蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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この小説を読んでくださった皆様、どうぞよいお年を。





第63番 名門の重責

「大丈夫です監督、行げます、やらせてください!」

 ダチ高とは別の練習場でそう懇願するのは、1回戦を突破した三ノ矢実業のエース、

国宝候補『用恵国包』こと柏木 恵。脇にいる烏野 章『小烏丸』もしんどそうに

立ちながらも頷いて見せる。

「ダメだ、もう握力も尽きてるじゃないか、烏野もヒザが笑ってる・・・負けに出るつもりうか。」

柏木の手を握りながらそう叱咤する三ノ矢の監督、森繁。

 

 三ノ矢の誇る国宝候補の二人、柏木と烏野だが、今日ここまで既に個人戦込みで4番取っている、

稽古の申し合いや県予選とは次元が違う。全国の舞台で、負けたら終わりの常に崖っぷちの相撲、

いかに名門高の国宝候補とはいえ、楽な相撲など一番だってありはしない、特に小兵の烏野は

全てに長い相撲を強いられ、それでも個人戦は決勝トーナメントに駒を進めて来た。

 そのツケがこれだ。柏木は団体1回戦でも国宝候補の菅と力相撲を強いられ、烏野もまた

土俵を回りながらかろうじて勝ちを拾うことが出来た、残りの余力を全てつぎ込んで。

 

「次はあの大太刀です、2年前の借りを返させて下さい、お願いします!」

柏木がなおも食い下がる。かつて国宝『数珠丸』を擁し全国の舞台に来たが、準々決勝で

『鬼丸』率いる大太刀に苦杯を嘗めさせられた、当時1年生だった彼らはその光景を覚えている。

因縁の相手に、先輩の無念を晴らすべく矢面に立ちたい、その覚悟で。

 

「大崎と馬場が信用できんか?」

 その言葉に口を止められる。三ノ矢の控え選手二人も、決して実力的には遜色がない。

それでも納得いかなさそうな彼らに、馬場が肩に手を置いて話す。

「ま、野地さんの敵討ちは俺等に任せとげって、おめらは明日に備えて体を休めてけろ。」

 その言葉にようやく頷く二人。

 

 相撲名門校、三ノ矢実業。

相撲所である青森県の強豪、角界力士も何人も輩出してきたその伝統は、決して生徒や監督だけの

功績ではない。相撲部そのものに後援会があり、遠征費用の集金や設備の充実、相撲部屋への

出稽古や合宿の支援、もちろん今日の大会への出場も数多くの人々に支えられてやって来ている。

 彼らはそんな期待に応える義務がある。勝つにせよ負けるにせよ、常に死力を尽くした戦いで

応援してくれる人たちに応えなければならない、名門の看板を背負うというのはそういう事なのだ。

 

 柏木と烏野が食い下がった理由の一つがそこにある。国宝候補とまで言われた主力の自分たちが

疲れたから出られなかった試合で負けました、では矜持が許さない。まして2年前に負けた相手に

リベンジすることは、自分たちを支えてくれている人たちを喜ばせることが出来るだろう。

 

「負げんじゃねぞ!」

その柏木の言葉に、まがしとけ!と返す二人。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ったく、試合前だってのに5番も取りやがって・・・行けるのか?」

海洋美波との稽古に熱が入りすぎ、息を継ぐ赤池に呆れ顔でそう言う桐仁。

「んなヤワちゃうよなぁ、テツ!」

菅がそう返す。ちゃんと手加減はしておいたよ、と付け足して。

 確かに赤池は体格の割には持久力があるほうだ。むしろ番数をこなしたほうが余分な力が入らず

実力をより出せる時もある。案外彼らはそんな赤池の性格を見越して胸を出したのかもしれない。

 

「三ノ矢には去年もウチの県代表(板野林業)が負けとるからな、赤池にカタキうって貰わんと。」

「おいおい、それじゃワイらのランクがどんどん下がるやないか。」

「俺がその分個人戦で勝つからええんや。」

そう言って笑う菅。その時に諸岡が大会役員から預かっているベルが鳴る、2回戦の時間だ。

「んじゃ、俺らは観客席で見とるから、頑張んなダチ高!」

引き上げていく海洋美波の面々に、赤池はぐっ、と右手を突き出す。彼らも応えて手をかざす。

蛍は深々と一礼し、、こう付け足す。

「必ず勝ちます!」

 

 -2回戦第1試合、東、大太刀高校。西、三ノ矢実業-

 

 両陣営が東西に分かれる。と、お互いの座る位置を見て両陣営が、観客が驚く。

「三ノ矢、柏木と烏野を温存かよ、思い切ったな。」

「大太刀も『鬼切』を引っ込めたぞ、初戦で勝った松本も・・・ナメてるのか?」

 両陣営の台所事情を知らない観客が口々にこぼす。

 

 -先鋒戦。東、赤池。西、井口-

 呼び出しにパンパン、と顔を張って土俵に上がる赤池。いつもより気合の入れ方が穏やかだが

本番前の稽古がほどよく『入れ込み過ぎ』を緩和している、いい状態だ。

 

 -はっきよい-

 強烈なぶちかましで当たる両者。両者がっぷり四つに組むと、体格に勝る井口の方が

がぶって出る、土俵際まで追い詰められる赤池。

 が、それは勝利を焦る井口と、ほどよい稽古で、はやる気を抑えている赤池の構図だった、

俵に足を掛けると、赤池はぐっと腰を沈め、寄りを止める。

 井口はここから吊りに出る、俵半個分の段差なら少しでも足が浮けば超えられる、との判断。

体を寄せ、胸を合わせて持ち上げようとする。

 

 -ガチン-

 瞬間、吊ったかと思った井口だったが、そこからまるで固定されているかのように吊り切れない、

赤池が相手の左足に足を絡め、浮かされるのを防いでいたのだ。

「アレは!」

沼田が思わず蛍の方を見る。そう、入部したその日に蛍が赤池に対してやって見せた

吊りに対する防御。

 蛍は思わず笑顔をこぼし、桐仁は『あの野郎』と歯を見せる。諸岡顧問もうんうんと

腕組みしたまま頷く。

 

「くっ!」

 吊りを諦め、相手を下ろす井口。まだだ、土俵際に追い詰めているのはこっちだ、ここから

もう一度詰めれば・・・

 その瞬間だった。お返しとばかりに赤池が吊りに出る。瞬間、対応が遅れた井口の腰が浮く。

慌ててマワシを引きつけこらえる、自分の135kgの体重があれば・・・

 

 次の瞬間、赤池が吼えた。

「ぬごおぉぉぉぉぉっ!!!」

適度に疲労していたからこそ、気合を入れて吐いた咆哮が筋肉にムチを入れる。

観客席で見ていた菅が、海洋美波の面々が、ぐっと拳を握って腰を浮かす、そう、それだ!

 完全に井口を吊り上げた赤池は、そのまま電車道で反対側まで走り、

吊ったままなだれ込むように土俵下に転落する。

 

 -東、赤池の勝ち!-

 

「いよぉっし!」

 ダチ高の面々が、新一年生の全国デビューに歓喜する。土俵の反対側では三ノ矢の面々が

苦虫を噛み潰す。

 

 これで流れはダチ高に傾く。2陣戦、大峰は先の反省を生かし、攻めながらも勝負を焦らない、

チームメイトの松本に試合前に言われた言葉を思い出しながら。

『折角の全国大会なんだから楽しめよ。』

 そう、焦って勝負を決める必要はない、むしろこの大舞台を一秒でも長く楽しめば

いいじゃないか、焦らず、奢らず、冷静に相手を見て攻め続ける。

 

 ついに土俵際に追い詰める、その時大峰は初戦の二の轍は踏むまいと、ここで腰を割り直し

万全の体制に持っていこうとする。その瞬間、相手は大きく『うっちゃり』に出る。

 1回戦の2陣戦でもこのうっちゃりで逆転勝ちを収めていただけに、同じ技をトレースする、

だが腰を割り直した大峰に対してはそれ自体が無力だった、すっぽ抜けたいなしは、

自分の体勢を不利にするだけだった。寄り切って勝利した大峰も、全国初勝利を手中に収めた。

 

 -中堅戦。東、幸田。西、岩本-

「頼む、岩本ーっ!繋いでくれぇっ!!」

三ノ矢から悲鳴に近い檄が飛ぶ。もしここで負ければ敗北が決定し、その後の試合は行われない、

折角全国に出られるはずだった控えの大崎と馬場が、出番すらなく終わってしまう。

 幸いにして相手の幸田は大きくない、むしろ小兵に部類される選手。三ノ矢の小兵国宝候補

『小烏丸』こと烏野と毎日稽古している岩本にとっては与しやすい相手のはずだ!

 

「幸田のヤツ、あれ使うかな?」

「やると思うよ、出し惜しみする性格じゃないからね、彼は。」

桐仁の質問に蛍が答える。そう、彼には独自に編み出した特殊な取り口がある。

元ラグビー選手だったその特性を生かした、そして長身であまり太っていない岩本のような

相手にこそ効果を発揮する、沙田すらも倒したその戦法!

 

 -はっきよい-

 低く当たり、頭を付けて前傾姿勢で寄りに出る幸田。岩本は胸で受け止めるとそのまま

上から相手を抱え込む。

 

「(んだ?こんな前傾で・・・正気か?)」

 多くの力士がそうするであろうように、岩本も叩き込みに出る。こんな前傾姿勢は

そうしてくれと言ってるようなものだから。

 だが、幸田は落ちずに食らいつくと、そのままずいずいと押し進める。投げを躱し、

引きについて行き、いなしに足さばきで堪え、追いかける。

 

「三ノ矢はあんまし他校の偵察する方ちゃうからなぁ・・・」

 観客席の一角でそう嘆いたのは鳥取白楼のマネージャー、天王寺咲だった。隣にいる七瀬も

うんうんと頷く。あの相撲を取られたら大事にいっては駄目だ、叩くなら乾坤一擲のつもりで

負けを覚悟で行かないといけない。負けない相撲を取っていたら、アリ地獄にはまるように

体力を全て持っていかれる・・・

 

 11分47秒後、その時は訪れた。凌いでは押されるをひたすら強いられた岩本は、ついに疲労から

足を滑らせ、土俵に尻から落ちてしまう。ほぼ同時にヒザをついた幸田も、息絶え絶えに

手をいて呼吸を荒げる。

 

 -東、幸田の勝ち。以上3-0で大太刀高校の勝ち!-

 

 会場が歓声に沸く。ダチ高の全員がガッツポーズを決め、海洋美波の面々がおっしゃぁ!と

拳を合わせる。

 顔色を無くす三ノ矢実業の面々。国宝候補の両エースを出せずに負けた、控えの馬場達を

試合に出す事すら叶わなかった、何より自分たちを支えてくれて来た人たちの期待を裏切った・・・

 そんな彼らにも、三ノ矢の応援団は温かい拍手を送る。試合は完敗だったが、それぞれが

全力を尽くした試合、特に最後の長い長い死闘は、両選手の健闘をたたえるべき試合でもあった。

 

「へっ、いいねぇ東北は情が深くて。」

 言葉に似合わぬ笑顔でそう毒づいたのは石川代表、金沢北高の主将、藤田だ。

2年前、彼らはなんと団体戦初戦で敗退し、後援会や地元の協力者たちの散々な批判に晒された。

 だが翌年、全国制覇を成し遂げると彼らは途端に手の平を返す、むしろ屈辱をバネにして

よくやったなどと取ってつけたような事を平然という者までいた。現金なものである。

 

 別の所から、その拍手と選手たちを羨望の眼差しで見つめる男がいた。

そう、堂々と全力で戦ったなら、見る人は認めてくれるものだ、それが勝負なのだから。

だが、それすら出来なかった自分、その汚点はもう二度と取り戻すことが出来ない、

後援会からの支援を打ち切られ、地元の恥と罵られ、名門である相撲部廃部の危機にまで陥った。

 

 すべては自分の、あの不甲斐ない相撲のせいで。

 

 -大将戦、決まり手『睨み出し』-

 

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