蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第65番 真夜中の邂逅

 -カシュッ!-

 深夜12時、ホテル内の自販機コーナーでプルタブの栓を抜き、オレンジジュースを

乾いた喉に流し込む。

「ふぅ・・・」

 ようやく一心地ついた柚子香は、備え付けのベンチに腰を下ろす。

「(みんな呑気っていうか・・・よくあの相手と相撲取る気になるわね。」

 明日の対戦相手、群馬の館林南のエース内山、国宝候補『村正』。日本拳法をベースにした

打撃技で相手を『壊す』相撲を取る選手。あの危険な相手にもし蛍が、相撲部の誰かが

壊されたりしたら・・・

 

「相撲は格闘技だから。」

「別に反則じゃないしなぁ・・・」

「五條さんもああいう相撲だったしね、まぁ気をつけるよ。」

 ダチ高相撲部の皆は特に気にも留めない。だが端から見ている分にはやはり心配だ。

この時間に彼女が起き出してここに来たのも、誰かは知らないが壊される夢を見て目が覚めたから。

 ポケットからお守りを取り出す柚子香、買った神社で思い出すのは今年の正月に蛍と一緒に引いたおみくじ。

運勢こそ『凶』だったが、その神社に祈願したのは『皆にケガが無い様に』だった。

やっぱ私は女子なんだな、とお守りを握りしめながら思う。

 

 と、自販機の脇にあるエレベーターが。ちーん、という到着音を立てて停止し、ドアが開く。

中から出てきたのはいかにも相撲取り然とした大きな体の男。ダチ高じゃない、違うジャージだ。

他校の選手もこのホテルに泊まってたのかな・・・って!この人、知っている!!

 

「黒田選手!立花寺高校の・・・国宝『圧切長谷部』!!」

 

 黒田は目を丸くして柚子香を見る、彼女もジャージであること、自分を知っていることから

他校の相撲部のマネージャーか、とあたりを付けて軽く会釈する。

「アンタも相撲部の・・・マネージャーはん?」

「あ、いえ。大太刀高校相撲部員の堀柚子香、一応女子選手です。」

 会釈を返す柚子香に、少し険しい顔をして固まる黒田。が、それも一瞬で、すぐに自販機から

麦茶のペットボトルを買い、取り出すと、柚子香とは離れた場所に腰を下ろす。

 

「いいんですか?明日に備えて寝なくて。」

 柚子香のその質問は至極当然だった、彼は個人も団体も明日以降も試合がある、夜更かしして

いい立場では無いはずだ。現にダチ高相撲部の面々は間違いなく高イビキの最中だろう。

 

「嫌な夢を見てな・・・目が覚めたんや。」

 そう言ってペットボトルを開け麦茶をあおる。自分と同じだな、と思いつつ柚子香は

その横顔を見て少し違和感に囚われる。

 彼の顔は雑誌で何度も見た。だが実際に会ってみるとイメージしたより子供っぽい表情、

それに違和感を与えているのは、うっすらと盛り上がった額に刻まれた無数の傷。

特にまぶたまで届く無数の傷跡が、そのベビーフェイスと相反して痛々しさを感じさせる。

 

 おっと、敵高同士がこんなトコで話してるのはいけないかな、と腰を上げる柚子香。

「じゃあ、失礼します。」

そう会釈して去ろうとした柚子香に声をかける黒田。

 

「三ツ橋君・・・『蛍丸』と呼ぶべきかな、調子良さそやね。」

 

 ぞわり、と背中に悪寒を感じて柚子香は立ち止まる。それは別に黒田から放たれた訳ではない、

『黒田』が『三ツ橋』の事を気にかけていることに、既視感と黒い感情を予感させたのだ。

かつて蛍が話していた、蛍と同じ傷跡を背負って尚、相撲を取る二人-

 

 柚子香は振り向いて、おかげさまで、と返す。そして立ち尽くす、その後の話題を期待して。

黒田はそんな彼女を見て、話を聞いてくれそうだと判断する。

「今日のヤジは酷かった、あれで平然と相撲を取る彼の『心』は強い、本当に。」

俯いてそう呟いた後、柚子香に向き直り、真摯な顔で問う黒田。

 

「彼は、2年前の事を、引きずっとるか?」

 

 公式戦全敗、それだけなら弱小の相撲部なら無くもないだろう。だが彼のいたチームは

インターハイ団体戦で全国優勝したのだ。そのレギュラーでありながら、出場した全ての試合で

敗北を喫した、その光景を黒田もまた目の前で見ていたのだ。

 

 視線を逸らす柚子香。そう、その傷跡は今も蛍の心中に深く刺さっている。小兵の彼が

ケガを恐れず巨漢と平然と相撲を取るのも、どこか自虐的な顔を見せるのもそのせいだ。

相撲と言う危険な世界に身を置くことで、まるで自分を罰するように。

 

「そうか。」

 その態度を肯定と判断した黒田はそう呟く。少しの間の後、柚子香はこう返した。

「黒田さんは、どうなんですか?」

 

 その問いに黒田はふぅ、とひと息ついて頷く。知っていたか、理解してたのか、この女子は。

こんな小娘がか、ありがたい、誰もが知っているなら、俺はますます縛られる。

「今の自分は、自分の時間は・・・あの時から止まっとっとよ。」

 

 2年前のインターハイ団体準決勝、立花寺は0-5で栄大付属に敗れた。だがそれだけなら

単純に実力不足、相手の方が強かった、で終わっただろう。

 -大将戦、決まり手『睨み出し』-

 期待の一年生としてレギュラー入りし、大将を任された黒田は、対戦相手の国宝『草薙』に、

その静謐なまでの圧倒的な威圧感に、組み合う事すら拒んで土俵を割ってしまった。

 

 福岡に帰った彼を待っていたのは、当然のように批判と嘲笑と、そして罰則であった。

『相手にビビって何もせずに逃げた?何ねそれ。』

『俺、実費で応援に行っとったんぜ!ったく恥晒しがぁ。金の無駄ばい。』

『九州男児なら強敵にこそ挑むもんだろう!刃皇だろうが雷電だろうが野見宿禰だろうと!』

 

 OBや後援会は特に容赦が無かった。伝統ある立花寺高校相撲部の名誉を汚したとして

黒田の退部、退学はおろか相撲部の廃止まで要求するものまでいたのだ。

『臆病者のいる相撲部に支援をする気はない!』

 相撲部の後援会は解散し、部は事実上休部状態に追い込まれた。部室は閉鎖され、

他の有望な選手は他校への転校まで斡旋されていた。

 

 翌日、黒田はひとり校庭で、ポプラの生木に頭を打ち付けていた。木のささくれで額は

血にまみれ、胸まで赤く染めている。そんなことを気にも止めずに、鉄砲柱にしているように

ぶちかましを続ける。

 その光景を見る周囲のギャラリーは冷たかった。なんだよ、学校や後援会に対するアピールか?

今さらそんなことしたって意味無ぇよ、木がかわいそうじゃない?カッコつけたいんでしょ、と

女子にまで嘲笑される始末。

 

「おいクロ!何やってんだよお前!!」

 騒ぎを聞きつけて飛んできたのは同級生の相撲部員、伴吾郎だった。比較的仲の良かった彼に

黒田はこう返す。

「俺は、この樹をへし折って、素行不良の生徒として退学する。俺がいなければ相撲部は続けられる。」

 

 彼が頭を打ち付けているポプラの樹は、5年前に相撲部後援会から寄贈されたものだった。

すでに体長5m、鉄砲柱より太くなっているその木をぶちかましでへし折るなど不可能だ。

「バカかお前は、そんなことして何になる!」

 体のいい自己犠牲などやめろ、そんなことしたってお前に何の得もないだろう、と。

そんな伴の反論は、次の黒田の一言によって覆される。

 

「俺は、もう一度『草薙』の前に立つ。もう二度と逃げない、引かない。」

 

 1か月、2か月、黒田はぶちかまし続けた。本来学校の寄贈品に対するその暴挙、だが

学校側からも後援会からも、彼の行為を止める者は誰もいなかった。

彼の意思を、真意を、伴を通じて聞いていたから。

 

 相撲部員は1、2年も、進学を控えた3年生も、部の存続の署名活動に奔走していた。

栄大に電車道で惨敗したのは自分達だって同じだ、俺たちが不甲斐ないから1年坊のクロに

余計プレッシャーをかけてしまったんだ、と説得して回った。

 

 もう3か月、放課後になると血まみれになりながら生木にぶちかましを続ける黒田、

そんな彼を嘲笑する者はもう学校にはいなかった。

 

 やってみろ、頑張れ、成し遂げろ、彼の周りはいつしかそんな思いに包まれる。

 

 100日目、樹は斜めに傾いていた。しなりのある生木を折るなど不可能だが、日々の黒田の

ぶちかましと、その度に揺れる樹の先端が少しずつその根を起こし始めていたのだ。

 

 105日目、もう何度目になるか分からないぶちかましを受けたその樹が、音を立てながら

ゆっくりと傾いていく。

 

 -ドッシャ!ザァァァン-

 

 倒れた樹の音と葉っぱの潺は、周囲に集まったギャラリーの、校舎から見守る生徒の

歓声と雄叫びにかき消された。

 

「「うぉぉぉぉおぉぉぉっ!!!」」

 

 黒田はそのまま職員室に向かう。彼を待っていたのは校長ほか立花寺の首脳陣と、元後援会の

偉いさん達だった。

「自分は、学校の備品を壊しました。罰則は甘んじてお受けします、ですが、どうか相撲部は・・・」

深々と頭を垂れ、そう懇願する。自分はどうなってもいい、だから、せめて相撲部は救いたい、

この不甲斐ない、罪深い自分から。

 

「何を壊したと言うのかね?」

 涼しい顔でそう告げる校長。そして校庭の方を指差す、目線を移すとそこに見えたのは

嬉々として倒した樹を起こして植え直す大勢の生徒たちだった。

園芸部員の指揮の元、ロープで樹を起こし、スコップで手際よく穴を掘って根を埋める。

 

「・・・あ」

 黒田は知らなかった。この3か月余り、相撲部の一同が彼にもう一度チャンスを与えてほしいと

何度も職員室に嘆願に来ていたのも、生徒はもちろん、自分たちを捨てた後援会のOB達にまで

署名を願いに何度も出向いていていたことも。

 それに応えて署名をした大勢の人々が、この日を待ち望み、この日の為に備えていたことも。

黒田の成した偉業に応えずして、何が九州男児、九州女児か、と。

 

「相撲部の名誉を取り戻したいのだろう、君は。」

その校長の言葉に、瞼に熱いものを感じながらこくりと頷く。

 

 -ならば倒せ、『草薙』を-

 

「・・・はいっ。」

 ぼろぼろと涙を流しながらそう絞り出す黒田。この時から彼は縛られた。

逃げない、引かない、いつの日か草薙にリベンジする、その時まで。

 

『圧切長谷部』の異名と共に。

 

 

 

 柚子香は呆然とその話を聞いていた。相撲名門校だからこそ背負うその『業』の深さ。

彼が引かない理由、国宝と呼ばれるまでになっても、勝利に笑わないその意味を。

彼が払うべき闇は、蛍部長よりも遥かに深く、濃い事を。

 

 黒田は空になったペットボトルをゴミ箱に捨てると、柚子香に向かってこう告げる。

「俺は、草薙を倒すという目標がある、それで2年前の清算が出来ると信じているよ。」

ひと呼吸おいて彼はこう告げる。

「だが、三ツ橋君はどうすればいい?何を成せば彼の過去は清算できるんだ?」

 

 あ、という顔で立ち尽くす柚子香。そう、確かに黒田の闇は深い。だが彼は大相撲に進んで

草薙を倒すという明確な目標がある。

 だが蛍部長は?どうすれば2年前の『全国制覇したチームで公式戦全敗』の汚名を払える?

首藤に勝つ?駄目だ。あの試合で白楼に負けたならともかく、蛍の負けを込みでも勝っていたのだ。

今さら首藤にリベンジする意味すらない。

 

 そう、蛍にその『汚点』を消す方法は存在しなかった。

彼の人生が終わるまで、それはずっと背負っていく十字架-

 

 エレベーターに乗る直前、黒田は柚子香にこう話す。

「彼に伝えてくれ、是非一度戦ってみたい、だから団体決勝まで勝ち進んでくれ、と。」

 

 

 静かに閉まるエレベーターを見送って、柚子香はやっとこの言葉を絞り出す。

「蛍部長・・・あなたは、何で相撲を取ってるん、ですか・・・」

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