蛍火は円(まどか)に舞う   作:三流FLASH職人

81 / 121
第80番 蛍丸と備前長船、決着。

「フゥッ、フゥッ、フゥー」

 蛍に覆い被さった体制のまま舟木が呼吸を整える。彼にしてもここまでの高速の戦いで

疲労が無いはずもない、次の攻防に向けて呼吸を整え、力を溜める。

「ゼェッ、ゼェッ、ゼッ、ゼェッ・・・」

 その舟木に覆い被さられた状態で激しく呼吸を乱す蛍。だがその目だけは未だに

らんらんとした光をたたえ、その一瞬のチャンスを待つ。蜘蛛の糸より細い、わずかな可能性に

望みを託す。

 

「・・・春に戻っちゃったよ、これじゃあ。」

 そう嘆いたのは幸田だ。かつて三ツ橋蛍は『潜る相撲』を模索し、部員との試行錯誤の果てに

潜った方の蛍が手詰まりになるという結果を迎えた。

 春の部内戦で敗れて以来、蛍はその状況を打開すべく、居反りからの『根太起』と、かつて

憧れた火の丸の必殺技『百千夜叉落とし』を身につける。

 

 だが、その二つの技も舟木に破られた。根太起は片足立ちから外掛けで返され、夜叉落としは

掛け足を河津掛けで封じられた。そうなると再びこの『潜る相撲』は決め手の無いまま、

相手に覆い被されて体力を消費するだけの『死に体』となってしまう。

 無論、舟木もそれを十分理解しているからこそ再度この体勢に持っていったのだ。相手の技を

全て破り、打つ手無しにして見せた今、この体勢は相手の変化を封じ、上から相手の体力を奪いつつ

自分の体力を回復させるための膠着状態に持って行ける。

 

「万策尽きた、かしら。」

 記者席で名塚がそう漏らす。その表情に動揺や焦燥は無い。自らが彼らに示した格付け、

『国宝』と『国宝候補』の差、同じような相撲を取る二人の、それでも生じる格の違いに

自らの判断の正しさを自ら認め、頷く。

 

「こりゃさすがにダメだね。」

 そう呟いたのは石高の沙田だ。彼もこの後の個人戦、決勝まで進めば舟木と対戦する

可能性は高い、三ツ橋との相撲であわよくば何か攻略法が、とも思ったが、結局自分で

何とかするしかなさそうだ。

「勝負は・・・ゲタを脱ぐまでわかんねぇよ!」

 そう唸ったのは隣の荒木だ。彼自身三ツ橋の往生際の悪さは身に染みて知っている。

何よりこのまま三ツ橋が舟木に負けるのは面白く無かった、単純に負けるなんてお前らしく

無ぇだろ、何かやってみろ、と。

 

「フゥゥゥゥ・・・ぬんっ!!」

 舟木が動く。両上手を引きつけて蛍の体をぶっこ抜こうとする。蛍はすかさずマワシを引きつけ

重心を後ろにずらして吊りを防ぐ。

 が、蛍の足がわずかに浮いた瞬間、舟木はまさに機関車の様に前進する。吊って相手の足を浮かし

抵抗が無くなったところを一気に寄り立てる。わずかに土を触っている蛍の足の裏が2本のレールを

土俵に描き上げる。

 

「最後は『寄り』か。」

 鬼丸が嘆く。ここまで数々の技を見せて来た両者、その決着を王道の手で決めに来る舟木に

鬼丸は彼の『力士』としての矜持を見る。

「腰を割れ、こらえろーーーーっ!」

「三ツ橋ぃーーっ!」

 五條兄妹が声を出す、団体戦の勝敗はすでに決しているが、ならば部長の三ツ橋にせめて

金星を挙げてほしい、その願いが秒単位で消えていく状況で、奇跡を願って声援を送る。

柴木山親方もまた、三ツ橋の絶望的な状況を見ながらも、諦めるな!と心で叫ぶ。

 

 -ザンッ!-

 俵に足を掛け、なんとか寄りを止める蛍、だが止まっただけで状況は変わらない。

相変わらず上からのしかかられた体勢のまま打つ手はない、しかも今度は土俵際、

もう一度浮かされたら今度こそ土俵下に放り出されるだろう。

 

「フゥゥゥッ・・・」

 舟木が一度息をつぎ、腰を割って力をためる。さぁ、もう一度行くぞ!

「ぬぅんっ!」

 再度両上手を引きつけ、一歩前に出て寄りに出る舟木。と、その時、前に出た舟木の右足を

蛍は左の『内掛け』で絡める。同時に素早く左手で自分の左足首を掴む。左の手足が完全に

舟木の右足に絡みつく。

 

「根太起(ねたおこし)!」

 桐仁が叫ぶ。それに託すか、との想いで。

蛍の技は基本、桐仁が教えた変化技と、鬼丸から学んだ鬼車や夜叉落とし、そして火の如しから

学んだ『蛍火の如く』から成る。

 そんな中、蛍が自分で考えて工夫し、失敗を重ねて習得した技こそがこの根太起なのだ。

絶体絶命のこの状況、蛍はこの技と心中するつもりでこの選択をした、とダチ高の誰もが思った。

「決まれーーっ!」

「行け行け行けーーー!」

「薙ぎ倒せえぇぇぇぇぇぇーーっ!」

 悲鳴とも絶叫とも取れる声を上げる大太刀の面々、彼らもまた蛍の勝利に金星の価値を思い

その実現に希望を寄せていた、自分たちの小さな、でもいつも何かをやってくれる部長に!

 

 -ズサァッ!-

 舟木の左足が体の真下にスライドし、奇麗にバランスを保つ。むしろ足を掛けた蛍の方が

ややバランスを崩し、土俵際でよろよろと体勢を正そうとする。ダメだ、やはり通じない!

 

「(勝った!)」

 舟木に躊躇する理由は無い。そのまま刈られた足を『外掛け』で引きつけて刈り返し、

体重を浴びせて相手を押し倒せばそれで全てが終わる。

 

 二人の体が、土俵の外側にゆらぁっ、と傾く。

 

「!」

 

 最初に気付いたのは舟木だった。間を置かずに桐仁が、咲が、行司や副審たちが、

そして会場中の全員が、その光景に声も無く驚愕の表情を見せる。

 

「なにぃおぉぉぉおお!!」

 舟木は驚愕と抵抗を混ぜ込んだ声で吠える、こうなってはやる事は一つだけ、一刻も早く

相手を土俵下に放り出すしかない、『その』前に!

 

『その』前にーーーっ!

 

 土俵下に転がり落ちる蛍。なんとか受け身は取ったが、呼吸も体力も限界を超えている。

うつ伏せに倒れたまま起き上がれず、荒い呼吸を地面に浴びせ続け、酸素を貪る。

 

 会場は水を打ったように静まり返っていた。土俵上では舟木が仁王立ちで眼下の蛍を

見下ろしていた。その土壇場の『勝ちへの執念』を見せた小さな力士を。

 

 -その右足を、土俵の外に降ろして-

 

 蛍は最後の攻防の中、後ろに倒れながらも、根太起で捕らえた舟木の右足を土俵外に引っ張り出し、

上から全体重でのし掛かって足を地面に付かせてみせたのだ。同時に彼の体も飛び、死に体となったが。

 『お手つき』ならぬ『足付き(土俵外)』、『勇み足』ならぬ『勇ませ足』とでも言うべきか。

その奇想天外な発想、そこまでして勝ちにこだわる執念、そしてそれをこの土壇場で実現してみせた

その『心』の強さ。

 

 それが実ったかどうかは、行司と、2人の副審に委ねられた。

最初は西、舟木に手を上げた行司だが、声を出すまでも無く副審が手を上げ、立ち上がる。

土俵脇にいる審査員席に詰め寄り、今の一番をビデオ再生して勝敗を協議、判断する。

 

「勝った!勝ったよな、なぁ沙田っ!」

 荒木が嬉々として沙田の肩をばしばし叩く。鬼丸は深いため息と共に裁定を待ち、佑真とレイナは

勝敗よりも最後の三ツ橋の足掻きの見事さに掌を合わせる。

 海洋美波の菅が「何て奴だ」と笑いながら呟き、立花寺の黒田は「見事!」と頷く。

名塚は呆然とした表情ながら、カメラマンの宮崎に一言「撮れた?今の」と伺う。

 

 土俵の東西でもダチ高の、白楼の選手たちがマネージャーのカメラに群がり、今の瞬間を

凝視している。どうだ、どっちが勝った!?

 

 蛍がようやく起き上がり、土俵の東側に立つ、相対して舟木が西側に。

行司が土俵中央に立ち、右手を上げる。ダチ高陣営から歓喜の声が上がる!

 

「行司差し違えで、東、三ツ橋の勝ち!」

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

「やりやがった、あの国宝『備前長船』を!」

「すげぇぞー、『蛍丸』ーっ!」

 歓喜と拍手の渦が国技館を包む。その勝敗を分けたのはまさに執念、言い換えれば『心』の

有り様の差ともいえた。技と体の壁を越えた結末に、会場中が熱狂していた。

 

 そんな中、舟木は礼をして土俵を降り、かつて自分が見失っていたことを思い出していた。

そう、三ツ橋蛍という人物が怖いのはその奇想天外な技じゃなかった、どんな手を使っても

勝ちたいと願うその思いこそが彼の強さでは無かったか、俺は結局彼から何も学べていなかった。

上辺だけを磨いても意味は無い、大切なのはそこじゃなかった、と。

 

 一方で土俵から降りた蛍はチームメイト全員にもみくちゃにされていた。あそこから一体

どうやったら逆転できるんだよ、この魔術師が、いやサギ師だろ、などと言われながら。

「さぁ、礼をして。3位決定戦が待っているぞ!」

 諸岡顧問の声に一同我に返り、整列する。そうだ、まだ終わりじゃない。

せめてメダルだけでも持って帰ろうじゃないか、と。

 

 -以上、3-2で鳥取白楼の勝ち-

 

 東西で礼をする両チーム。勝者の白楼よりも敗者の大太刀の方がむしろ笑顔だ。

金星を挙げる、というのはそういう事なのだろう、会場中の誰もが不思議な興奮に包まれている。

 

 

 ただ一人、『彼』だけを除いて。

「(つまらないな・・・もう帰ろうか。)」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。