-パンッ!-
土俵下で柏手を打ち、両手を左右に広げて『塵手水』の所作をしたのは栄大付属の2陣、徳永だ。
チームメイトにとってはすっかりお馴染みの彼の試合前の儀式は、同時に「大相撲に行く」という
彼なりの意思表示でもある。。
三木監督も、主将の狩谷も、いつも通りの徳永の態度にうむ、と頷く。余計なプレッシャーに
捕らわれない為にはいつもと同じことをするのが一番だ。
土俵の反対側から、またやったと呆れる陽川に桐仁が解説を入れる。
「栄大はプロ志望が多いからな、一足早く大相撲気分を味わってるんだろう。」
「意思表示も兼ねてるんだろう、プロになるんだ!というね。」
諸岡顧問のその言葉を聞いて、ダチ高の2陣、大峰は心中で唸っていた。
「(大相撲、か。)」
大峰浩二。大太刀高校2年生、攻撃的な相撲が身上の主力選手。
彼は昨年、桐仁の紹介で度々柴木山部屋に出稽古に出向いていた。その相撲スタイルを
いたく親方に気に入られ、たいそう『可愛がられて』いた。そんな親方から、弟子の力士たちから
度々かけられていた言葉。
「大相撲に来るならウチに入れよ!」
その言葉は嬉しくもあったが、大峰にとっては負担でもあった。あまり裕福でもない家の長男、
高校卒業後は出来るだけ早く良い所に就職し、親兄弟を助ける必要がある。そのため勉学に励み、
生活態度も厳しく律してきた。そんな彼にとって角界入りは二の足を踏まざるを得なかった。
プロは甘くない、最低でも十両入りするまではまともな給料も無く、仕送りすら出来ない。
そんな現実が彼の前に壁となって遮っていた、いつしか柴木山部屋へも足を運ばなくなり、
相撲は高校まで、という諦めに心が引きずられつつあった。
『折角の全国大会なんだから楽しめよ。』
チームメイトの松本に言われた言葉を思い出す。
「(そう・・・だな。)」
ここは国技館、この場所だけはプロと同じ舞台。大相撲に進めないなら、せめて今ここで
大相撲気分を堪能するのもいいかもしれない。
-2陣戦!東、大峰。西、徳永-
大峰181cm135kg、徳永185cm133kg、『体』はほぼ互角の二人が土俵に上がり、一礼をする。
-手を付いて-
睨み合う両者。と、大峰はかつての親方の教えを思い出す。
『お前さんのツラ構えは大きな武器だ、相手から目を離さなけりゃ敵はビビるさ。』
-はっきよい-
突進する大峰、『変化』する徳永。両者は交差し、大峰は横を取られる、まずい!
側面に取り付いた徳永は、よし!と心でほくそ笑む。仕切りのあの眼光から、相手が入れ込み
過ぎているのを見越して変化した、つもりだった。
しかし組みに行った彼は瞬間硬直する。大峰の体は躱せたが、その目線だけは躱せなかった。
自分を睨むその眼光にわずかに躊躇した結果、組む直前に大峰の肩のカチ上げに跳ね返され
チャンスを逸する。
『激しい相撲を取っている時ほど、心は冷静でいるべきです』
そう教えてくれたのは柴木山部屋の関取、冴ノ山だった。
そうだ、今大会でも激しい相撲に引きずられ、熱くなった結果土俵際で逆転負けを許した、
もうそんなのは御免だ。激しく突っ張りを繰り出しながらも、相手をよく見て分析する。
「(俺の睨みにビビった、のか?仮にも角界を目指してる奴が・・・だったら!)」
次の行動は予想がつく。彼にもプライドがあるだろう、恐れて勝機を逸したことを
恥じたなら、今は攻めっ気が支配しているはずだ!
-パシィッ-
突っ張りから一転、叩き込みを見せる大峰。攻め一辺倒だった彼がこの『叩き』を見せるのは
公式戦はおろか練習含めても初めての事だった。ダチ高のチームメイトも、大太刀を研究している
栄大の面々も『ええっ!?』と言う表情をする。
効果は絶大だった。大きく前方に泳いだ徳永はこれで完全に死に体となる、辛うじて
残したものの、腰砕けの体勢で背を向けてしまう。
『相手を崩したらそこが勝機じゃ、その瞬間に決めに行けんなら話にならんぞ。』
先輩であり憧れていた関取、鬼丸の言葉を思い出す。小兵の彼は相手をひたすら揺さぶって、
崩してからの投げを得意としていた。
自分には大きな体があるが故に、逆に崩しの感覚を実感することは少なかった、
それが今、目の前にある!
「ふんっ!」
すかさず横から組み付く、あとは一気だ。土俵下に徳永を放り出す大峰。
「いよおぉぉっし!」
土俵下でダチ高の面々が気勢を上げる。これで五分に戻した、さぁ反撃開始だ、と。
対照的に栄大付属の面々は、ああーっ、とため息をつく。折角主将の狩谷が上げた白星が
取り返されてしまった。
最も当の狩谷本人は気にした様子も無く、ドンマイと徳永に声をかける。
-東、大峰の勝ち-
土俵上、勝ち名乗りを受けながら大峰は思う。さすが関取たちの教えは的確だ、自分の相撲を
分析し、正しい指導をしてくれていたのだ、と。
そして、その立場に立った自分を想像する、大相撲で、この国技館で活躍する自分の姿を。
「(可能性を追いかけてみるか・・・)」
勝ち名乗りを受けた彼は、右手をスッ、と前にかざすと、大相撲力士が勝った時に行司に示し
懸賞金を受け取る時の『手刀(てがたな)』という所作を小さく真似る。
ざわっ、というざわめきに続いて、まばらではあるが拍手が起こる。今日ここにいる相撲ファンなら
誰もが知っているその所作に、微笑ましさと彼の将来の姿に思いを馳せて。
土俵を降りた大峰は、陽川に笑顔で『懸賞金よこせ』と小突かれる。実力がありながらも
角界入りをためらっていたチームメイトの背中を押す意味も含めて。
その横で、トーントーンと軽くジャンプして体をほぐす幸田。これで試合は振り出しに戻った、
中堅を務める自分の重要性を意識しつつも、いつもの自分の力が出せるよう精神集中する。
土俵の向こうでは、同じく中堅の怪物一年生、久我がドシン、と力強く四股を踏む。
先の試合で無念の黒星を喫した強豪選手が、雪辱に燃え意気上がる。
-中堅戦。東、幸田。西、久我-
幸田177cm80kg、久我188cm130kg。先の対戦とは一転、相撲取り然とした体躯と小兵の対決。
それでも久我に油断は無い、県大会であの沙田を倒した相手ならば不足はあるはずもない。
「(相手に取り付いて粘るのがコイツの相撲だった、だが俺の押しなら粘らせはしない!)」
-手をついて-
土俵際目一杯まで下がって構える幸田。逆に久我は仕切り線すらまたぐほど前によって
手を下ろす。追い詰めて叩き出す!その意思を隠そうともしない立ち合いの体勢。
-はっきよい!-
幸田が頭から、久我が胸から激突する。次の瞬間久我は腹を突き出しつつかち上げで
幸田を体ごとハネ返す。
「くっ!」
まるで大波に押し返されるように俵に戻される幸田。だが心は折れない、すかさず腰を割り
再度頭から突進する。
-ゴッ!-
今度は久我も低く当たる。肩と肩でぶち当たると、そのまま牛相撲のように低い体制で
押し合う両者。
体重で押す久我に対し、幸田は俵に足を掛け、そこから体を一本の柱のように芯を固めて
対抗する。かつてラグビーのスクラムで培った押し合いの技術を相撲に応用した姿勢で。
おおおっ、と驚愕の声が上がる会場。あの小さな幸田が真っ向から久我と押し合っている、
その姿に感心し、静止している彼らに拍手が浴びせられる。
だが現状、手詰まりなのは幸田の方だった。
「まずいな、久我の奴、幸田が動くのを待ってやがる・・・」
陽川の嘆き通り、久我はここで『後の先』を取る作戦に出ている。この相手がここから
『引く投げ』に来るのは情報として知っている。ならばその瞬間に一気に押して土俵を割らせる
腹づもりだ。
かといってこのまま押し合っても、姿勢が互角なら押されるのは体重の軽い幸田の方だ。
沙田に勝ったあの戦法は、自分が低い姿勢で相手の腹に取り付いていればこそ有効なのだ、
このままではジリ貧は目に見えている。
ここで幸田は動く、相手のマワシに手を伸ばす、その動作をフェイントにして体を外し
右にサイドステップする。
「(待ってたぜ!)」
久我は左手を伸ばして、変化した幸田の肩を掴むと、まるでラリアットのように幸田ごと
腕を前に押し返す。そのまま土俵下に投げ落とされる幸田、なんという怪力か!
唖然とする会場の中、久我は見たか!という表情で幸田を一瞥し、礼をすべく土俵の際に立つ。
幸田は何も出来ずに敗れた悔しさを噛みしめて土俵に上がる、これが力士の強さか・・・。
-西、久我の勝ち-
土俵を降りた久我を栄大の面々が笑顔で迎える。全くこの化け物が、と。
今大会1敗はしたものの、確かにその強さはあの『草薙』久世草介を彷彿とさせるものがある。
「すいません、何も出来なかった・・・」
そう頭を下げる幸田の肩をぽん、と叩いて、桐仁はこう返す。
「なぁに気にするな、俺が取り返してくるよ。」
メガネを幸田に預け、相手を見てほくそ笑む桐仁。さて、楽しみな相手だ、と。
-副将戦。東、辻。西、ジョン・J・オーリス-
ちょっと筆スランプ・・・