蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第52番 激突、必殺技!

「よし、潜った!」

「部長の形、来た!」

 意気上がるダチ高陣営、この夏の部内戦以降、蛍のメインの戦法ともいえる『潜る相撲』の

形を作ることに成功する。だが・・・

「(荒木の腰が低い、全く体が浮いてこない。)」

 桐仁が嘆く。潜れたはいいが荒木は存分に腰を割り、上から蛍にのしかかる。

その削ぎ落す精神で相手の動き出しを待ち構えている。

 

 その状態で止まる両者を見ながら、柚子香は思い出していた。これがこの二人の

追い求めた形のひとつなんだ、と。

 昨年春の全国大会、蛍と荒木は全国の強豪たちを並んで見物していた。

そんな中で蛍が感銘を受けたのは、栄大付属の国宝『小龍景光』こと狩谷俊の潜る相撲だった。

 一方の荒木も、鳥取白楼の榎木の『相撲の重心の低さで合気道の技を使う』その戦いに

感銘を受けていた。

 

 そして今、蛍は荒木の懐に潜り込み、荒木は存分に腰を割ってあらゆる攻めに対応しようと

待ち受ける。両者が追い求めた相撲が、今まさにがっぷり四つで相対している。

 

「(覆い被されているのに軽い・・・脱力で僕の動きを待っているのか!)」

 蛍は考えを巡らせる。ここまで今日初めて使う戦法、蛍火の如くからの左飛びや

五條さんの張り手、もろ手突きからの猫だまし変化など、全て相手に見切られてきた。

その対応力を持つ相手に、下手な小細工は逆効果と判断する。

「(だったら、一番得意な攻めに行く!)」

 

 意を決した蛍が体を後ろにそらし、荒木の上半身を自分側に引っ張り込む。

「居反り!」

 仕掛ける蛍。対する荒木は大きく左足を踏み出し、蛍の反り技を止める。

だがそれは仕掛けの為の『崩し』に過ぎない。すかさずその足に自分の足を巻きつけ、

内掛けに持っていく。

 

 -根太起(ねたおこし)!-

内掛けした足の足首を手で掴み、手と足の両方の力で引っこ抜く技。体格に劣る蛍が

力技で相手に勝つために習得した、乾坤一擲の必殺技!

 

 -バシッ!!-

 が、蛍が自らの右足首を掴もうとしたその瞬間、そうはさせじと荒木の左手が蛍の右手首を捕まえる。

その強靭な握力で蛍の右手を締めあげ、根太起に行かせない。

「・・・なっ!」

 桐仁が嘆く。なんという反応速度、そして正確さだ!あの一瞬で三ツ橋の狙いを読み、

完璧に封じ込めにかかるとは!

 

「(いい技、いい発想だぜ、三ツ橋。)」

 荒木が心の中でそう呟く。手で足の、足で手の補助をするのは柔道では寝技でよくある手だ。

「(だがな、俺にゃ通用しねぇんだよ!)」

 蛍の手を掴んだまま、掛けられた足を逆に引きつける。蛍の『内掛け』に対して

表裏一体の『外掛け』で力任せに足を刈りに行く。

 

「くっ!」

 蛍が吐く。純粋な力比べでは明らかに不利だ、特に足腰の強さは組んでいる蛍が

嫌と言うほど理解している。ダメだ、このままじゃ勝ち目はない、一度離れる!

 すかさず右足を抜いて外掛けを躱す。抜いた足を後ろに踏み出しこらえる蛍、だが離れたため

折角の潜る形が終わってしまう。

 

 と、荒木は素早く、しかも静かに蛍との距離を詰める。左手で蛍の右手を掴んだまま

右手を蛍の脇の下に差し入れ、右足を相手の内股に添える。

 

「マズい!!」

 そう叫んだのはダチ高の松本だった。ちょうど1年前、彼は荒木にこの形を取られ

強烈な投げ技を食らって敗北を喫したのだ。

 -天地返し-

 相手の手首を引き込み、差し込んだ手ですくい投げを打ち、掛けた足を内股に跳ね上げる。

重力級の力士をも豪快にひっくり返す、3点同時の『掛け投げ』。軽量の蛍が食らえば

ひとたまりもないだろう。

 

 だが荒木はその技を爆発させる寸前、ぞわっ!とした悪寒に晒される。

蛍が荒木に捕まれていた右手をなんと、地面に押し付けんばかりの勢いで押し下げたのだ。

「(お手つき!)」

 荒木が準決勝で不覚を取ったその一手、蛍はこの一番でもし荒木の腕を掴めたら、

躊躇なくこの方法を試そうと思っていた。たとえ決まらなくても荒木の動揺を誘うことは

出来るかも知れない、諸岡顧問に指導を受けた『心理戦』はこんな形でも応用される。

 今は逆に手を掴まれている状態だが、手首を押し付ければそこを握っている荒木の指の方が

先に地面に付く!

 

 瞬時の迷いが出た荒木、その瞬間を見逃さずに、蛍は掴まれた右手を引っこ抜き、振りほどく。

それと同時に荒木の足が豪快に蛍の内股を跳ね上げる。まるで暴れ馬に蹴り上げられたように

空中に舞う。

 

 その豪快なリアクションに、会場がおおおおおっ!と沸く。だが引き手が切れているため

飛ばされた蛍も、跳ね上げた荒木も、共に前のめりに崩れた形になる。

 

 蛍が空中でバランスを取り、荒木が足腰で体を残し、着地する両者、両者のこったのこった!

すかさず体制を直し、再び相手に突進する。

 -ゴッ-

 鈍い音と共に、蛍が再び荒木の懐に潜り込む。『蛍火の如し、潜!』

至近距離からとっさの激突でこの技が決まったのは、両者の身長差に加えて、もう一度

潜る相撲にトライしたいという蛍の意思の賜物だった。

 荒木もまた、飛び回られるよりは確実に捕まえていられるこの形を望んだ。

再び両者の望む形で組み合って、止まる。

 

 蛍は躊躇しなかった。根太起が通用しなかった以上、出来ることは多くない。だったら!

体を反転させ、相手の腰を担ぎ上げるように自分の腰に乗せにかかる。これならいかに

荒木の腰が低くとも浮かすことが出来る。

 

「百千夜叉落とし!!」

 赤池が叫ぶ、先日ついに完成した鬼丸の3点投げ。完全に担いだ、意表を付けた、決まる!

ダチ高の面々も、観客席で見ている鬼丸さえもがそう思い、気勢を上げる。

「「行けえぇぇぇぇっ!」」

 

 その光景を見ていた石高の沙田は、冷ややかに微笑んで、静かにこう呟く。

「・・・それは悪手だよ、三ツ橋君。」

 

 荒木は得意の『削ぎ落した感情』の中で、『静かに』『猛って』いた。

「(その技はなぁ・・・2年前、俺たちの全国への夢を奪った技だ。)」

担がれながらも蛍の背中に手を添え、体重をかける荒木。

「(その対策を、この俺がしていないとでも思ったのかよ!!)」

 

 投げられながら、蛍の背中の上で荒木は何と、自らの体を反転させにかかる。

蛍の背中に押し付けた胸を軸にして、投げられる方向に自分の下半身を持っていく。

本来頭から落とすこの技を、足から着地するべく身構える荒木。

捨て身技のこの投げを放った蛍にとって、もし耐えられれば最悪の結果になる。

 

 -ドォンッ!-

 

 そして荒木は右足から着地する。しっかりとヒザのバネを利かせ、確実に地面を踏みしめる。

その様は、相撲に関わる者であればだれもが知っている所作。

 

 -地中の悪鬼を踏み殺す『四股』-

 

 蛍が放った百千の夜叉は、この荒木の四股によって残らず踏み潰された。

 

 後に残るのは、まだ片足立ちながらしっかりと腰を割った荒木と、捨て身技を残されて

完全に前に泳いだ状態で崩れている蛍の姿。

 

「(勝った!俺は確かに相撲の強さをこの身に収めた、今俺は確かに相撲取りに『成った』!!)」

 荒木が感慨に浸る。嫌と言うほど踏んだ四股、何10km進んだかも知れないすり足、

追い求めてやまなかった力士としての強さ、それが今ここに実ったのだ。

 

 止まる時間の中、石高に歓喜が湧き上がる、ダチ高を絶望感が支配する。

鬼丸が、柴木山親方が天を仰ぎ、佑真が顔を歪め、レイナが手で頬を覆う。

金盛が、真田が拳を握り、食いしばった歯を見せ、笑う。

 

 誰もがこの勝負の決着を、石神の勝利を、ダチ高の敗北を確信していた。

 

 

 ただ二人。三ツ橋蛍と、堀柚子香を覗いて。

 

「今だーーーっ!蛍ーーーーーっ!!」

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