「あたたた・・・もっと上だ。」
「おーい、シップこっちもー。」
「氷嚢どうぞ。」
「サンキュ。」
大太刀高校の宿泊する旅館の男子部屋、いや今は野戦病院と言ったほうがいいかもしれない。
一瞬で全ての力を出し切る格闘技、相撲。全国での死闘を経た面々にとって体のケアは必須だ、
明日も戦いがあるとなれば猶更である。
陽川は館林南の内山に張られまくって腫れた顔面を氷嚢で冷やし、松本は栄大付属の滝沢との
死闘で疲労しきった体を寝かせて柳沢にマッサージして貰っている。
蛍は柚子香に土俵下に落ちた時に背中を打った所にシップを張ってもらっているし、
桐仁以外の他の面々も、痛めた場所が無いか入念にチェックする。
「さてみんな、そのままでいいから聞いてくれ、今から白楼対策に入るぞ。」
桐仁がタブレットを部屋の一角に立てて皆にそう告げる。諸岡顧問と千鶴子がその脇に立ち、
データ収集したノートを広げる。
「白楼は県大会からこっち、ほぼオーダー変更はないようだ。」
諸岡がそう話す。全国大会初日こそ最初の3人に主力を集めてきたが、2日目の今日は
鳥取県予選と同じオーダーで来ている、おそらく明日もこのまま来るだろう。
「先鋒バトムンフ、3年生、183cm108kg、1年の時からレギュラーで、とにかく攻撃的な選手です。」
映像と共に千鶴子がそう話す。ある相手には張り手、別の相手には寄り、また違う敵には投げと
戦い方のバリエーションが非常に豊富だ。
「けど、なんか際立った強さに見えない気がしますね・・・」
そう言ったのは沼田だ。投げこそ鋭いが寄りや突きは平均的なレベルで、白楼のレギュラー
としては無難な強さに見える。
「相手に合わせてるんだよ、突き押しには突き押しで、寄りには寄りで、ってな。」
その桐仁の言葉に全員が驚く。確かに相手を意識して見ると、その相手の得意な戦術で、
苦戦しながらも勝利をもぎ取っている。
「一昨年の五條さんの時もそうだった、多分強さをアピールしてるんだろう、角界関係者に。」
彼がモンゴルからの留学生、しかもプロ志望であることを説明され、なるほどね、と
納得する一同。
「そのせいか、相撲がどこか雑で隙がある。」
「個人戦も出場していましたが、栄大の滝沢選手にトーナメント1回戦で敗れています。」
桐仁と千鶴子の言葉に思わず頷く。スキのある相撲を取るならそれをあの滝沢が逃すわけもない。
ならば大太刀で彼の相手は・・・
「というわけで先鋒は俺が出る。」
その桐仁の言葉に全員が頷く、蛍は桐仁に『頼むよ』と声をかけ、肩を叩く。
「2陣の七瀬選手、3年生、185cm96kg、典型的な突き押し選手ですが、引き技でも勝っています。」
動画が七瀬のそれに切り替わる。確かに千鶴子の言う通り突き押し相撲だが、意外にその
決まり手は多彩だ。押し出しと引き技だけではなく、相手をKOして勝っているのもある。
「突きのバリエーションが豊富だな、押すのもあればダメージ狙いのも、相手との距離を
空けるため、測るためのもある。」
今日、突き押しの内山と対戦したばかりの陽川がそう解説する。確かに突きと一言で言っても
その選択肢の多さが見て取れる。
「かといって体重に物を言わせて突破したら引き技が待っている、か、厄介だな。」
「だがそれでも突破力が無いとなぶり殺しに合う、ここは大峰で行くぞ!」
桐仁の言葉にウス、と頷く大峰。
「ねぇ、七瀬って言ってたけど、あのマネージャーさんのお兄さんかな?」
柚子香の問いに千鶴子が答える。
「みたいね、兄妹で名門白楼の相撲部ってことは、相当相撲に精通しているでしょうね。」
中堅、北谷の映像が流れる中、一同は呆然とその相撲を見る。
「・・・なにこれ。」
松本がようやくそれだけを口にする。無理もない、北谷は相手のやろうとした事を
その初動か、それ以前に封じて相撲を取らせない、明らかに相手を研究し、丸裸にしている。
「2年前の天王寺もそうだったが、研究し尽くして対策を練るタイプだ。ちなみにウチの県予選も
きっちりチェック入れられているぞ。」
そう言って女子3人に目配せする桐仁。何故か柚子香がへっへーん、と胸を張って得意気だ。
確かにお手柄だが、それが相手のマネージャーの自爆であることは黙っておく。
「小細工するタイプは向かないね、だとしたら情報も少ない赤池君、頼んだよ。」
蛍の言葉にうぅっし!とガッツポーズする赤池。確かに小細工するより力づくで倒したほうが
勝ちが見える相手だろう。
副将の久留田は典型的な大型選手、そして怪力が売りだ。アンコ型の体形もあり、
こちらが当てる相手はすぐ決まった。
「松本、頼むぞ。」
陽川が彼の肩を叩いてそう激励する。陽川にとってアンコ型の相手は天敵に近い、
腹に乗せられての吊り負けが多い彼に対し、松本は逆に同じアンコ腹で腕を挟み込む
『お腹極め出し』が使いやすい相手。
「今日、長い相撲だったから十分に体を休めておくように、明日もしんどい一番になるよ。」
諸岡顧問の言葉に、柳沢にマッサージされながらうーい、と頷く松本。
国宝候補を破った男の、その太々しい態度が逆に頼もしさを感じさせる。
「大将の舟木だが、今さら言うことは無いだろう。三ツ橋、頼むぞ!」
桐仁の言葉に全員が、そして蛍が力強く頷く。かつてダチ高の部室で聞いた、石高の荒木の
言葉通り『何をしてくるか分からない』相手にぶつけるには蛍以外の選択肢がない。
とにかく先手を取られるといいように蹂躙されてしまう、ならば蛍の速い相撲で
先手先手を打っていくことが一番明確な活路だろう。
何より強豪鳥取白楼、その大将にぶつけるのに三ツ橋部長以外の選択肢は無かった。
勝つにしても負けるにしても、最後は『蛍丸』に任せたい。
と、千鶴子が立ち上がり、蛍と桐仁に近づいていく。
「いよいよ明日、これが最後ですね、部長、監督。」
そう言って手をグーに握り、ふたりの間に差し出すマネージャー。
あ、という表情でお互いを見る。そう、明日でいよいよ彼らの大太刀高校相撲部員としての
最後の公式戦、3年間戦ってきた高校相撲の総決算となる一日。
「そういや僕ら3人は後発だったんだよね。」
「ああ、そうだったな。色んな事があった。」
蛍と桐仁も拳を出して、3方向からこっつん!と手を合わせる。
小関が守り、火の丸が育てた相撲部。佑真が加わり、國崎が力を貸すことによって強豪の
布陣が出来上がった。
そんな相撲部に憧れて蛍が加わり、それを後押しするべく桐仁が加入。その戦いを見て
千鶴子がその門扉を叩いた。
後発のその3人だけが残った相撲部で、再び全国の舞台に帰ってきた、頼もしい下級生たちに
支えられて。
火の丸という『熱』が抜けた後でも、3人でその日を再び灯してきた。その火は大きく広がり
全国の舞台で再度掲げる為に。
-明日は、笑って終わろう!-
3年間一緒だった3人がそうアイコンタクトする。周囲の1、2年もへへっ!と笑う。
それを見る諸岡顧問がうんうんと頷き、感慨に浸る。全国制覇した時よりも今、
彼らの顧問で良かった、と。
夜が明け、陽が昇る。国技館を黄金色の朝日が照らす。
会場には多くの角界関係者が詰めかけていた。柴木山親方は鬼丸や寺原と共に、隣には勿論
五條佑真&レイナの姉妹もいる。反対側には沙田の出稽古先の皆川親方と、三段目の兵藤も
荷物持ちとして姿を見せる。別の所には大和国親方が草薙と清心同(澤井璃音)を伴って座り
大会の行方を見守る。
長門部屋では朝稽古の後、部屋頭である童子切の提案で中継のTVに皆が群がっていた。
元々2年前の高校相撲の強豪を多くかき集めた長門部屋の面々にとって興味を引く大会だろう。
「小関、お前もこっち来て見ぃや!」
童子切が朝稽古で散々可愛がった(過酷にしごいた)小関に声をかける。童子切にとって
自分と同じくらい相撲に愛着がある小関が、実力で自分に追いついてこないのがもどかしかった。
コイツが俺と同じ目線まで来たら、さぞ高め合う相手になるだろうにと、普段の稽古でも
小関にはかなりキツく当たっていた。そんな彼に対するカンフル剤になればという思いがある。
ちゃんこの後始末を仲間に任せ、TVの前に来る小関。そこに移る文字を見て目を輝かせる。
-団体準決勝、大太刀vs白楼-
「(辻・・・三ツ橋。よくここまで。)」
感激する小関の頭をわしっ!と掴んだ童子切は、意地悪な顔でこう語る。
「2年前の借りは返させてもらうでぇ、今の白楼は最強やからな。」
その言葉を聞いて、珍しく小関は反抗する。番付が遥か上の相手に対して。
「ダチ高も・・・負けません!」
そして開幕するインターハイ最終日。まず個人戦準々決勝から行われる。
第一試合は国宝『三日月』こと沙田が211cmの荒巻と対戦。なんと沙田は立ち合いから
半身に構えて両手で荒巻の片手をおっつけて見せる、そのまま小手を振り回し、
崩れた相手の懐に潜り込んで速攻の下手投げで仕留めてみせた。
第二試合は国宝『圧切長谷部』黒田の突進に対し、細川は何度も体をいなし、
横を取ろうとするが、それでも相手を振り切れない。やがて正面から体を合わされ、
そこから両者、力相撲を演じた結果、黒田が押し切った。
第三試合、驚異の引き足で大会を沸かせた福井の朝倉が、懸命に追撃する静岡の今井を
土俵際ギリギリで躱し切って横を取り、そのままケリをつける。
そして第四試合、白楼の国宝『備前長船』に対するのは乾坤一擲の力出しを得意とする
徳島の菅。捕まえてしまえば菅にも十分に勝機があると見られていた。
-はっきよい-
舟木は意外にも正面から組み合う、お互い右四つで両マワシを引く、これは菅の形!
同郷の赤池が金星を確信して拳を握る、そして菅が吼える、気を吐く。
「けぇらあぁぁぁぁっ!」
その雄叫びと共に一気に舟木を吊り上げようとする。が、菅の膂力をもってしても
舟木の体は浮かない、舟木は右足を菅の左足に『内掛け』で絡め、浮かされるのを防いでいた。
皮肉にも昨日、赤池が見せた吊りに対する防御を舟木も見せていた。
「ほんなら、こうや!」
菅はそのまま絡められた足を外から『外掛け』で狩り返す、前に体重を浴びせ、舟木を
後ろに倒そうとする。
だが舟木はすかさず残った左足を体の真下に持ってくると、まるでカカシのように
片足立ちでバランスを取り、菅の外掛けに崩れる様子を見せない。
「どういうバランス感覚だよ!」
観客席で見ていた荒木が吐き捨てる。むしろ仕掛けた菅の方がバランスを崩され気味ではないか!
そう思った瞬間、舟木は片足立ちのまま体を回し、内掛けからスムーズに掛け投げに持っていく、
前に体重をかけていた菅はその重心変化に成す術なく1回転し、背中から土俵に落ちる。
「なんか、池西さんを思わせますね、あのバランス感覚。」
柚子香の言う通り、あの片足立ちからのバランスの保ち方は柚子香が戦った池西レモンの
戦いを彷彿とさせる。だが舟木は175cm123kg、その体格で女子の軽中量級の選手に匹敵する
バランス感覚を持っているとは!
「(根太起は・・・通用しない、かも。)」
蛍が息をのむ。あのバランス感覚を持つ相手に足技が通用する可能性は限りなく低い。
蛍が積み重ねてきた『潜る相撲』の根幹である技が通じないとなれば・・・
-次に団体戦、準決勝第一試合を行います。東、千葉県大太刀高校。西、鳥取県白楼高校!-
場外アナウンスに会場が沸く。いよいよ天王山の一戦、勝つのはどちらか。
「(よし、オーダー変更無しだ!)」
桐仁は整列する相手を見てほくそ笑む。オーダー次第では勝ちの目も十分にある組み合わせ。
これならいける!
-先鋒戦。東、辻。西、バトムンフ-
土俵に上がる両者。辻はバトを見据えて対峙する。その瞬間彼が感じたその感情。
相手のバトから放たれるその『気』の圧を受け、彼はその思いにとらわれる。
それは絶望、後悔、そして・・・戦慄!
-勝てない-