蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

72 / 121
第71番 飲み込む相撲

「なぁ名塚、ダチ高の松本君は何で国宝候補じゃないんだ?」

 記者席でカメラマンの宮崎がそう問う。確かに松本は昨年の関東新人王戦の決勝で

栄大付属の滝沢を破った。にもかかわらず滝沢は国宝候補として『繁慶』の名が与えられ

松本には未だ国宝の銘は与えられていない。

 

「そうね。ひとつは『伸びしろ』かしらね・・・」

 名塚曰く、188cm145kgで『あんこ型』の松本の体はおそらくもう頭打ちだろう。

受けの相撲を取る彼のスタイルから、瞬発力が無く、体重に筋肉が負けている

ように見えるのだ、と。

「『国宝』っていうのは、あくまで将来的に横綱に成る『成長』を期待された選手の事よ、

今現在で横綱を張れる子がいたらそれはもう人間じゃないわ。」

 

 角界入りして、そこからの成長を見込したうえで、将来の横綱候補『国宝』の銘が

与えられる。今の時点で強くても伸びしろが感じられなければ将来には期待できない。

かつて鬼丸や、今の辻、三ツ橋に候補付きで国宝名が与えられているのも、あくまで

将来の成長に期待が込められている意味もあるのだ。

 

「じゃあ、滝沢君はもっと伸びる可能性があると?」

 その宮崎の返しにこくりと頷く名塚。182cm125kgのその体躯は太ってはいるものの

筋肉も相当目立っている。加えて彼の速く鋭い相撲なら、まだまだウェイトを

乗せる余地はあるだろう。

 そしてなによりその『技』だ。彼の相撲は決して派手では無いものの、安定感という

点において彼に勝る選手は全国でもそうはいない。ひとたびがっぷり四つに組めば

一気に寄り、投げ、吊り等、格の違いを見せつけるように圧倒する。

 

 それを支えるのは、彼の異常なまでの勝負勘の良さだ。相手が巻き替えに来るその瞬間、

投げに移行しようと体重をかける一瞬、果てはがっぷり四つで相撲が膠着し、相手が

ひと息ついたその瞬間を見切ってカタをつけてしまう。

 見ている人は、何故がっぷり四つで組んでいるのにこうも力の差が出るのだと思うだろう。

だがビデオ映像をスローで見てみると、彼は相手の一瞬のスキを生む動作とほぼ同時に

動いていた、まるでコンマ数秒後の未来を見ているかのように。

 

「あの勝負勘に、もう一回りの体と大相撲での経験を上乗せしたら、横綱も夢じゃないわ。」

 もう彼は国宝『候補』の文字を外してもいいと名塚は思う。ここ数年の栄大付属の不振から

表彰台にこそ縁が無かった滝沢だが、今年こそは団体も個人も、彼の名を大きく示すことに

なるだろう、と。

 

 

「頼むぜ松本!」

「お前は一度滝沢に勝っている、大丈夫だ、勝って来い!」

「それフラグじゃないんスかぁ?」

 桐仁の激励に笑顔でツッコミ返す松本。桐仁はがくっ、と体を傾けるが、

他の面々は大一番を前に笑顔の松本を見て安堵する。うん、康太スマイル来てる、

これならいけると。

 

 土俵の向こう側でも滝沢を激励する声、狩谷だ。

「お前の相撲を取ってこい、俺達は何も心配して無ぇからよ。」

 その主将の言葉に、その場の全員がうんうんと頷く。今や部員の誰もこの滝沢に

勝てなくなっていた、栄大相撲部最強の男に勝利を託すのに不安があるはずもない。

滝沢は闘志ある顔で頷くと、土俵を見据えて歩を進める。

 

 

 -大将戦。東、松本。西、滝沢-

 

 さぁ大一番!そして国宝候補『繁慶』の異名に恥じぬ強さを見せる滝沢と、かつてその

滝沢を破った経験のある松本の対戦に会場が沸く。

「見物やね、栄大かダチ高か。どっちが上がってくるんや?」

鳥取白楼の選手席でマネージャーリーダーの咲が呟く。少なくともこの一番で、彼ら白楼の

今後の対策は大きく変わることになる。選手たちも皆、土俵を注視する。

 

「借りは返すぜ、松本!」

「倍に被せて貸し足すさ。」

睨む滝沢、笑顔で返す松本。それに釣られたか、滝沢も口元をにやり、と吊り上げる。

 

 -手をついて-

 どんっ!と力強く手をつく滝沢。松本はゆっくりした動作で土俵に手を添え、ぐぐっ、と

体を沈める。

 

 -はっきよい!-

 バチィン!と大型力士同士独特の立ち合い音が会場に響く。両者胸で当たった、体勢も五分だ。

すかさずマワシを探る滝沢に対し、松本はやや前傾姿勢になり、相手からマワシを遠ざけ・・・

「フッ!」

 松本が腰を引いたその瞬間、滝沢は叩き込みに出る。今の今までマワシを取りに

行っていたというのに、なんという判断の速さ!

 大きく泳いだ松本の体にすかさず取り付く滝沢。そのまま土俵際まで一気に寄るが、松本は

大きな腹を突き出して相手を押し止める。

 

 そのまま押し合う事数秒、滝沢が一気の寄りを諦め、スッ、と一歩下がる。再び胸を合わせた

四つの状態からマワシを探り合う。滝沢は右上手を引いて左四つになりたい、松本は左上手を

取って両上手にしたいところだ。

 次の瞬間、滝沢は右の『下手』を引いて瞬時に下手投げに行く。ほんの今まで狙っていた上手を

いともあっさり諦めて先手を取る、なんという勝負勘か。

 

「くっ、惜しい!」

 蛍が思わず叫ぶ。今の状態で両上手を取れれば、相手の下手を腹に挟み込んで無力化する

松本得意の型『お腹極め出し』に持って行けたはずだ。それを直前で察知し、すかさず

返してくるその判断力、そう、それはまるで・・・

「まるで潮君だわ。」

 千鶴子の嘆きに蛍が、桐仁が、大峰が心で頷く。鬼丸の小兵ならではの磨かれた勝負勘と

危機察知能力。それをあの体でどうやってモノにし、そこまで神経を尖らせることが出来るのか、

と毒づく。

 

 下手投げをこらえた松本に、今度はかち上げからの突っ張りで攻める滝沢。組んでも離れても

相撲が取れる滝沢の攻勢が続く、終始防戦一方の松本は、ここであえて右の突っ張りを打ち返す。

その腕をすかさず手繰って崩し、横から取り付こうとする滝沢。左手と腹でかろうじて

ブロックする松本。

 ならばと松本の左手首を掴み、頭を付ける滝沢。再度中央で止まり、残った手でマワシを

探る両者。双方息は荒く、その大きな背中が呼吸で揺れる。

 

「くそっ、しぶとい!」

「野郎、受け上手すぎだろ、滝沢の攻撃をあそこまで凌ぐか!?」

 いつもならとっくに決着をつけている滝沢の苦戦に栄大陣営が嘆く。監督の三木は腕を組んで

松本の胆力に感心する。

「(あれだけ攻められてもなお笑うか、この状況を明らかに楽しんでいる、いい選手だ。)」

 

 息を切らしながら滝沢は思う。そうだ、相変わらずだコイツの相撲は。その恵まれた体で

こちらの攻めを全て飲み込むように受け切りやがる、去年もそうだった、全くやりにくい!

だが今日こそは負けん、俺は名門栄大のエースなんだ!

 

 対する松本も、相手の強さと激しさに感じ入り、力を漲らせる。

「(強い、強いな滝沢。そうこなくっちゃあなぁ)」

 大舞台で強敵と相まみえる、それが彼の相撲を取る理由、そして憧れ。夢に見た熱い戦いに

その身を投じる喜びが、彼の大きな体にムチを入れる。

 

 攻防は続く。滝沢が先手を取り松本が凌ぐ。反撃に出ようとした松本の出鼻をくじき、

攻める滝沢、こらえる松本。そして止まり、また動く。

 

「松本君の受け、シャレにならんわアレ。」

 咲も思わず嘆く。あそこまで粘る事に特化した選手などそうはいないだろう、その大相撲力士と

見まごうばかりのアンコ型の体形を生かして重心を低く取り、猛攻を凌ぎに凌ぐ。

 

「受けの技術は高いと思っていた・・・けど、これはもう大相撲のレベルよ!」

 名塚が愕然としてこぼす。確かに彼の体格は頭打ちだろう、それは言い換えれば大相撲の力士が

求めるレベルの体に近づいているという事だ。

 自分は何を勘違いしていたのだろう。思えば彼はダチ高の選手だ、チームメイトの面々は

全員が違うタイプの選手じゃないの!その彼らと日々稽古してるなら、その受けはどんな

攻めにも対応している可能性が・・・

 

「ゼェッ、ゼェッ、ゼェ・・・っ」

「フヒュー、フヒュー、ふぅぅぅ」

 土俵際、組み合った両者が大きく息をつく。滝沢は息を荒げながらも相手の呼吸を読み、

その瞬間に狙いを定める。

 松本がすぅっ、と息を吸い込んだその瞬間、滝沢は最後の力を振り絞って吊りに出る。

呼吸で肺が膨れ、上半身がわずかに浮いたその瞬間を狙っての吊りに、松本の巨体が

持ち上がる。

 

「行ったあぁぁぁっ!」

 意気上がる栄大付属の選手たち、土俵外はもうすぐそこだ、あと一歩前に出るだけで相手を

吊り出せる、行けーっ!

 

 ずんっ!

 松本の足が着地する。土俵の『内』に。

吊った滝沢の右手がマワシから外れている。それは長い相撲で握力の限界が近い事もあったが

大汗をかいた両者の汗で指が滑った不運もあったのだ。松本はすかさず腹を突き出して

わずかに相手との距離を開けると、滑らせた滝沢の右手を絞り込み、腹を合わせて無力化する。

「入ったあぁぁぁっ!」

「寄れ!決めろーーーっ!」

 

 相手の右手を両者の腹でサンドイッチして無力化する『お腹極め出し』の体勢で、

松本が土俵の反対側に電車道で進撃する。滝沢は寄られながら左半身を引いて半身になると

右に体を躱しながら松本の頭を左手で抑え込んで叩き込みに出る。

 

 両者最後の、そして執念の攻防!

 

 土俵下に落ちた二人が、両チームの面々が、応援団が、各校の選手が、固唾をのんで判定を待つ。

 

 

 -寄り切って東、松本の勝ち!-

 

「うおっしゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「やったやったやったーっ!」

 喜びに沸くダチ高の面々。苦しい戦いだったのはここまでもそうだが、栄大付属に勝ったのは

彼らにとっても特別な意味があったから。

 昨年の秋合宿で『勝てない相手じゃない』と手ごたえを感じた、そしてやっとたどり着いた

全国の舞台でそれを証明することが出来た、俺達は強いんだ!と。

 蛍ははぁぁぁぁ、と大息を吐き出し、そして感謝する。自分が喫した黒星をきっちり

取り返してくれた頼もしい後輩たちに。

 

 天を仰いで息を吐くのは栄大の主将、狩谷だ。今年はついにベスト4にすら進めなかった。

だがまぁ仕方ない、仲間たちは最高の相撲を取ってくれた、OB達に怒られるのは俺だけでいい。

みんなよくやったよ、この部で主将を張れたのは俺にとって誇りだ。

 

 涙にくれる滝沢の肩をぺちぺち叩いて元気づける狩谷。お前はまだ個人戦があるだろうに

メソメソしてんじゃねーよ、と。

 整列し、土俵に一礼して引き上げる栄大の面々。毎年多くの選手をプロに送る名門高は

敗れてもなお堂々とした態度で礼を尽くす。

 

 大太刀高校、準決勝進出!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。