蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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市橋(石高OB)「ふぅ、いい湯だった。あ、あれ・・・?」


第54番 蛍丸と鬼切安綱

「んじゃ、俺らは傷心の後輩を慰めにでも行きますか。」

 石高OBの真田がそう言って席を立つ。金盛も「だな」と言って腰を上げる。

間宮も試合を中継録画していたスマホをポケットに仕舞い、足元のカバンを拾い上げる。

「ところでお前、ドコに中継してたの?」

「市橋んトコですよ、あいつも来たかったらしいけど、なんか今日限定の温泉旅行の

チケット当たったとかで、どうしても行けないから中継送信してくれって。」

真田の問いに間宮が答える。そいつはさぞがっかり旅行になっただろう、と笑う金盛。

 

「あ、私もダチ高んとこ行こっと。佑真や火ノ丸はどうする?」

 レイナがカバンを抱えて二人に問う。じゃあ俺も、という佑真に対して、鬼丸は腰を上げなかった。

「ワシは・・・ええわ。」

 何よ、つれないわねー、という顔をするレイナ。まぁお忍びで来てる身だし、目立ちたくないのは

分かるからしょうがないか、と納得して、自慢の後輩たちの所に向かう。

 

「正直、顔は出しづらいよな、鬼丸は。」

 親方の言葉にええ、と頷く鬼丸。彼は三ツ橋や桐仁と同年齢であり、角界に進まなければ自分も

今日あの土俵で戦っていた身の上なのだ。

 ある意味自分の都合で大太刀高校相撲部を見捨てた、と言っていい立場の自分が、自分抜きで

今日の快挙を成し遂げた彼らの前にどんな顔をして立てばいいのかは分からない。

そして、自分が彼らの頑張りに対してやれる事は他にある事も。

 

「負けてられないなぁ、鬼丸。」

「はい!」

 先場所、角界入り後初の負け越しを喫した鬼丸に、高揚する思いが募る。焦りから

オーバーワークだった彼に、無茶とは別種類の心地よい力が漲ってくる。

来場所の再起を誓う鬼丸に、連れてきてよかったと笑顔を見せる親方。

 

 ダチ高のテントに向かう五條兄妹がその途中で、ばったり堀千鶴子に会う。

「レイナさん!佑真さんも。」

「堀ちゃん!優勝おめでとーっ!」

 書類を抱えてる千鶴子の上からレイナがハグを決める。昨年は叶わなかった頂点に、そして全国。

心からの祝福と共に、その道を繋いだのが前部長の自分であるという自負を加えて。

 

「んで、どーしたんだよこんな所で。」

 佑真が問う。てっきりみんなと一緒だと思っていたが、マネージゃーだから何か用事かな?と。

「あ、個人戦ですけど、棄権する選手の申請に行ってたんです。」

「「え”?」」

五條兄妹が同時に声を出す。棄権?何で・・・

 

「準決勝で左手を痛めた赤池君と、決勝で長い相撲を取った幸田君にストップがかかっちゃって・・・」

顧問の諸岡の判断だった。赤池の左ヒジはすでに赤く腫れあがり、幸田はようやく呼吸は落ち着いたが

手も足も筋肉疲労で震えっぱなしだった。

「まぁしょうがないよな、格闘技なんだし。ましてや団体全国が決まったんだ、ここで無理して

大怪我でもしたら全国大会にも影響出るしな。」

 

 なるほど、まぁそういう事情なら、と考えたレイナは、はたともう一人の事情に気付く。

「そういやカントク(桐仁)は?決勝も出てたし、こっから先の個人戦はキツいでしょうに。」

 優勝戦まで数えると8連戦、とても辻が今からそれだけの番数をこなせるとも思えない。

そのセリフを聞いた千鶴子は、それが・・と顔を伏せて続ける。

「カントクと、部長(三ツ橋)もストップがかかってたんです、二人とも体力の限界だって。

でも本人が『どうしても出る!』って聞かなくて・・・」

 

 レイナが、しょうがないわねー私が説得するわ。という顔でダチ高のテントに到着し、

テント内に入る。

 -びりっ!-

「(え・・・何この空気。)」

 殺気に満ちたテント内。ついさっき優勝して大喜びしていた空気はどこ?と顔を青ざめる。

佑真もその気配に冷や汗を流す、そしてそれを象徴している光景がテント内にはある。

 スペースの両端で、背中を向け合って相手を見ずに殺気を漲らせるダチ高のツートップ。

事情を把握してもらうため、千鶴子がレイナにその事実を耳打ちする。

 

 -個人戦1回戦第一試合、三ツ橋蛍 対 辻桐仁-

 

 個人戦トーナメントの組み合わせは、団体戦終了後に告知される。それは団体戦の最中に

個人戦で当たる選手を必要以上にマークしたり、潰しにかかったりしないようにとする配慮。

 だが、完全ランダムで選ばれるその組み合わせは、早い段階で同校対決を生むこともある。

先に柳沢が貰って来た個人戦トーナメント表、その初戦を見た時から、団体優勝のお祭り気分は

吹き飛んだ。

 

「じゃ、邪魔しちゃ悪いわね、そんじゃ試合見てるから・・・」

くるっ、ときびすを返してテントから逃げるように去るレイナ。その後歩くたびにその組み合わせの

理不尽さに腹が立ってきた彼女が、大会本部に怒鳴り込みに行こうとして佑真に取り押さえられた

という一幕があったりしたのだが、それは別の話。

 

 

 -これより個人戦、1回戦を開始します-

 

 場内アナウンスの声に観客の注目が集まる。さぁ最初は誰だ?と土俵に注目する面々・・・

 

 -東、大太刀高校、三ツ橋。西、大太刀高校、辻!-

 

 アナウンスが終わった瞬間から、会場がどおぉぉぉぉっ!と沸く。団体戦優勝校の主力二人が

まさかの個人戦のオープニングを飾ろうとは!

 

 -ほったるまるっ!ほったるまるっ!ほったるまるっ!-

 -おーにっきりっ!おーにっきりっ!おーにっきりっ!-

 

 二振りの宝刀のコールの中、東西から土俵に上がる二人。ダチ高のチームメイト達も

二人をよく知る鬼丸や佑真、レイナも、彼らに辛酸をなめたライバル達も、観客と共に注目する。

立場の違う彼らだが、今、思いはひとつだった。どっちだ、どちらが強いんだ?と。

 

 夏の部内戦では桐仁が勝っていた。だがあれから二人は短い期間ながら、さらなる強さを

身につけている。加えてここまでの試合の疲労、もはや昨日までの強さすらあてには出来ない、

それを克服するのは『心』の強さ。

 この一番は、どちらが大太刀高校相撲部のエースであるかの決定戦でもあったのだ。

 

 -手をついて-

 その声と共に、桐仁は両手をついて、ぐぐっと身を伏せる。

「平蜘蛛!」

「おいおい相手は三ツ橋だぜ、正気か!?」

 観客から声が上がる。低く立ち合うことで正面衝突の威力を上げるこの仕切りは、

逆に変化には弱い。三ツ橋相手にあえてこの仕切りをする桐仁に場内がどよめく。

 

「誘ってる、のか?」

「変化か、正面からか、どっちをだよ・・・」

 陽川の嘆きに大峰が聞き返す。平蜘蛛を見せて変化を誘っているのか、逆にそれを読ませて

正面から圧倒する気か、答えは桐仁のみが知っていること。

 

 すっ、と蛍が手を下ろす。その目は真っすぐに桐仁の目を捕らえている。目線をどちらにも

逸らさず、ぐっと腰を割り、両手を仕切り線に添える。その目に迷いはない!

 

 -はっきよい!-

 

 ゴッ!という音と共に頭と頭でぶつかる両者。共に変化は無い、蛍はここから体を沈め、

桐仁の懐に潜ろうとする。

 だが桐仁は立ち合いの後、電光石火の早業で蛍の右腕を取っていた。そのまま体を開いて

取った腕を逆間接に持っていく。

 

「(やっぱりな、お前なら正面から平蜘蛛を受けると思っていたぜ、三ツ橋!)」

以前からそうだった。三ツ橋蛍と言う人物は、焚き付ければ焚き付けるほどに燃え上がるタイプ。

 

 試合に出てくれさえすればいいと言えば、何でもするから勝たせてくれと懇願した。

 真っ向勝負じゃ間に合わないと告げれば、変化でも何でもいいと理想すらあっさり捨て去った。

 立ち合い後ろに飛べと指示すれば、立ち合い不成立を繰り返した挙句、後ろに歩いて見せた。

 

「(この『とったり』は俺からの最後の指導だ!部内戦と同じ技で仕留められるよう・・・)」

 桐仁の思考はそこで中断する。ひねった腕に感覚が無い、離しているわけじゃないのに!

極める方向に向いていた顔を、腕の先の三ツ橋に向ける、そして桐仁は絶句した。

会場中の人間と同じように-

 

「飛んだー!?」

「宙返り・・・っておいっ!」

 なんと蛍は桐仁に腕を取られた瞬間、ジャンプして前方宙返りをしてみせた!

腕関節を体ごと回転させて外す、原理は間違っていない。いないが・・・柔道の寝技じゃあるまいし、

相撲の立ち勝負ででそれをやってのけるのか!

 

 極めた腕が回ったことで手がすっぽ抜け、バランスを崩す桐仁。蛍もまた着地の衝撃が大きく

すぐに反撃には出られない。先手を取るのは・・・?

「(この野郎!ハナっからコレを狙ってたのか、やられたっ!)」

 桐仁が嘆く。道理で部内戦で負けた同じ技にあっさりかかるワケだ!

「(桐仁、いつも君には教えられてきた。部内戦で君に負けたこの技に対する、

僕の答えがこれだよ!)」

 桐仁の引きながらの投げには、この逆関節を極めながらの投げが多い。ならばどうする?

軽量の自分が出来る事、あの桐仁の意識の外を突ける行動。二度目は無い、一度きりの奇襲として

放った蛍の新たな飛び技!

 

 -ガツゥン-

 

 2度目の衝突。だがそれは心理戦で一歩先んじた蛍が一瞬早く踏み込んだ。激突と同時に

桐仁の頭が跳ね上がる。

 

 -蛍火の如く、潜-

 

 

 桐仁は朦朧とする意識の中、自分の教え子の成長に、心からの喝采を送る。

 

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