蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

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第78番 蛍丸と備前長船

「(待っていたぜ、三ツ橋蛍!アンタと相撲を取れる日をな!)」

 四股を踏み、土俵の向こうにいる相手を睨め据える鳥取白楼の大将、舟木長一郎。

すでに団体戦の勝利は決しており、彼にはまだ個人戦を残しているにもかかわらず

消化試合のダチ高との大将戦に、異常なまでの入れ込みようを見せる。

 

 その視線の先には彼の対戦相手、三ツ橋がらんらんとしたその眼光を返してる。

ヤル気十分のその気概を感じ、ありがてぇ、と心で笑みを見せる。

そうだ、消化試合だからってヌルい試合をしてくれるなよ!

 

「ちょ、ちょい舟木、そんなに入れ込んだらケガするで、もう勝ったんやし・・・」

 マネージャーの咲が苦笑いを見せながら、明らかに気合の入りすぎている自分たちの

大将をなだめるも、その声は届いてない様子だ。

 

「(あの日から、俺の相撲観は変わったんだ。あの一番を見た時からな!)」

 

 舟木長一郎、国宝『備前長船』。

実家が岡山県の相撲教室を営んでいたこともあり、幼少の頃から相撲を取ってきた。

その恵まれた環境でめきめき腕を上げて行ったが、小学生、中学生と、彼が全国の舞台で

名を馳せる機会は訪れなかった。

 それは彼自身のモチベーションの要因が大きかった。相撲を取ること自体は好きだったが

あまり勝ちにこだわる性格では無かったのだ。

 中3の時に至っては県大会前日にインフルエンザにかかるという間の悪さもあり、

結局全国には縁が無く、TVで滝沢の全国制覇を眺めるだけだった。

 

 それも別にいいかと思っていた時だった、あの一番を見たのは。

 

国技館に鳴り響くブーイング。

何度も手付き不十分で相手に突っかける無礼な態度。

そして・・・立ち合い成立した後、なんと相手に背を向け歩く、試合放棄したかのごとく。

 

 こんな奴に相撲を取る資格があるか!相撲をバカにしてんのか!彼も親も道場の仲間も

皆、激高する。

 -パンッ-

 猫だまし、そして八艘飛び。自分の倍以上ある大男の背後を取った時、彼らは初めて

その小さな選手が、ただ勝利の為だけに、そこまでの暴挙を行ったことを知る。

 

 同体により取り直し。片足を引きずって戦い、そして敗れる。

「そこまでして・・・勝ちたいのかよ。」

TVで見ていた長一郎が思わず漏らす。自分には理解できない勝ちへの執念。

「・・・勝ちたくなければここまではせん。」

 父親が瞑目しそう語る。彼自身も若い頃は大相撲にあって十両までは上がっていた。

しかし現役の頃の自分に彼ほどの執念があればあるいは幕内まで、と思わずにはいられない。

 

「あんな相撲を認めるのか、父さん!」

「反則は何一つやっとらんよ。」

 その父の言葉にすぐには同意できなかった。自分の知る相撲とは明らかに違うその戦いを

若い彼は、すぐには受け入れられなかった。

 

 しかし日がたつにつれ、彼の中であの一番は次第に大きくなっていく。

相撲は大男の押しくら饅頭だと思っていた、しかしあの一番の何と自由なことか。

 無差別級、相撲。ならば体に恵まれない者が、より工夫を重ねて勝ちを目指すその意欲の高さ、

自分には無かった勝つ事へのこだわり、そしてそれが生み出す自由な発想。

そう、相撲と言うのは自分が思うよりずっと自由な競技だったのだ!

 

 そう思うようになってから彼は変わる。名門の鳥取白楼に入学すると、彼はあらゆる

相撲の技を貪欲に取り込み始めたのだ。元々四つ相撲だった彼がぶちかましや突き押し、

さらにはいなしや変化、出し投げ、吊り、反り技、叩きに至るまで、あらゆるアクションを

必殺技の領域まで高めようとする。

 そして彼にはそれに応える『体』があった。170cm115kgのその体躯は相撲を取る者としては

決して大きくはない。だが彼の持つ運動神経や反応速度は群を抜いていたのだ。

 その太い体でトンボ(バック宙)を切り、100mを12秒台で走る、そんな彼が土俵を縦横無尽に

駆け回るその姿は、まさに戦うミサイルそのものだった。

 

 高1の春に全国デビューした彼は、その強さをいかんなく発揮する。栄大の主将、澤井を倒し

決勝では金沢北の瀬良を一方的に撃破してみせた。

 そして彼はまた変わる。周囲は自分を国宝『備前長船』と称し、彼自身もまた将来、

このあらゆる戦法を使いこなす力士として綱を巻く、という目標を抱く。

 彼にとっての横綱相撲とは、引きや叩きすら必殺技となりうる、あらゆる一太刀を兼ね備えた

『全刀の王者』であると示すために。

 

 そして今年、インターハイの全国出場校の中に千葉の大太刀がある事、件の三ツ橋が

国宝候補『蛍丸』と呼ばれるまでに成っている事、マネージャーの撮ってきた動画で

あのキレのある荒木選手を豪快に投げ飛ばして勝ってきたことを知り、歓喜した。

自分が変わるその原点と言える相手と戦えるかもしれない、全国が楽しみだ、と。

 

 そして全国の舞台で彼の期待は実現する。三ツ橋は初戦で211cmの荒巻を飛び越して

横倒しにするわ、館林南の二ノ宮を心理戦で手玉に取って反り倒すわと、あの頃を思わせる

発想の自由さと、かつて無かった速さ、力強さを兼ね備えて勝ち進み、ついに自分と相対する

ことになった。

 

 -大将戦。東、三ツ橋。西、舟木!-

 両大将が土俵に上がる。強烈な烈気を放つ舟木に対し、蛍火の様に光る目線で

殺気を払いのける三ツ橋。その緊張感、その濃度にこれが消化試合では済むまい、と皆が思う。

 

「さて、どうなる・・・?」

そう嘆いたのは石高の荒木だ。この二人と対戦しその実力は良く知っているが、実際この二人が

戦うとなるとどういう相撲になるかが全く見えてこない。

「三ツ橋君には『蛍火の如し』があるからね、立ち合いは制すると思うよ。」

 沙田が隣でそう答える。そう、小兵の三ツ橋にとって、ぶちかましからの高速変化

『蛍火の如し』は命綱ともいえる立ち合いになっていた。

 

 小兵の彼は常に変化を警戒される、かといって正面からぶち当たっても跳ね返されるだけ、

そんな常識を覆したのがこの技の存在だ、当たった瞬間に左右に飛び、あるいは下に潜る。

この選択肢により相手は『受け止めれば勝ち』という選択肢が取れなくなってしまっていた。

 

 元々、火の丸が柴木山部屋で学んできた『火の如し』に、桐仁が仕込んだ変化をミックスした

その技は、原点を辿れば火の丸に憧れ、真っ向からぶちかましを続けて負け続けたあの頃にこそ

土台が出来ていたのだ。

 

 -手をついて-

 

 場内を緊張感が包む。ダチ高や白楼の面々が、柴木山親方や鬼丸が、記者の名塚や宮崎が、

そして会場中のライバル達が固唾を飲んで見守る。

 

 -はっきよい!-

 

 頭から突っ込む蛍、出るか『蛍火の如し』!

 

 -バシィッ!-

 蛍の両肩を、舟木の腕が抑え込む。舟木は何とボクシングのファイティングポーズのように

両腕を立て、ガードする部分を蛍の両肩に押し付けて受け止める。同時にその両手の平で

蛍の顔面を左右から鷲掴みにする、これでは左右に飛ぶことも、下に潜ることも出来ない。

いや、それよりも!

 

「合唱捻り・・・いや、徳利(とっくり)投げか!」

 桐仁が叫ぶ。相手の顔面を手で挟み込んでひねり倒す大技。頭を捕まえて変化を封じた上で

そのまま蛍をねじ伏せにかかる、大きく振り回され、体を飛ばす蛍。

「くっ!」

 なんとか一足飛びに着地した蛍はそのまま両手をクロスさせ、『十字かち上げ』で

舟木の両手を顔から振りほどく。返す刀でその手を合わせ、パン!と炸裂音を響かせる。

 

「猫だまし、飛ぶで!」

 咲が思わず声を出す。この技は次の大きなアクションへの布石、今の二人の体制を見ても

飛ぶ以外に選択肢はありえないだろう、と。

 だが蛍は飛んでもいなければ潜ってもいない、自然に一歩、ただ後退しただけだった。

逆にそれが舟木の意識を外す。上?下?左右?とわずかに躊躇したその瞬間だった。

 

 -パァンッ-

 猫だまし2連発!このまさかの展開に誰もが意表を突かれる。次の瞬間、今度こそ蛍は

高々と舟木を飛び越して見せる。直前に踏み込んだ舟木は瞬時、反応が遅れる。

 

 両者、異端の相撲。先手を打つのは、果たして-

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