「(なぁ小関さん、五條さん、國崎さん、レイナさん・・・それに、火ノ丸。見ているか?)」
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・・・なんだありゃ。
それが春の新人戦、初めて『彼』を見た時の正直な感想。
-西、大太刀、三ツ橋君-
「お、火ノ丸のチームメイトか?どれ・・・」
-ぐしゃ-
赤子の手をひねる、という表現がこれほど似合う一番も無いだろう。
五條や國崎はまだしも、こんなのが火ノ丸のチームメイトなのか・・・?
「ひでぇなこりゃ・・・女子と変わんねぇじゃねぇか。」
苦労して手に入れた『彼』のスポーツテストの記録を見て思わず嘆く。
これでよく相撲をやろうと思ったもんだ・・・
「先生、俺の作戦は?」
その沼田の質問に、あー、という顔をする。
「お前は普通に取ればいい、それで勝てる。」
「ええ!相手は高校生でしょ?」
そうだな、年齢だけなら高校生だよ。ド素人だし体も無い、な。小学生から相撲を続けてきた
沼田なら問題なく勝てるだろ、寿司っていうエサもあるからな。
「ま・・・そういう事だ。ダチ高の5人目はお前だぜ」
「ホッとしたかい?俺がこんなんでよ。」
「勝ち星は他の4人で何とかするさ、お前は出てさえくれればいい」
煽るだけ煽ってみた。そいつにプライドっていうものがあるかどうかを試してみた。
・・・俺も人が悪いな、実力がないのにプライドだけあっても何にもならない、それすら無いなら
どのみち使い物になりはしない、つまりどっちにしても、コイツは・・・
素人だと思ってた。火ノ丸に憧れるだけの甘ちゃんだと決めつけていた、人数合わせになればいいと。
憧れる?
そうだ、だったらそれをエサにすれば1勝を挙げられるかもしれねぇな。というかそれしか無いか。
火の丸の様な真っ向勝負を印象付けておいて、肝心な一番で変化すれば・・・
「変化という作戦もある、でも・・・火ノ丸に、真っ向勝負に憧れてるお前に、俺はそんなことを
勧めたくないんだ。」
思えばこの時が分岐点だったな、俺がアイツをただの捨て駒として見るか、それとも
本気で勝たせてやる!と思うかの・・・
-親方、この人にも稽古をつけてやって下さい、もちろん力士として-
おいおい、何を言い出すんだよ!分かってるのか?俺が相撲を取るってことは、つまりお前が・・・
-ひとりで抱え込むなよ!-
なんだよ、俺はお前を勝たすために色々やって来たのに、そのお前に背中を押されるのか、俺は。
-同体、取り直し-
-西、首藤君の勝ち-
何度謝ったかも分からない。あらゆる作戦を考え、それを想定した稽古を積んで、
そして負け続けた。
すまん、俺の責任だ、お前はよくやった、そんな意味のない言葉を俺は試合のたびに重ねてきた。
だがもう終わった、俺はついにお前を勝たせることが出来なかった、情けない監督だ。
俺は結局コイツを体よく利用しようとして、利用すら出来なかった。戦歴を黒星で塗りつぶし
挙句にケガまでさせてしまった。
県予選でさっさと変化を使わせて、ひとつでもふたつでも勝ち星を上げさせるべきじゃなかったのか。
それとも会った時に「お前は相撲には向いていない」とはっきり言って、別の部員を探すべきじゃ
なかったのか。
そうすれば『公式戦全敗』なんて汚点をコイツに押し付けることも無かっただろうに。
「松本康太ッス!」
「陽川満です。」
「大峰浩二です。」
「幸田純一です!」
この時からだよな、お前が変わったのは。いや、そうじゃない、お前の周りが、だ。
鬼丸も、他の皆も、お前をどこか下に見てたよな、初心者だし、体も弱いし、無理もない。
だがお前の新しい仲間たちは、お前を『挑むべき先輩』として見ていた。
身近に対等のライバルがいることがお前の自覚を変えたのか、それとも本来お前が持っていた
先輩肌な性格を引き出したのか・・・
「堀柚子香です!」
彼女に教えるお前の姿を見て、お前に教えてた時の自分を重ねていたよ。
技術うんぬんはともかくだが、先輩としての自覚や自信は俺よりずっと上じゃねぇか、
ちょっと嫉妬したぜ。
「来年の部長に三ツ橋蛍を指名します。」
異存はないさ。お前の方が部長に相応しい事はよく分かってるよ。
でもな、それをあのレイナさんに迷わず言わせるのか・・・スゲェなお前。
-桐仁、あとで残ろうか。-
「(・・・何だ?)」
-後輩にしてやられっぱなし、ってワケにもいかないよ、これから夏までは打倒下級生だろ?-
はは・・・今しがた後輩に負けて、初めてレギュラーの座を奪われて、早速そう言うのかよ、
まったく、コイツと付き合っていると落ち込むヒマさえ無いぜ。
-見てろ、いつか僕の勝利に感謝する日が来るからな-
お前が土俵に円を描いたあの瞬間、俺は、あの時のお前の言葉を思い出していたよ。
絶体絶命の窮地から、幸田が奇跡のような勝利でつないだ可能性を、お前は先輩として、
そして力士として-
なぁみんな、見ているか・・・あの三ツ橋が、ここまで・・・強く-
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「三ツ橋が・・・寄り切ったーっ!」
おおおおっ!という歓声の中、二人は胸を合わせたまま大息をつく。その両者の足元を
土俵の俵が分断していた。
-寄り切りで東、三ツ橋の勝ち!-
拍手に沸く会場。両者の死力を尽くしたその一番は、迫力こそ無かったものの、
見ている多くの人の心に響いた。
「二人とも明らかに消耗していたわね。でも最後まで粘れたのは、やっぱり
チームメイトだからこそ、負けられない戦いだったからなんでしょう。」
名塚が拍手しながらそう語る。最初の攻防こそキレがあったが、それ以降の組んでからの攻防は
明らかにここまでの両者の疲弊が見て取れた。
それでも諦めない『心』の相撲。残った力を振り絞り、ただ懸命に愚直に押し合った。
そして突然桐仁が糸の切れた人形のように力尽き、ゆっくりとした電車道でついには寄り切られる。
でも、その時の辻の顔が、どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「ったく、満ち足りた顔しちゃって。」
観客席、レイナがそうこぼす。マネージャーとして、部長として、ずっと見てきたこのコンビ。
満ち足りた顔をしているのは、彼女もまた同じだった。
公式の場での初対決、そしておそらく最後の対戦になるであろう一番は、こうして幕を閉じた。
個人戦は進む。やはり決勝まで多くの番数を取ったダチ高のメンバーは、その疲労の蓄積から
トーナメントを上り詰めることは叶わなかった。加えて団体で全国がある彼らは、
もう個人しか残されていない他校の強豪とは『心』の有り様が違ってしまっていたのだ。
それがもっとも顕著だったのは石高の沙田だろう、全国への執念を見せた彼は、団体決勝の
疲れも見せず、執念の相撲で見事千葉県の頂点に立って見せた。
-個人戦優勝、沙田君。準優勝、大河内君。3位、神崎君。以上3名には、全国大会の出場権が
与えられます-
石高の荒木は団体決勝での股関節負傷がたたって3回戦敗退、西上の葉山は準々決勝での
脳震盪でドクターストップ、常磐第三の下山は3位決定戦で柏実業の神崎に敗れ無念の4位。
そして、個人戦では振るわなかったダチ高は-
-団体優勝、大太刀高校-
拍手と共に蛍が賞状を、桐仁がトロフィーを掲げる。そして部員全員の首に金色のメダルが
光り輝く。
昨年は開かなかった『全国への扉』。それを押し広げ、彼らは向かう。
聖地、国技館へ。