蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第76番 努力人

「さて、出番やね。頼むで北谷はん!」

 白楼の女子マネージャーの咲が、田中が、七瀬が、北谷の前にグーの手を突き出す。

北谷は拳を握り、その手をコツコツコツと合わせで頷き、返す。

「行ってくる。」

 

 -東、赤池。西、北谷!-

 

 赤池がばんばんと顔を張り、気合を入れて土俵に上がる。1-1の中堅戦、負けられない一番。

ましてや同郷の菅がついさっき白楼の選手に負けたばかりだ。なんとしても勝つ!と

意を決して北谷を睨む。

 

 そんな相手を見て北谷は少し顔をしかめる。痛いだろうによくやる、と。

 

 -はっきよい!-

 赤池のぶちかましを、少し身を引きつつ柔らかく受け止める北谷。両者下手を取り、

赤池が右上手を取りに行ったそのタイミングで、北谷は下手をひねって相手を奇麗に崩す。

「く・・・!」

こらえる赤池の左下手をおっつけて殺すと、そのままずいずいと胸を合わせて寄りに出る。

密着した赤池は頭突きを放つが、北谷はすいっと首を倒して避け、相手の肩をアゴで挟み込む。

 

 ならばと腰を割り、吊りに出る赤池。手の内を読まれるのは覚悟の上だ、それなら馬力で

押し切ったらぁ、と。

 だがその馬力をかけさせて貰えない、吊りに出たのその瞬間北谷は一歩後退し、

吊りのベクトルを真上から斜め上にすらして殺す。その勢いついでに寄りに出た赤池を

下手投げであわやの所まで崩すと、一度離れて張り手を見舞う。張り返しに来る赤池の手を

悠々とくぐってその懐に入り込む。

 

「なんだよ・・・まるで打ち合わせてるみたいな相撲じゃないか。」

 沼田が思わずそう嘆く。よく知った赤池の激しい相撲が、まるで全て見透かされて

いいようにあしらわれているその姿に愕然とする。

他のダチ高の選手たちも信じられないという表情で冷や汗を流す。

 

「だが相手も楽ではあるまいな、表情を見れば分かる、北谷君も必死だ。」

 そう言って皆の注目を集めたのはダチ高顧問の諸岡だ。かつてレスリングで様々な

選手を見、対峙してきた彼にとって、その戦術が綱渡りであることが見て取れる。

 

「(くっそ、相撲を取ってる気がせん!ダンスでもしてるみてぇや!)」

 赤池が思わず嘆く。こちらの渾身をことごとく外され、まるで作業でもするように

あしらわれ続ける。事前の情報が無ければとうに転がされていただろう。

 

 上から素首落としを打ち下ろす赤池の右手を、なんと下を向いたまま掴み取る北谷。

「ちょ、超能力者かよ!」

 思わず吐く幸田の横で、桐仁はかつての五條佑真の『見えない箇所の体の動き』を把握する

技術を思い出す。だがすぐによぎるのは違和感、北谷はどう見ても五條の様な

向こうっ気の強いタイプではない、むしろその相撲は優等生のイメージすらあった。

 

「「行け!行け!きっただにっ!」」

 観客席から白楼補欠の応援団の声が飛ぶ、たゆまぬ努力で自分たちを追い越し、

晴れの舞台に立つ『元マネージャー』に、尊敬と祝福の色を込めて。 

 

 

 北谷 真。鳥取白楼高校3年、183cm119kg。

関西の強豪校であり、プロ志望が多く集まる白楼において、全くの初心者からレギュラーの

座を獲得した男。だが、そこに至る道は決して平坦では無かった、彼は相撲以前にそもそも

格闘技自体の才能が無かったのだ。

 彼は『痛がり』だった。ふちかましや張り手を食らうたび苦悶の表情で崩れ落ち、

土俵に叩きつけられる毎にのたうち、立ち上がることが出来ずにいた、受け身を取っていても。

 

 多くの生徒が、監督が、マネージャーさえも、彼は向いてないと思わざるを得なかった。

やがて彼は選手のケアや雑務、他校の偵察などのマネージャーとしての仕事に回される。

淡々と仕事をこなす彼に、皆は『収まる所に収まったな』と安堵していた。

 

 だが北谷本人だけは違っていた。僕はこんな事をする為に相撲を始めたんじゃない、

見るためじゃなく、自ら土俵に上がって戦うために入部したのに!

 努力はしたつもりだった。だがそれは白楼の選手なら皆当たり前にやっている事、

格闘技の才能が無い痛がりの自分に、彼らとの差は開くばかりだった。

 

「(どうする、どうすれば僕は強くなれる・・・)」

 マネージャーの仕事をしながら彼は苦悩する、このまま卒業まで出番なしなんて嫌だ!

後輩のフンドシを洗濯し、土俵には掃除をするためにだけ上がる毎日。本来生真面目な彼は

表向きは仕事をこなしつつも、陰でひとりグチる事が多くなっていた。

 

「なぁ北谷君、ウチの兄貴知っとる?」

 ある日、同級生のマネージャー、天王寺咲にそう声をかけられた。もちろん彼女の兄を

知らないはずが無い、1年の時の主将であり、大相撲に進んでからも番付を駆け上がる童子切関を。

「兄貴は相手を徹底的に研究してたで。君は今マネージャーやし、そういう相撲目指してみん?」

 努力、というのは自分を鍛え、虐めるだけの事だと思っていた。だが咲のその言葉で彼は

研究や研鑽という『見る側』での努力もあることを知る。

 

 そして彼は、やがて彼独自の稽古方を考案する、それが彼の運命を大きく変えた。

大相撲が開催されている15日間、彼は何と幕内の全取り組みを見て、それを自分で

トレースし始めたのだ、勝つ側と負ける側の両方で。

 最初は誰にも相手にされず、同じマネージャーの咲や田中、七瀬に頭を下げて行っていた。

ジャージのまま3軍の土俵の隅で彼は女子マネ相手に転がされる、周囲の嘲笑に耐えながら。

 

 そんな彼の姿を見て、監督は土俵への復帰を許可する。ケガをしないように隅でやるなら

その特訓を続けてもいいと。こうして彼は連日30番以上、大相撲の取組をモーショントレース

し続ける。名門白楼なれば大相撲の力士と相撲の似た選手には事欠かない、彼らを相手に

どうすれば負けるのか、どうすれば勝てるのかをその動きや流れで学習していく。

 それは地味な積み重ねではあったが、それでも彼の努力が他の誰よりも濃かったのは

部員全員が身に染みて感じていた。

 

 彼に『勝てなくなった』者から順に。

 

 そして3年の夏、インターハイ出場選手を決める部内戦で彼は全勝してみせたのだ、

あのバトや舟木にすら!

 戦術を研究し、それに対する対応を極めた彼にとって、普段から稽古しているチームメイトは

まさに丸裸の状態だったのだ。大相撲のトレースで勝ち身を磨き、仲間の稽古を間近で見ることで、

その取り口と対応方法は全て彼の手の内にあった。

 

 だが身内にしか勝てないなら大会では使えない、そんな彼を支えたのは3人の

女子マネージャーだった。

 彼女らが集めて来た各校の選手情報や動画は北谷にとって万金の価値があった。咲達もまた

かつて自分と同じ立場で働いた彼の為に精力的に情報収集に当たった。何より彼のその努力研鑽の

日々を見て来た彼女たちにとって、土俵に立つ北谷は『もし自分が選手だったら』という思いの

代弁者でもあったのだ。

 

 そして鳥取県予選が終わる頃、彼は『天王寺獅童の後継者』とまで呼ばれるようになる。

だが、白楼のチームメイトだけは別の見解を彼に抱いていた。

『白楼一の努力人』と。

 

 

 取られた腕を内に巻き込んで殺され、土俵際まで押し込まれる赤池。このままやアカン、

どないかして流れを変えな、と。だが押しても吊っても全て相手の手の内だろう、八方塞がり、か?

 

 -赤池君、手の内バレバレだったよ-

 

 思い出した、いつか部長に言われた台詞。いつもウラをかかれて稽古でも苦手だった相手の言葉!

思い立ったが行動、なんと赤池は引き気味に身をかわしつつジャンプしてみせる。

「八艘飛び!?」

まさかの赤池の引き技に体が反応しない、思わぬ相手の行動に北谷は意表を突かれ体が泳ぐ。

 

 距離を取って対峙する両者、赤池はその北谷の表情を見て思わず安堵する。

「(なんや、オドレも必死やないかい!)」

いいように踊らされていた彼にとって、もし相手が余裕綽々ならば絶望感があっただろう。

だが相手も必死だ、ひとつ上回れれば俺にも勝ち目はある!気合を再注入して組み付きに行く。

 

 ここで初めて両者がっぷり四つになる。ようやく五分の攻防の体制が出来上がる。

「んごおぉぉぉぉっ!!!」

この勝機を逃すまいと、渾身の力で吊りに出る赤池。体重はあるが身長の低い赤池が、

相手を腹に乗せて高々と吊り上げてみせた!

「おっしゃ!行ったぁ!」

「寄れえぇぇぇっ!」

「それじゃあぁぁぁっ!」

 ダチ高陣営が、観客席から見ている徳島海洋美波の菅たちが歓喜の声を飛ばす。

北谷を吊り上げたまま土俵の反対側に走る赤池。

 

 北谷は吊り寄られながらも、土俵際までの距離を測る。土俵の広さはそれこそ

日々のトレースで何度も確かめて来た、見間違うものか!

しばらく吊られるままだった北谷が、あるタイミングで腕を引きつけて腰を下ろす。

そのカカトが土俵際の俵に、まるでアンカーのように引っかかる。

 

「ぬおぉぉっ!」

 今度は北谷が吼え、赤池を逆に吊り返す。相手の寄りの勢いも利用し、まるで

シーソーのように今度は赤池の体が浮く。

吊りを下ろした瞬間こそ、最も相手に吊り返されやすい瞬間なのだ。しかも寄りの勢いと

俵の掛かりまで利用されては、いくら重心の低い赤池でも成す術は無かった。

 

 赤池を吊ったまま半回転し、土俵の外に降ろす北谷。

 

 -西、北谷君の勝ち-

 

 おおおおっ!と沸く会場。その北谷の技術と判断の冴えに驚愕の声を上げる。

白楼陣営は大いに歓喜し、ダチ高の面々はその技量差に思わず息を漏らした後、悔しがる。

 

 礼をして土俵を降りる両者。北谷は再びマネージャー3人と拳を合わせると、仲間から

ぺちぺちと軽く小突かれる。これで2-1、久留田と国宝の舟木を残してのリードに

貰った、と思わず笑みが出る。

 何よりバトが大願成就し、北谷がその努力で得た技術で白星をもぎ取った、これで

勝てないわけがないだろうと。

 

「すんまへん・・・」

 頭を下げる赤池に、松本と蛍はその肩をバチンと張って答える。

「まだまだ!」

「取り返す、必ず!」

 

 -副将戦。東、松本。西、久留田-

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