蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第69番 所作

 -パンッ!-

 

 土俵下で柏手を打ち、両手を左右に広げて『塵手水』の所作をしたのは栄大付属の2陣、徳永だ。

チームメイトにとってはすっかりお馴染みの彼の試合前の儀式は、同時に「大相撲に行く」という

彼なりの意思表示でもある。。

 三木監督も、主将の狩谷も、いつも通りの徳永の態度にうむ、と頷く。余計なプレッシャーに

捕らわれない為にはいつもと同じことをするのが一番だ。

 

 土俵の反対側から、またやったと呆れる陽川に桐仁が解説を入れる。

「栄大はプロ志望が多いからな、一足早く大相撲気分を味わってるんだろう。」

「意思表示も兼ねてるんだろう、プロになるんだ!というね。」

諸岡顧問のその言葉を聞いて、ダチ高の2陣、大峰は心中で唸っていた。

「(大相撲、か。)」

 

 大峰浩二。大太刀高校2年生、攻撃的な相撲が身上の主力選手。

彼は昨年、桐仁の紹介で度々柴木山部屋に出稽古に出向いていた。その相撲スタイルを

いたく親方に気に入られ、たいそう『可愛がられて』いた。そんな親方から、弟子の力士たちから

度々かけられていた言葉。

「大相撲に来るならウチに入れよ!」

 

 その言葉は嬉しくもあったが、大峰にとっては負担でもあった。あまり裕福でもない家の長男、

高校卒業後は出来るだけ早く良い所に就職し、親兄弟を助ける必要がある。そのため勉学に励み、

生活態度も厳しく律してきた。そんな彼にとって角界入りは二の足を踏まざるを得なかった。

 プロは甘くない、最低でも十両入りするまではまともな給料も無く、仕送りすら出来ない。

そんな現実が彼の前に壁となって遮っていた、いつしか柴木山部屋へも足を運ばなくなり、

相撲は高校まで、という諦めに心が引きずられつつあった。

 

『折角の全国大会なんだから楽しめよ。』

 チームメイトの松本に言われた言葉を思い出す。

「(そう・・・だな。)」

 ここは国技館、この場所だけはプロと同じ舞台。大相撲に進めないなら、せめて今ここで

大相撲気分を堪能するのもいいかもしれない。

 

 -2陣戦!東、大峰。西、徳永-

 

 大峰181cm135kg、徳永185cm133kg、『体』はほぼ互角の二人が土俵に上がり、一礼をする。

 -手を付いて-

 睨み合う両者。と、大峰はかつての親方の教えを思い出す。

『お前さんのツラ構えは大きな武器だ、相手から目を離さなけりゃ敵はビビるさ。』

 

 -はっきよい-

 突進する大峰、『変化』する徳永。両者は交差し、大峰は横を取られる、まずい!

側面に取り付いた徳永は、よし!と心でほくそ笑む。仕切りのあの眼光から、相手が入れ込み

過ぎているのを見越して変化した、つもりだった。

 しかし組みに行った彼は瞬間硬直する。大峰の体は躱せたが、その目線だけは躱せなかった。

自分を睨むその眼光にわずかに躊躇した結果、組む直前に大峰の肩のカチ上げに跳ね返され

チャンスを逸する。

 

『激しい相撲を取っている時ほど、心は冷静でいるべきです』

そう教えてくれたのは柴木山部屋の関取、冴ノ山だった。

 そうだ、今大会でも激しい相撲に引きずられ、熱くなった結果土俵際で逆転負けを許した、

もうそんなのは御免だ。激しく突っ張りを繰り出しながらも、相手をよく見て分析する。

「(俺の睨みにビビった、のか?仮にも角界を目指してる奴が・・・だったら!)」

 次の行動は予想がつく。彼にもプライドがあるだろう、恐れて勝機を逸したことを

恥じたなら、今は攻めっ気が支配しているはずだ!

 

 -パシィッ-

 突っ張りから一転、叩き込みを見せる大峰。攻め一辺倒だった彼がこの『叩き』を見せるのは

公式戦はおろか練習含めても初めての事だった。ダチ高のチームメイトも、大太刀を研究している

栄大の面々も『ええっ!?』と言う表情をする。

 効果は絶大だった。大きく前方に泳いだ徳永はこれで完全に死に体となる、辛うじて

残したものの、腰砕けの体勢で背を向けてしまう。

 

『相手を崩したらそこが勝機じゃ、その瞬間に決めに行けんなら話にならんぞ。』

 先輩であり憧れていた関取、鬼丸の言葉を思い出す。小兵の彼は相手をひたすら揺さぶって、

崩してからの投げを得意としていた。

自分には大きな体があるが故に、逆に崩しの感覚を実感することは少なかった、

それが今、目の前にある!

「ふんっ!」

 すかさず横から組み付く、あとは一気だ。土俵下に徳永を放り出す大峰。

 

「いよおぉぉっし!」

 土俵下でダチ高の面々が気勢を上げる。これで五分に戻した、さぁ反撃開始だ、と。

対照的に栄大付属の面々は、ああーっ、とため息をつく。折角主将の狩谷が上げた白星が

取り返されてしまった。

最も当の狩谷本人は気にした様子も無く、ドンマイと徳永に声をかける。

 

 -東、大峰の勝ち-

 土俵上、勝ち名乗りを受けながら大峰は思う。さすが関取たちの教えは的確だ、自分の相撲を

分析し、正しい指導をしてくれていたのだ、と。

 そして、その立場に立った自分を想像する、大相撲で、この国技館で活躍する自分の姿を。

「(可能性を追いかけてみるか・・・)」

 

 勝ち名乗りを受けた彼は、右手をスッ、と前にかざすと、大相撲力士が勝った時に行司に示し

懸賞金を受け取る時の『手刀(てがたな)』という所作を小さく真似る。

 ざわっ、というざわめきに続いて、まばらではあるが拍手が起こる。今日ここにいる相撲ファンなら

誰もが知っているその所作に、微笑ましさと彼の将来の姿に思いを馳せて。

 土俵を降りた大峰は、陽川に笑顔で『懸賞金よこせ』と小突かれる。実力がありながらも

角界入りをためらっていたチームメイトの背中を押す意味も含めて。

 

 その横で、トーントーンと軽くジャンプして体をほぐす幸田。これで試合は振り出しに戻った、

中堅を務める自分の重要性を意識しつつも、いつもの自分の力が出せるよう精神集中する。

 

 土俵の向こうでは、同じく中堅の怪物一年生、久我がドシン、と力強く四股を踏む。

先の試合で無念の黒星を喫した強豪選手が、雪辱に燃え意気上がる。

 

 -中堅戦。東、幸田。西、久我-

 

 幸田177cm80kg、久我188cm130kg。先の対戦とは一転、相撲取り然とした体躯と小兵の対決。

それでも久我に油断は無い、県大会であの沙田を倒した相手ならば不足はあるはずもない。

「(相手に取り付いて粘るのがコイツの相撲だった、だが俺の押しなら粘らせはしない!)」

 

 -手をついて-

 土俵際目一杯まで下がって構える幸田。逆に久我は仕切り線すらまたぐほど前によって

手を下ろす。追い詰めて叩き出す!その意思を隠そうともしない立ち合いの体勢。

 

 -はっきよい!-

 幸田が頭から、久我が胸から激突する。次の瞬間久我は腹を突き出しつつかち上げで

幸田を体ごとハネ返す。

「くっ!」

 まるで大波に押し返されるように俵に戻される幸田。だが心は折れない、すかさず腰を割り

再度頭から突進する。

 -ゴッ!-

 今度は久我も低く当たる。肩と肩でぶち当たると、そのまま牛相撲のように低い体制で

押し合う両者。

 体重で押す久我に対し、幸田は俵に足を掛け、そこから体を一本の柱のように芯を固めて

対抗する。かつてラグビーのスクラムで培った押し合いの技術を相撲に応用した姿勢で。

 

 おおおっ、と驚愕の声が上がる会場。あの小さな幸田が真っ向から久我と押し合っている、

その姿に感心し、静止している彼らに拍手が浴びせられる。

だが現状、手詰まりなのは幸田の方だった。

 

「まずいな、久我の奴、幸田が動くのを待ってやがる・・・」

 陽川の嘆き通り、久我はここで『後の先』を取る作戦に出ている。この相手がここから

『引く投げ』に来るのは情報として知っている。ならばその瞬間に一気に押して土俵を割らせる

腹づもりだ。

 かといってこのまま押し合っても、姿勢が互角なら押されるのは体重の軽い幸田の方だ。

沙田に勝ったあの戦法は、自分が低い姿勢で相手の腹に取り付いていればこそ有効なのだ、

このままではジリ貧は目に見えている。

 

 ここで幸田は動く、相手のマワシに手を伸ばす、その動作をフェイントにして体を外し

右にサイドステップする。

「(待ってたぜ!)」

 久我は左手を伸ばして、変化した幸田の肩を掴むと、まるでラリアットのように幸田ごと

腕を前に押し返す。そのまま土俵下に投げ落とされる幸田、なんという怪力か!

 

 唖然とする会場の中、久我は見たか!という表情で幸田を一瞥し、礼をすべく土俵の際に立つ。

幸田は何も出来ずに敗れた悔しさを噛みしめて土俵に上がる、これが力士の強さか・・・。

 

 -西、久我の勝ち-

 土俵を降りた久我を栄大の面々が笑顔で迎える。全くこの化け物が、と。

今大会1敗はしたものの、確かにその強さはあの『草薙』久世草介を彷彿とさせるものがある。

 

「すいません、何も出来なかった・・・」

 そう頭を下げる幸田の肩をぽん、と叩いて、桐仁はこう返す。

「なぁに気にするな、俺が取り返してくるよ。」

メガネを幸田に預け、相手を見てほくそ笑む桐仁。さて、楽しみな相手だ、と。

 

 -副将戦。東、辻。西、ジョン・J・オーリス-




ちょっと筆スランプ・・・
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