蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第68番 蛍丸と小龍景光

 -互いに、礼-

 

 三ツ橋 蛍、167cm 79kg。狩谷 俊、170cm 80kg。

今大会、最も小さいと思われる二人が土俵で対峙する。にもかかわらず会場内は

その対戦に熱い視線を送っていた。

 かたや昨年のアマ相撲世界王者、こなた今大会最大身長の荒巻(211cm)をも薙ぎ倒した変化の

スペシャリスト、果たしてどちらが勝つのか、会場内は皆、興味津々でその取り組みを見守る。

 

「悪いな、ウチの監督がワガママ言ったみたいでよ。」

「いえ、望むところでしたよ。」

へっ、と笑う狩谷に対し、蛍は目線を相手から離さない、そのらんらんとした眼で

相手の心理を、行動を、戦法を探ろうとする。

 狩谷もまた、その手の駆け引きはお手の物だった。薄く笑いながら蛍の目を睨み返す。

ただ、彼の腹は決まっている。今の自分の相撲を取る、それだけだ。

 

 狩谷の両ヒザには大きなサポーターが巻かれている。それのみならず足首にも包帯、背中にも

いくつもシップが張られていた。

彼がケガで調子を崩したことは広く知られていた、世界大会の当時からそれは明らかで

決勝戦に勝った時すら、周囲の肩を借りないと土俵を降りられなかったほどである、

しばらく公式戦に姿を見せなかった彼が、現状どの程度相撲を取れるのかは誰も知らない。

 

 -手をついて-

 仕切りに入る両者。オーソドックスな蛍の仕切りに対し、狩谷はお馴染み半身に構える

独特の、そして世界を制した仕切りを見せる。さぁ、両者どう出る?

 

 -はっきよい-

 共に変化は無い、肩から激突する両者。と、狩谷は差し手争いをせず、蛍の両肩に手を添える。

次の瞬間、狩谷のもろ手突きが蛍を吹き飛ばした!

「なっ!?」

桐仁が思わず声を上げる。あの狩谷が相手を突き放した?潜る相撲じゃない、だと・・・

いや、それよりも!

 

 -ドッドドッ!ドンッ!-

 狩谷の怒涛の突っ張りが蛍に打ち込まれる。その威力、速さ、回転力、あれはまるで

火ノ丸の突き押し相撲じゃないか、あんな武器があったと言うのか!

 蛍も突っ張りで応戦する。体の芯を捕らえる回数は互角だが、1発1発の重さが段違いだ、

あっという間に土俵際に追い詰められる蛍。

 

「(どうだ、これがウチの主将、狩谷の強さだ!)」

 三木監督が腕組みしながら土俵を見上げ、そして邂逅する、自分の教え子の『心』の強さを。

 

 最初に左ヒザを壊し、続いて右ヒザと足首。それでも狩谷は相撲を取り続け、世界大会に

優勝して見せた。

 だが、その代償は大きかった。足を庇いながら相撲を取れば、負担は当然他の所に行く、

首を痛め、腰を壊してしまった彼に、医者は非情な事実を宣告する。

 

 -君はもう、相撲を取れない。いや、取るべきじゃない-

 

 このまま続けていたら間違いなく君は壊れる、一生車イスの世話になるかもしれない、

特に腰は致命的で、ムリをすれば君は将来、子供を作る事さえ出来なくなる。

そんな力士としての死刑宣告を受け、どうして相撲が続けられる?そう、普通は諦めるだろう。

 

 だが、狩谷は諦めなかった。足は動かず腰は壊れた、首を痛めたがゆえに得意だった

『潜る相撲』ももう取れない。

「だったら、腕を鍛えるまでッスよ!」

 そう言って黙々とダンベルを上げ続ける日々。腕力と突き押しに必要な背中の筋肉、

マワシを取った時の引きつけに必要な胸の筋肉を徹底的に鍛え上げきた。

 

 そして彼は土俵に帰ってきた、突き押しと投げ、吊りという新たなスタイルを引っ提げて。

何より、どんな苦境にも諦めないその『心』の強さで。

 

「ふっ!」

 追い詰められた蛍が、両手を交差しながら狩谷の突っ張りをたぐる。五條佑真の突き押しを

学んでいた時から練習していた空手の捌き。瞬間、狩谷の体が流れ、土俵際から脱出する蛍。

「(くぞ!嫌になるぜ、足が突き押しに付いてこねぇ・・・)」

 狩谷は横に距離を開けた蛍を睨みながら毒づく。今の展開で押し切れない自分に腹が立つ、

同時に自分と同じ小兵でありながら、こんな捌きまで身につけている相手に感心する。

 

 上等だ!と心で吠えて再び突進する狩谷。相手もすかさずぶちかましに来る、そして

当たった瞬間横っ飛びに変化した相手にすかさず突きを入れて怯ませる。さらに追撃の張り手!

 

 蛍はその張り手をいなして頭を下げ、さらに目線での誘導を入れて潜り込むそぶりを見せて

横っ飛びで回り込もうとする。その蛍の顔面を強烈な突っ張りが捕らえる。

 

「三ツ橋部長が・・・振り切れない!」

「なんて反応しやがるんだ。」

 蛍の相撲の真骨頂は『先手』にある。変化にしろ潜る相撲にしろ相手に先んじての行動が

自分の時間をより多く作り、そこから様々な派生技に移るのが強味だ。

 だが相手は速さがウリの軽量級で世界を取った男、その反応速度、対応力、そして

試合を支配する先手先手の攻撃性、いずれも蛍が経験したことのない領域での攻防だった。

 

「(これが・・・狩谷君の本気!)」

 昨年の秋合宿でも胸を合わせたが、いざ試合で心を燃やした戦いがここまで激しいとは。

先手を取られ、こちらの行動を見切られ自分の相撲が取れない。こんなに主導権を握れない

長い相撲を蛍は取った事が無かった。蛍が積み重ねてきた様々な強みが全く出せない!

 相手の出足が鈍いせいで辛うじて土俵際でいなせてはいるが、このままじゃいずれ

土俵を割る事になるだろう、だったら!

 

 ここで蛍は頭から突進する、アゴを引き、突っ張りを額で受け、体ごと突破にかかる。

相手の出足の遅さからして、大仰な足のサポーターはフェイクではないだろう。胸を合わせれば

押し合いの勝負、足腰の攻防に持ち込める、と。

 

 蛍の体が泳ぐ。突進した先に狩谷はいなかった、蛍のぶちかましを見込んで体を躱し、

腕を取って『逆とったり』に持っていく、完全にウラをかかれた!

「くっ!」

 辛うじて踏みとどまる蛍だが、この攻防で完全に相手に横を取られてしまった、

捕まったら終わる、押し出されても終わる。どうする?

 

 迷うな!そう判断した蛍は素早くかがみ、大きく真上にジャンプしてバック宙をする。

無茶な選択ではあったが、このまま地面にいたらどうやっても負ける、だったら飛ぶしかない!

逆とったりをされたことが、県大会で桐仁のとったりを宙返りで躱したことを思い出させたのも

この大胆な判断を後押しした。

 

「んなっ!?」

 捕まえに行った狩谷が、栄大の選手が、そして会場が仰天する。相撲の最中に何をやってるんだ!

だがその無謀な行為は功を奏した。狩谷の腕は虚空を掴み、その横に蛍が着地する。

すかさず正対した両者は、そのまま吸い込まれるように胸を合わせる。

 

「がっぷり四つ!」

両者左四つに組み、両マワシを引きつける。その光景に両陣営の背筋が凍る。

「(マズい、今の狩谷主将の足腰で四つに組まれたら・・・持たない!)」

「(いかん!蛍部長は潜るならともかく、胸を合わせての四つ相撲からの技が無い。)」

 

 こうなっては両者小細工は通用しない、押し合って土俵を割らせたほうが勝つ。

 

 -ズザザザーーッ-

 電車道で寄りに出たのは蛍の方だった。やはり足腰の壊れた狩谷に堪える術は無い、

一気に土俵際に詰まる狩谷。だが彼は諦めずに最後の反撃に出る。

「ここだ!」

俵が足にかかった瞬間、狩谷は両手で吊りに出つつ、右足のヒザで相手の内股を蹴り上げる。

「櫓投げ!」

 

 蛍は瞬時に反応し、浮かされた左足に力を込めて腰を割ろうとする。相手の腕の吊りは

強烈だが、跳ね上げる足には力が無い、これなら耐えられる!

 

「(もってくれ、右足!)」

 狩谷は右足を立てたまま、マワシを掴んでいた右手を離して、跳ね上げていた相手の左足を

抱え込む。鍛え込んだ両腕で相手のマワシと足をがっちりホールドしてみせた!

形勢逆転、片ヒザを抱えられたまま片足立ちになる蛍。

 

「があぁぁぁぁぁっ!」

 今度は狩谷が電車道、片足立ちの蛍を土俵の反対側に一気に持っていく。

狩谷の両足が、腰が悲鳴を上げる。吠えることで痛みに耐えながら一気に走る!

 

 蛍が土俵外に放り出されるのと、狩谷の足が付いてこずヒザを付くのは同時だった。

土俵の上と下で、小兵力士同士が倒れ、判定を待つ。

 

 -西、狩谷の勝ち!-

 

「「うおぉぉぉぉぉーーーーっ!」」

 栄大の全員が立ち上がり、吠える。あの満身創痍の状態で勝って見せた、全国の舞台で!

自分たちの為に見事1勝を挙げてみせた、さすが俺たちの主将だ!

 

 土俵外に上がり、礼をするべく際に立つ蛍。見れば狩谷は歩く事すら辛そうで、

相撲を取れる状態とは思えない、そんな相手に黒星を喫したことに落胆する、

自分で挑戦を受けておいて何をやってるんだ僕は・・・

 

「ごめん、負けちゃったよ。」

 土俵を降りて顔を伏せたままそう嘆く蛍。強豪相手の貴重な勝ち星を拾えなかった事、

そのツケを後輩たちに押し付ける事を悔やんで。

 

「おぉ、珍しいモン見れたな、三ツ橋部長が落ち込んでるよ。」

 大峰の能天気な返しに、え?と頭を上げる蛍。見ればみんな落胆した様子も無く、

余裕じみた笑いすら見せている、負けたのに何で?

 

「ま、部長には俺たちの尻ぬぐいばっかさせてた印象あるからな。」

「たまには俺達にも取り返させてくださいよ、団体戦ですから。」

「むしろ燃えるッスよ、こっからの巻き返しに乞うご期待!」

 あっけらかんとそう言う後輩たちに、ぽかんとした顔しかできない蛍。

そんな彼に柚子香がタオルを肩にかけ、そのまま蛍の肩を掴んで席に座らせる。

「部長なんだから堂々としてて下さい、仲間を信じて、ね。」

「そのセリフは俺に言わせろよ!」

桐仁のツッコミに皆が笑う。そう、これは団体戦。仲間の黒星は自分たちで取り返す、

 

 蛍が担ってきたその役目は、頼もしいチームメイト達に託された。

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