蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第74番 白い狼

 桐仁は見えていた。バトの背後にあるモンゴルの大平原と、そこで相撲を取る少年たち。

そんな彼の原風景と、その先にある『力士』としての威厳の両方を備え持つその姿を。

「(・・・昨日までと、まるで別人じゃないか!)」

 そこにいたのは、追い詰められて焦燥に駆られた昨日までの飢えた狼のような彼では無かった、

ハリのあるつややかな筋肉は躍動感に溢れ、その佇まいや所作は余裕と漲る力で満ちている。

そしてその相手、バトムンフの表情は堂々として緩まず、猛らず、正面と未来を見据える、

 

 あの草薙の静謐さと、童子切の相撲を楽しむ子供の様な欲求を併せ持つその存在感!

その王者の風格、まさに平原に佇む白き狼の如く。

 

 -はっくろうっ!はっくろうっ!はっくろうっ!-

 観客席から白楼の補欠たちが声を上げる。昨日までは無かったバトに対する声援がこだまする。

その応援は学校名であるはずなのだが、桐仁には目の前の相手を揶揄した『白狼』にすら

聞こえていた。

 

 白楼のマネージャーリーダー、天王寺咲が礼をする両者を見上げながら思う。

さぁ、バトさん、無様な姿は見せられへんで!と。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 昨日の事。会場にいた咲は久しぶりの相手から電話を貰う。柴木山部屋の選手、寺原から。

2年前に見学に訪れた時に番号交換したけど、その後は特に音沙汰も無かったのに

何事やろか?と会場の外に出て、返信電話をかけてみたんやけど・・・

『やぁ咲ちゃん久しぶり、柴木山です、いきなり電話してすまないね。』

 なんと電話に出たのは親方の方やった。どうやら荷物持ちに来ていた寺原から電話を借りて

私にコンタクトを取ってきたみたいやな、何用やろ?

『不躾で済まないが、おたくの加納監督とサシで話したいことがあるんだけど・・・アポを

お願いできるかな?』

 

 加納監督は快く了解した。皆が着替えてる間、ウチと一緒に会場の外で親方と面会する、

親方はまず深々と頭を下げた。

「大会中の忙しい最中、お呼び出しして本当に申し訳ない。」

 うーん腰が低い。そらまぁ監督もヒマな身じゃないんやけど、むしろそこまでして

監督に一体何の用やろ。

「いえいえ、別によろしいですよ。それで、要件とは?」

その監督の言葉に、親方はとんでもない爆発断言を返してきよった。

「お宅のバトムンフ・バトバヤル君。もし大相撲に進むなら、是非ウチにスカウトしたいと

思いまして・・・」

 

 この時の加納監督の表情は、ウチが高校3年間で見たこともない表情やったなぁ・・・

口開けたまま完全に固まっとったわ。

「あ、もしもう他の相撲部屋に入門が決まってるなら、この話は無かったことに・・・」

そう言う親方の肩をがしっ!と掴んだウチの監督は、親方にかぶりつかんばかりの勢いで

「決まってません!決まってませんので是非に!ええ、あの子は逸材です、間違いなく!!」

思わず親方が後ずさりするほど押しに出る監督、いやぁ貴重な絵面やな・・・。

 

 親方いわく、部屋に所属しとる薫風(くんぷう)さん、台湾出身の選手がこの度

廃業を決意したらしく、柴木山部屋の外国人力士枠がひとつ空くみたいや。

元々期待された選手だったらしいけど、ケガをすることが多く幕下と三段目を

行ったり来たりで上がり目は望み薄やったらしい。

 そこに鬼丸が入門してきて、一気に自分の番付を抜き去るのを目の当たりにして

自分は上に行ける人間やないという現実を理解せざるを得んかったみたいや。

けど、彼も国に帰ったら家族に負担をかける事になる、5人兄弟の末っ子らしいんで

なんとか日本に残りたかった、そんな彼の相談を受け、親方はちゃんこ番として

薫風さんを雇うことにしたらしい。

 ちゃんこ番長の薫富士さんが引退して自分の店を持ったんもあって、ちゃんこの質の

低下が問題になっとった柴木山部屋で、台湾料理風の彼のちゃんこは好評だったらしい、

そして何より薫風さんはマッサージが上手で、力士たちのケアをする担当としても

重宝されとるんで、色々適任やったみたいやな。

 

 そんなこんなで空欄になった外国人枠、バトさんに白羽の矢が立ったちゅーワケやな。

とまぁ冷静に言うとるけど、ウチもホンマ嬉しいわ。バトさん親方のファンやし、

サインまで貰うとったくらいやからなぁ。

 

「それでなんですが、今は大会中ですし、彼にその事を伝えていいものかと思い

こうして監督に相談に上がった次第で・・・」

「今すぐ!今すぐ伝えてやってください!!お願いします!」

恐縮する親方に再びがぶり寄るウチの監督、中年二人のこの絵面はきっついわぁ。

しかしこらバトさん絶対大泣きする流れやな・・・

 

 果たしてバトさんは大泣きに泣いた。柴木山親方の両手にすがり付いて感謝感激し

ボクの一生を捧げマス!絶対横綱になって見せマス!と大声で口上を述べる。

 そんな彼を見て、ウチも他のマネージャー2人も思わずホロリと来る。周囲にいる相撲部の

仲間たちは皆一様に歓喜のガッツポーズをし、大勢の補欠応援団達は万歳三唱をしている。

 

 嬉しいんやけど、周囲の他校生徒の視線が痛いわ・・・

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 観客席で複雑な表情を見せるのは、見物に来ていた柴木山親方だった。こりゃ辻君には

悪い事をしたかな、と。

でもまぁ学生同士がお互い万全の状態で戦えるのは悪い事じゃないし、辻君はウチじゃなく

長門部屋に行くみたいだし、まぁいいよなと納得する。

 何よりバトが自分の部屋に来るのは楽しみであった。外国人にとって相撲部屋の封建的な

しきたりや厳しい稽古は辛いものがあるだろう。事実それに耐えきれずに相撲を諦める

有望な選手も少なくない。

 だが彼ならウチの猛稽古にも耐えてくれるだろう、その気迫あふれる相撲は、鬼丸に続き

またひとつウチの稽古に熱を入れてくれるに違いない、無論彼の投げの技術にさらなる

『体』を上乗せ出来たら本当に横綱もあるかもしれない、入門が楽しみだ。

 

・・・ただ隣に座っている五條兄妹、特にレイナちゃんの非難の視線が痛いけど。

 

 

 -手をついて-

 仕切りながら桐仁は作戦変更する。攻めを受けつつスキを突く作戦だったが、どうも今の

バトにその戦法は通用しない気がする、ひしひしと。ならば先手を打って一気に決めにかかる、

これしかない!

 

 -はっきよい-

 桐仁の頭からのぶちかましを、とすっ、と胸で柔らかく受け止めるバト。すかさず肩で押し合い

マワシを探る。左下手を掴み右上手を取り合う両者。

「(コイツ・・・持久戦を!)」

 桐仁が毒づく。自分のスタミナの無さを見抜かれているのは覚悟の上だが、狙いの速攻勝負を

仕掛けることまで見透かされている、このままじゃダメだ、とスッと力をオフにする。

 

 次の瞬間、バトの豪快な下手投げが桐仁を振り回す。足さばきで耐える桐仁に組み付いて

一気に寄りに出る。

桐仁は腰を割り、相手の寄りを受け止めると、そのまま巻き落としを仕掛ける。踏みとどまった

バトの足を蹴手繰って崩しにかかるが、バトも動じずにもろ手で突きはなして追撃を許さない。

 土俵中央で再び組み合う両者。じりじりと重心をかけながら圧力で攻め、相手の体力を奪いに

かかるバト。

 桐仁は小さくすくい投げを打って相手を崩すと、すかさず相手の腕を手繰って身を外に出し

とったりでネジ伏せにかかろうとする。が、バトは素早く身をひるがえし、腕を取られたまま

正対するとすかさず下手を取り、片手吊りで相手を崩して取られていた腕を切る。

 

「いい緊張感ダ、ナーダムを思い出すヨ!)」

 バトは投げを打ち合いながら、かつて平原でモンゴル相撲『ブフ』をしていた頃を思い出す。

あの頃もキレの投げを打つ相手と青空の下、よくこうして転がし合っていたものダ。

 

「(くそっ!こいつ、こんなに躍動感のある相撲を取る奴だったか・・・?)」

 振り回されながら桐仁は嘆く。昨日までの余裕のなさはどこへやら、今は実に生き生きと

相撲を楽しむかのように、速く力強い投げを次々と仕掛けてくる。

切り返す技が得意な彼が凌ぐのが精一杯であるほどに。

 

「そうだバト、それが本来のお前の相撲だ。」

 加納監督が腕組みしたまま土俵を見上げて悦に浸る。あの雄大な大地で思う存分

大きな投げのモーションを持つブフをしていた彼にとって、二つの意味で日本の土俵は

狭すぎたのだ。ひとつは単純な広さ、もうひとつは外国人に対する門扉という意味で。

 そのひとつが昨日開いたことにより、彼本来の相撲が再び蘇った。枷を外された彼は

もう相手の得意分野で勝負する必要はない、思う存分お前の相撲を取ればいいんだ!

 

 激しく動き回っていた二人が、がっぷり四つで組み合って土俵中央、動きが止まる。

「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ・・・」

大きく呼吸を乱す桐仁、ここまでの攻防でもう彼の時間は残っていなかった。次が最後の

攻防になるだろうことを確信し、覚悟を決める。

 

 バトが動いた。両マワシを取った彼はそのまま桐仁を吊ると、そのままカニ歩きのように

真横に体を滑らせる。

「横吊り!」

相手を自分ごと土俵際に持っていくと、その勢いを利用して掛け投げを仕掛ける。

横移動の勢いを生かした投げに、桐仁の体が宙に浮く。

 

「ここだ!」

桐仁は最後の力を振り絞って、浮かされる直前に自ら飛んでいた。バトの真上に!

「(このまま俺の体重を浴びせて押しつぶす!)」

掛け投げは足で相手の体をはね上げる技であって担ぎ技ではない、その片足立ちの最中に

まさか相手がのしかかってくるとは思わないだろう、軽量の自分でもこの姿勢なら

『浴びせ倒し』で潰すことも可能なはずだ!

 

 おおおっ!と会場が沸く、土俵際で『静止』した両者に。

 

 なんとバトは片足のまま、のし掛かって来た桐仁を担いだ状態で耐えていた。なんという足腰か!

そのまま軸足の向きを変え、改めて片足を安定させてから、持ち上げていた桐仁の体を

土俵の下に投げ落とす。

 

 どどぉっ、と土俵下に落下する桐仁、なんとか受け身は取れたが・・・

 

 -西、バトムンフの勝ち!-

 行事の声が響くと同時に、白楼の面々が沸き立つ、ダチ高相撲部が天を仰ぐ。

「ヒュゥ、ヒュゥ・・ぜはぁっ、ハァッ、ハァッ。」

 息も絶え絶えに倒れたままの桐仁、仲間の酸素スプレーを拒み、よろよろと起き上がって

土俵に上がり、礼をして降りる。イスに雪崩れ込むように座ると酸素スプレーをひっつかみ

呼吸をむさぼりつつ、一言。

 

「ったく、俺の、オーダーって、何でこう・・・外すんだよ・・・」

 

 相手が昨日のままなら桐仁で正解だっただろう。しかし今の彼の相撲はいわば桐仁と同じ

投げ主体のキレる相撲、体格で一回り上の相手に持久力のない自分が挑んでもそりゃこうなる。

 

 ちなみに土俵上では、勝利して派手に雄叫びとガッツポーズを披露したバトが、審判団全員に

厳しくお説教をされていた。頭を抱える加納監督の横で、咲はヤレヤレ、といつものバトさんを

笑顔で見上げる。

 

 先制したのは白楼。このまま一気に行くか、大太刀の反撃はあるのか・・・?




 薫風さんって高校生編からいましたけど、大相撲編の『番付発表』の回で
出てこなかったんですよね。部屋の選手のプロフィールにも未登場だったし。
でも後に鬼丸をマッサージとかしてましたから部屋にはいるんですよね。
顔つきがちょっと外国人っぽかったのもあって、今回こういう設定で使わせてもらいました。
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