八艘飛びで背後を取られた舟木が、瞬時の判断で土俵を走る。俵の淵に沿って回り込み
蛍から距離を取ると即向き直り、追いかけて来た相手にすかさずぶちかます。
蛍はその当たりを『蛍火の如し、横』で横っ飛びにいなし、低い体制で横から
組み付きに行く。
ここで舟木は何とダンスの様に体を回し、体ごと蛍の組み付きをいなして背後に回る。
「シィッ!」
その動きを肌で読み取った蛍は、なんと背中で舟木にタックルをかまし一度押し離すと、
すかさず前方に飛びながら、フィギィアスケートの選手の様に身をひるがえし着地。
正対した両者が再度、土俵中央で激突する。今度は舟木がかち上げを放ち、体格と
パワーの差で蛍を後退させる。飛ばされた蛍はそこから突っ張りを放つが、その手を
舟木が両手で捕まえると、そのまま肩に巻き込んで体を反転させ、蛍を担ぎにかかる。
「一本背負い、マズい!」
諸岡顧問が叫ぶ。体勢としては蛍の方が腰が低く、担ぎ切れてはいないが、このままでは
馬力と体重で持っていかれる。
「ふんっ!」
蛍は一度、腰を割って耐えようとする。一瞬投げが止まるが、舟木はそこから気合一閃
巻き込むように体を回す。
「けやぁっ!」
その投げに手ごたえは無かった。蛍は一度踏ん張ってから、相手が投げる方向に自ら飛んだのだ。
一度相手の投げを止めることで、次のタイミングを測る。彼が常々心がけて来た
『引く前には必ず押す』のスタイルが功を奏し、見事舟木の眼前に着地する。
「速い!二人とも・・・」
記者席、名塚が思わず嘆く。身軽な蛍に対し、馬力とスピードで追撃する舟木。
蛍丸と備前長船の高速での斬り合いは幾太刀を交え、今だ決定的な展開を作れないでいた。
「凄いな・・・組み合わないで戦う相撲は珍しくないが、ここまで土俵を目一杯使って
動き回る相撲は流石に初めてだ。」
カメラマンの宮崎がファインダーを覗きながら、冷や汗をかいてそう嘆く。これは決定的瞬間を
撮らえるのは大変だ、ど。
一本背負いを空振りし、体勢の崩れた相手に蛍は下から『十字かち上げ』を放ち、体を起こす。
すかさず潜ろうとした蛍に、舟木は強烈な『叩き込み』を上から見舞う。と同時に何と
蛍の体を八艘飛びで飛び越して見せる。
「くっ!」
あわやの所で残した蛍は、そこで一度身を沈める。ジャンプするための『溜め』に見える
そのアクションに、舟木は先の狩谷戦で見せたバック宙を警戒する、万が一入れ替わられたら
こちらが背後を取られる、と。
その一瞬の躊躇をついて、蛍が体を反転させながら真後ろに飛び、ショルダータックルのように
ぶちかましを仕掛ける。
組み止める舟木からすかさず離れつつ、今度は相手の左手首を掴んで横に回り、その手を極めて
『とったり』に持っていく。が、舟木は蛍の手を掴んで動きを止めると、そのまま力づくで
蛍を逆方向に振り回す。
「へ、へへっ。やっぱこうなるんじゃねぇか。」
観客席で荒木がそう嘆く、隣に座る沙田はあまりにも相撲に見えない展開に呆然としている。
何でも出来る相撲を取る両者の一戦、相手の意表を突き、心理を読み、誘導し、激しく動いて
相手に相撲を取らせない。その目まぐるしい思考がそのまま攻防となって土俵上を暴れ回る。
振り回された蛍は逆に相手の腕を取り、勢いを利用して相手を引っ張り込み、崩しにかかる。
体勢を乱された舟木は手を離して腰を割る、これだけ早い攻防の中でも彼の軸は大きく乱れない。
一方の蛍は何度も体を崩しながらも、その軽量を生かして追撃を凌ぐ。
-ドカッ!-
何度目かもう分からない両者の激突。その瞬間、舟木の頭が跳ね上がる。『蛍火の如し、潜!』
するっ!と相手の懐に潜った蛍が両下手を、上から覆い被さった舟木が両上手を取る。
「潜った、部長の形!」
「よぉおし、行けっ!」
意気上がるダチ高の面々に対し、白楼側も笑みを漏らす。
「潜られたんじゃない、潜らせたんだよ!」
「捕まえた!両上手を取った舟木の強さ、見るがいいさ。」
開始から激しく動いていた両者が、ここで組み合ったまま動きを止める。
ようやく組み合った、やっとここから相撲らしい攻防になるのか、そしてそうなった時
どちらが相手を上回るのか、会場中がその答えに注目する。
「ぬんっ!」
先に動いたのは蛍だった、動き回る攻防でことごとく追いつかれた彼にとって、
この最後かもしれない好機を逃すわけにはいかない。相手を引っ張り込み、『居反り』を
仕掛けにかかる。舟木は瞬時に反応し、右足を前に出して踏み止まる。
「来たっ!」
陽川が叫ぶのと同時に、蛍はその足に『内掛け』を仕掛け、からめた自分の左足首を左手で掴む。
-地足取り内掛け『根太起(ねたおこし)!』-
手と足で舟木の右足を地面からぶっこ抜く蛍。その瞬間、舟木は残った左足を摺り足で
自分の真下に持っていき、まるで案山子のように片足立ちでバランスを取る。
「・・・あれがあるんや、舟木にはっ!」
海洋美波の菅がそう嘆く。奴は片足を刈られても残りの足でバランスを残す器用さがある。
つい先ほどの個人戦で自分が倒されたように。
内掛けを外掛けで返しつつ体重を浴びせる、勝負の天秤は明らかに舟木に傾いたかと思われた。
が、蛍はその瞬間かけた左足を素早く抜くと、すかさず体を回して相手を担ぎにかかる。
「百千夜叉落とし!こう繋ぐかよ!」
桐仁が拳を握る。根太起を破らせ、その勢いで前に出てくる相手を利用しての担ぎ技!
相手が根太起への流れを知っている事、先の菅に対する足技の返しを見ていたことを踏まえて
蛍が編み出した必殺技の連携!
「そうは・・・」
舟木は担がれながらも冷静に状況を見る。この技は担ぎ、捻り、そして足技の3点同時の技のはず、
ならば狙うは・・・足!
「いくかぁっ!!」
蛍の刈りに来た足を、舟木は逆に右足で『河津掛け』で引っ掛け、上に引っ張り上げる。
「な・・・んだと!?」
桐仁が思わず喘ぐ。刈りに来た足を逆にすくい上げて体勢を乱させる・・・なんという対応力!
「なっ・・・」
観客席でそう嘆いたのは鬼丸だ。自分のあみ出した技を目の前で破られるその光景に、
さすがの彼も冷静ではいられない、なんて奴じゃ、と。
「んんーーーっ!」
辛うじて足を外し、投げを止めて着地する蛍。舟木もまた凌ぐのが精一杯で地面に足を付ける。
ここから先に動くのは・・・
-バチィン-
舟木だ!蛍の横から突き上げるような張り手を見舞い、その体を吹き飛ばす。全力の必殺技を
2連発した蛍に堪える術は無かった。
舟木はすかさず組み付くと、なんと先ほどと同じように蛍の体に覆い被さり、両上手を取る。
わざわざ蛍に得意の『潜る相撲』の姿勢を取らせるように。
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ・・・」
のしかかられたまま激しく呼吸を乱す蛍。疲労ももちろんあるが、肝心の潜る相撲からの技は
全て破られた、離れての相撲も通用しない、呼吸を乱すもうひとつの要素は・・・絶望感。
「(この人は・・・強い、本当に。)」
国宝。将来の横綱候補。彼はその名の重さを今、ひしひしと実感していた。
自分が目指した『何でも出来る相撲』それを自分より上のレベルで体現する力士。
「(勝てない・・・勝てるわけ無いよ、これじゃあ。)」
理想の自分と相撲を取って勝てる道理はない、蛍の心が折れそうになったその瞬間!
「勝てーーっ、蛍部長ーーーっ!」
彼の耳に届いたのは、チームメイトの、後輩の、そして弟子の声。
自分を信じ、心の底の棘の痛みを汲んでくれる、生意気だけど優しい娘の声。
ふっ、と心の固さが抜ける。そうだ、実力で劣ってもいいじゃないか、僕は元々、
どんなにみっともなくっても勝ちたがっていたじゃないか、今更だよ。
どんなに格好悪くてもいい、今日この一番だけ勝てればそれでいい、かつて首藤さんに
したような、無様でも勝てる方法・・・
その瞬間、蛍の脳にフィラッシュバックする光景。そう、相撲は時に力や技以外で
あっさりと決着するケースがいくつもある。
彼が思い描いたのは2番、チームメイトの一年生が犯した気合の空回りと、ライバルの男が
脱力のスキを突かれた敗北の記憶。
-勇み足-
-お手つき-