかりながら次の展開を待つ荒木。
-ここから両者の必殺の、そして勝敗を分ける攻防が始まる-
ついに出ました『蛍丸』の異名。九十九里高のみなさんお手柄です。
本家で蛍自身も荒木も『蛍丸』って言ってたんで、ここまでに間に合わせたかったんですよ。