蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

59 / 121
第58番 好きこそものの上手なれ

「あれよあれよという間に決勝か、堀さんホント強くなったよなぁ。」

「ま、あんだけ稽古してりゃ強くもなるさ。」

 松本と大峰が試合場を見下ろしながらそう話す。2年目であっさり全国出場を決めた彼女は

これから千葉県女子中軽量級の王座を賭けて戦う。

 

 柚子香はこの大会で強かった。昨年よりいちだんと強くなった膂力に加え、持ち味であった

前さばきの巧みさで自分の体制を作り、速く力強い寄りやキレのある投げで次々と勝利し

トーナメントを駆け上がって行った。

 

 もうひとつの要因を上げるなら、今年の会場はマットの土俵では無く、お馴染み土で出来た

土俵だという事だ。学校によっては日々の練習をマット土俵でやっている選手も多い。

そんな女子はどうしても土の土俵を潜在的に怖がる傾向がある、あまりガチで相撲を

やっていない娘にとっては、土で汚れる事すら嫌う者すらいる。

 もちろん柚子香にとってはすっかりお馴染みの足触りだ。練習でも何度も転び、土にまみれた

彼女にとって、思う存分普段の成果を出すことが出来た。

 

 準々決勝では九十九里の村田に投げ勝ち、準決勝では佐倉女子のエース、山口を激戦の末

寄り切って見せ2位以上が確定、見事全国出場を決めた。

 だが、彼女の戦いはまだ終わらない。昨年惜敗を喫した相手は、柚子香を待ち構えるかのように

土俵の向こう側にいる。

 

 池西 檸檬(いけにし れもん)

 九十九里高の主将であり、元柔道選手でもある実力者。昨年のインターハイでは全国で

ベスト4に進んだほどの強豪選手。

 夏合宿で柚子香は檸檬と共に稽古することで、彼女の強さの秘密を知った。

 

 -相撲が好き-

 見る側では無く、相撲を『取る』側として心底相撲を楽しんでいる。仲間との稽古を楽しみ

ライバルであるはずの自分の上達を嬉々として喜び、勝利に歓喜し負けに学ぶ。

 そんな楽しそうに相撲を取る彼女に柚子香は大いに影響される。自分が相撲を始めたのは

姉の影響と、体を動かすことが好きだったからではあるが、果たして自分は檸檬ほど

楽しんで相撲を取っているだろうか。

 

 私は一体、何のために相撲を取っている?

 

 私だって相撲は好きだ。お姉ちゃんはじめダチ高相撲部のみんなも好きだ。Like以上に

好きな人も一緒にいる、みんなと喜びを共有するのは最高に青春を感じる瞬間。

 だけど将来はどうする?男子と違って女子にはプロの世界はおろか、オリンピックの種目に

すらないのだ。檸檬みたいに女子相撲協会に進んで発展に貢献したいという目標があるわけでも無い。

 

 

 -東、大太刀、堀。西、九十九里、池西!-

 

 呼び出しを受け、ふたりが土俵に上がる。と、観客席の一角からなんとも珍しいコール。

 

「「ゆっずれっもんっ!ゆっずれっもんっ!ゆっずれっもんっ!」」

 

 柚子香も檸檬もそのコールにがくっ!と体を傾ける。声のする方向、ダチ高男子部員の固まる

観客席に二人が同時にツッコミを入れる。

「ジュースかっ!」

「応援で遊ぶな!!」

 ダチ高の面々はこの大会、柚子香と小林の試合はもちろん、九十九里高の選手の試合時にも

応援の声を上げていた。それはインターハイで応援してくれた彼女たちへの返礼でもあったが

共に夏合宿を稽古した者たちへの純粋な応援でもあった。

 

 はぁ、と息を突き、改めてお互いを見る。土俵上にぴりっ、とした空気が充満する。

柚子香は彼女と真剣勝負の舞台で向かい合うことにより、自分自身に対する疑問に

ひとつの答えを出す。

「(私が相撲を取る理由・・・そう、貴女に勝ちたい!今は、それだけでいい!)」

 

 -はっきよい-

 低い体制で当たる両者。と、次の瞬間、檸檬は体を開いて柚子香の体を呼び込み、右足を

内股に差し込んで跳ね上げる。

「カウンターの内股!」

 石神の荒木もよく使う、柔道からの転向組お馴染みの技。前に出る競技の相撲にとって

キレとタイミングさえ合えば効果は絶大である。

「くっ!」

 柚子香は左足を刈られながらも右足を前に出してこらえる。普段から腰を割る稽古を重ねている

彼女にとって、マワシを取られていない投げに落ちることはそうそうない。

 

 が、次の瞬間檸檬は右足を掛けたまま体を戻し、そのまま内掛けに移行する。引き技の内股から

押し技の小外刈り(内掛け)へ変化するその速さと、片足立ちで切り返すバランス感覚の良さ!

いきなり方向を変えられた柚子香だが、それでもケンケンで堪えて体を戻し、腰を割り直す。

 檸檬は間髪入れず刈っていた右足を逆に飛ばし、蹴返しを放つ。パチィン!と平手打ちの様な

音が会場に響く。そしてそのまま蹴った足に巻き付け、小内刈りに移行する、なんという

多彩な足技!

 

「なんてヤツだ!もうずっと片足立ちじゃねぇか!」

陽川が叫ぶ。 柔道経験者ならではの、組み合わずに攻める足技の冴え。

相撲は腰を割って、マワシを掴んで取るもの、と教わってきた柚子香には絶対真似できない

戦法だ。相撲の形にさせて貰えない!

 

「ゆず!一度離れて!」

 蛍が声を飛ばす。足を掛けられてバランスが崩れた状態を続けるのは危険だ。ここは一度

距離を取って仕切り直すべきだ。

 だが、それこそが檸檬の狙いだった。普通に組んでマワシを取っても彼女は十分に強い、

相手が引いたその瞬間は電車道で寄る絶好のチャンスなのだ。

 

 が、柚子香は蛍のその声を聴いて、全く逆の判断をする。

なんとバランスを崩した状態で相手に思いきり寄りかかったのだ。まさかのアクションと

かけられた体重を受け止める為、足を抜いて腰を割る檸檬。

 そしてようやく胸を合わせた、相撲らしい体勢で組み合う両者。

 

「上手い!」

 九十九里の副主将、和田が思わず声を上げる。もしあそこで引いていたら勝負は一気に

決まっていたはずだった。距離を取るために引くのではなく、逆に押すなんて!

 それは小兵の蛍が常々心がけてきた、『引き』に対する心構え。小兵の蛍がもし引けば

相手はカサにかかって押し込んでくる。引く前には必ず相手を押して追撃を受けないように

気をつけてきた。そんな蛍の姿を見続けてきたからこその好判断。

 

 ここから差し手争いに入る両者。鬼丸の前さばきを参考に、マワシの取り方切り方を

身につけてきた柚子香に対し、一手も引かぬ技術を見せる檸檬。

「うそ・・・堀さんと互角の前さばき・・・?」

「柔道の組み手争いも激しいからな、下手な殴り合いよりも手の出し引きは速いんだ!」

 驚く幸田に桐仁が解説を入れる。この差し手争いに勝ったほうが勝利に大きく近づくだろう、

ある意味、相撲の基本にして必勝法ともいえるこの『前さばき合戦』。自分に有利な形で

組むことが勝利を大きく引き寄せる。鬼丸の両前ミツしかり、草薙の右上手もまたしかり。

 

 胸を合わせたまま、両手でキャットファイトを演じる二人。檸檬の左手が柚子香の右手を掴み

上手を狙う檸檬の右手を柚子香の左手がはじき、ヒジを曲げて食い止める。

が、その間隙を縫って檸檬の右手が、がしっ!と上手を取る。と同時に左手で掴んでいた

柚子香の右手を離し、左でも上手を狙いに行く。

 

 その瞬間だった。柚子香は低い姿勢で相手の懐に潜り込み、一気に両前ミツを取る。

師匠である蛍の『潜る相撲』、その体制を作ることに成功した。

 だが檸檬も同時に両上手を引く、両者得意のがっぷり四つで土俵中央、動きが止まる。

 

「ハァッ、ハァッ・・・」

 呼吸を整えながら柚子香は思う。両上手を取られている以上、下手に動いても押さえつけられて

体力を消耗するだけだ。なら相手の動きを待って、隙間が出来た瞬間に投げに行く!

 

「(本当に、強くなったわね、ゆずっち。)」

 檸檬は1年前の取組を思い出していた。自分の投げに付いてこれず、振り回された挙句に

土俵に転がった1年生の娘。それが今や自分の足技を駆使しても倒れず、差し手争いも

互角の勝負を演じてみせた。

 だが、それでもこの勝負は、檸檬の手の内にあったのだ。

 

「(全国まで温存するつもりだったけど・・・行くわよ!)」

 意を決した檸檬が全身に力を込める。それは肌を通して柚子香にも伝わってくる・・・来る!

その瞬間、右足を飛ばして蹴繰りにいく檸檬。組み合った状態で察知した柚子香は、

素早く右足を引いて蹴繰りを躱す。

「(イチ!)」

 檸檬はすかされた足を、今度は相手の左足に向かわせる。蹴繰りから内掛けへの連続技!

だがそれも柚子香には見えていた。左右の足を交互に攻めてくるのは先ほどからの相手の

得意パターン、ひっかかるもんか、と左足も引いて躱す。

「(ニッ!)」

 檸檬の足が空を漂う。その瞬間、柚子香のターンが訪れるハズだった。

 

「さんっ!!」

 いつのまにか両上手を離した檸檬が、柚子香の両肩に両手を添え、強烈に下方向に押し付ける。

上半身に全体重を掛けられ、足技を躱すために左右に大きく引いた足は、この押し付けに

抵抗する術を持たなかった。

 

 -叩き込み『三角落とし(トライアングルストライク)!』-

 

 胸から、顔面から、成す術なく土俵に叩きつけられる柚子香。その豪快な威力と

叩きつけられた際のどしゃっ!という嫌な音に会場がどよめく。

「ゆず!」

 思わず声を上げる蛍。隣りにいる千鶴子は一瞬硬直するが、すぐ足元の救急箱を拾い上げ

妹の状態を観察する。

 観客席で見ているダチ高の面々も、その衝撃の結末に立ち上がり、柚子香の容態を心配する。

 

「なんて技だ・・・さんざん足技を意識させておいて、それをエサにしやがった。」

桐仁が嘆く。足技を怖がらせることにより両足を広げさせ、それを角とする三角形の一点に

相手を叩き込む・・・恐ろしく理にかなった技である。

 

 -西、池西の勝ち!-

 行事の声と同時に柚子香はゆっくりと起き上がる。土だらけの顔を涙が洗う。

また負けた、なんて見事な技、自分の形を作りながら何もせずに待ってしまった、

悔しさ、後悔、そして痛み。彼女は泣きながら仕切り線まで下がり、礼をする。

 

 土俵を降りる柚子香を、姉の千鶴子が出迎える。顔をタオルで覆い、土と涙を同時に拭う。

「痛いよ、お姉ちゃん・・・」

 我慢して、と妹の頬を抑え、その顔を覗き込む。うん大丈夫、キズにはなってないよ、と

笑顔を見せる姉。その声に安堵の表情を見せる蛍と小林。

 

「すごい技だったね。」

その蛍の言葉にこくり、と頷いて、そのまま蛍にもたれかかる柚子香。

「・・・勝ちたかったな。」

「全国で勝てばいいさ。」

 

 と、ひょこっと顔を上げ、ぽかんとした表情で続ける柚子香。

「あ、そうだ。まだ全国あったんだっけ。」

「忘れてたの!?」

 思わずぷっ、と吹き出す千鶴子と小林。多少無理はしているだろうが、それでもその

立ち直りの速さに思わず笑顔が浮かぶ。

 

 結局、中量級の小林も決勝で敗れ、両者とも準優勝に終わる。

だが、彼女たちにもこの先がある。そう、インターハイ女子相撲全国大会。

男子の団体と共に、その扉を押し開けることに成功したのだ。

 

 

 

 大太刀高校相撲部の熱い夏は、これからが本番。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。