蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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尊敬するあの横綱に捧ぐ回


第70番 なりたい、やっつけたい。

 -かつて、大相撲の歴史を塗り替えた力士がいた-

 

 第63代横綱、華和(はるわ)。ハワイ出身、大相撲史上初の外国人横綱。

207cm225kgの巨体から繰り出される強烈な突き押しで、対戦相手を次々と土俵下に薙ぎ倒していく。

 

 その腕が相手の体に添えられた時、それだけで必殺の型が完成していた。

次の瞬間、その巨躯に見合った剛力と、体重に似合わぬ瞬発力で相手を遥か向こうまで放り出す。

 さらに脅威なのはその空間把握力の高さだ。間合いを詰められ潜られかけた時、すかさず

自分から後退してでも押しの間合いにピタリと戻し、遠くなった土俵外もなんのそのと跳ね返す。

その強さで幕内最高優勝、実に15回を叩き出してみせた。

 

 彼の隆盛時、それは初めての『強すぎる外国人力士VS日本人期待の若手』の構図が生まれた

瞬間でもあった。彼は横綱と言う最高位の地位にありながら、同時に悪役(ヒール)としての

立場に立たされていく。

 

 大相撲を見る当時の子供たちにとって、華和は『自分が「やっつけたい」』一番の対象であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「華和って・・・『あの』華和ですか?」

 陽川いわく副将戦の桐仁の相手、ジョンの相撲が現役時の華和関にそっくりだ、という言葉に

目を丸くしてそう返す幸田、柚子香と小林もうんうんと頷く。そこには『脅威』とは別種の

驚きが含まれていた。

「言っとくがな、現役時は鬼みたいに強かったんだぞ。」

「幕内優勝15回、横綱在位8年、強烈な押し相撲でほぼ無敵の存在と言っていい力士でした。」

 大峰のフォローに千鶴子が続く。幸田たちは顔を見合わせ『あの華和が、ねぇ・・・』という表情。

 

 華和関の現役は今の高校生達の幼稚園~小学生低学年当時。最近相撲を始めた彼らが力士の華和を

知らないのは無理からぬこと。

 だが、彼らは別の意味で華和を知っていたのだ。引退後、親方株の取得が敵わなかった華和は

元横綱の看板を引っ提げて総合格闘技にデビューする。

 

 そして、見るも無残に敗北した。

 

 その姿が多くのメディアに取り上げられ、彼の強さは次第に日本人の記憶から忘れ去られ、

『道化』としての認識ばかりが印象に残されていく。

 幸田も、柚子香も、小林も、彼がリングでうつ伏せに倒れるそのシーンはよく見ていた。

映像で、録画で、漫画やアニメで、アスキーアートすらでも。

 

「桐仁・・・笑ってる?」

 土俵に上がった桐仁を見て思わず呟く蛍。団体戦を2-1でリードされての副将戦、その状況で

相手の巨体を見つめる桐仁はどこか嬉しそうだった。

「あー分かる分かる、相手もハワイ出身、しかも相撲もそっくりと来てるからな。」

「子供の頃、よく自分が倒す姿を妄想したもんだよ。辻先輩も同じじゃね?」

 大峰と陽川のその想像は的を得ていた。そう、当時のチビっ子相撲ファンにとって、

華和関は『やっつけたい存在』ナンバーワンだった、幼少から相撲オタクの桐仁がその例に

漏れるわけもなかったのだ。

 

「(これだから相撲はいい、よもやこんな時が来るなんてな!)」

 土俵上、桐仁は綻ぶ顔を必死で抑えていた。まさかあの華和関とそっくりな相手と相撲が

取れるなんて。

「(何度頭の中で華和関と相撲を取ったか知れねぇよ、日本人力士が負けるたびに俺が

大相撲力士になって、アンタを投げ飛ばす姿を幾度想像してきたか・・・)」

 無論それが子供の都合のいい妄想であることは言うまでもない、ましてやジョンは華和関ではない、

それでも子供の頃に見た夢の一番が今、まさに目の前にあると思うだけで顔が緩む、力が漲る。

 

「ジョンー、相手よく見ていけ、動き速いぞ!」

 土俵下からチームメイトの激が飛ぶ、それに頷いて答え、審判の声に従い礼をする。

大丈夫、ボクは勝つよ。ボクを強くしてくれた、ハルワのスモウを教えてくれた、

栄大付属のチームメイトのために。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ジョン少年にとってハルワはヒーローであった。いや、それ以外に表現のしようが無かった。

地元ハワイ出身で、異国の国技で純白のチャンピォンベルトを腰に巻くスモーヒーロー!

 太った体をコンプレックスに想っていた彼は、そのヒーローに憧れ、日本に渡って

スモウレスラーになる事を夢見る、ボクもハルワになるんだ!と。

 

 だが彼が日本に来た時、彼のヒーローはこの国ではピエロでしか無かった。

その名を出すたび嘲笑と、軽視と、そして『過去の人』という見方をされていた。

 何でお前らがハルワを笑うんだ、彼の何を知ってるんだ、ウチの島のヒーローを侮辱するな!

彼は憤慨し、そして日本に失望していた。

 

「華和関いいな。めっちゃ強いし、お前のスタイルにドンピシャじゃね?」

敵意すら抱いて入門した栄大付属相撲部で、チームのキャプテン・カリヤに笑顔でそう返された。

 

「偉大な横綱だ。だが誰しも彼になれるわけではないが、君ならその可能性はある!」

マスター(監督)・ミキはそう言って僕の肩を強く叩く、嬉しそうな顔で。

 

「プロ入りしたら二代目華和を名乗らせて貰えよ、絶対人気出るぞ!」

エースのタキザワはそんなことを勧めてくれた、ボクが夢見て口に出来ないことをあっさり

言ってくれる。

 

 このチームメイト達は知っていたのだ、華和関の強さ、偉大さを、そしてその相撲スタイルを。

ミーティングで何度もビデオを流し、自分にそのスタイルを叩き込んでくれた、数えきれない程の

アドバイスを貰い、自分は日一日と憧れの存在に近づいていった。

 

 彼は再びこの国が好きになる、そして自分がいつかハルワになるという夢を取り戻す-

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 -手をついて-

 

「(突き押しは要注意だ。だが、いきなりは来るまい、変化を警戒して見て立って来る)」

仕切りながら桐仁は予測する、相手のスタイルを考えるならば、確実に自分の体を捕らえてから

勝負を決めたいだろう、ならば・・・

 

 -はっきよい!- 

 立つと同時に桐仁は低く突進する。あえて平蜘蛛は使わず、変化を意識させた上で低空突進、

そのまま両下手をつかみにかかる。

 が、それは寸前でストップされる。桐仁の肩を掴んだジョンはそのまま一歩後退し、

折り畳まれたヒジが最も力を出せる、最も体重を乗せられる角度まで広げる。

 

「させるかよ!」

 ジョンの強烈な押しが爆発する寸前、桐仁は自らバックステップして相手の押しを空振らせる。

土俵際まで下がった桐仁は相手の取り口に驚愕と称賛の両方を感じ取る。

「(踏み込まれたら一歩下がって体ごと押す、か。どこまでも華和関だぜ!)」

 引くことでジョンの体も前方に泳いだ。が、このままだと体ごとなだれ込まれる。

素早く体を躱し、突っ込んでくる相手を叩き込む。

 

「(デカすぎだろ!叩きが全然効いちゃいねぇ!)」

 毒づく桐仁の通り、叩きは大した威力にならずに体を残すジョン。201cm195kgのその巨体は

外国人特有の手足の長さで体重を稼いでいるため、引き技には意外なほど強い。

 だが!今ならその長い脚が逆に狙える、すかさず踏み込んだジョンの右足に取り付き

内掛けを仕掛けながらマワシをがっちりと掴む。

 

「よし!」

「組み付いた、もらった、行けカントク!」

 意気上がるダチ高陣営。捕らえてしまえば多少の体格差など物ともしないのが桐仁の相撲だ、

これならいける!

 

 ずっ、ずずっ、ずずずっ・・・

 

 組み合ったまま、ジョンの体が少しずつ沈んでいく。大きく股を開き、腰を割りながら桐仁と同じ

頭の高さまで体を沈めると、こんどはその長い腕を懐にネジ込んでいく。

「そうだジョン、焦るな、じっくり自分の体制を作れ!」

 

 桐仁も必死に抵抗し、その腕をこじ入れさせまいと脇を絞る。が、それでもジョンの

剛腕は止まらない、ついに胸の中に腕をこじ入れると、今度はぐぐぐっ、と自分と相手の胸の

隙間を広げていく。

「(どんな、怪力だよ・・・コイツ!)」

 桐仁懸命の抵抗もむなしく、ついにマワシを切られ、そしてそのグローブのような大きな手を

胸にべったり当てがわれる。

「(ああ、そうだ。相手は横綱だったな。)」

 最初の感情を思い出す。そう、元々あの横綱を想定していたじゃないか、怪力なんて当たり前だ。

その上で勝つつもりで土俵に上がったんじゃないか!

 

「フンッ!」

 ジョンの力を込めた押し一閃、吹き飛ばされた桐仁の体が宙を舞う。その勢いは俵はおろか

土俵の遥か向こうまで吹き飛ばすかに思えた・・・が。

「ナニ!?」

 桐仁は飛ばされる寸前、両手でジョンの右手首を掴んでいた。その腕を命綱にして相手を

引き込みながら辛うじて土俵内に着地した桐仁は、腕を取ったまま体を回し、背負い投げに持っていく。

 

「浅い!」

そう叫んだのは観客席の荒木だった。背負いと言うには相手との距離が遠く、相手を担げずに

長い腕を巻き込んでいるだけだ、あれじゃあ・・・

 

「(いいんだよ、これで!)」

 構わず相手の腕を巻き込みつつ1回転する桐仁。まるでヨーヨーが糸を巻いて手に戻るように

ジョンの腕を首に巻き付けて右わきに密着する。

 ジョンは何とか間合いを離そうとするが、自分の腕が相手に巻き付いているために距離を

開けようがない、しかも右脇に肩を差し込まれた状態で潜られている。今までに

経験したことのないこの体勢がピンチである事を予感し、戦慄する。

 

 桐仁は一度体を沈め、相手の右ひざを左手で抱える、そして全力で反り返る。

首に巻いた腕と肩で相手の脇を持ち上げ、右足を手で持ち上げつつ残った足で狩り飛ばす。

そのまま二人はもつれる様に、背中から後方に倒れ込む。

 

 -どっすぅぅぅ・・・ん-

 

 派手に背中から倒れ込む両者。どっちだ、どっちが先に落ちた・・・?

 

 -東、辻の勝ち!-

 

 最初に土俵に付いたのはジョンの大きな尻だった。体を躱した桐仁は辛うじて落ちるのを

その後になるまで耐え凌いだ。

「いよおぉぉぉっし!」

「さすが!いいぞーカントクっ。」

 歓喜に沸くダチ高相撲部。桐仁自身も先に起き上がり、荒い息でいよぉし!とガッツポーズ。

 

 が、そんな自分を反省し、すかさず姿勢を正すと、ジョンを起こすべく手を差し出す。

ジョンもその手を掴み、残念そうに立ち上がる、尊敬するハルワの礼節を心に残して・・・

「意識してんだろ、あの横綱を。」

そう声をかける桐仁に対し、一瞬えっ、という顔をした後、笑顔でこくりと頷くジョン。

 

 礼をして土俵を降りる両者。

ハルワになりたい力士と、華和関を倒したいと思っていた力士の勝負は、後者の勝利に終わる。

 

 これで2-2、準決勝進出への対決は双方の大将に委ねられた。

 

 -大将戦。東、松本。西、滝沢-

 

 昨年春の関東新人戦決勝と同じ顔合わせ、お互い手の内を知り尽くしたライバルの

決着の時、来たる。




一番尊敬する力士は?と聞かれたら、私は迷わず「横綱、曙」と答えます。
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