金沢北の主将、藤田が小さく投げを打って、栄大付属の怪物一年生、久我の体を崩すと
そのまま半身の相手を一気に寄りに出る。
「くっ!」
ここまで一年生とは思えぬ堂々とした相撲で勝ち上がってきた久我、その130kgの体躯が
わずか90kgの藤田に押し込まれていく。
「(一年坊、お前の相撲はここまで見せて貰った、正対して寄れば強いが崩されたら脆いと思ったぜ!)」
藤田はここで絶妙の判断を下す。久我の足があと10センチ程で俵にかかるという所で
寄りから体を躱して出し投げ、つまり引き技に移行する。
「んなっ!?」
寄られていた久我は自分の足が俵にかかるのを待っていた。その瞬間こそ踏ん張る力が増し
相手の寄りを止めることが出来る、また相手が出し投げに来るのも、自分が踏ん張って
押せなくなったその瞬間だという思考しか無かったのだ。
現に投げに入ったその瞬間も、久我の意識は自分の両足が俵に触れるのを待っていた、
その直前に体が前に流れ、成す術なく前方に放り出される。
-ゴロン-
久我の巨体が土俵に転がる。ダチ高の面々が、出し投げを得意とする沙田や福井の朝倉が、
そして会場内の選手や相撲ファンが一斉に『上手い!』と呟く。
「・・・くそっ!」
土俵に拳を当てて悔しがる久我。一年生から名門、栄大付属のレギュラーを勝ち取った彼だが
ここにきての公式戦初黒星。
春の関東新人戦を制し、2年前の久世草介の再来かと言われた彼の快進撃もここで無念のストップ。
「久我!最後までシャキッとしろ!」
土俵下からそう檄を飛ばしたのは栄大主将の狩谷だ。三木監督の隣に座り、礼を尽くせと
下級生に指示を出す。それに応えて身を正し、礼をして降りる久我。
すんません、と頭を下げる久我に次は勝てよと肩を叩く狩谷。
-以上、3-2で栄大付属の勝ち-
一進一退となった名門同士の対決は、副将戦で滝沢が3勝目を挙げることで決着を見た。
最後に藤田が意地を見せたが、昨年覇者の金沢北はここで国技館を去ることになる。
「栄大が勝ったか。」
「僅差でしたけどね、明確なポイントゲッターがいる分、栄大に分があったかな。」
桐仁と蛍の会話に沼田が割って入る。
「でも久我もポイントゲッターでしょ、藤田って人あの体でよく久我に勝ったなぁ・・・」
春の新人戦では久我に成す術なく完敗した沼田もアゴに手を当てて感心しきりだ。
この大会では出場できない沼田にとっても、見ることもまた血肉になるだろう、と
笑顔で顔を見合わせる蛍と桐仁。
「さぁ、栄大対策に行くぞ!」
桐仁の号令一下、ダチ高の選手はみな立ち上がり、練習場に向かう。千鶴子も続くが
顧問の諸岡と柚子香、柳沢、小林は情報収集のためその後の試合も見続ける。
と、諸岡のスマホが鳴る。誰だ?とポケットから取り出し、画面に映る着信名を見て
思わずえっ、と驚く。
”栄大付属 三木監督”
練習場にて、桐仁はタブレットで栄大付属の試合を流しながら皆に指示する。
「栄大もここまでオーダーをずいぶんいじっている、全員が誰と当たってもいい様に
相手の情報をよく把握してくれ。」
先の3回戦でもオーダーを外されたダチ高としては、誰を誰に当てるという考えを止め
相手全員に勝つイメージを各人が持つという対策に切り替えていた。
と、そこに試合を見ていたはずの諸岡が入ってくる。
「あれ!先生、どうしたんスか?」
「試合場で何かありましたか?」
不思議がる面々。諸岡はてっきりのまま各校の情報収集に当たっているものだとばかり
思っていたが、わざわざ来るという事は、何か大会の進行に関わる事か?と。
そんな彼らに諸岡はスマホをかざしてこう言った。
「情報が来たよ、次の栄大付属戦、先鋒で来るのは主将の狩谷君だ!」
ええっ!何で?という言葉が漏れる。狩谷はずっと監督席に座っていたが、補欠登録されて
いたのか?ケガしてるんじゃ、そもそも何で先生がそんな事を・・・
そんな疑問に対する回答を、驚きの事実と共に話す諸岡。
「三木監督から直々に伝えて来たよ。そして相手に三ツ橋君、君を指名だ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
-半月前、栄大付属高校にて-
「ちょ、ちょっと待ってください監督、何で俺が7人目なんスか!」
三木監督にそう突っかかるのは相撲部主将の狩谷だ。インターハイ出場選考の部内戦が終わり、
出場選手の発表の最後の7人目に自分の名が出たことに、不満と憤りを持って訴える。
自分は部内戦にすら出ていない、完全に戦力外扱いされた存在だったハズだ。確かに
部内戦7位は同率で3人が並んでおり、選考の余地はあったのだが・・・
「まさか名門栄大ともあろうものが、主将だからって思い出作りに出ろって言うんですか!」
実力主義の現実を狩谷はよく理解している、今やケガで相撲を取る事が辛くなっている彼にとって
その判断は単に甘いだけでなく、栄大の勝利をも危うくする判断であることも。
だが部内で憤慨しているのは彼だけだった。7位同率の3人も、今年引退の3年生達も、
不満の顔は見せずに三木監督の説得を待つ。
「ずいぶん弱気じゃないか狩谷、全国で勝つ自信が無いか?」
「え・・・いや、そりゃ出たら勝ちますけど、そもそも俺は出る資格が無いはずですよ!」
「勘違いするなよ、今日の部内戦の上位が全国出場の絶対条件ではない。」
そう前置きしてから、ひとつ咳払いして三木監督は力強くこう続ける。
「ウチのメンバー選出とは、全国優勝するための布陣を揃えることだ、部内戦はそのための
手段の一つにすぎん。」
部内に水を打ったような静寂が訪れる。その意味を理解していたのは皮肉にも狩谷以外の全員だ。
昨年秋、世界大会の体重別を制した彼は、栄大の主将を任されてからも精力的に動いた。
ケガで勝てなくなってきても決して腐らず、同級生にハッパをかけ、下級生の面倒を真剣に
見て来た。まとまりが無いのが伝統と言われる栄大相撲部で、彼は積極的にまとめ役を
買って出ていたのだ。
そんな彼のいない春の全国では、栄大は何と3回戦で敗退していた。相手が鳥取白楼とはいえ
自分たちの背中を押してくれる主将の不在は、彼らの『心』にどこか物足りなさを感じさせる。
皮肉にもその狩谷が引率していた春の関東新人戦で久我は優勝し、他の1年生も全員上位に
名を連ねていた。
『主将』そして『世界大会王者』の狩谷に自分の相撲を見て貰いたい、そんな思いが今の
栄大の全員にあったのだ。
「必ずどこかで試合に出す。それに勝って勢いをつけ、そのまま一気に全国制覇を目指す!」
三木監督がそう狩谷の背中を押す。そう、強いだけでは頂点は望めない、チームに勢いを
与える存在、栄大の秘密兵器として勝ちを挙げ、その勢いで頂点に駆け上がる、
そんな役目を監督は狩谷に与え、部員全員もそれに大いに同意する。
――――――――――――――――――――――――――――――――
そして『その時』は来た。準々決勝の大太刀高校戦、その先鋒に狩谷は指名された。
三木監督はあえてその情報をダチ高の諸岡にリークした。そして相手に三ツ橋を希望する、
今のダチ高のムードメーカーであり、狩谷と同じくチームに勢いを与え続けてきた者同士、
そして同じ小兵同士の対戦に大いに盛り上がりを期待して。
諸岡もこの提案に乗った。お互いチームを牽引する『部長』対『主将』の一戦、
大型力士に対して負担の大きい三ツ橋にとって、この組み合わせは願っても無い、
それは向こうも同じだろう。
「ちょ、ちょっと待って下さい!そもそも信用できるんですか?」
桐仁がそう諸岡に問い詰める。が、諸岡は涼しい顔でその疑問を肯定する。
「名門の監督がそんな嘘をつくはずが無いよ、三木監督の人となりは君も知ってるだろう?」
確かに、昨年の秋合宿を共に過ごした栄大の監督。泰然自若とした中に真っすぐな意志と
相撲の将来に思いを馳せる立派な監督だった。
「し、しかし!」
なおも口ごもる桐仁。何より相手の行動に乗せられて動くことには抵抗がある。何も馬鹿正直に
三ツ橋を当てずとも、確実に勝てるところで白星を挙げる方法もあるだろう。
それを否定したのは、指名された当の本人だった。
「願っても無いよ桐仁、栄大の選手は普段から狩谷君と稽古してる。僕の潜る相撲は
通用しないと思っていたからね。」
蛍の言葉にハァ、とため息をつく桐仁。確かに栄大の各選手は今の蛍の潜る相撲に対応する
術を持っているだろう。他の選手に当てても勝ち星が計算できるとは限らない。
だが何より、指名されて引く性格じゃないよな、コイツは。
団体戦の3回戦が終了し、いよいよベスト8が出そろった。いよいよ大詰め、
準々決勝の幕が開く。
-東、千葉県代表、大太刀。西、埼玉代表、栄華大付属-
チームの紹介に続き、先鋒の選手が呼び出される。
-東、三ツ橋。西、狩谷-
土俵に上がる両者。その二人を見て、その呼び出しを聞いて、国技館が怒涛の歓声に揺れる。
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