第60番 全国の猛者たち
「帰って来たぜ、国技館ーっ!」
早朝の両国国技館、珍しくハイテンションな桐仁のその一声に、バスから降りたばかりの
ダチ高相撲部がおーっ!と声を上げる。
2年ぶりに力士としてこの国技館で相撲を取ることの興奮に否応なしに高揚する。
すでに出入り口付近には全国から予選を勝ち抜いた強者たちがごった返している、
無差別級、相撲という競技の各県代表達の居並ぶ姿、その迫力は見る者を圧倒する。
そんな中、蛍はマネージャーから貰って来た選手証を付けているか皆に確認させたり
入場時の順番や選手席の確認など、物怖じせずにてきぱきと部長の仕事をこなす。
「よっ!大太刀じゃねぇか、久しぶり。」
そんな彼らに声をかけてきたのは石川県代表、金沢北高校の現主将、藤田だ。
昨年秋の合宿で顔馴染みになった、そして昨年IH団体戦と個人の覇者であるチーム。
挨拶を返す蛍たちに、神妙な顔でこう話してくる藤田。
「いやぁ、もう参ったぜ、みんなギスギスしてさぁ・・・」
話を聞くに、原因は例の『月刊相撲道』に掲載された国宝候補らしい。
もともと波乱の県予選の結果から他校の情報が不足している中、あの雑誌で写真付きで乗った
人物は注目と警戒の的にされているのだ。ということは・・・
びりっ!と周囲の視線が刺さっていることに気付く。蛍丸と鬼切安綱、彼らもまた
他校からの強烈な敵意にさらされていた。
(あれが・・・小さいな、本当に実力あんのか?)
(蛍丸のほうは変化使うらしいぜ、2年前もやってたし)
(鬼切ってスタミナ無いんだっけ・・・線も細いし、楽勝だなこりゃ)
「そういや金沢北はピックアップされてませんでしたけど・・・温存してるとか?」
そう、あの雑誌に名門金沢北の国宝候補はいなかった、仮にも昨年で団体と個人の
タイトルホルダーだったにも関わらず。
いぁあお恥ずかしい、と前置きして藤田は語る。確かに今年のウチにはとびぬけた選手は
いないけど、その分全体のレベルは高いつもりだよ、と。
なるほど、千葉で言うなら柏実業みたいなチームカラーなわけだ。
「俺、選手宣誓しなきゃいけないのにこの空気だろ、参っちゃってさぁ。」
そう言い残し、仲間の下に返っていく藤田。あー、こりゃ確かに大変だわ、と。
彼と入れ替わりにやって来たのは、千葉の個人戦代表の3人、沙田、大河内、神崎、
あとおまけで荒木。彼らは人数が少ないため、同じバスで乗り合わせて来ていたのだ。
当然、3国宝の一人『三日月宗近』には周囲の視線が刺さりまくっているのだが、
沙田はまったく気にしていない、むしろそれを喜んでいるかのようだ。
「いーねぇこの殺気、期待してもいいのかな?」
聞こえよがしにそう言う沙田に、さらに殺気が突き刺さる。見てろ、俺が倒してやる、と。
と、ここで案内の係員がスピーカーで選手たちに伝える。
「入場を開始しますので、各団体は番号ごとに入って下さーい。」
昨年覇者の金沢北を先頭に、各校がぞろぞろと入場していく。内部の観客席の中央部分に
各校専用の座席が設けられており、そこに荷物を下ろしてマワシを締め、準備を整える。
当然まだこの時点で女子は入場禁止だ。外で待つ千鶴子たち3人は、見知った女子に
声を掛けられる。
「おひさー、堀ちゃん。」
「あ・・・天王寺さん。」
その名に柚子香がえっ!?という顔をする。
「咲(さき)でいいわよ、大太刀もやっと帰ってきたねぇ。」
鳥取白楼相撲部マネージャーリーダー、天王寺 咲。後ろにふたりの女子を従え
天真爛漫な笑顔を見せる。
「あの白楼の?お姉ちゃん知り合いだったんだ。」
「知り合い、っていう程じゃないけど、そもそもこういう場に女子って少ないから、自然とね。」
そう答える千鶴子にうんうんと同意した咲は、後ろの二人を手招きして紹介する。
「ウチの後輩でマネージャーの田中さんと七瀬さん、よろしくね。」
「よろしく、こっちは女子相撲選手の堀・・・妹の柚子香と小林さん。」
紹介に従ってぺこりと会釈する4名、顔を上げるとダチ高の面々は田中と七瀬の二人に注目する。
「美人!そしてスゴいスタイル!!何で相撲部のマネージャー?」
確かに、両名ともまぁ女子としては羨ましさを隠せない美貌とプロポーションだ。
え、いや、そんなと恐縮する二人に、咲が思いっきりジト目を利かせて追い打ちをかける。
「なぁ、ホンマに。少しでえーからその胸よこせって・・・」
「無茶言わんでください、っていうかこのやりとり何度目やねん!」
「もはやウチらの紹介のテンプレになりつつあるなぁ・・・」
田中の反論に続き、しみじみそう返した七瀬がはっ、と目を輝かせる。
「ほう言えば!凄かったですねダチ高の幸田君、あの沙田選手を倒すやなんて!」
その台詞を言い終わるかどうかの所で咲が七瀬にヘッドロックをかける、田中も
あーあ、という表情でこめかみを抑える。
「ウチらがダチ高の情報を持っとるコト、バラしてどないすんねーん!」
「宣誓!我々は、伝統ある国技の担い手として、日頃鍛えた心技体を存分に発揮し、
取る者の、見る者の魂を響かせる戦いをすることを誓います!
選手代表、金沢北高校主将、藤田竜則!」
ああ言ってた割には堂々とした選手宣誓、魂という言葉を入れる所が金沢北らしい。
さぁ、戦いの開幕だ!
-東、千葉代表、沙田君。西、大阪代表、桑原君-
午前は個人戦のリーグ戦、いきなり3国宝の1人『三日月』と国宝候補『桑山光包』の一番。
沙田はここでいきなり真っ向から組み止め、一気に寄り切るスタイルで会場を驚かせる。
あのマワシを取らせないスタイルの沙田の、まさかの四つ相撲に意表を突かれ
成す術なく土俵を割る桑原。
沙田にしては、まず全力の相撲を取る事による自らの暖気と、あえて手の内を晒すことで
ここからの戦いの機先を制する狙いがあったのだ。
個人リーグ戦は進む。やはり国宝候補と言われる面々は強かった。突き押しが強い者、
キレのある投げ技を披露する者、かち上げや関節などダメージ系の技を狙って来る者など
個性的な強さを見せる。
-東、京都代表、大山君。西、千葉代表、大河内君-
「お、大河内の出番か、果たして『逆鞘』が全国で通用するか・・・な?」
そこまで言って陽川が絶句する。相手の大山一二三、国宝候補『不動国行』
245kgのその巨体をゆすって土俵に上がる様は、名前の如くどうやって動かすんだという
想いに囚われる。
これだけ横幅が広いと逆鞘がどうとか関係なかった、あえなく押し出される大河内。
-東、鳥取代表、舟木君-
出やがったな、と荒木が嘆く。相手は腰の重さに定評のある北海道の一条『和泉守兼定』。
立ち合い強烈な当たりから一転、舟木は叩き込みに出る。が、そこは粘りの一条、
引きに落ちないことに定評があった。
次の瞬間、彼は背後から吊り上げられる。舟木は叩いたその瞬間から回り込み
いともあっさり相手の背後を取って見せた、勝負あり。
「叩くのと次の動きが完全にセットになってるね、叩きに落ちないのは想定済みで
その2手3手先を読んでる・・・」
なるほど、彼のように体の有る力士が『何でも出来る』相撲を取るとこうなるのか。
確かに対戦相手にしてみればこれほど対策が立て辛い相手もいないだろう。
残り3国宝の1人、黒田はあっさりとぶちかまし一撃でケリをつけた。この一撃だけなら
最早幕内でも通用するだろう。
だが、初戦のその勝利にも、彼の顔は綻ばない。
-東、千葉代表、神崎君。西、愛知代表、荒巻君-
そのアナウンスを聞いた瞬間、会場がどぉっ!と沸く、開会式から目立っていた楽しみな
選手の一番。
188cmの神崎がはるか見上げるその相手、国宝候補『物干竿』。実にその身長211cm!
「あの大典太よりさらに10cmも高いって・・・何食って生活してるんだコイツは。」
桐仁が呆れる。あの相撲強豪校の愛商大豊田を破った騎皇国際の主力選手。
なるほど長身だが締まった体(143kg)の彼はまさに物干竿の異名がハマっている。
「神崎!分かってるな、潜ればお前の相撲だ!」
土俵下から柏実業の阿部監督が檄を飛ばす。確かにこれだけ背が高いと、潜り込まれれば
成す術もないだろう。
-手をついて-
仕切りに入ると同時に荒巻は大きく足を開き、ぐぐっ、とその長身を神崎よりも
低く縮める、これは・・・平蜘蛛!いや、その長い脚を折り畳んで仕切る姿はさながら
バッタかカマドウマすら連想させる。
-はっきよい-
低く当たった荒巻はそのまま前傾を利して、あっという間に神崎を土俵際に追い詰める。
「(マワシが遠い・・・っていうか遠すぎだろ!)」
神崎の手はマワシどころか相手のヘソにすら届いていない、これだけの長身に低く当たられては
マワシを掴むどころではない、ならば!と体をいなして躱しにかかる、この身長で前傾なら
変化に簡単に落ちるだろう、と。
次の瞬間、神崎は土俵の外まで吹き飛ばされる。荒巻は最初っから変化されるのを
承知のうえでこのスタイルで相撲を取っているのだ、変わった方向にすかさず力の
ベクトルを変え、変化を許さない。
「・・・強い。」
会場の全員が同じ感想を共有する。またやっかいな存在が現れた、と。
2、3巡目に入るリーグ戦、相変わらず3国宝は盤石の強さで明日の決勝トーナメントに駒を進める。
国宝候補もお互いを食い合いながらもそれぞれが勝ち残り、その存在をアピールしていた。
ちなみに大河内と神崎も2、3戦目は辛くも勝利し、明日の決勝にコマを進めることに成功する。
そして最後の一番、3度土俵に上がる『物干竿』荒巻に会場が沸く、対戦相手はここまで
1勝1敗で後がない東京の国宝候補『菊一文字』こと後藤、突進力と四つからのがぶり寄りに
定評のある選手。
-はっきよい-
立ち合い低く当たった後藤は、そのまま全力でかち上げを放ち、すかさず相手の懐に
潜り込むことに成功する。もらった!と両マワシを引き、寄りに出ようとする。
と、ここで荒巻は割っていた腰を伸ばし、半ば棒立ちのような状態になる、
これでは寄ってくれと言わんばかりの・・・
「高いっ!!」
腰を伸ばした荒巻のマワシは、なんと腰を割った後藤の目の高さにすらあった。
こんな高さのマワシを持ち上げるなんて出来るのか?力が入らない。
ウェイトリフティングでもこの高さは手首を返して持ち直す位置じゃないか!
「ならば!」
後藤は吊りも寄りも不可能と判断し、すかさず足取りに行く。この長身なら片足を
刈ってしまえば必ず倒せる、と。
だが足取りをしたその瞬間、荒巻は再び腰を割っていた。上から全体重を受けたその足は
足取りでもビクともしない、普段からこの状況を想定して稽古している、そんな練度が見て取れた。
結局そのままじりじり寄られた後藤は、最後に背中越しに取られた両上手で釣り出される。
こうして午前の部、個人戦予選が終了する、午後からは団体戦のトーナメント開始、
いよいよダチ高の全国デビューの時だ。
軽めの昼食を済ませ、アップを終えた全員が練習場の一角に集結する。
「にしても・・・クジ運悪いのは相変わらずだな、ウチは。」
-1回戦第一試合、大太刀(千葉)-騎皇国際(愛知)-